Taichi Araki

説教・聖書メッセージ「みちことば」

Religion JA ↓ 220 episodes

聖書のメッセージです。聖公会司祭荒木太一による日本聖公会大津聖マリア教会での礼拝説教です。ブログサイトでは、絵画やイコンとともに、み言葉を黙想しましょう。

Author

Taichi Araki

Category

Religion

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Apr 5, 2026

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Episodes

悲しんだまま、限界を超えて  30.06.2024

「恐れることはない。 ただ信じなさい」 マルコ5:36 2024年6月30日 聖霊降臨後第6主日(特8)聖餐式 もし自分の娘が、12歳の若さで命尽きようとしているなら…。どれだけ悲しいでしょうか。どれだけ必死になるでしょうか。   ヤイロは会堂長として街の有力者であり、権力も財力もありました。そんなヤイロが田舎から来た癒し人の前に、なんの威厳もなくひれ伏して願うのです。「どうか娘に手を置いて、癒してください!」と。  そ...

イエスさま、起きてください 23.06.2024

「私たちがおぼれてもかまわないのですか」 マルコ福音書4章38節 2024年6月23日 聖霊降臨後第5主日(特7) ♪♪あらしのひ、なみたけるうみで、でしたちをさとされた、ちからのみことばを私にもきかせてください♪♪ イエスさまが叱ると嵐が静まった場面です。ただしこの場面はたまたま奇跡が起こった。というものではありません。そうではなく、イエスさまは、ヨブ記が語る、偉大な力にみなぎる創造主だ、という意味です。その力は全世...

自分を冒涜しないで(藤原健久司祭) 16.06.2024

「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」 マルコ3・29 司祭藤原健久 イエス様は言われます。「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」イエス様にしては珍しいほどの、厳しい言葉です。イエス様は、聖霊だけは絶対に冒涜してはならない、と言われます。それは何故でしょう。聖霊を冒涜することは、自分を冒涜することになるからです。  聖霊はすべての人の中におられます。もちろん自...

Doingからの解放 02.06.2024

「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。」マルコ2:27 「安息日には働いてはいけない。」この戒めをファリサイ派は、こと細かに守りました。人を癒すこと、「床をかつぐこと」(ヨハネ5:9)、または歩く範囲まで定めました(使1:2)。神さまとの関係を忘れ、「してはいけない」という人間の禁止事項に束縛されるようになりました。 それでファリサイ派はお腹の空いた弟子達が安息日に麦を摘んで食べている...

自分を与える 26.05.2024

与えて与えて、与え続ける神 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」 ヨハネ3:16 年老いたニコデモは「新しく生まれ変わる」世界に招かれました。それは神さまが、ご自分の命を与えて愛する世界です。神がご自分の命を与えるほどに愛されている自分、愛されている隣人、愛されている社会。これを信じて生きるかどうか、それはその人の人生を全く変えるものです。 私たちが祈る神さまは創造主です。私たちを創...

勇気の霊 21.05.2024

 「どうか福音の宣教によって、聖霊がますます世界に注がれますように」(聖霊降臨日特祷) 2024年5月19日聖霊降臨日 正直なところ「宣教」や「伝道」と聞くと「しんどいなぁ」と思う時があります。世界伝道どころか私たちの教会の現実は、信徒数の減少や、高齢化や、教区や教会の統廃合…。特効薬はなく、魅力や「カリスマ」の少ない自分に失望したりもします。しかし聖書が強調するのには、福音伝道は人間の業績ではなく、聖...

神さまの親友 05.05.2024

「わたしはあなたがたを友とよぶ」ヨハネ福音書15:15 2024年5月5日復活節第6主日 聖餐式 入院中に親しい友人ができました。有り余るほどの時間のなかで、ゆっくりと出会い、語り合い、 親しくなりました。自分の病気や 過去、今の気持ちや絶望、未来 の希望や願い・・・。心の奥を開 いて相手に告げることを通して人は親密になります。親しい友になります。何も語り合わないと親しくなれません。そして親友のためなら、何で...

イエスさまの代理 28.04.2024

「父は別の弁護者を遣わして、 永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」 ヨハネ福音書14章21節 2024年4月28日復活節第5主日 正直なところ聖書のなかとは違い、イエスさまは目に見えないし触れることができません。どのように「共に」いてくださるのでしょうか。  聖霊降臨を控え、イエスさまの遺言が約束します。「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」(ヨハネ14:15)。...

