小山ナザレン教会

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Religion JA ↓ 179 episodes

栃木県小山市にあるキリスト教会です。日曜日の礼拝での説教(聖書のお話)を毎週お届けします。

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小山ナザレン教会

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Religion

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Jul 5, 2026

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Episodes

平和のために招かれて(稲葉基嗣) – コロサイ 3:12–17 16.08.2025

2025年8月15日 平和の祈り 説教題:平和のために招かれて 聖書: 、コロサイの信徒への手紙 3:12-17 説教者:稲葉基嗣

箱舟の中を見つめる(稲葉基嗣) – 創世記 7:1–8:5 10.08.2025

2025年8月10日 三位一体後第8主日 説教題:箱舟の中を見つめる 聖書: 創世記 7:1–8:5、コリントの信徒への手紙 一 1:10–17、詩編 29、ヨハネによる福音書 14:27 説教者:稲葉基嗣   ----- ノアの箱舟の物語は、洪水の危険を伝える単なる教訓ではありません。この物語において、洪水は一言で言うならば、神が造った世界に、カオスが侵入し、混沌とした状況が世界中に広がっていくような出来事でした。そして、このような洪水をも...

神の後悔は過ぎ去ったのだろうか?(稲葉基嗣) – 創世記 6:1–22 03.08.2025

2025年8月3日 三位一体後第7主日 説教題:神の後悔は過ぎ去ったのだろうか? 聖書: 創世記 6:1–22、ローマの信徒への手紙 8:18–22、詩編 140、マタイによる福音書 5:9 説教者:稲葉基嗣   ----- 創世記の始まりの章において、この世界を造った神は、ひとつひとつのものを見つめて、喜んで、「良い」と宣言されました。そして、この世界が完成したときも、神は「極めて良い」と宣言しました(1:31)。けれども、神が見つめた世界...

慰めを待ち望む(稲葉基嗣) – 創世記 5:1–32 27.07.2025

2025年7月27日 三位一体後第6主日 説教題:慰めを待ち望む 聖書: 創世記 5:1–32、コリントの信徒への手紙 二 1:3–7、詩編 23、マタイによる福音書 5:4 説教者:稲葉基嗣   ----- 古代のユダヤ人たちにとって、系図は、彼らの出自や他の人との親戚関係などを伝える重要なものでしたが、現代人にとっては、とても退屈なものです。その退屈さの原因のひとつは、お決まりのパターンが繰り返されるためでしょう。けれども、この系図に...

私たちはどんな歌を歌おうか?(稲葉基嗣) – 創世記 4:17–26 20.07.2025

2025年7月20日 三位一体後第5主日 説教題:私たちはどんな歌を歌おうか? 聖書: 創世記 4:17–26、マタイによる福音書 18:21–35、詩編 32、エフェソの信徒への手紙 4:32–5:2 説教者:稲葉基嗣   ----- カインの系図で特に強調されている、レメクの歌の中に、数字の7がとても印象的な形で使用されています。「カインのための復讐が七倍なら レメクのためには七十七倍」(24節)レメクは、この言葉の直前に、誰かから傷つけられた...

カインが忘れていたこと(稲葉基嗣) – 創世記 4:1–16 13.07.2025

2025年7月13日 三位一体後第4主日 説教題:カインが忘れていたこと 聖書: 創世記 4:1–16、ヨハネの手紙 一 3:11–18、詩編 124、マタイによる福音書 6:5–6 説教者:稲葉基嗣   ----- 創世記において、カインが怒りを覚える原因となった出来事は、カインにとっても、アベルにとっても、中立的に記されています。カインの捧げた供え物の質が悪かったわけでも、供え物を捧げるカインの心に問題があったわけでもありません。カインと...

