永瀬清子の世界

永瀬清子の世界

Arts JA ↓ 120 episodes

岡山県出身の詩人・永瀬清子さんの詩をRSKアナウンサー 小林章子の朗読でお届けします。どんな景色が心に浮かぶでしょう?人生のステージや生活に合わせて読むことができる永瀬さんの詩の世界。多感な時期の悩み、結婚、両親、夫や子供など家族のこと、生活の中での驚きや発見、山や川、植物や天体など自然について、世の中について、老いについて。永瀬さんの詩は、過去の自分を振り返ったり、これから行く道の道しるべにしたり、人生を一緒に歩いてくれるようです。

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永瀬清子の世界

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Jul 6, 2026

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Episodes

#120「風は」 06.07.2026

「風」と「私の詩」は、欠けているものを埋めようとするという点で共通しています。「西側の窓が開いていなければ/東風は入りません」とあるように、閉ざされていれば風は通り抜けられず、そこに開かれた場所があってこそ、はじめて風は吹き抜けることができます。「小さな流れのように」咲く朝顔もまた、「風」と同じく「ひきつけられる流れ」を体現しています。そして、「完全には開けないでいる」朝顔の花の姿は、まだ咲ききれ...

#119「短章『唇』」 29.06.2026

永瀬さんが暮らしていた松木の辺りでは、6月半ばくらいから田植が行われます。田植は永瀬さんにとって印象深い出来事だったようで、詩や随筆にもたびたび登場します。田植が終わったばかりの田に、二子に分かれた山の頂上が映り、唇のように見える風景は、後に詩「アンターレス」(『春になればうぐいすと同じに』)にも登場しており、永瀬さんが好んだ風景だったのでしょう。けれども、苗が生長して水面が見えなくなると、この風...

#118「短章『雨について』」 22.06.2026

「私」は、岡山から東京へ向かう新幹線の窓から、雨と一緒に旅をしているかのように景色をながめています。雨を追いぬき、追いつかれながら走る新幹線。雨に濡れた道路は紺色、小学生の雨傘の赤や黄色の色、雨は「大きな銀色のスカート」、それぞれが鮮やかな色とともに、景色が目の前に浮かび上がります。ていねいな描写を重ねた後、一息に発見を語るのです。それは、東京に着いた「私」は、雨は空から地面まで垂直に降ってくるの...

#117「合唱組曲『燃える故郷 ――六月二十九日の歌 一章 旭川』」 15.06.2026

永瀬清子さんは、1945年6月29日の岡山空襲を伝える合唱組曲「燃える故郷」の作詞を手がけました。作曲は木下そんきさん、初演は1981年6月、岡山合唱団によるものです。七章からなる組曲の第一章は「旭川」です。岡山県の三大河川のひとつである旭川が擬人化され、河の流れは岡山空襲の夜の出来事を「河はいまでもおぼえている」、「忘れずうたっている」と私たちに語りかけてくるようです。永瀬さん自身も戦争体験を詩や随筆などに...

#116「苔について」 08.06.2026

永瀬清子さんの小さなもの弱いものへのまなざし。そのまなざしが向けられたもののひとつにコケがあります。在野でコケの研究を続けた井木張二(いぎ ちょうじ)さんは、イギイチョウゴケの発見者で、岡山コケの会の初代会長を務め、終生コケの魅力を広く伝え続けました。永瀬さんに苔の魅力を教えたのも、この井木さんでした。永瀬さんは、井木さんの案内で京都の苔寺を訪れました。そこでの体験について、「苔を書くのは昔からの...

#115「夏花」 01.06.2026

詩「夏花」は、永瀬さんが赤磐で農作業をしていた頃に書いた詩です。「私」は、井戸のそばに咲きはじめた葵の花を見つけ、その美しさに目を留めます。花が咲き始める姿は、刻々と変わっていくので、その美しさを急いで絵に描いてとどめたいと願いました。けれども農作業にも、その時にしなければならないことがあります。サツマイモの苗を植えるのもその一つでした。そこで「私」は、紙ではなく「心の底にのみ」葵の花の美しさを刻...

#114「短章『右手』」 25.05.2026

「私」は〈右手〉が利き手なので何かをするときには、自然と〈右手〉を使います。疲れや痛みがあっても、左手よりも使いやすいために、かばいたい気持ちもありながら、つい頼ってしまうのです。〈右手〉は、「働きたがる」と「かわりたがる」という、相反する気持ちの間で揺れています。つまり〈右手〉は、休めず働き続けること、常に頼られ続けていることの象徴です。物事をスムースに進めるためには欠かせないのに、大切にしても...

