小山ナザレン教会
小山ナザレン教会
栃木県小山市にあるキリスト教会です。日曜日の礼拝での説教(聖書のお話)を毎週お届けします。
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Episodes
わたしたちのマナ、イエス・キリスト(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:26–35 15.09.2024 19:18
2024年9月15日 三位一体後第16主日 説教題:わたしたちのマナ、イエス・キリスト 聖書: ヨハネによる福音書 6:26–35、出エジプト記 16:1–5、詩編 23、ガラテヤの信徒への手紙 3:26–28 説教者:稲葉基嗣 ----- 永遠の命に至る食べ物は比喩表現で、イエスさまは最終的には、「わたしが命のパンである」(35節)と自分自身を示す言葉として使っています。わたしたちの身体が食べ物を毎日のように必要とするように、どんなときも...
天の御国を目指す船旅(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:16–25 08.09.2024 24:38
2024年9月8日 三位一体後第15主日 説教題:天の御国を目指す船旅 聖書: ヨハネによる福音書 6:16–25、イザヤ書 43:1–7、詩編 42、ヘブライ人への手紙 10:23-25 説教者:稲葉基嗣 ----- なぜ日が暮れた後に、イエスさまの弟子たちは舟に乗り込み、カファルナウムに向かって移動を始めたのでしょうか。日が暮れた後、夜の闇の中、彼らが移動することができたのは、弟子たちのうち何人かは、もともとガリラヤ湖で漁師をしていたた...
挑戦的な食卓(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:1–15 01.09.2024 20:48
2024年9月1日 三位一体後第14主日 説教題:挑戦的な食卓 聖書: ヨハネによる福音書 6:1–15、列王記 下 4:42–44、詩編 14、コリントの信徒への手紙 一 11:23–26 説教者:稲葉基嗣 ----- ヨハネは、パンと魚はひとりの少年が持っていたものだったと記しています。 けれども、イエスさま以外、誰もこの少年に期待していません。 誰もこの少年の手元にある食べ物に可能性を見出していません。 5つのパンと2匹の魚で、5千人以上...
わたしたちの愛の出発点(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:41–47 25.08.2024 19:32
2024年8月25日 三位一体後第13主日 説教題:わたしたちの愛の出発点 聖書: ヨハネによる福音書 5:41–47、申命記 6:4–9、詩編 4、ペトロの手紙 一 2:9–10 説教者:稲葉基嗣 ----- わたしたちが礼拝を通して言い表すその栄光の対象は、父、子、聖霊の神です。 つまり、神の子であるイエスさまこそ、礼拝の中で栄光あれと言われる対象です。 なのに、なぜイエスさまは「私は、人からの栄光を受けない」と語るのでしょうか。 イエ...
寄り添う神(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:31–40 18.08.2024 19:59
2024年8月18日 三位一体後第12主日 説教題:寄り添う神 聖書: ヨハネによる福音書 5:31–40、申命記 19:15、詩編 46、エフェソの信徒への手紙 2:14–22 説教者:稲葉基嗣 ----- 自分の意見を理解してもらったり、共感や同意を得たいならば、 相手にとって納得のいく説明が必要です。 イエスさまにとっても、それは同じでした。 いくらイエスさまが、自分と神の関係は、父と子のように親密で特別なものであり、 イエスさまが神と...
時の狭間で生きるわたしたちの祈り(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:19–30 11.08.2024 22:03
2024年8月11日 三位一体後第11主日 説教題:時の狭間で生きるわたしたちの祈り 聖書:ヨハネによる福音書 5:19–30、ダニエル書 12:1–3、詩編 85、ペトロの手紙 一 3:8–12 説教者:稲葉基嗣 ----- 神の思いが天で行われるように、神の思いがこの地上においても実現しますように という主の祈りの一節は、わたしたちにとって切実な願いです。 神の願いが実現しているとは思えない出来事が、世界に溢れているからです。 人も、動...
