RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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1 de nov. de 2026

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Episodios

無に等しき者に親しく神は呼びかける(イザヤ書 41章) 30.01.2024

あなたを贖う方、イスラエルの聖なる神 主は言われる。 恐れるな、虫けらのようなヤコブよ イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける。 (イザヤ書41章14節) 「わたしがあなたの神である」と、主が名乗りを挙げておられます。神とわたしとが向かい合わされています。イスラエルを安心させるために、繰り返し「わたしだ、恐れることはない」と言われます。 神は聖なる贖い主です。神の力と権威の絶大なことを心に留めましょう。片...

主なる神の慰めは驚くほど(イザヤ書 40章) 29.01.2024

エルサレムの心に語りかけ 彼女に呼びかけよ 苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。 罪のすべてに倍する報いを 主の御手から受けた、と。 (イザヤ書40章2節) 神が語りかけておられます。「わたしの民」と呼んでくださいます。神の言葉を聞きながらも、何度も従わなかったのです。それなのに神はなおも、「わたしの民」と呼んでくださるのです。神は、私たちに対して失望なさらないようです。 神はイスラエルの現状を知って...

キリストの権威ある言葉に立つ(コリントの信徒への手紙一 1章21-28節) 28.01.2024

人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」 (コリントの信徒への手紙一1章27節) カファルナウムの会堂に、悪霊に取りつかれている男がいました。彼はキリストを見ると、「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」と叫びました(24節)。キリストが悪霊に対して「黙れ。こ...

命の神にわたしの魂は渇く(詩編 42編) 27.01.2024

神に、命の神に、わたしの魂は渇く。 いつ御前に出て 神の御顔を仰ぐことができるのか。 (詩編42編3節) 人間は、本来、造り主である神と共に生き、神を礼拝するものとして造られました。ですから、人間は、神と共にいて神を礼拝し続けなければ、本当に人間らしく生きていくことはできません。 もし人間が神を無視して自分勝手に生きていくならば、涸れた谷で、鹿が水を求めてさ迷い歩くような魂の渇いた状態に陥ってしまいます。魂...

聖書的で健全な献金の方法(コリントの信徒への手紙一 16章) 26.01.2024

…週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい。 (コリントの信徒への手紙一16章2節) 聖書的で健全な献金の方法を確認しておきましょう。 まずおぼえたいのは、主なる神は、天地を造り、今もすべての所有者であられることです。私たちは、神からあらゆるものをお預かりしているだけですから、お返しする必要があります。また、天の父が、私たち罪人の救いのために、御子イエス・キリストを...

十字架神の恵みの現れ(コリントの信徒への手紙一 15章) 25.01.2024

神の恵みによって今日のわたしがあるのです。…しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。 (コリントの信徒への手紙一15章10節) 10節に「神の恵み」という表現が3回使われています。動詞の「恵む」を国語辞書で引くと、「情けをかける。かわいそうに思って、金や物を与える」(新明解)とあります。また、この辞書には「表記」として「『恤む』とも書く」とあります。漢字研究者の白川静博士の編...

「イエスは主である」との預言に生きる(コリントの信徒への手紙一 14章) 24.01.2024

愛を追い求めなさい。霊的な賜物、特に預言するための賜物を熱心に求めなさい。 (コリントの信徒への手紙一14章1節) 主イエスは最高の預言者です。キリスト者は、最高の預言者イエスに聖霊により結ばれて、小さな預言者とされています。そして、主日の礼拝毎に、その1週に生きるべき預言である聖書の御言葉を与えられ、預言に生きるための賜物、何より聖霊を注がれて、主イエスによってこの世のさまざまな領域に派遣されます。 そ...

主イエスにこそある愛を追い求めよう(コリントの信徒への手紙一 13章) 23.01.2024

愛は忍耐強い。愛は情け深い。…すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 (コリントの信徒への手紙一13章4節~7節) きょうの聖句で最も中心となるのは、4節の前半です。「愛は忍耐強い。愛は情け深い」。原文では「忍耐強い」と「情け深い」とが「愛」で挟まれています。7節の「すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」も、「忍」ぶで始まり、「耐える」で終わっています。つまり、愛は、...

