Hironao Ashida

『芦田の毎日』

Society JA ↓ 286 episodi

2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...

Autore

Hironao Ashida

Categoria

Society

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Ultimo episodio

11 lug 2026

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Episodi

『努力する人間になってはいけない』についての中西大輔教授(広島修道大学・心理学)の書評。 06.06.2025

このテキストは、芦田宏直氏の著書『努力する人間になってはいけない』についての中西大輔教授による書評です。中西教授は、特に本書の第9章「ツイッター微分論」をハイライトとして挙げ、これが難解でありながらも、心理学を含む機能主義的な科学に対する著者の痛烈な批判が展開されていると述べています。書評では、心理学が個人の平均化やモデル化を通じて刺激―反応の関係を研究する機能主義に依拠していることを指摘し、著者の...

人工知能の諸問題 05.06.2025

本記事では、機能主義と行動主義の哲学的な立場から、人工知能や人間の性質について考察しています。まず、これらの思想の基盤が刺激と反応の関係性にあり、人間の「内面」を結果と見なす考え方であることを説明します。そして、チューリングテストやサイバネティクスが、この機能主義的な視点から人間や機械の能力を捉えようとする試みであると論じます。一方で、フレーム問題を通して、機能主義的なアプローチだけでは捉えきれな...

電子書籍論 05.06.2025

この文章は、**純文学を「古典」と呼び、何度も読み返すことで新たな意味が生まれる「ストック書籍」として、また推理小説や大衆文学を一読すれば内容が理解できる「フロー書籍」**として区別しています。特に、電子書籍やインターネット検索は、情報の一義性を求める「フロー書籍」に適しており、「ストック書籍」が持つ繰り返し読むことによる意味の深まりや物理的な痕跡といった要素を捉えきれないと論じています。さらに、言葉...

ハイパーテキスト論(1995年) 05.06.2025

この文書は、ワープロやコンピューターの機能が単なる道具ではなく、人間の思考プロセスそのものと深く結びついていることを論じます。特に、ハイパーテキスト構造が、直線的な思考や学習から解放され、人間が情報を認識し経験する「非連続的」な方法と呼応していると主張します。さらに、この技術の進展が建築におけるCAD/CAMシミュレーションのような分野で専門家の従来の役割を変化させ、消費者の直接的な参加と批判を可能にし...

機能主義から行動主義へ 05.06.2025

この記事では、機能主義と行動主義という二つの思想が紹介されています。特に機能主義は、パブロフの条件反射論やウィナーのサイバネティクスを通して、入出力の関係性に注目し、その中間にある「主体」や「内面性」を無視する考え方として説明されています。一方、行動主義は、外見(behavior)が中身を決めるとし、チューリングテストなどを例に挙げながら、外部からの観察に基づいて存在者を判断する考え方として捉えられていま...

〈表現〉の成立について — 〈表現〉と〈終わり〉 05.06.2025

この文章は、言葉による表現における終わりの重要性について論じています。表現は時間をかけて展開され、思考との間に常に矛盾を抱えています。特に、いつ終えるかという行為は、無限のデータベースを志向するコンピューターとは異なり、人間固有の能力であり、作者が存在しうる度合いと比例します。終わりを決めることは人工的で意識的な行為であり、検索やデータベースといった無限に続くものとは対立する概念とされています。作...

追悼・高橋允昭先生 05.06.2025

筆者は、ジャック・デリダの死去を学生からのメールで知った日の思い出から始め、自身の大学時代に大きな影響を受けた**『現代思想』誌**、そしてデリダの著作を日本で最初に翻訳した高橋允昭(のぶあき)先生について語っています。特に、『現代思想』誌が当時のマルクス主義中心の日本の思想界において、フーコー、ドゥルーズ、デリダといった新しい思想家をリアルタイムで紹介した革新性を強調し、その影響下にあった自身の経験...

追悼・山田田津子先生 05.06.2025

この文書は、山田田津子氏の追悼文であり、芦田宏直氏によって書かれました。芦田氏は、山田氏の教え子としての視点から、彼女との出会い、授業の革新性、そして弟子に対する深い配慮について語っています。特に、芦田氏が柄谷行人氏やその他の著名人と出会えたのは、山田氏の計らいによるものであることが強調されています。さらに、山田氏が晩年まで精力的に仕事に取り組み、「うそつきくらぶ」の翻訳を完成させたこと、そして最...

