RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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13 de oct. de 2026
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Episodios
朝も夜も手を休めず種を蒔き続けろ(コヘレトの言葉 11章) 22.10.2025
すべてのことを成し遂げられる神の業が分かるわけはない。 朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。 (コヘレトの言葉11章5節~6節) コヘレトの時代、種蒔きは、ただ地面に種を振りまくだけだったそうです。どの種が実るかわかりません。一つも実らないかもしれません。「実を結ぶのはあれかこれか、それとも両方なのか、分からない」のです(6節)。 皆さんなら、そのような先のわからない状況でどう行動しますか。 コヘレトは、「すべ...
主イエスに人生を懸ける(コヘレトの言葉 10章) 21.10.2025
愚者は労苦してみたところで疲れるだけだ。 都に行く道さえ知らないのだから。 (コヘレトの言葉10章15節) 会社員時代、「このプロジェクトのゴールはどこですか」と何度も問われました。目指すゴールが誤っていると、結果を出せないばかりか、多くの人の努力が報われないからです。 コヘレトは、「愚者は労苦してみたところで疲れるだけだ。都に行く道さえ知らないのだから」と嘆きます(15節)。この愚者は、城壁に囲まれ、安心し...
共に主を見つめる人生(コヘレトの言葉 9章) 20.10.2025
太陽の下、与えられた空しい人生の日々 愛する妻と共に楽しく生きるがよい。 (コヘレトの言葉9章9節) コヘレトは、「太陽の下、与えられた空しい人生の日々、愛する妻と共に楽しく生きるがよい」と私たちに語りかけます。この「楽しく生きる」と訳されている言葉は「見る」という意味を持つ言葉です。聖書協会共同訳は、この箇所を「愛する妻と共に人生を見つめよ」と訳しています。コヘレトはここで、単純に楽しく快楽を求めて生...
気を落とさず神の裁きを求め続ける(ルカによる福音書 18章1-8節) 19.10.2025
「言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。」 (ルカによる福音書18章8節) 主イエスは、「気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために」たとえを話されました。私たちが、祈りが聞かれないと思って気を落としてしまい、祈ることを止めてしまうことがあるからです。 「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わ...
王なる神の御業を見て喜び歌え(詩編 98編) 18.10.2025
琴に合わせてほめ歌え 琴に合わせ、楽の音に合わせて。 ラッパを吹き、角笛を響かせて 王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。 (詩編98編5節~6節) 神は、ご自分が真の神であること、ご自分の民を愛していることを示すためにさまざまなことを成し遂げられます。特に注目すべきは、イスラエルと結ばれた約束を成就していくことです。 神は、ご自分の民イスラエルと結ばれた契約を忘れることなく、必ず守られます。旧約聖書時代の信仰...
答えの出ない問いを打ち破る方(コヘレトの言葉 8章) 17.10.2025
わたしは…昼も夜も眠らずに努め、神のすべての業を観察した。まことに、太陽の下に起こるすべてのことを悟ることは、人間にはできない。 (コヘレトの言葉8章16節~17節) どうしてですか。そう問わずにはいられない理不尽な現実が、この世にも、そこに生きる私たちの営みにも溢れています。受け入れがたい現実を前に、「なぜ」「どうして」と問い続けます。しかも、答えの出ないその問いは、しばしば、新たな怒りや悲しみ、自己嫌悪...
私たちの身を守る知恵(コヘレトの言葉 7章) 16.10.2025
知恵の陰に宿れば銀の陰に宿る、というが 知っておくがよい 知恵はその持ち主に命を与える、と。 (コヘレトの言葉7章12節) 私たちの身を守るものはなんでしょうか。その問いにコヘレトは「知恵の陰に宿れば銀の陰に宿る、というが」(12節)と答えます。口語訳聖書では「陰に宿る」を「身を守る」、「銀」を「金銭」と訳しています。身を守るものは何ですか。その問いに、コヘレトは身を守るものは「金銭」と「知恵」だと言われて...
わたしの命の行方を知る神(コヘレトの言葉 6章) 15.10.2025
これまでに存在したものは すべて、名前を与えられている。 人間とは何ものなのかも知られている。 自分より強いものを訴えることはできない。 (コヘレトの言葉6章10節) 太陽の下で人間を大きく支配している不幸は「死」です。人間には永遠を思う心が与えられていても(3章11節)、永遠に生きるのは神だけです。人の短い日々を思い巡らせば、地上で得た富も財産も名誉も家族もすべては死という終わりが奪います。 この世で与えられ...
