永瀬清子の世界

永瀬清子の世界

Arts JA ↓ 120 episodes

岡山県出身の詩人・永瀬清子さんの詩をRSKアナウンサー 小林章子の朗読でお届けします。どんな景色が心に浮かぶでしょう?人生のステージや生活に合わせて読むことができる永瀬さんの詩の世界。多感な時期の悩み、結婚、両親、夫や子供など家族のこと、生活の中での驚きや発見、山や川、植物や天体など自然について、世の中について、老いについて。永瀬さんの詩は、過去の自分を振り返ったり、これから行く道の道しるべにしたり、人生を一緒に歩いてくれるようです。

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永瀬清子の世界

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Jul 6, 2026

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Episodes

#45 「にせ物語 d入浴」 03.02.2025

身近な人だからこそわかってくれるに違いないという期待や思い込みが、よかれと思ってしたことが、相手の気持ちにそぐわないことはあるものです。「女」が、友達にさえ理解されない思いを綴るのは、ノートでも原稿用紙でもなく手近な「台所の日めくりの余白」です。夫婦のありふれた生活が「台所の日めくり」に象徴され、その余白には、それぞれの思いが託されるのです。「女」の気持ちを思いつつも、「夫」が「女」の望む通りの言...

#44 「降りつむ」 27.01.2025

静かな詩です。雪は「かなしみ」の象徴。繰り返される「降りつむ」の言葉。しんしんと静かに降り積もる雪が視点を変えて描写され、「かなしみ」の深さが伝わってきます。さらに「その下からやがてよき春のたちあがれと雪が降りつむ」と、やがて来る春への希望があり、深く沈んだ「かなしみ」から視点が変わるのです。視点を変えながら「かなしみ」と希望は繰り返すかのように「かなしみの国に雪が降りつむ」で始まり終わることから...

#43 「一月」 20.01.2025

永瀬さんは、一年を登山にたとえてこの詩を書いています。「力一杯の辛抱 力一杯の投球」の結果、苦しみや悲しみ、辛い出来事があっても、今年はよいことに出会うかもしれないという希望をもちながら新しい年を迎えるのです。詩の最初にも終わりのほうにも「一足ごとの足裏に感じるほゝえみです」とあります。この繰り返しには、去年も今年もよい年を願う希望が託されているかのようです。山に登れば降りる。生きていると平坦な道...

#42 「熊山橋を渡る 一九四八年一月十四日」 13.01.2025

永瀬さんは、戦争が終わった1945年11月に現在の赤磐市の家に帰ってきました。翌年から農業にたずさわり、都会とは違う新しい生活の中で、様々な出会いと発見をし、まるで突然目が覚めたように詩を書いていた頃、この詩が生まれました。永瀬さんが渡った熊山橋は、現在のような立派な橋ではなく、木製の板を打ち付けて作られた「曲がりくねった低い仮橋」で、架けても流されることが繰り返されていました。終戦後に何度も洪水で流さ...

#41 「新年よ」 06.01.2025

永瀬さんは、新年を題材にした詩も書いています。新しい年を迎えると気持ちが新たになります。それは、楓、柳、いちょうが落葉しても新たに芽吹いて葉を茂らせていくようです。そしてよい年であることを願うのは、今も昔も同じです。その願いは、皆それぞれですが、この短章に書かれた「私」の願いは、「私」の言葉が「ただしく人に聴かれうけとられる」こと、すなわち自分の言葉が聞き手や読み手に誤解されず正確に伝わることです...

#40 「元日」 30.12.2024

まるで子どもの頃に戻ったかのように母親と過ごすあたたかいお正月の詩です。外は寒く疲れて熱が出ていても、母親の気配があるだけでほっとするような心持ちが感じられます。いくつになっても自分の心の中にいる子どもが出てきて、母親に甘えているようでもあります。そのうち「私」は、自分が生まれた時のことにも思いをいたすのです。永瀬さんのお母様は、安産であったことを明治三十九年二月十七日の日記に書いていました。多く...

#39 「一本の幹で」 23.12.2024

永瀬さんの詩は、戦中に発表した詩「大いなる樹木」のようだと〈樹木〉に象徴されることがあります。つまり、「一本の幹で城のように立っている樹」です。ところがこの詩の〈樹木〉は、ちょっと違います。「いつのまにか他人の根が」からまっているような、どこか頼りない〈樹木〉なのです。そして「私」は、とまどいながら、最後の最後に「お互のかなしい刺のみが お互を支えあっていることを」知るのです。一人で生きているつも...