#113「短章『紫』」 18.05.2026

話し始めた時に話の腰を折られる経験は、誰しも経験があるのではないでしょうか。「彼女」の言葉は、「私が詩人であるという事だけ知って」いるので、詩人ならばこう考えるだろうという思い込みでしかありません。そのために「私」は、「私のことばを本当に聴いたり待ったりするやさしさ(又はまじめさ)を持たない」と憤慨してしまうのです。「彼女」が、「私」の話そうとしていることをわかっているとばかりに話したり、そこから...

#112「出ていった三章 b 焦げついた」 11.05.2026

焦げついた鍋とその中身についても、永瀬さんは詩に書きました。何かが煮立ち、沸騰して泡立つ鍋の中は、まるで「私」の「生」のように様々な出来事が渦巻いています。つまり鍋は「私」の象徴であり、「生」とは、気力も体力も満ちあふれる命そのものが、鍋の中で勢いよく渦巻いている様子を指すのでしょう。そのような鍋の中身もだんだんと少なくなっていき、「るすが私を占める」ようになっていきます。「るす」は、「『死』より...

#111「かなざわ」 04.05.2026

岡山で生まれ、2歳の頃に金沢で暮らし始め多感な時期を過ごした永瀬さん。その後、名古屋、大阪を経て東京で暮らしていました。この詩を書く7年前に発表した随筆には、「しかし日本全国のどこよりもその昔の金沢が私の故郷である」(『北國新聞』1936年8月6日)と書いており、詩「かなざわ」には、ふるさとへの思いが込められています。この詩には、反歌二首が添えられました。反歌とは、長歌の内容をまとめたり補ったりしている短...

#110「短章『固定剤』」 27.04.2026

時間が人を作っていくことを感じる短章です。物が動かないように固定する「固定剤」は、用途に合わせていろいろな種類があります。年を重ねた「私」の固定剤は、他ならぬ〈老い〉でした。くたびれて背中を丸くしているほうが楽になっていくのは、それだけ長い間体を使ってきた証拠です。体は正直に〈老い〉という「固定剤」を受け入れていきます。「固定剤」は、現状を維持したい場合には心強いものですが、立場が人を作るように望...

#109「短章『小鳥の声』」 20.04.2026

小鳥の声を聞き取り書き表そうとするのは、なかなか難しいことです。あの複雑な声をどう書いたらいいのでしょうか。だから「PECHAKUCHA」とローマ字で書いた詩を読んだとき、「私」は小首をかたむけてしまいました。だからこそ「私」は、ミソサザイの鳴き声を書いた宇野善三さんの本を読んで感嘆の声を上げるのです。近年、動物言語学という世界初の学問分野を切り拓いた鈴木俊貴さんは、シジュウカラなど鳥の言葉の研究を続けたこ...

#108「いつまでもあるものそれはない?」 13.04.2026

「いつまでもあるものそれはない?」という題名に、はっとさせられます。「いつまでもあるもの」とは何でしょうか。形あるものは壊れていき、思い出は忘れ去られてしまうならば、自分が残さなければ消えてしまうものかもしれません。年老いてしまった「私」の心に聞こえてくる「やさしい声」。それは、他の人には聞くことのできない「私」だけに聞こえてくる声です。そうした声を自分の中に持っていることは、幸せなことだと思いま...

#107「私は」 06.04.2026

「世間みず」で「井の中の蛙」のような「私」。かつては、自分の「狭さ」や「ある部分しかピントが合はない」ことを「欠点」と思っていました。しかしこの「欠点」は、隠すものではなく肯定すべきものだと考えているところにこの詩の魅力があります。たとえば、昼間のいつもの明るさの中では感じにくい光でも、闇の中では、「少しのすき間から一直線にさしてくる光」は鮮烈な光として届きます。そのように「私」は、自分の「欠点」...

#106「いつかいつか三章 c木瓜(ぼけ)」 30.03.2026

「いつか」という願いは、永瀬さんの詩を貫くもののひとつだと思います。春に花を咲かせ、秋に実を結ぶ。それは、誰に知られることもなく繰り返される自然の営みかもしれません。ところが「私」は、木瓜と心を通わせ、「いつか」という願いを託しているのです。人知れず実った木瓜の実は、「私」ならば価値を認めてくれるのだと信じているかのように、「私」の足許に落ちていました。そのものの持つ価値を見抜くことができるのは、...

#105「心の底では」 23.03.2026

「ホントの心」で通じ合うことを心の底で願っていても叶うことはない。「義理と思惑」で動く世の中では、心は届かないという嘆きばかりです。では、「ホントの心」とは何なのか。嘆くしかないのでしょうか。仮に「ホントの心」が届けば、全ては解決するのでしょうか。この詩は、これらの問いに答えを与えてはくれません。なぜならば、これらは人生の不条理ともいえる、誰にも答えられない問いだからです。ここで漢字の「本当」では...