人生の短い日々の幸福(コヘレトの言葉 5章) 14.10.2025
神に与えられた短い人生の日々に、飲み食いし、太陽の下で労苦した結果のすべてに満足することこそ、幸福で良いことだ。 (コヘレトの言葉5章17節) ここでは、初めに言葉によるつまずきが述べられます。大言壮語や饒舌は神の言葉の邪魔をし、御旨を裏切る結果をもたらします。そうならないように、主イエスは山上の説教で弟子たちに「一切誓いを立ててはならない」とお命じになりました(マタ5章34節)。 そして、賢者は労働の尊さ...
ひとりよりもふたりが良い(コヘレトの言葉 4章) 13.10.2025
ひとりよりもふたりが良い。 共に労苦すれば、その報いは良い。 (コヘレトの言葉4章9節) コヘレトは地上から虐げが無くならない現実を見て、その世の中で生きなければならない不幸を率直に言葉にします。確かに「人間が才知を尽くして労苦するのは、仲間に対して競争心を燃やしているからだ」(4節)という現実は、今も昔も変わりません。その競争心から、隣人を遠ざけ孤立するならば、人生は空しくなり不幸であると、賢者はつぶや...
救われた者としてふさわしく(ルカによる福音書 17章11-19節) 12.10.2025
「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」 (ルカによる福音書17章19節) 重い皮膚病を患っている人びとを主イエスがお癒しになりました。それは、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」(14節)という言葉によってでした。「重い皮膚病」には「むち」、「こらしめ」という意味があり、この時代には、神から罰を受けたと見なされるものでした。ですから、この病については、それにかかったと判断するの...
主は王として即位される(詩編 97編) 11.10.2025
主こそ王。 全地よ、喜び躍れ。 多くの島々よ、喜び祝え。 (詩編97編1節) 私たちが生きている世界は広大です。自然そのもの、国や民族の営み、そこに生きている人びとの多種多様な考えが、数えきれないほど渦巻いています。それほど広い世界の中で頼れるものがあるとしたら、それはいったい何でしょう。 旧約聖書時代のイスラエルは、神に背いたことの報いを受けました。神を礼拝するエルサレム神殿は破壊され、捕囚民となって外国...
天下の何事にも神の時がある(コヘレトの言葉 3章) 10.10.2025
神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。 (コヘレトの言葉3章11節) 日本のポップ・ミュージックの歌詞に、「永遠などない」というフレーズが出てくることがあります。「永遠」などという夢想じみた不確かな言葉に踊らされないで、確かな現実を見つめたいとの気持ちでしょう。しかしコヘレトは、神が「永遠を思う心を人に与え」たと言います。それは死に定められた人間には手に入らないのですが...
自分で食べて自分で味わえそれも神の恵み(コヘレトの言葉 2章) 09.10.2025
人間にとって最も良いのは、飲み食いし 自分の労苦によって魂を満足させること。 しかしそれも、わたしの見たところでは 神の手からいただくもの。 (コヘレトの言葉2章24節) コヘレトは王としての富と財を用いて地上のあらゆる快楽に身を委ねてみました。それによって人間が幸せになれるのではないかと考えたからです。今でも、お金さえあれば幸せになれると思う人はあるでしょう。貧しい暮らしに疲れていればなおさらです。大昔に...
知恵の教師ダビデの子コヘレト(コヘレトの言葉 1章) 08.10.2025
知恵が深まれば悩みも深まり 知識が増せば痛みも増す。 (コヘレトの言葉1章18節) 以前の日本語訳では「伝道の書」の名で親しまれた書物です。「コヘレト」とは人物の名ではなく、今日では職名と理解されて、原語のヘブライ語のまま「コヘレト」と表記されます。表題に「エルサレムの王、ダビデの子」とあり、伝統的にはソロモン王の作とされてきました。けれども、内容的には旧約聖書の中でもかなり新しい書物と見られますので、ソ...
この都、主がそこにいるとの名で呼ばれ(エゼキエル書 48章) 07.10.2025
都の周囲は一万八千アンマである。この都の名は、その日から、「主がそこにおられる」と呼ばれる。 (エゼキエル書48章35節) 主なる神は、最後にイスラエルの十二部族の土地の割り当てをエゼキエルに示します。既に北イスラエル王国は滅び、南ユダ王国も滅亡しました。イスラエルの十二部族は土地を失いました。しかし、将来、新しい神殿が建てられます。神殿を中心として国が再建されるとき、失われた十二部族は再び土地を与えられ...