安息を生み出すリズム(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:9b–18 04.08.2024 20:18
2024年8月4日 三位一体後第10主日 説教題:安息を生み出すリズム 聖書:ヨハネによる福音書 5:9b–18、出エジプト記 20:8–11、詩編 34、ヤコブの手紙 3:13-18 説教者:稲葉基嗣 ----- イエスさまの時代のユダヤ人にとって安息日を守り、7日に一度立ち止まることは、 自分たちが神の民であることの証であり、重要な生活スタイルであり、文化でした。 ヨハネが紹介する物語の中で、イエスさまは、安息日における労働について、...
主イエスが水を用いなかった理由(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:1–9a 28.07.2024 16:40
2024年7月28日 三位一体後第9主日 説教題:主イエスが水を用いなかった理由 聖書:ヨハネによる福音書 5:1-9a、列王記 下 5:1−14、コリントの信徒への手紙 二 1:20–22、詩編 67 説教者:稲葉基嗣 ----- ベトザタの池は、身体を儀式的に清めるための沐浴に用いられていました。 身体に何らかの困難を抱えている多くの人たちがその通路に横たわっていました。 この池の水が動いたときに水の中に入れば、 身体が癒やされる可能性が...
神は問いかける(稲葉基嗣) – ヨナ書 4:1−11 21.07.2024 22:15
2024年7月21日 三位一体後第8主日 説教題:神は問いかける 聖書:ヨナ書 4:1−11, マルコによる福音書 10:35–45, ローマの信徒への手紙 11:33−36, 詩編 116 説教者:稲葉基嗣 ----- 答えがわかっていることって、とても安心すると思います。 自分は間違えてはいないという保証になるからです。 でも、わたしたちの日常は、答えがわからないことの方がたくさんあります。 だからわたしたちは、日常的に、答えがわからず、右往左...
その怒りはどこへ行くの?(稲葉基嗣) – ヨナ 4:1-5 14.07.2024 21:37
2024年7月14日 三位一体後第7主日 説教題:その怒りはどこへ行くの? 聖書:ヨナ書 4:1-5、マタイによる福音書 6:13、ヤコブの手紙 1:19-21、詩編 95 説教者:稲葉基嗣 ----- 怒りは、人間が抱く基本的な感情のひとつです。 個人差はあれど、年齢を問わず、誰もが怒りを抱くでしょうが、 できれば怒りは抱きたくないと、多くの人たちが考えていることでしょう。 怒りによって、あまり喜ばしくない結果が 自分や周囲にもたらされ...
この都を愛する神(稲葉基嗣) – ヨナ 3:1–10 07.07.2024 19:29
2024年7月7日 三位一体後第6主日 説教題:この都を愛する神 聖書:ヨナ書 3:1−10、マルコによる福音書 1:14−15、ヨハネの手紙 一 1:8–10、詩編 103 説教者:稲葉基嗣 ----- ヨナが行かなければならなかった場所は、アッシリア帝国の都ニネベでした。 アッシリア帝国といえば、古代世界の人びとにとっては、悪や暴力の象徴です。 驚いたことに、ニネベの人びとに語りかけるヨナの言葉は(3:4)、 ヘブライ語でたったの5単語とい...
わたしたちと向き合い、語り合うことを喜ぶ神(稲葉基嗣) – ヨナ 2:1–11 30.06.2024 18:30
2024年6月30日 三位一体後第5主日 説教題:わたしたちと向き合い、語り合うことを喜ぶ神 聖書:ヨナ書 2:1−11、コリントの信徒への手紙 二 3:12−18、マタイによる福音書 6:12、詩編 130 説教者:稲葉基嗣 ----- ヨナが急に、神に向き直っているのはなぜなのでしょうか。 死を願っていたヨナが実際に海に投げ込まれ、 死が間近に迫ってきたとき、彼は生きることを願ったのでしょうか。 ヨナの祈りから明らかなのは、自分の生命...
嵐の中で明かされた神の思い(稲葉基嗣) – ヨナ 1:1–16 23.06.2024 24:31
2024年6月23日 三位一体後第4主日 説教題:嵐の中で明かされた神の思い 聖書:ヨナ書 1:1−16、ペトロの手紙 一 2:1−10、マタイによる福音書 6:11、詩編 8 説教者:稲葉基嗣 ----- 海の混沌の力はまさに猛威を振るい、船に乗る人びとの命を危険に晒しました。 このような命の危険がある嵐にあうのは、誰かが神の怒りを引き起こしている 可能性があるからだと考えるのは、古代の人びとにとって自然なことでした。 自分の素性を明...
