Wagakokology-jp

真の助かりを求めて (Wagakokology-jp)

成行きを通して和らぎ賀ぶ和賀心による真の助かりを求める

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Autor

Wagakokology-jp

Categoria

Religion

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Último episódio

1 de out de 2026

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Episódios

一切の難儀は私の心を育てることのために起きて来ている (2024-10-25) 25.10.2024

人が助かるとか人を助けるとか申しますが、その助かりの内容は色々な難儀が有るように人によってもまた様々なことでしょう。一時的な助かりも有れば永劫の真の助かりも有ります。形の上での助かりも有りますが、やはり真の助かりとは心の助かりだと思います。一切の難儀は私の心を育てることのために起きて来ているのだと悟ることが真の心の助かりに通じると思います。 ご覧頂き有り難うございます。

天の心とは人の助かりを願う心、地の心とは自らの助かりを願う心、日月の心とは貫く心即ち執念 (2024-10-24) 24.10.2024

師匠大坪総一郎師と天地金乃神様が私どもを導き入れようとしておられる世界、それは神様と人間氏子とが合い拝み合い、合い楽しみ合う合楽世界です。そこは和らぎ賀ぶ和賀心の世界とも言えると思います。しかし合楽に至るには小さな小川ですが発心川があります。発心して一飛びしなければなりません。その発心は人の助かりを願い祈る天の心の発芽です。 ご覧頂き有り難うございます。

人の助かりを欲する心が育つこと (2024-10-23) 23.10.2024

私どもの心の中に人の助かりを欲する心が育つことが大切です。武力の均衡によって平和が維持される訳ではありません。お互いが、相手の助かりを祈る心が育ったときに初めて真の平和は訪れるのではないでしょうか。人間の本分は自らの心を育てることです。人の助かりを欲する心が育つこともその一つです。 ご覧頂き有り難うございます。

人や物や勿論成行きを生かす志しを持って神様の御働きを楽しみに待つ (2024-10-22) 22.10.2024

このお道において大切なことの一つに、時節を待つと言う精神と、生かすと言う精神が大切なように思います。天地金乃神様は教祖様に先を楽しめとよく仰っておられるようですが、楽しみに時節を待つと言うことだとも思います。人や物や、もちろん成行きを生かすと言う志しを持って神様の御働きを楽しみに待つ信心です。 ご覧頂き有り難うございます。

神の役に立ってくれ、お前の用は神が足してやると頂いたことがある (2024-10-21) 21.10.2024

もう40年以上前になるが、神の役に立ってくれ、お前の用は神が足してやると頂いたことがある。教祖をあらわすと言うが、それは教祖様の御事跡を表わすことではない。教祖の教えを守り行じて教祖様はウソは仰って居られないとそこに天地金乃神様の御働きを現わすことが教祖を現わすと言うことだと思う。 ご覧頂き有り難うございます。

自らの心を育てることに専心すれば身の回りのことは天地金乃神様が整えて下さる (2024-10-20) 20.10.2024

師匠大坪総一郎師は、この天地金乃神様は人間氏子が必要とするものを必要に応じて寄せて下さる、集めて下さると教えて下さった。そして御自身、米一粒、醤油一滴、布一寸買われない修行をして居られた。今思うに、これは師匠が神様が願われる心を育てることに専心して居られたからこそ身の回りの一切は神様が整えて下さったのだと思う。何もせずに神様が整えて下さることは無い。 ご覧頂き有り難うございます。

育てなければならない欲と、取り除いて行かなければならない欲とがある (2024-10-19) 19.10.2024

私どもには欲がある。自ら欲する欲があるからこそ生きている人間と言えるのかも知れない。何も欲することが無くなったら人間廃業と言うことになるのだろうか。神の子である人間としてその欲には育てなければならない欲と、取り除いて行かなければならない欲がある。それを教え実行させるのが信心すると言うことだと言えるとも思う。 ご覧頂き有り難うございます。

欲しましょう、願いましょう、一切を天地金乃神様に願いましょう (2024-10-18) 18.10.2024

欲しましょう、願いましょう、一切を天地金乃神様に願いましょう。欲していないものを与えられても有難くも嬉しくもありません。欲するものが与えられたときに有難くもなれ喜びも湧いて来るものです。有難くなる稽古の前に、自覚的に欲することが要ります、一切を天地金乃神様にお願いする姿勢が要ります。 ご覧頂き有り難うございます。