主イエスこそ我が望み(石田学) – ローマ 15:1–6 08.07.2025

2025年6月29日 三位一体後第2主日 説教題:主イエスこそ我が望み 聖書: ローマの信徒への手紙 15:1–6、ミカ書 4:1–3、詩編 70、ヨハネによる福音書 8:12 説教者:石田学   ----- きょうのローマの信徒への手紙で、パウロは不思議な言い方を使っています。神のことを「忍耐と慰めの源である神」と呼んでいるのです。神を言い表す言葉は、聖書の中にたくさんあります。救いの神、聖なる神、キリストの父なる神、偽ることのない神、...

人はなぜ園の外へ出て行ったのか?(稲葉基嗣) – 創世記 3:14–24 22.06.2025

2025年6月22日 三位一体後第1主日 説教題:人はなぜ園の外へ出て行ったのか? 聖書: 創世記 3:14–24、ヨハネの黙示録 22:1–5、詩編 100、ヨハネによる福音書 14:1–6 説教者:稲葉基嗣   ----- 創世記3章の物語において、人間が神との約束を破った時、彼らは神から呪いを受けることはありませんでした。むしろ、ここで、呪われたと告げられているのは、私たちが生きるこの大地です。そもそも働くことは、人間が過ちを犯す前から...

探し続ける神(稲葉基嗣) – 創世記 3:1–13 15.06.2025

2025年6月15日 三位一体の主日 説教題:探し続ける神 聖書: 創世記 3:1–13、ルカによる福音書 15:1–10、詩編 42、ヨハネの手紙 一 4:12–16 説教者:稲葉基嗣   ----- 神は大切なものを失い、探し回っています。神との約束を破り、神の元から離れ、隠れている人間たちを神は探し続けました。神は彼らに向かって「どこにいるのか」(9節)と呼びかけます。それは、過ちを犯した人間を呼び出して、問い詰め、罰するためではありま...

霊の絆で結ばれて(稲葉基嗣) – 創世記 2:15–25 08.06.2025

2025年6月8日 聖霊降臨祭(ペンテコステ) 説教題:霊の絆で結ばれて 聖書: 創世記 2:15–25、ヨハネによる福音書 14:15–21、詩編 70、ガラテヤの信徒への手紙 5:16–26 説教者:稲葉基嗣   ----- 「人が独りでいるのは良くない。」(18節)ご自分が造られたこの世界やそこで生きるすべての命あるものに対して、これまで何度も「良い」と語りかけてきた神が、はじめて、「良くない」と伝えました。人間が孤独のままでいること。それ...

私たちの働き方改革(稲葉基嗣) – 創世記 2:4–17 01.06.2025

2025年6月1日 復活節7主日 説教題:私たちの働き方改革 聖書: 創世記 2:4–17、マタイによる福音書 28:16–20、詩編 127、コリントの信徒への手紙 一 3:1–9 説教者:稲葉基嗣   ----- 労働という観点から読むならば、創世記2章は人間について、園を耕し、守るようにと、神によって園に置かれた存在として、描いています。古代世界において、人間は神々が嫌がる、重く、退屈な労働を代わりに行う存在として創造されたと、理解されて...

弱さも違いも、神の息吹に包まれて(稲葉基嗣) – 創世記 2:4–7 25.05.2025

2025年5月25日 復活節6主日 神が人間を土の塵によって形づくり、その鼻に息を吹きかけたことによって、人間は生きるものとなったと創世記2章は証言しています。創世記1章で描かれている世界の創造と創世記2章の物語を比較してみると、この言葉がいかに特徴的な響きを持っているのかがわかります。神が世界全体を見渡しながら、一つ一つのものを秩序立て、一つ一つのものをデザインし、この世界を造った姿を描く創世記1章は、大...