愛の負債はふくれあがる(石田学) – ローマ 13:7–10 16.06.2024 30:28
2024年6月16日 三位一体後第3主日 説教題:愛の負債はふくれあがる 聖書:ローマの信徒への手紙 13:7−10、イザヤ書 63:7−9、ヨハネによる福音書 13:34–35、詩編 61 説教者:石田学 ----- わたしたちは、天の国を目指して地上を旅する神の民です。 天の国はわたしたちの旅の目的地ですが、その途上の旅は現実です。 だから今をどう生きるかは、目指す目的地と同じくらい重要です。 この世で旅人であり寄留者であればこそ、いっ...
神がこの世界に語りかける方法(稲葉基嗣) – ヨナ 1:1−6 09.06.2024 20:32
2024年6月9日 三位一体後第2主日 説教題:神がこの世界に語りかける方法 聖書:ヨナ書 1:1−6、ヘブライ人への手紙 1:1−4、マタイによる福音書 6:11、詩編 145 説教者:稲葉基嗣 ----- ヨナが神から命じられた言葉には、3つの動詞が使われています(2節参照)。 「立ちなさい」。「行きなさい」。そして、「呼びかけなさい」です。 このような神からの語りかけに対して、ヨナは立ち上がりました。 でも、そこからは正反対の...
神の言葉との衝突(稲葉基嗣) – ヨナ 1:1−4 03.06.2024 24:51
2024年6月2日 三位一体後第1主日 説教題:神の言葉との衝突 聖書:ヨナ書 1:1−4、ローマの信徒への手紙 8:31−39、マタイによる福音書 6:10、詩編 13 説教者:稲葉基嗣 ----- ダビデ王からおよそ200年後の紀元前8世紀の前半、 ヤロブアム2世という王さまが北王国イスラエルを治めていた時代に、 ヨナは預言者として活動をしていたようです(列王記 下 14:25)。 ヨナに、神が次のように語り掛け、彼に使命を与えることか...
三位一体って何?(稲葉基嗣) – イザヤ 6:1−8、ローマ 8:14−17 26.05.2024 24:53
2024年5月26日 三位一体の主日 説教題:三位一体って何? 聖書:イザヤ書 6:1−8、ローマの信徒への手紙 8:14−17、マタイによる福音書 6:10、詩編 29 説教者:稲葉基嗣 ----- 父と子と聖霊である神は、神ご自身の間ですでに交わりを持っています。 父と子と聖霊の間に、すでに愛にあふれた関係性があります。 そのような愛にあふれた交わりの中へと、神はわたしたちを招いています。 交わりを喜び、交わりを求め続ける神は、わ...
聖霊はわたしたちに呼応する(稲葉基嗣) – エゼキエル 37:1−14 19.05.2024 22:48
2024年5月19日 聖霊降臨祭(ペンテコステ) 説教題:聖霊はわたしたちに呼応する 聖書:エゼキエル書 37:1−14、使徒言行録 2:1−13、ローマの信徒への手紙 8:22−27、詩編 67 説教者:稲葉基嗣 ----- エゼキエルが最初に目を向けるようにと促すのは、 彼の目の前に広がっていた骨の多さと、その骨が徹底的に枯れていたことです。 そこにいのちの息吹は感じられませんでした。 幻の中で、エゼキエルの目の前に広がっていたあの枯...
不確かに見える、確かな言葉(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:43−54 12.05.2024 24:08
2024年5月12日 復活節第7主日 説教題:不確かに見える、確かな言葉 聖書:ヨハネによる福音書 4:43−54、創世記 1:1−13、ヘブライ人への手紙 11:1–3、詩編 19 説教者:稲葉基嗣 ----- 目に見える象徴やシンボルはとても大切なものです。 わたしたちが信じているものや、頼りにしているものが何であるのかを 目に見える形で示してくれるからです。 イエスさまが不思議な業や奇跡を行った大きな理由は、 人びとが神と出会い、神を...