#38 「都わすれ」 16.12.2024

詩「都わすれ」では、かつて暮らしていた東京への思いと「田舎」の暮らしの間で揺れている「私」が、「田舎」で生きることを受け入れていこうとする心が書かれています。そしてその心は、「次の季節のため」の「田んぼの土おこし」や、「何十年さきのため」に苗木を山に植えていく作業に託されていくのです。この詩は、昭和23年に発表した時には、「都会わすれ」という題名でした。その後、少しずつ書きかえられていき、「都わすれ...

#37 「あの方の父上は-一番下っぱの弟子のことば」 09.12.2024

宮澤賢治と永瀬さんは、「東北と備前のちがいはあっても」似たような境遇の詩人でした。「あの方は本物の百姓ではなかったから」の詩句は、社会貢献を考えながら理想を追い求めた二人の共通点を端的に表しています。だから永瀬さんは、人のために尽くし若くしてこの世を去った賢治の生き方を尊敬しつつも、自分にも尽くす生き方を選び取っていきました。「この世ではダメ宗旨」に共感せずにいられないのは、どこかユーモラスに賢治...

#36 「冬」 02.12.2024

詩「冬」は、初冬の新田山(しんでんやま)を題材にした詩です。冬枯れていく山の色を「鳶色」と「エメラルドグリーン」の「美しい縞」と表現し、さらにその山を「私の衿巻になりそうだ」と、たとえたことにはっとさせられます。永瀬さんには、山の落葉樹と常緑樹がこのように見えているのです。そんな「美しい縞」の山を衿巻にしようと思う「私」の発想の大きさも感じられます。新田山は、永瀬さんの生家から見えるので、毎日の微...

#35 「捕え得ず」 25.11.2024

永瀬清子さんは、生涯現役を貫いた詩人です。この詩を読んでいると、老いてなおよい詩を求めて日々書き続けていたこと、そして現在の赤磐市で農作業をしながら暮らした日々がいかに充実していたかが浮かび上がってきます。一方では、かつての日々が「捕えんとして捕えがたい幸せ」であったことにも気づいています。つまり、その時には気づかなかった幸せが、年を重ねた今わかるようになったことを書いているのです。永瀬さんの詩は...

#34 「焔について」 18.11.2024

永瀬さんは、現在の岡山県赤磐市松木で暮らし始めた頃、山の木を切って薪を作って、かまどでご飯を炊いていた時期がありました。世帯場すなわち台所には、まだ電燈がついていなかったので、ゆれる焰、薪のはじける音などを感じながらご飯を炊いていたのだと思います。のちに永瀬さんは、「何だか原始的な焰の美しさが私にはうれしくて、あとで電燈をつけて貰えた時、動かぬ平凡な光に逆にがっかりした」(『すぎ去ればすべてなつか...

#33 「梢」 11.11.2024

この詩の最後「こころのめくら」という表現は、不適切な表現ですが、1932年の作品発表時の時代的背景、また著者が故人であるという事情に鑑み、そのまま朗読しています。 「梢」は、1932年春に永瀬さんの従兄が亡くなり、やり場のない悲しみを書いた詩です。この従兄は、永瀬さんが詩人を志した時に、広く学ぶことが必要なのだと心理学や経済学など様々なジャンルの本を紹介して、応援してくれた人でした。永瀬さんは、「梢」...

#32 「十一月」 04.11.2024

「十一月」詩は、冬の訪れを感じる頃、樹木がより美しく生長するために、不要な枝を整理していく様子を書いています。次の季節への準備をするために斧や鉈で切られていく枝葉、そして次第に美しく整っていく樹形。切られた枝葉は燃やされていきます。これらを思うと永瀬さんの詩を書く姿とも重なります。詩を書くためには、書きたいことを掴み、言葉を選び、詩ではないものも薪のように加えながら、自分にしか書けない詩を書きたい...

#31 「梳り(くしけずり)」 28.10.2024

詩「梳(くしけず)り」は、長い髪がもつれ乱れるように、「私」が「あなた」との間で迷い、疑い、思い悩む姿を書いています。髪をくしけずる、つまり櫛で髪をといて整えるように、「私」の心を整えたいと思っているのです。「私」の迷う心を言葉にしていくことで心が整理され、「私」の心がくっきりとしていきます。「私」と「あなた」を見つめるこの詩からは、掌編小説のような物語も見えてきます。自由に想像をひろげ、世界を見...

#30 「吉井川によせて」 21.10.2024

永瀬さんは、「吉井川によせて」の中で、吉井川を「古くてあたらしい女」だと表現しています。そして「お前はいつも私だ」と自分と重ねていることが印象的です。永瀬さんは、岡山県の三大河川である吉井川、旭川、高梁川を「美しい三人の姉妹」にたとえた詩も作っています。永瀬さんの暮らした赤磐市松木は吉井川が近くを流れることから、とりわけ親しみを感じ、日頃から詩人の目でみつめていたことが想像されます。<文・小林章子...