信頼と抵抗の日(稲葉基嗣) – 創世記 1:31–2:3 18.05.2025

2025年5月18日 復活節5主日 説教題:信頼と抵抗の日 聖書: 創世記 1:31–2:3、マルコによる福音書 2:23–28、詩編 46、フィリピの信徒への手紙 4:4–7 説教者:稲葉基嗣   ----- 現代社会は、とても目まぐるしい社会です。情報は常に飛び交っているため、何を掴めば良いかわからないこともあります。だから、怒涛に押し寄せてくる情報の波の中で、何とか必要な情報を掴み取り、その荒波の中を生き抜いていくために、有限である時間...

「極めて良い」と宣言された世界で生きる(稲葉基嗣) – 創世記 1:20–31 11.05.2025

2025年5月11日 復活節4主日 説教題:「極めて良い」と宣言された世界で生きる 聖書: 創世記 1:20–31、マタイによる福音書 5:3–12、詩編 150、ヤコブの手紙 3:8–10 説教者:稲葉基嗣   ----- 『チ。―地球の運動について―』 という作品に登場するオクジーという男性は、「夜空はいつでも美しいのに、なぜこの世界はこんなにも醜いのだろうか」という疑問を子供の頃に抱きました。この疑問は、戦争や貧困、経済格差や環境汚染、いじ...

人とは何者なのか(稲葉基嗣) – 創世記 1:20–28 04.05.2025

2025年5月4日 復活節3主日 説教題:人とは何者なのか 聖書: 創世記 1:20–28、コロサイの信徒への手紙 1:15、詩編 8、ルカによる福音書 10:25–37 説教者:稲葉基嗣   ----- 詩編8篇で、この世界の、これらすべてのもの、そのひとつひとつを神がデザインし、神が造り、命を与えたという事実に、詩人は圧倒されています。そして、神によって造られたもののひとつに過ぎない、私たち人間に神がその目を留めてくださっている不思議さ...

夕があり、朝がある(稲葉基嗣) – 創世記 1:6–19 27.04.2025

2025年4月27日 復活節2主日 説教題:夕があり、朝がある 聖書: 創世記 1:6–19、ローマの信徒への手紙 8:18–30、詩編 148、ヨハネによる福音書 11:38–44 説教者:稲葉基嗣 ----- 創世記1章は古代イスラエルの人々がバビロニアへ強制的に連れて来られた時、彼らがバビロニアの文化に触れたことに大きな影響を受けています。バビロニアで人気の物語の一つに、バビロニアの天地創造の物語がありました。バビロニアの創造物語は、神々...

混沌とした世界に、神の息吹(稲葉基嗣) – 創世記 1:1-5 20.04.2025

2025年4月20日 復活の主日 説教題:混沌とした世界に、神の息吹 聖書: 創世記 1:1-5、ヨハネによる福音書 20:11–18、詩編 19、コリントの信徒への手紙 二 4:14–15 説教者:稲葉基嗣   ----- 「主はよみがえられた」は、主の復活をお祝いするイースターの日の合言葉です。キリストの復活は、神が将来、私たち一人ひとりに新しい命を与えてくださることを約束し、希望を与えてくださっている出来事です。神がキリストに復活の命を...

傷ついた主イエスを見つめることにどのような意味があるのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 19:1–16 13.04.2025

2025年4月13日 しゅろの主日 説教題:傷ついた主イエスを見つめることにどのような意味があるのか? 聖書: ヨハネによる福音書 19:1–16、ゼカリヤ書 9:9–10、詩編 24、ヘブライ人への手紙 4:14–16 説教者:稲葉基嗣   ----- ろばに乗ったイエスさまがエルサレムに入場したとき、エルサレムの人びとはナツメヤシの枝を手に持って、「ホサナ(どうか救ってください)。主の名によって来られる方に、祝福があるようにイスラエルの王...

聞いて、見つけてくださる神(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:35–41 06.04.2025

2025年4月6日 四旬節第5主日 説教題:聞いて、見つけてくださる神 聖書: ヨハネによる福音書 9:35–41、出エジプト記 3:7–10、詩編 34、コリントの信徒への手紙 一 1:18–25 説教者:稲葉基嗣   ----- 生まれつき目が見えない人が登場するこの物語は、当時のユダヤ社会の常識を否定し、覆すかのような形で幕を閉じます。物語のはじめに、「この人が生まれつき目が見えないのは、誰のせいか?」とイエスさまに尋ねた弟子たちの発言...