現実を受け入れきれないところに悩みや難儀が生じます、現実を受け入れる心が土の心です (2024-10-17) 17.10.2024

吾思うゆえに吾ありとか申します。私どもはいつもこうあれば、あああれば、こうしよう、ああしようと思っています。しかしその思い通りにならないところに悩みや難儀が生じます。吾思う故に悩みあり、難儀ありとも言えるのかもしれません。現実を受け入れきれないからです。 ご覧頂き有り難うございます。

人間は勝手なものである、土の心にこそ真の助かりがある (2024-10-16) 16.10.2024

教祖生神金光大神様の御理解第66節に、人間は勝手なものであるとあります。これが教祖様の人間観であり、また天地金乃神様も人間をそのように観ておられると言うことでしょう。その人間のわがままな願いを叶えてやることが真の救いを授けることではないと言うことです。土の心にこそ真の助かりがあります。 ご覧頂き有り難うございます。

宗教では人は救えない、しかし信心なら人を救える (2024-10-15) 15.10.2024

宗教とか信心とか申しますが、私は宗教では人は救えないと思います。しかし信心なら人を救えるのではないかと思います。師匠大坪総一郎師の説かれる合楽理念、それは人間氏子と天地金乃神様とが共に助かって行ける宗教以前の信心だと思います。氏子の真の助かりを求めての真の信心でなければなりません。 ご覧頂き有り難うございます。

天地金乃神様の御信用を頂くことの大切さと難しさ (2024-10-14) 14.10.2024

昨日は朝から、今朝方までトラブルの連続だった。今朝1時半になっても解決出来なかったので寝ませて頂いた。最後のトラブルはパソコンでのパスワード管理でパスワードが上手く取り出せないトラブルだった。おそらく私がパソコンに信用されていないからだと思う。天地金乃神様の御信用を頂くことの難しさを教えて頂いたように思う。 ご覧頂き有り難うございます。

心が育っていないから天地金乃神様の真の愛が分からない (2024-10-13) 13.10.2024

天地金乃神様の真の愛を悟り、感じる私どもに育たなければなりません。小さな子供にとっては自分の願い、我儘な願いを聞いてくれる人が愛情のある人だと思うでしょう。願い事を聞いてくれない親には私への愛情が無いのだと思ったりいたします。親の真の愛が分からないからです。心が育たなければ神(真)愛が分かりません。 ご覧頂き有り難うございます。

天地日月の心の稽古に与えられるのが和賀心である (2024-10-12) 12.10.2024

この世には私どもは、天の心を、地の心を、日月の心を稽古し身に着けることの為に生まれさせられたのだとも言えると思う。地の心とは自らの助かりの為の心であり、その助かりの心をもって人の助かりを祈る心が天の心とも言えよう。更にその稽古を執念をもって貫こうとする心こそが日月の心とも言えよう。その天地日月の心の精進に与えられるのが和賀心であると言えよう。 ご覧頂き有り難うございます。

夢でさえ天地金乃神様のコントロール下にある (2024-10-11) 11.10.2024

今朝は御夢で初めての体験をさせて頂いた。それは楽しい夢の途中で目が覚めてトイレに行き、また眠らせて頂いたら何と先ほどの楽しい夢の続きを見させて頂いた。目が覚めて思わされたことは、夢でさえ天地金乃神様のコントロール下にあるのだなと直感させられた。別に推論も何も無いただの直感だから異論もあるだろうとは思うが。 ご覧頂き有り難うございます。

人のことを思いやる心、神様の願われる心としての精進が肝要 (2024-10-10) 10.10.2024

今朝は、人のことを思いやる心と頂きました。とかく私どもは我先にと言う心が出て来ます。スーパーの安売りでも売り切れる前にと人を押しのけてでも殺到します。天地金乃神様が人間氏子に願われる心、人のことを相手のことを思いやる心を持てと仰るのですから神様の願われる心としての精進が肝要だと思います。 ご覧頂き有り難うございます。