世界を潤す神の水、命の川の幻を見る(エゼキエル書 47章) 06.10.2025
「その岸には、…あらゆる果樹が大きくなり、葉は枯れず、果実は絶えることなく、月ごとに実をつける。水が聖所から流れ出るからである。」 (エゼキエル書47章12節) エゼキエルを案内した青銅のように輝く人は、再び彼を神殿の入り口に連れ戻しました。そこでは水が神殿の敷居の下から湧き上がっていて、東の方に流れていました。輝く人に導かれてエゼキエルは北の門から外に回り、東に向かう外の門に行きました。すると水は神殿の...
僕として主に仕える(ルカによる福音書 17章1-10節) 05.10.2025
「もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。」 (ルカによる福音書17章3節) 「つまずきは避けられない」(1節)。私たちは皆、罪ある者ですから。大きい者でも小さい者でも罪を犯しますが、小さい者が大きい者から罪を非難され、突き放されると、つまずいてしまいます。ですから、「もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい」と、主イエスはおっしゃいま...
新しい歌を主に向かって歌おう(詩編 96編) 04.10.2025
新しい歌を主に向かって歌え。 全地よ、主に向かって歌え。 (詩編96編1節) これまで分からなかったことが明確になった瞬間の心躍る経験をしたことはないでしょうか。その経験は、時に私たちの心と体と魂に大きな力をもたらします。 古の信仰者たちは、「新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え」と、人びとを神賛美へと招きました。それは神の御救いを経験したからです。これこそが彼らの心を動かした原動力です。...
主の日ごと毎朝ごとにささげる礼拝(エゼキエル書 46章) 03.10.2025
「国の民は、安息日と新月に、門の入り口の所で主に向かって礼拝しなければならない。」 (エゼキエル書46章3節) 神は幻の中で、神礼拝の指示をエゼキエルに与えます。安息日と新月の日には、民の礼拝のために神殿の内庭の東向きの門が開かれます。 民は神殿に集い、門の入り口の所で主に向かって礼拝します。新月の祭りは月毎の祭りです。もとは家庭で祝われていたようです。特に第七の月の新月の日は安息日として守られていました...
神の民、君主も共に神恐れ、新しい国再建す(エゼキエル書 45章) 02.10.2025
イスラエルの君主たちよ、もう十分だ。 不法と強奪をやめよ。 正義と恵みの業を行い わが民を追い立てることをやめよと 主なる神は言われる。 (エゼキエル書45章9節) 預言者エゼキエルは新しい神殿の幻を見ました。そして、神殿を中心として再建される国の幻も示されました。ヨシュア記では、約束の土地を各部族がくじで分けました。その後に王国が形成されましたが、民が罪を重ねたためにイスラエルは神の裁きを受けました。バビ...
神殿満たす主の栄光、主に仕える神の祭司(エゼキエル書 44章) 01.10.2025
それから、彼はわたしを北の門を通って神殿の前に連れて行った。わたしが見ると、主の栄光が主の神殿を満たしていた。わたしはひれ伏した。 (エゼキエル書44章4節) エゼキエルを新しい神殿に案内した青銅のように輝いている人は、再びエゼキエルを東に面した聖所の外の門の方に連れ戻しました。その門は閉じられていました。それは、主なる神が入られた門なので、開いてはならないと命じられたからです。さらに、彼はエゼキエルを...
主の栄光再び戻る神の宮(エゼキエル書 43章) 30.09.2025
その幻は、わたしがケバル川の河畔で見た幻と同じであった。わたしはひれ伏した。主の栄光は、東の方に向いている門から神殿の中に入った。 (エゼキエル書43章3節~4節) しい神殿の測量が終わり、青銅のように輝く人はエゼキエルを東の門に導きました。すると、「見よ、イスラエルの神の栄光が、東の方から到来しつつ」あります。そして「主の栄光は、東の方に向いている門から神殿の中に」入りました。 この主の栄光の幻は、エゼ...
整った正方形の神殿施設(エゼキエル書 42章) 29.09.2025
彼は四方を測ったが、外壁は全体を囲んでおり、その長さは五百アンマ、幅も五百アンマであった。 (エゼキエル書42章20節) エゼキエルはさらに神殿全体をくまなく案内されます。既に案内された外壁には、東の門、北の門、南の門が開かれています。西には門はなく、至聖所の裏に別殿があり、その外側は壁になっています。外壁の門を入ると外庭があり、そこから階段を上がると内庭に入ります。そこが中心部分です。神殿の中心部は、以...
聖書があれば救いを知るに十分(ルカによる福音書 16章19-31節) 28.09.2025
「もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。」 (ルカによる福音書16章31節) 「神がいるなら、見せてください。そうしたら、信じます」。伝道すると、このような言葉が返ってくることがあります。けれども、主イエスは言われました。もしも、聖書が明確に示している福音に耳を傾けないのなら、死からよみがえった者が現れ、何を言ったところで、...
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