#29 「秋の日に」 14.10.2024

永瀬さんは、農業に勤しみながら、詩を作りました。永瀬さんの言葉は、実体験に基づく力強さがあります。<文・小林章子>

#28 「草の実」 07.10.2024

「草の実」は、1977年に「また」という題名で発表し、十数年かけて書き直していったものです。永瀬さんは、この作品で、10代の頃から詩を書き続けてきた半生を振り返っています。晩年の永瀬さんは、詩を書いてきたことが、「大きな何者かの計画どおりだった」。つまり何か目にみえない大きな存在に書かされていたのではないかと考えないではいられなかったようです。永瀬さんは、いい詩は暗唱できるとたびたび語っています。それは...

#27 「夜に燈ともし」 30.09.2024

永瀬さんは、自分の詩に絵を添えた色紙を描いています。子どもの頃から絵を描くことが好きで、目に見えるように詩を書くことを心がけていた永瀬さん。この詩の一節に絵を添えた色紙が赤磐市に寄贈された資料の中にありました。皆が寝静まった夜に小さな明かりをともして詩を書いていたことを、淡い藍色の丸の中にシャーベットオレンジの丸が水彩絵の具で表現しています。一人で静かに過ごす夜、この詩がぐんと身近になるかもしれま...

#26 「一粒の蓮の実」 23.09.2024

この短章の冒頭にある「一粒の蓮の実を長く隠しておくことだよ」は、鮎川信夫さんの言葉です。永瀬さんは、17歳から詩を書きはじめ、詩という「一粒の蓮の実」を育てていました。そしてそれはすぐに実るような簡単な願いではありませんでした。その頃、短歌や俳句は女性の教養として認められていたのに、詩はそうではありません。出発点からして困難な道を選んでいたのです。50代の永瀬さんは、「詩人は何を報われるのか/だんだん...

#25 「老いたる友 c 八十才をすぎた友人のことば」 16.09.2024

永瀬さんは、 2 歳の頃に父の仕事のため金沢に転居し、終戦の年に岡山に帰ってきたので、岡山には友達と呼べる人はいませんでした。そしてできた最初の友達は 1888 年生まれの杉山千代さん。永瀬さんとは親子ほど年が違いますが、それは関係ありませんでした。少しでも自分の至らないところを改めて、よりよく生きようとする杉山千代さんを深く尊敬していた永瀬さん。日々を新しく生きようと願う永瀬さんの心には、杉山千代さんの...

#24 「貴方がたの島へ」 09.09.2024

永瀬さんは、戦後間もない頃から、長島愛生園・邑久光明園・大島青松園の入所者の方々と詩を通じた交流をしていました。「貴方がたの島へ」は、永瀬さんが長島愛生園の機関誌『愛生』に発表した詩です。今年6月、この詩を朗読した俳優の竹下景子さんにうかがいました。「永瀬さんの詩は、人としての尊厳を高らかに謳い上げている。永瀬さんのその心意気にまずとても力をもらいました。同情するだけじゃないのよっていう、憐れんだ...

#23 「わずかの時間に」 02.09.2024

永瀬清子さんがこの詩を書いたのは、永瀬さんが63歳のとき。夏の終わりの風景に「とどまれ」と呼びかける場面が印象的です。永瀬さんは41歳のときに書いた「この夏の最後の詩 我夏を恋う、夏を恋う」の中でも、夏の終わりの美しい瞬間に「とどまれ」と願っていました。夏の終わりの美しさを紙に写し取る余裕のない年月は過ぎ、ようやくその瞬間を逃さず、紙と筆で捕えられるようになった喜びが書かれています。<文・小林章子>

#22 「土に近く」「この夏の最後の詩 ー我夏(われ、なつ)を恋う、夏を恋う」 26.08.2024

永瀬清子さんは、農業にも従事していました。「土に近く」というのは、日中の仕事においても、またこの詩にあるように夜寝ているときにさえ、感じていたことなのでしょう。永瀬さんの敬愛する作家、宮沢賢治も農業への造詣が深く「土に近い」という共通点がありました。永瀬さんの作品には、土に近い感覚があるからこそ表現できる命や宇宙があるように感じます。<文・小林章子>

#21 「踊りの輪」 19.08.2024

永瀬清子さんは、この「踊りの輪」を「盆踊りの時の詩」であるけれども「西洋の湖水のほとりみたいなところで、妖精の出てくるような土地のことを思いながら、書いていたという気持ちがする」と語ったことがあります。永瀬さんを研究する学芸員、白根直子さんは、「松木での暮らしと大正時代の『赤い鳥』で読んだ西洋が混ざっているイメージをお持ちだったようだ」と話しています。<文・小林章子>

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