永瀬清子の世界
永瀬清子の世界
岡山県出身の詩人・永瀬清子さんの詩をRSKアナウンサー 小林章子の朗読でお届けします。どんな景色が心に浮かぶでしょう?人生のステージや生活に合わせて読むことができる永瀬さんの詩の世界。多感な時期の悩み、結婚、両親、夫や子供など家族のこと、生活の中での驚きや発見、山や川、植物や天体など自然について、世の中について、老いについて。永瀬さんの詩は、過去の自分を振り返ったり、これから行く道の道しるべにしたり、人生を一緒に歩いてくれるようです。
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Episodes
#20 「美しい国」 12.08.2024 3:59
「美しい国」は終戦の翌年、昭和21年(1946年)10月に発表されました。永瀬さんは、終戦の翌年から次々と詩集を出版し、この「美しい国」を表題作とした詩集『美しい国』を、昭和23年(1948年)に出版しています。永瀬さんは「国や性別を超えて幅広い世代の人に届けたいという思い」を持っていました。そこで、英訳しても美しさがでるような詩を意識していたようです。永瀬さんの次女の井上奈緒さんは、「母が詩をつくるときには、...
#19 「有事」 05.08.2024 3:59
永瀬清子さんは、戦時中、軍の言論統制に悩まされていました。多くの詩人が、表現の自由を奪われた時代、永瀬さんは戦争を賛美する詩を他の詩人と同様に「辻詩集」に寄せています。「日本の妻はなげかない。/その時敵弾が彼をつらぬいたときいてさへ/なほその頬にはほほえみがのぼる。」 永瀬さんは戦時中の想いを1988年にRSKが制作した番組で語っています。 「情報局がきて必ず雑誌を見るわけ。表紙はこれではいけないとか、こ...
#18 「星座の娘」 29.07.2024 3:59
永瀬さんが生きた時代は、女性の幸せは結婚で「良妻賢母」であることが世の中に認められる生き方でした。そして、永瀬さんは家を継がなければなりませんでした。永瀬さんにとって、詩人という生き方は、女学校を卒業したらすぐに結婚させたいと考える両親の愛情に反することになり、自分の理想と現実に引き裂かれるような思いでした。永瀬さんを研究する学芸員、白根直子さんは「星座の娘にある複雑な思いは、晩年の永瀬さんならば...
#17 短章「手さぐり人生」 22.07.2024 4:00
「手さぐり人生」は、1980年、思潮社の短章集「焔に薪を」に掲載されています。夫を不満に思っていたことが娘の一言で後悔へとつながり、近所のおじさんのユーモアで笑い涙にかわる、永瀬さんの心の動きがまっすぐに伝わってきます。<文・小林章子>
#16「私は地球」 15.07.2024 4:00
永瀬さんの詩は、驚きや発見に満ちており、「私は地球」もそうした詩のひとつです。「私」と「地球」を等しく捉え、大きく広く、小さく狭く、視点を変えながら書かれています。たとえば、一人の愛は「ペンペン草のかげで雨やどりしているようなもの」と頼りなく弱いものです。ところが、その愛は「挫折の時に/ついに押しつつむ屍衣」、つまり、時としてどのようなことも受け入れて包み込む大きさ、強さとなるのです。「私」が秘め...
#15「歓呼の波」 08.07.2024 4:00
昭和十二年、1937年。この年のことを、永瀬さんは自筆の年譜に書いています。「二月、次女奈緒生まれる。三月、父歿(ぼつ)、六月、舅歿、七月、支那事変はじまり夫の応召(おうしょう)、東京駅は兵隊と歓送者とで身動きもできぬほどであった。夫は岡山四十八聯隊へ入隊。秋、夫は中国へ出征した。夫は保定の激戦の直前、肺浸潤のため後退し、危うく全滅をまぬかれた」永瀬さんにとって激動の一年となった昭和十二年。産後間もな...
#14「七月」 01.07.2024 3:59
永瀬清子さんは、随筆「小鳥と花の意味」に、岡山出身で小鳥博士といわれる川村多実二(かわむらたみじ)さんの言葉を引用して詩を書くことへの決意を表明しています。「『花の美しいのは地球の春をかざるため、小鳥の啼くのも地上の春をかざるため。だからご覧、その相互関係のため人間の存在によって花は一層美しくなりうるのだ』と。私はこれをきいて一つの救いに出あった事を感じた。私たち詩を書く者が希望を失って、何のため...
#13「合唱組曲「燃える故郷」五章 やけこげの」 24.06.2024 3:59
お聴きいただいているのは、永瀬清子さんが作詞、木下そんきさんが作曲し、1981年6月、岡山合唱団により初演された合唱組曲「燃える故郷」のうち五章「 やけこげの」です。この組曲は、1945年6月29日の岡山空襲を伝えるもので、七章で構成されています。五章「やけこげの」には、苦しい生活の中でも希望をもって暮らす子どもの姿が描かれています。多くの人に読まれている「降りつむ」という詩にもつながるような希望や励ましがあ...
#12「六月の夜」 17.06.2024 3:59
この詩は、六月の夜、川沿いのポストに投函するときの様子を描いたものですが、永瀬さんは随筆「美しい夏至」の中にも、川沿いのポストへ投函にゆくときのことを書いています。「夕食後うす闇のころ、私の家の近くを流れ岡山市内を貫流する西川という用水の下手の橋の所まで手紙を入れにいった。家の近くの橋で川むこうにわたり、川沿いの道を下っていくと川幅はそのあたりで五、六メートルはあり、水無月(みなづき)の川はなみな...