小さな声に耳を傾け続ける(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:24–34 30.03.2025

2025年3月30日 四旬節第4主日 説教題:小さな声に耳を傾け続ける 聖書: ヨハネによる福音書 9:24–34、サムエル記 上 16:1–13、詩編 32、コリントの信徒への手紙 一 1:26–31 説教者:稲葉基嗣   ----- 当時のユダヤの宗教的な指導者たちは「イエスというあの男は罪人なんだ。そうだろ?さぁ、正直に言いなさい」といったような口ぶりで、目が見えるようになった人がイエスさまのことを罪人と証言するように促しました。けれども、...

神が望む共同体のあり方とは?(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:13–23 23.03.2025

2025年3月23日 四旬節第3主日 説教題:神が望む共同体のあり方とは? 聖書: ヨハネによる福音書 9:13–23、出エジプト記 20:8–11、詩編 130、ヘブライ人への手紙 4:9–11 説教者:稲葉基嗣   ----- 共同体というものを考える上で、現代に生きる私たちと古代の人びとの間にある大きな違いは、選択の自由がどれほどあったかです。私たちの前にはいくつかの選択肢があって、私たちはその中から選び取って、関わる共同体を決めますし、...

泥を塗りつけてください(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:1–12 16.03.2025

2025年3月16日 四旬節第2主日 説教題:泥を塗りつけてください 聖書: ヨハネによる福音書 9:1–12、創世記 2:4–7、詩編 6、コリントの信徒への手紙 二 4:6–7 説教者:稲葉基嗣   ----- ヨハネによる福音書で「エゴー・エイミー」(「私です」という意味)というフレーズは、イエスさまの自己紹介で何度も使われています。この福音書においてただ一例(9節)を除いて、ご自分の存在を明らかにするイエスさまの発言のみにこのフレー...

神の国の予告編である教会(石田学) – ローマ 14:13–23 15.03.2025

2025年3月9日 四旬節第1主日 説教題:神の国の予告編である教会 聖書: ローマの信徒への手紙 14:13–23、イザヤ書 65:17–20、詩編 100、マルコによる福音書 10:32–34 説教者:石田学   ----- 教会は、楽しみ、喜ぶことができる場所でなければなりません。神の国がそうであり、教会は神の国のしるしであり予告編だからです。でも、見たこともない「神の国」をどうやって知るのでしょうか。聖書には神の国がどのようなものかを物語...

主イエスを拒絶する世界(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:48–59 02.03.2025

2025年3月2日 公現後第8主日 説教題:主イエスを拒絶する世界 聖書: ヨハネによる福音書 8:48–59、出エジプト記 3:13–15、詩編 23、ヨハネの手紙 一 2:28–3:3 説教者:稲葉基嗣   ----- ユダヤの宗教的指導者たちは、イエスさまの活動や発言を知って、イエスさまがどんな人物なのか興味を持ちました。はじめのうちは、イエスさまがどんな人物なのかを知るために、純粋に疑問を投げかけています。けれども、彼らはイエスさまと対...

神のもとで、私たちは何者なのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:37–47 23.02.2025

2025年2月23日 公現後第7主日 説教題:神のもとで、私たちは何者なのか? 聖書: ヨハネによる福音書 8:37–47、創世記 18:1–8、詩編 95、ヘブライ人への手紙 11:8–16 説教者:稲葉基嗣   ----- 私は時々、何かものを書く時に自分のプロフィールを書くことを求められます。大抵の場合、生まれた年や出身地、これまでの経歴、趣味などを書いています。このような情報は、私が何者であるのかを伝えることができるものだと思います。...

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