狼と戦う愛 24.04.2024

「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」ヨハネ10:11-16 2024年4月21日復活節第4主日聖餐式  羊飼いには2種類いる、とイエスさまは譬えを始めます。雇い人は利益のためだけに羊を飼っています。だから狼に襲われれば自分の命を守るために逃げます。  しかし飼い主本人は、羊を自分自身のように大切にしています。ナタンという預言者の譬え話に、貧しい男とその全財産である一匹の子羊の話があります。子羊は男の乏しいパ...

創造主に出会う 07.04.2024

「わたしの神よ」ヨハネ福音書20章28節2024年4月7日復活節第二主日                        私のように教会にどっぷり浸かっている者は「神さま、神さま」と呼びすぎてその本来の意味を忘れがちです。それは天地の造り主、すべての命を支配する「創造主」なる存在です。トマスはこの創造主と出会ったのです。  トマスは復活の朝にはイエスに会えませんでした。しかし他の弟子らは復活したと言いま...

今も生きている! 31.03.2024

「あの方は復活なさってここにはおられない」 マルコ福音書第16章6節 2024年3月31日 復活日 「イエスさまは、今も生きている!」これがキリスト教です。これを信じればそれで十分です。救いも赦しも、天の国も神の愛も、すべてはこれを信じる人に与えられます。  復活信仰とは、死んだ体がどのように復活するのかを分析して説明して納得することではありません。そうではなくて「イエスさまは死んだままではなく、今も...

病いを通して 24.03.2024

「多くの痛みを負い、病いを知っている」(イザヤ53:3) 2024年3月24日復活節前主日・棕櫚主日  「分かるよ。私も同じ。」 どんな優秀なお医者さんの診察よりも、同じ病いや問題を抱えて苦しむ仲間の一言のほうが癒しとなることがあります。自助グループはこれをします。同じ苦しみを抱える人にしか分からない、言えないことを語り合うことで癒され、力づけられます。  神さまも、自ら体験することで私たちの痛みと病いを「...

心騒ぐ神さま 17.03.2024

「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか」 ヨハネ福音書12章27節 2024年3月17日大斎節第5主日                 イエスさまが心を騒がせている。何と祈ればよいか分からないほどに騒がせている。見ているのが辛くなる場面ですが、より深く見つめると、これは大きな慰めです。私たちが信じられずに心を騒がせるときも、神さまが共にいてくださることの表れだからです。 クリスチャンでも私たちは心を騒がし、不...

退屈な礼拝? 03.03.2024

「この神殿を壊してみよ。三日で建て直して見せる」ヨハネ福音書第2章19節 2024年3月3日大斎節第3主日       この場面をたとえるなら、急に若い神学生が礼拝に来て献金袋の中身をばら撒き、牧師を引きずり下ろし、会衆を礼拝堂から追い出し、叫ぶようなものです。「こんなの本当の礼拝じゃない」。十分な破門(または逮捕)の理由になります。 イエスさまはそのようにして言われました。「この神殿を壊せ、三日で建て直す...

愛の十字架を背負う 25.02.2024

「自分の十字架を背負って」マルコ福音書第8章34節 2024年2月25日大斎節第2主日 世間一般に「十字架を背負う」とは、「一生消えない罪を背負う」という意味です。しかしキリスト教では罪を背負うのは神さまです。ですからこれは十字架で罪を消し去った神さまの「愛を背負う」という意味です。   十字架の愛とは、神さまがご自分の命を犠牲として差し出し、私たちの罪を引き受けて死なれたことです。この愛の犠牲によって...

荒れ野が楽園に 18.02.2024

「サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。」 マルコ福音書第1章13節 2024年2月18日大斎節前第1主日   死から命の旅である大斎節の初めに読まれるこの奇妙な箇所は「新しい楽園の新しいアダム」のようです。このマルコ福音書にだけ野生の動物「野獣」がいるのです。創世記第1章で神は世界を創り、獣を創り、人間を創って楽園に住まわせ、食べるための木の実を与えました。...

何でもするから 04.02.2024

「子どもの上に身を重ね」列王紀下4章34節 2024年2月4日 顕現後第5主日  私たちは愛する人が病気や死に面するとき、「元気になるなら何でもするから」と願い、祈ります。  預言者エリシャには援助してくれていた大切な婦人がいました。しかしその息子が、くも膜下出血で亡くなります。悲しむ母親を前に、エリシャは「何でもするから」と預言者の威厳を何とも思わず、うつ伏せになって子どもの体の上に自分の体を重ね、自...