#11「揺れさだまる星」 11.06.2024 4:02
「揺れさだまる星」では、永瀬さんが田植えのために水を引いていた時、前日に読んだ伊東静雄の詩の世界が自分の目の前に現れた驚きを書いています。「いろんな事を知らないでいる人と知っている人とでは同じ道を歩いても深さがちがう」「つらい世の中を忍耐してゆく時にも小さなよろこびを知っている人は強い」と考えていたからこそ、感じることができました。<文 白根直子>
#10「イトハルカナル海ノゴトク」 03.06.2024 4:00
永瀬清子さんと生前交流のあった詩人・谷川俊太郎さんは「イトハルカナル海ノゴトク」の決然とした口調に魅せられたといいます。 <谷川俊太郎さんインタビュー> 「永瀬さんとの関わりあいというのは、僕は小学生のときからなんですよ。私の父が永瀬清子さんの詩が好きで、永瀬さんの詩集を書庫に置いていたのね。で、僕が他人のものに関心を持ったときに永瀬清子の詩集があったもんだから、それで読み始めて、ほかの現代詩とちょ...
#9「わが麦」 27.05.2024 3:59
永瀬さんは、麦の収穫について書いた詩や随筆なども残しました。たとえば随筆「麦刈日記」(『女詩人の手帖』日本文教出版 1952 年)には、夫や子どもたちと麦を刈りとって荷車で運び、玄関に積み重ねたことを書いています。この詩では、「おまえは黄金色の絃なんだ。/思いのままに鎌で弾く瞬間なんだ。」と、チェロを演奏するかのように、夕暮れに一人で麦を刈っている「私」の姿を表現しており、まるで一枚の絵のようです。永瀬...
#8「植林の詩(うた)」 20.05.2024 3:59
永瀬清子さんは、1950年の随筆「山刈り」の中に、植林の前、山全体にびっしり生えつまった「女子竹(おなごだけ)」を刈り取ったことを書いています。女子竹を初めて見て「筆の軸!ああこれは大変な天然資源ではないのかな、或いは天然記念物ではないのかな」と驚き、そのときの山の様子を「生えつまっていても竹なので、なんとなくすき通り、奥行きが明るくて葉ずれの音と一緒に金色の陽の光がチラチラしている」と表現しています...
#7「アンターレス さそり座への願い」 13.05.2024 4:00
この詩は、永瀬さんが亡くなる2年前の1993年5月に発表し、没後直ちに出た詩集『春になればうぐいすと同じに』に収録されました。この詩に書いたお母さんのエピソードは、永瀬さんが随筆や短章に書き、講演で何度も語っている大切なエピソードのひとつです。永瀬さんは、この詩を発表した一年半後、1994年11月に井原市文学賞の選考中に倒れて入院しました。まるで自分の最期を予言するかのようです。永瀬さんは、1995年2月17日の誕...
#6「めぐってくる五月には」 06.05.2024 4:00
「めぐってくる五月には」は、1990年、思潮社が出版した現代詩文庫の『永瀬清子詩集』に収録されています。永瀬さんを長年研究する赤磐市教育委員会の学芸員・白根直子さんは「草木の緑が燃えるように鮮やかになる五月。新しい季節を迎えると、自分自身も新しく生まれ変わるような気がします。そんな季節のめぐりのように、何度でも立ち上がり、やり直していこうとする姿に励まされる詩」だといいます。永瀬さんの詩は、時を越えて...
#4「大いなる樹木」 21.04.2024 4:09
「大いなる樹木」は1947年に出版された第三詩集の題名にもなった代表的な詩です。1945年の岡山空襲で永瀬さんの自宅は焼け残りましたが、戦後は現在の赤磐市松木の生家に移り、慣れない農業に勤しみます。そうした時代に、大いなる樹木のようであろうとした永瀬さんの決意は並々ならぬものであったと想像します。 <文・小林章子>
#3「諸国の天女」 15.04.2024 4:07
「諸国の天女」は1940年に出版された永瀬清子さんの第二詩集「諸国の天女」に初めて収録されています。この詩について、永瀬さんは随筆「本当はどうなのだろう」に次のように書いています。 「天女がいつか天へ帰りたいと願うのは当然である。しかしやはり本当はどうなのか。天へ帰った天女のほかに、人は気づかなくても夫や子供のため、働く女として地上に止まった天女がもっとありはしないだろうか。私にはそうした天女がありそ...
#2「グレンデルの母親は」 12.04.2024 4:01
「グレンデルの母親は」は、1930年に出版された第一詩集「グレンデルの母親」に収録されています。 永瀬さんの随筆によれば、「グレンデル」とはイギリスの古い英雄物語詩「ベーオウルフ」に登場する怪物の名前です。永瀬さんは、「グレンデルの母親」の瞳を「古怪=古く怪しい」と書きますが、「不思議、風変り」だと表現しています。そして、そのこどもたちはやがて北方の「大怪(だいかい)=大きな怪物」になり、ひとりで「サ...
#1「あけがたにくる人よ」 11.04.2024 4:03
永瀬清子さんは、1906年、現在の岡山県赤磐市に生まれました。 1995年、89歳の誕生日に生涯を閉じるまで、生涯現役の詩人を貫いた「現代詩の母」です。多感な時期を金沢・名古屋で、結婚して大阪・東京で暮らし、1945年に夫の転勤で岡山市に帰りました。戦後、現在の岡山県赤磐市松木で農業に従事しながら詩を書き、詩の雑誌「黄薔薇」を創刊。岡山県詩人協会の初代会長も務め、後に続く詩人を育てました。 また、ハンセン病の入所...
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