#104「見えても見えない三章 aミモザ」 16.03.2026

ロウバイ、レンギョウ、タンポポ……そして、ミモザ。春に咲く黄色い花は、景色を一度に明るく暖かくしてくれます。春の訪れを待ち焦がれる「私」は、「十三週間以上も待たせた」と花咲く日を楽しみにしていました。けれどもやっと咲いた時には、その花を見に行くことができず遠くから小さく見えるだけ。それでも、人知れず咲くミモザが、「私にだけは見え」ていたのです。「東山」は、岡山駅前から岡山市中心部を走る路面電車の終点...

#103「短章「サンドペーパー」」 09.03.2026

サンドペーパーが木材や金属をなめらかにするかのように、みつめられて美しくなり光りだす。みつめることは、その人への温かな関心の表れであり、みつめられることは、その関心を自らのものにすることなのでしょう。たった一人でも理解してくれる人がいるだけで、励まされて前に進めるような気持ちになったり、新しく生まれ変わったかのような気持ちになれたりすることがあります。人知れず咲こうとするその姿を知っているのは自分...

#102「短章「もしも私が」」 02.03.2026

私たちは、生きている限り、強くもなれば弱くもなります。その強さや弱さの表れとして「人は裏切ろうと思わずに人を裏切る」うえに「自分は自分をも裏切る」ことになるのかもしれません。そしてこれは昔からの「人間のかたち」とあるように、人間が人間である以上避けられない「悲しみ」なのかもしれません。つまり、「もしも私が死んだら」という仮定は、生き物としての「死」ではなく、「裏切る」ことによる心の「死」といえるで...

#101「短章「あわれみが」」 23.02.2026

すべてを解決するのは、「愛」ではなく「あわれみ」なのかもしれません。ならば、「愛」と「あわれみ」の違いは、どこにあるのでしょうか。そしてなぜ今、「あわれみ」だと思うようになったのでしょうか。「まっすぐに流れる河はない」とあるように、人生も物事も順調に進むばかりではありません。「抵抗なしに進む考えはない」とあるように、悩みや迷いが生じ、思いがけない流れに巻き込まれてしまうこともあります。そのように人...

#100「短章「悲しめる友よ」」 16.02.2026

配偶者との別れは避けがたい現実です。永瀬さんは、そうした現実を見据え「男性より一日でもあとに残って、挫折する彼を見送り、又それを被わなければならない」と述べ、このことを「女性の本当の仕事」だというのです。これは、どういうことでしょうか。年を重ねた永瀬さんは、男性と女性について「本当はどちらが居なくてもうまくやれぬことは同じである」と考えるようになりました。そして、「相手が自分に何もしてくれない、と...

#99「短章「腕なき鬼」」 09.02.2026

短章「腕なき鬼」では、歌舞伎の「綱館」を観て、「老いた女性の枯れて美しい魅力」とともに、戦いに負けた人にも「正当な理由がある」と思いを寄せています。そしてこの思いは、女学生の頃に読んだ古代英語で書かれた英雄叙事詩「ベオウルフ」の梗概をもとに書いた詩「グレンデルの母親は」に通じるものでした。この授業を行ったのは、夏目漱石の一番弟子・中川芳太郎です。こうしたエピソードから愛知県第一高等女学校高等科英語...

#98「短章「季節 a 電柱」 02.02.2026

春が待ち遠しい頃になりました。春を愛した永瀬さんのまなざしには、驚かされることばかりです。「私」が何気なく見ている、電柱のネーム・プレートの春夏秋冬の光。その光を敏感に感じている「私」は、「友なき者」である電柱のネーム・プレートで春の訪れに気づいているのです。「私」も電柱も実は一人ぼっちだからこそ、誰よりも早く春の光に気づくというこの発想。友達とにぎやかに過ごす喜びとはまた違う、「友なき者」だから...

#97「短章「地の人の声」」 26.01.2026

永瀬さんと地元の人たちが乗り合わせたバスの中では、いろいろな話題が交わされていたようです。今際の際に遺された言葉をめぐって、それぞれが亡くなった人に思いを寄せ、我が身に引き寄せている様子を「かすかな声でなにか笑ったような感じ」で、「共感の意を表わした」ことに、しみじみとした思いやつながりが感じられます。「地の人の声」とは、地元の人々が方言で語る声であるとともに、この世からあの世へ旅立った人が、地の...

#96「短章「反衛生」」 19.01.2026

永瀬清子さんは、57歳から岡山県教育庁の中にある、世界連邦都市岡山県協議会事務局に勤め始めました。年齢や仕事のみならず様々な問題を抱えていたこともあり、体調はすぐれなかったようです。それでも若い人に頼みたいことでも自分でやり、「私自身の生命はつねに私に教えてくれる」と「悩め」「力をつくせ」「戦え」「一歩出ろ」という心持ちでいたことがうかがえます。後年の随筆では、年を重ねていく中で得た気づきをいくつか...

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