イエスを主と告白できるのは(コリントの信徒への手紙一 12章) 22.01.2024

…また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。 (コリントの信徒への手紙一12章3節) 12章を読むと、わたしはかつての罪深い自分の姿を想い起こします。悪霊に「誘われるままに、ものの言えない偶像のもとに連れて行かれ」ていたことを、です(2節)。しかし、悪霊の配下にあった罪深いわたしが悔い改めて「イエスは主である」と告白できたのは、ひとえに永遠の神であられる聖霊の働きによることでし...

福音の言葉で満たされ遣わされる(マルコによる福音書 1章14-20節) 21.01.2024

イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。 (マルコによる福音書1章17節~18節) キリストは、シモンとその兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になりました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われると、二人はすぐに網を捨てて従いました。人間をとる漁師、すなわち悔い改めの福音を宣教する者(14、15節)への召しに対して、二人は...

弱いものに思いやりのある人(コリントの信徒への手紙一 41編) 20.01.2024

いかに幸いなことでしょう 弱いものに思いやりのある人は。 (コリントの信徒への手紙一41編2節) 私たちは、この世界では、「強いもの」がたくさんの利益を得て、「弱いもの」が損をしているように思える時があります。もし「弱いもの」が損をする世界であれば、「弱いもの」は、最終的に見捨てられ、「強いもの」だけが生き残っていきます。生き残りたければ、「強いもの」になって、自分の力で生きる道を勝ち取っていかなければな...

わたしの記念として行いなさい(コリントの信徒への手紙一 11章) 19.01.2024

感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 (コリントの信徒への手紙一11章24節) 11章1節で、「わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい」と言われます。これはパウロが自分を誇って言うのではありません。自分の弱さを認めて神の憐れみを切実に求めるパウロのように、聖霊に導かれて...

逃れる道をも備えられる真実な神(コリントの信徒への手紙一 10章) 18.01.2024

神は…あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。 (コリントの信徒への手紙一10章13節) 神は、エジプトで奴隷として虐げられていたイスラエルの民を救うためにモーセを遣わし、エジプトに十の災いを下して、民をエジプトから救い出されました。しかし、エジプトから救われた民は、すぐには乳と蜜の流れる約束の地に入ることはできませ...

キリスト者の自由とは何か(コリントの信徒への手紙一 9章) 17.01.2024

わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。 (コリントの信徒への手紙一9章19節) コリントの教会には、パウロを使徒として認めようとせず、彼の言動を批判する人たちがいました。そうした人たちに対して、彼は「わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか」...

躓きを与えないための配慮(コリントの信徒への手紙一 8章) 16.01.2024

ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい。 (コリントの信徒への手紙一8章9節) 当時、食卓に並べられる肉の中には、異教の神殿で神々への供え物としてささげられた後に市場へ移されたものがたくさんありました。コリント教会の中では、これを気づかって、「偶像にささげられた肉は食べてはならない」と考える人たちがおり、その一方で、「偶像などない。肉を恐れる必要はない...

キリストのものとして生きる(コリントの信徒への手紙一 7章) 15.01.2024

あなたがたは、身代金を払って買い取られたのです。人の奴隷となってはいけません。 (コリントの信徒への手紙一7章23節) この書物が書かれた当時のギリシア・ローマの社会では、妻は夫の所有物のようにみなされていました。しかし、ここでパウロは、男性と女性が神の前に等しいものであると教えています。独身については、主に仕えるために一人でいると決め、それができる人はそうすればよいと教えるように、必ず結婚しなければな...