わたしはあなたが好き 28.01.2024

「権威ある新しい教えだ」マルコ1章27節 2024年1月28日 顕現後第4主日  「私はあなたが好き」 恋する人に告白するときは、自分自身の気持ちを素直に伝えます。「〇〇さんはあなたを好き」とか「状況証拠から、私はあなたが好きなようです」では自分の思いは届きません。    カペルナウムの会堂で、イエスさまの語りかけを「新しい権威だ」と律法学者たちが驚いたのは、イエスさまが「自分自身の気持ち」として神さまの...

最初の愛 21.01.2024

「二人はすぐに網を捨てて従った」 マルコ1章17節2024年1月21日 顕現後第3主日  人生の終わりに夫婦が最初の愛を思い出して微笑む。この箇所はそのような記述です。裏切りや十字架、復活と聖霊降臨、宣教と殉教。色んな出来事を経てペトロがイエスさまへの最初の愛を振り返っています。そしてペトロの記憶を通して教会がイエス様への最初の愛を振り返っています。   ペトロはもともと「教皇」や「大主教」という世界的...

言い聞かせる 07.01.2024

「あなたはわたしの愛する子」マルコ福音書1章11節 2024年1月7日 顕現後第1主日 主イエス洗礼日  ズドーンとこの言葉が心に響きました。何の難しい考えもいらない。註解書も神学書もギリシャ語の分析よりもさきに、神の愛は私の心にズドーンときます。どんなに不安でも、悩んでいても、怖くても、祈りが足らなくても関係ない。神さまは語り続けられます。私のために死んでくださるほどのその愛を。「あなたはわたしの愛する...

絶対に何かが変わった 01.01.2024

「復活によって力ある神の子と定められた」 ローマ書1章4節2024年1月1日 主イエス命名日  年が変わった朝、「新しく変わりたい」願いつつ、「どうせ何も変わらない」と現実的には諦めているところもあります。   しかし回心したパウロは宣言します。世界は絶対的に変わった。この福音を私は伝えると。元来「福音」とは王の即位の知らせです。国中に伝えられる統治の交代の知らせです。  だからイエスの「福音」とはイエス...

神さまの忠誠心 01.01.2024

 「忠誠心が現れたので」 ガラテヤ書3章25節2023年12月31日 降誕後第2主日 誕生以降、イエスさまはどのようにマリアに育てられて、どのような少年に、青年に成長していったのでしょうか。  イエスさまの人格の中心。それは「忠誠心」です。信仰とも訳されます。 信仰とは「神は存在すると思う」ことではなく、何があっても神さまに忠誠を尽くす ピエタ 心です。旧約の律法はそう教え、審きました。 逆に罪とは、神さま...

ガザのおくるみ 25.12.2023

 11月中旬、ガザのシファ病院からの写真には電力不足で停止した保育器から出された39人未熟児が、緑のシーツにくるまれて寝かされていました。1200gにも満たない未熟児は、酸素吸入と温度管理がなければすぐに死んでしまいます。実際に国連と新月社に救助されるまでに8人の小さい命は尽きてしまいました。看護師たちにできたのは自分たちの体温で温めてシーツでくるむことだったそうです。死に対する愛の抵抗です。  神は本当に...

ほんとに、よかったね 17.12.2023

「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」ヨハネ福音書第3章30節 2023年12月17日 降臨節第3主日(B年) 結婚式のドレスコードでは 白色は NG だそうですね。 喜びの白は花嫁のもの。自分の喜びは横に置いておいて「ほんとに、よかったね」と花嫁の喜びを自分の喜びとします。(2 月の結婚式に参列した方々はそのような気持ちで喜び、もらい泣きしたことでしょう) 「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」これは我慢...

神殿を待つ 03.12.2023

「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来る」マルコ福音書13章26節 2023年12月3日降臨節第一主日(B年) 今日から降臨節。イエスさまが 来られたこと、そして再び来られる日を待つ季節です。 牧師の務めに信徒さんの「死に対して準備していること」がありま す。寝ていても外出中でも、危篤や逝去の知らせを受けます。夜にゆっくりして眠りにつこうとしているときなどは動悸がする時もあります。 しかしこ...

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