デリダ京都滞在記。 05.06.2025

この記事は、哲学者のジャック・デリダの逝去を悼む中で、日本の研究者がデリダの日本における紹介者である高橋のぶあき氏との交流や思い出を回顧するものです。特に、1983年のデリダの初来日時の詳細な滞在記に焦点を当て、デリダが日本文化、特に書くことに関連する物品や日本食に強い関心を示したこと、そして人間味あふれる一面を見せたエピソードが描かれています。高橋氏のデリダに対する深い愛情と献身的な仕事、そしてデリ...

追悼・川原栄峰先生、あるいは早稲田哲学の死について 05.06.2025

このブログ記事は、2007年1月23日に85歳で亡くなった早稲田大学名誉教授の川原栄峰先生を追悼するものです。筆者は早稲田大学で川原先生の哲学の講義やゼミを受講しており、特にハイデガーやニーチェの研究において先生から大きな影響を受けたと述べています。当時の早稲田大学哲学科における川原研究室の孤立した状況や、川原先生の「存在と時間」における「Wohnen(ボーネン)=住む」論に対する筆者の批判的な視点も触れられてい...

「教育改革」は、なぜ成功しないのか(広島修道大学FD研修会) 05.06.2025

この文書は、日本の大学における「教育改革」がなぜ成功しないのかを論じています。特に、「観点別評価」「多様な評価」といった、知識の習得よりも態度や意欲を重視する評価方法が、かえって知識教育を軽薄化させ、学生の学力低下を招いていると批判しています。また、教員による**「試験調整」や、詳細なシラバスがない「パワポ授業」が、授業の質を低下させ、学生の学習意欲を損なっている**と指摘しています。最後に、試験作成...

多様性教育・個性教育は、単なるマーケティングに過ぎない。 05.06.2025

この論説は、多様性教育や個性教育が、教育現場でのマーケティング戦略として利用されている現状に異議を唱えています。著者は、本来学ぶべき内容から目をそらし、低学力層を対象とした学校や文科省が、学力概念を変質させてこれらのスローガンを掲げたと主張します。その結果、多様性教育は親や地域の階層を固定化する装置となり、階層性を隠蔽する役割を果たしていると指摘し、教育の停滞を招いていると結論づけています。

「一流」とは何か。 05.06.2025

この記事は、「一流」とは何かについて考察しています。筆者は、世間的な成功や他者からの評価に価値を置くのではなく、自分自身の評価基準を持つことの重要性を説いています。有名になったり、地位を得たりすることを「出世」と呼びますが、それは必ずしも真の「一流」ではないと指摘しています。自己評価ができない人間は、世間の基準に流され、コンプレックスを抱きがちであると述べています。そして、現在の状況にとらわれず、...

「フレーム問題」と人工知能の限界について 05.06.2025

提示された文章では、機能主義の難しさとして知られる「フレーム問題」に焦点が当てられています。これは、ロボットが特定のタスクを実行する際に、そのタスクに関連する情報だけでなく、無限に存在する無関係な情報や副産物をどのように処理するかという課題です。スター・ウォーズのR2D2開発過程を例に、ロボットがいかに副産物を考慮・選別するのが難しいかが説明されています。最終的に、人間は「関係のないものを無視する」と...

中曽根臨教審以降の学校教育の変貌 — 多様性・個性教育の害悪 05.06.2025

これらの記事は、中曽根康弘政権下で設置された臨時教育審議会(臨教審)以降の日本の教育改革に焦点を当てています。特に、臨教審の答申によって推進された個性教育や生涯学習の理念が、その後の教育政策に与えた影響と、それらが学力格差を拡大させた可能性を論じています。複数の識者や「関西調査」という実証データに言及し、学校教育のあり方や「学びの主体」に関する議論を展開しています。

結婚式披露宴・親族代表、ご挨拶 05.06.2025

本スピーチは、結婚式の披露宴で、新郎の父がユーモアを交えながら息子夫婦に贈るメッセージです。父はプロデューサーとして、表現者としての考えや、テレビ番組『めちゃイケ』を通じて息子を鍛えた経験、息子のテレビ業界への就職の経緯などを語ります。また、息子がテレビ朝日からAmazon Studiosへ転職した理由や、円満退社への想い、そして息子が尊敬する芸人たちの**「人間性」や「顧客志向」の重要性**について述べます。最後...