机上の信心ではいけない、現場に即した信心でなければ (2024-10-09) 09.10.2024

今朝は、机上の信心ではいけぬと頂いた。信心はあくまでも現場主義が第一だが、そこ止まりでもいけない。現場主義でありながら信心の理想郷へと導くものでなければならないのだろう。師匠大坪総一郎師は合楽理念の目玉商品は、人間が人間らしくと言うことだと教えて下さるが、そこに安住してはならないと言うこと。 ご覧頂き有り難うございます。

師匠大坪総一郎師の周辺に現れたデバインフィールド (2024/10/8) 08.10.2024

師匠大坪総一郎師の弟子として残し伝えなければならないものは何だろうか。今朝の心中祈念ではそのことを教えて頂いたように思う。もちろん第一に師匠の御教えと言われるかも知れない。一切神愛、土の心、成行きを尊ぶと言う事でもあろうが、それにも増して師匠の周辺に現れたデバインフィールドとも呼べるものではなかろうかと思う。 ご覧頂き有り難うございます。

人間は土より出でて土に還る、だからその生きて居る道中とても土の心で (2024-10-07) 07.10.2024

天地日月の心、中でも師匠大坪総一郎師は地の心、大地の心、土(どろ)の心を大事にされた。人間は土より出でて土に還る、だからその生きて居る道中とても土の心でと教えて下さった。土の心とは受けて受けて受け貫く心。「受ける」と肚を決めるところに助かりがあり、神様の願いが成就へと向かって動き出す。 ご覧頂き有り難うございます。

天の心とは見返りを求めることなく与え切る心 (2024-10-06) 06.10.2024

天地日月の心になること肝要なりと教祖生神金光大神様は仰せられたと伝わっているようだが、その内容は伝わっていないようだ。天地日月の心とはどう言う心か。師匠大坪総一郎師は天の心とは、地の心とは、日月の心とはと見やすく教えて下さった。天の心とは見返りを求めることなく与え切る心とも言えよう。 ご覧頂き有り難うございます。

楽をしように楽は無く、楽はせんぞの心に楽が有る (2024-10-05) 05.10.2024

師匠大坪総一郎師の生きられ方の一つに「楽はせんぞ」と言うのが有ります。とかく私どもは楽をしよう楽をしようと楽な道を選ぼうとしますが、楽をしように楽は無く、楽はせんぞの心に楽が有ると教えて下さいます。また、楽とは心が大きくなること。働くとは、ハタを楽にさせることとも教えて下さいます。 ご覧頂き有り難うございます。

より良い生き方、より助かることの出来る道を求め続ける (2024-10-04) 04.10.2024

師匠大坪総一郎師の御信心の底に流れる御精神それは、より良い生き方はないものか、人がより助かられる道はないものかと尋ね続け、求め続けたと仰っておられる。別の言葉では、本当からより真実を求めてとも表現しておられる。向上心、求道心と言うのであろうか、より助かることの出来る道を求め続ける精神が肝要である。 ご覧頂き有り難うございます。

全人類の共通の目標、それは天地日月の心です (2024-10-03) 03.10.2024

全人類の共通の目標、それは天地日月の心です。老いも若きも、男も女も、肌の色に関わらず、見かけや身体能力や頭脳の良い悪いに関わらず、勿論財産が有るとか無いとかに関わらず一生を通して、いやあの世に行ってでも追い求め続けるもの、その精進をし続けるもの、それは天地日月の心を育てる精進です。 ご覧頂き有り難うございます。

この世あの世を通しての真の助かりは天地日月の心にある (2024-10-02) 02.10.2024

この世あの世を通しての真の助かりを得たいものです。この世でだけの一時的な助かりは物やお金や地位名声権力ででも得られるのかもしれませんがそれらはあの世へは持って行けず真の助かりには役に立たないでしょう。あの世にも持って行け、しかも真の助かりを得るためには天地日月の心を育てることです。 ご覧頂き有り難うございます。

和賀心を目指す和賀心登山には執念が要る (2024-10-01) 01.10.2024

和賀心登山において和賀心を目指しても誰でもが簡単に登れるものではなかった。富士山の山頂を目指して百年前に誰でもが登頂出来たであろうか。出来なかったと思う。昨今は山頂へのルートが確かめられ整備されたからこそその気になれば誰でも登れるようになった。和賀心登山も同じである。まだ和賀心登山には執念が要る。 ご覧頂き有り難うございます。

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