生ける水はどのように流れるか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:27−42 05.05.2024 19:28
2024年5月5日 復活節第6主日 説教題:生ける水はどのように流れるか? 聖書:ヨハネによる福音書 4:27−42、エゼキエル書 47:1−12、ペトロの手紙 一 3:15–18、詩編 150 説教者:稲葉基嗣 ----- イエスさまと話し終えたサマリア人女性は、 水がめを井戸のそばに置いて、町へ出て行ってしまいました。 わざわざ人が集まらない暑い時間帯を狙って、井戸に水を汲みに来たのに、 彼女は本来の目的である水汲みは後回しにしました。 そ...
どこで礼拝をするべきですか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:13−26 28.04.2024 19:39
2024年4月28日 復活節第5主日 説教題:どこで礼拝をするべきですか? 聖書:ヨハネによる福音書 4:13−26、エゼキエル書 47:1−12、ペトロの手紙 一 2:9–10、詩編 100 説教者:稲葉基嗣 ----- なぜイエスさまは、急にサマリアの女性に夫の話をしようとしたのでしょうか。 それこそが、彼女の抱えていた、心の渇きだったからでしょう。 彼女には5人の夫がいましたが、今はその5人とも一緒に暮らしていません。 また、今は別の男性...
キリストの遠回り(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:1−15 21.04.2024 21:12
2024年4月21日 復活節第4主日 説教題:キリストの遠回り 聖書:ヨハネによる福音書 4:1−15、イザヤ書 49:8−13、エフェソの信徒への手紙 4:6、詩編 42 説教者:稲葉基嗣 ----- ガリラヤへ向かって出発する前、イエスさまは 洗礼者ヨハネが活動していた、アイノンという場所にいました。 アイノンから寄り道せずにガリラヤへ行こうとするならば、北に向かうだけです。 でも、ガリラヤへ向かうイエスさまの旅について、 ヨハネは「...
傷ついた主イエスが間に立っている(稲葉基嗣) – ルカ 24:36–53 14.04.2024 19:43
2024年4月14日 復活節第3主日 説教題:傷ついた主イエスが間に立っている 聖書:ルカによる福音書 24:36−53、イザヤ書 2:1−5、ガラテヤの信徒への手紙 4:6−7、詩編 95 説教者:稲葉基嗣 ----- 弟子たちの多くは、イエスさまが復活したことを受け止められずにいました。 そんな彼らのもとに、復活したイエスさまは現れ、弟子たちの真ん中に立ち、 弟子たちに「あなたがたに平和があるように」と挨拶をします。 突然自分たちの前に...
目が開かれて、旅立つ(稲葉基嗣) – ルカ 24:13–24:35 07.04.2024 21:22
2024年4月7日 復活節第2主日 説教題:目が開かれて、旅立つ 聖書:ルカによる福音書 24:13−35、創世記 3:1−9、コリントの信徒への手紙 一 15:50−58、詩編 146 説教者:稲葉基嗣 ----- 自分たちの希望であるイエスさまを失ったふたりの弟子たちは、 イエスさまと一緒に過ごしたエルサレムに背を向けて、エマオへと旅立ちました。 旅の途中で語り合っていると、イエスさまが近づいてきて、一緒に歩き始めました。 そして、このふ...
思い出すことは、希望を見つめること(稲葉基嗣) – ルカ 23:50–24:12 31.03.2024 17:25
2024年3月31日 復活の主日(イースター) 説教題:思い出すことは、希望を見つめること 聖書:ルカによる福音書 23:50−24:12、イザヤ書 44:21−23、コリントの信徒への手紙 一 15:1−6、詩編 8 説教者:稲葉基嗣 ----- 日曜日の朝早くに、イエスさまの遺体に塗るための香料を持って、 女性たちがイエスさまの遺体がおさめられたお墓のもとにやって来ました。 イエスさまが十字架にかけられて、十字架の上で息を引き取ってから、...
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