卒業式式辞 : 努力する人間になってはいけない 05.06.2025

この式辞では、競争が激化する現代社会において、特に若者に向けて、目標達成への考え方を説いています。筆者は、目標を達成できない「がんばり屋」が組織にとって最も有害な人材であると主張し、これは努力するだけでは不十分であり、むしろ仕事のやり方そのものを変えることが重要であると強調しています。そして、成功のためには考え方やスタンスを変えること、すなわち変化こそが求められる資質であり、これこそが努力の対義語...

卒業式式辞 : イノセントであってはならない — 〈生きる〉ことの受動性の話 05.06.2025

この文章は、ある学校の卒業式の式辞であり、成功とプロフェッショナリズムの本質について論じています。式辞は、映画『ラヂオの時間』の脚本家が直面した修正や、日産BE1の黄色い車体、そしてウォークマンの開発秘話といった例を引き合いに出しながら、「泥まみれ」であること、つまり困難や抵抗、不完全さの中にも光る個性や創造性、そして仕事をする力が存在することを強調しています。また、**「イノセント」な状態から脱却し...

フロイトの女性論について — 女性にとって男性とは何か 05.06.2025

この文書は、フロイトの女性の性に関する理論を出発点とし、女性の性が持つ複雑さについて論じています。特に、女性の発達における二重の移行、つまり母親から父親への愛着対象の移行と、クリトリスからヴァギナへの性的な快感の移行に焦点を当てています。この移行は男性にはないものであり、女性の性を不安定で、愛されることによって男性像を形成していくという特徴を説明しています。その結果、女性の恋愛は受動的で偶然性に依...

機械の故障と人間の病と 05.06.2025

この記事は、人間の病気と機械の故障の違いについて論じています。筆者は、車などの機械の故障は、その機能や目的を果たせない状態を指すのに対し、人間の病気はそうではないと主張します。なぜなら、機械と異なり、人間の機能や目的はあらかじめ定められていないからです。また、人間にとって最大の出来事である死は「故障」として捉えることはできず、病気もまた死と同様に機能や目的に還元できないとしています。最終的に、人間...

散髪屋にて 05.06.2025

このブログ記事では、著者が長年通っている散髪屋を訪れた際の経験を語ります。著者は、散髪という行為が代理の効かない、親密な行為であると考察し、散髪屋を変えることの難しさを、結婚にたとえて表現しています。また、著者が通う散髪屋を営む老夫婦について触れ、彼らのお店への情熱や献身を描写し、特に店主の父親との和解のエピソードを紹介します。この記事は、日常の中に隠された人間ドラマと、家族の絆や決断の重みを伝え...

予備校営業が突然自宅にやってきた。 05.06.2025

この記事は、筆者の自宅に予備校の営業担当者が深夜に訪問してきた際の出来事を描いています。筆者は営業担当者に対して、予備校の実績や講師の質に関する鋭い質問を投げかけますが、話は次第に営業担当者の個人的な生い立ち、特に父親との関係に及びます。営業担当者が抱える父子の間の複雑な感情や過去の経験が明らかになり、当初の営業の目的から会話は予期せぬ感動的な展開を見せます。最終的に、筆者は営業担当者の仕事に対す...

大学新入生講話 — 検索をしてはいけない 05.06.2025

この新入生向けの挨拶は、大学での学習の根本的な違いを強調しています。それは、情報を鵜呑みにする高校までの学習とは異なり、テキストの著者やその背景を吟味し、深く洞察する能力を養うことを意味します。特に、言葉の多義性を理解し、それがどのような文脈で使われているのかを特定する重要性を説いています。また、多くの書物を読み込み、テキストを徹底的に理解することの価値、そして教員との関わりが一生涯付き合う書物を...

大学入試改革の時代錯誤 05.06.2025

筆者は、大学入試改革における「人物本位入試」について、その実質が教育再生実行会議の提言にある「能力・意欲・適正や活動歴の多面的・総合的な評価」であることを指摘します。この評価方法は、かつての中曽根臨教審答申に基づく「新学力観」の復古に過ぎないと論じ、特に「意欲」評価が知識偏重への対抗軸として位置づけられている点を挙げます。しかし、「意欲」と知識は不可分であり、知識格差こそが真の意欲格差を生むと主張...

読書の作法 05.06.2025

この記事は、現代の読書習慣と高等教育におけるその問題点を批判しています。特に、インターネット検索や英会話学習のように、表面的な情報取得や会話能力に偏ったアプローチが、深い思考力や文章読解力を阻害していると論じています。真の読書とは、分からない箇所を恐れずに読み進め、繰り返し読むことで文章の多様な意味を理解する営みであり、それが思考を鍛える上で重要であると主張しています。さらに、この shallow な読書...

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