キリストが天からの力で励ます(ヨハネによる福音書 1章43-51節) 14.01.2024

更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。 (ヨハネによる福音書1章51節) キリストに出会ったフィリポは、ナタナエルに出会って言いました。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った」(45節)。すなわちメシア、キリストに出会ったと。キリストがナザレの人であることに偏見を持ったナタナエルに、フィリポは「...

急いで助けてください(詩編 40編) 13.01.2024

主よ、走り寄ってわたしを救ってください。 主よ、急いでわたしを助けてください。 (詩編40編14節) 信仰者は、本当に信頼すべきお方を知っています。詩編40編は、「主にのみ、わたしは望みをおいていた。主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった」と語りはじめます(2節)。そして、「いかに幸いなことか、主に信頼をおく人」とも語ります(5節)。私たちは、たとえ望みのないと思える時であっても、主なる神に信頼することができ...

わたしの体は誰のもの(コリントの信徒への手紙一 6章) 12.01.2024

知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。 (コリントの信徒への手紙一6章19節) 「わたしには、すべてのことが許されている」(12節)。これはおそらくコリント教会のスローガンです。霊に満たされたなら何でも自由だと信じていました。しかし、彼らは自由と放縦を履き違えていたのです。 何と教会のメンバーが「娼婦と交わ」ってい...

罪に気づき離れるために(コリントの信徒への手紙一 5章) 11.01.2024

いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。 (コリントの信徒への手紙一5章7節) 5章から、パウロはコリント教会の具体的な問題と取り組みます。性的な不品行が起きていました。それは「父の妻をわがものと」するほどで、異邦人の間でもまれなことでした。 パウロは、教会の陥っているこの状態を「パン生地」にたとえます。大きなパン生地...

管理者に求められることは(コリントの信徒への手紙一 4章) 10.01.2024

こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。 (コリントの信徒への手紙一4章1節) パウロは言いました。「わたしは、自分で自分を裁くことすらしません」(3節)。振り返って落ち込まない、すっきりとした生き方です。 パウロは自分のことを「神の秘められた計画をゆだねられた管理者」と考えていました。ただし、この管理者は、警備員のように神の神秘を...

目標をしっかりと見つめて(コリントの信徒への手紙一 3章) 09.01.2024

わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。 (コリントの信徒への手紙一3章10節) パウロは教会を建物にたとえます。コリント教会はパウロの開拓伝道に始まったのですから、彼は設計図を書いて建物の土台を据えた人です。続くアポロは、建物の骨格を組み立てた人と言えるでしょう。 ただしパウロの注目点は、建てた人ではなく、どこに建っている...

わたしにも恵みが恵みが(コリントの信徒への手紙一 2章) 08.01.2024

「目が見もせず、耳が聞きもせず、 人の心に思い浮かびもしなかったことを、 神は御自分を愛する者たちに準備された」 と書いてあるとおりです。 (コリントの信徒への手紙一2章9節) 誰も思いつかなかったこと。私たちの想像を遥かに超える、「世界の始まる前から定めておられた」(7節)よい計画を神はお持ちです。 私たちは、自分が救われているか、不安になることがあります。しかし、救いの保証が永遠からあるのです。神が計画...

神の子が私のために死なれた(マルコによる福音書 1章4-11節) 07.01.2024

すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。 (マルコによる福音書1章11節) 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えました(4節)。ヨハネは、キリストの到来を預言する使者として、神から遣わされた人でした。彼は自身について、「わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない」と語りました(7節)。自分はキリストに比べるな...

この人生も無に等しいのです(詩編 39編) 06.01.2024

御前には、この人生も無に等しいのです。 ああ、人は確かに立っているようでも すべて空しいもの。 (詩編39編6節) 「人生も無に等しい」という言葉は、人生に対する否定的な言葉に思えるかもしれません。しかし、「御前には、この人生も無に等しいのです」と語っていることに注目したいと思います。人生の空しさ、はかなさを正しい意味で理解することは、永遠からおられる神に対する信仰があって初めてできることです。 私たちは、...

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