Hironao Ashida

『芦田の毎日』

Society JA ↓ 286 episodes

2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...

Author

Hironao Ashida

Category

Society

Podcast website

podcasters.spotify.com

Latest episode

Jul 11, 2026

Where to listen?

Podcasts in the app Replaio Radio Coming soon

Podcasts are coming to the app soon. Install now and be the first to see a whole new take on podcasts

Get it on Google Play Install for free Android 5M+ downloads · 4.8 rating iOS soon

Episodes

誰でもわかる「〝新たな評価〟制度の在り方について」(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長)資料全40頁 詳細解読 11.07.2026

この芦田先生の資料  https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat35/40-1.html  は、2030年から導入が検討されている大学の「 新たな評価制度 」について、文部科学省の担当者による研修資料を基に 詳細な想定問答 の形式で解説したものです。評価の単位が従来の大学全体から 学部や学位プログラム単位 へと細分化され、共通の データプラットフォーム を用いた効率化や可視化が進められる方針が示されています。しかし、解説...

【増補版(増補第2版)】〝新たな評価〟制度の在り方について(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長) 10.07.2026

芦田先生のこの文書は、文部科学省が2030年度から導入を予定している 新たな大学評価制度 の概要と、それに対する批判的考察をまとめたものです。新制度では従来の大学全体を対象とした評価から、 学部単位の質的評価 へと重点が移り、教育成果を四段階で格付けすることが示されています。特に、大学が掲げる ディプロマ・ポリシー の達成度が重視されますが、一つの学部でも最低評価を受ければ大学全体の評価に直結するという厳し...

【増補版】〝新たな評価〟制度の在り方について(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長) 令和8年度評価充実評価会(日本高等教育機構)於・アルカディア市ヶ谷 09.07.2026

この芦田先生の記事は、文部科学省が 2030年 から導入を予定している、 学部単位 を基軸とした大学の 新たな評価制度 の概要と課題についてのものです。 この制度は、各大学の ディプロマ・ポリシー に基づいた教育成果を、試験による直接評価やアンケートによる間接評価を通じて 四段階 で格付けするものです。特筆すべき点として、一つの学部が「要是正」となれば 大学全体 が同様の評価を受けるという、非常に厳しい仕組みが示...

〝新たな評価〟制度の在り方について(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長) 令和8年度評価充実評価会(日本高等教育機構)於・アルカディア市ヶ谷 07.07.2026

文部科学省が 2030年度から導入を予定している新たな大学評価制度 は、従来の大学全体を対象とした評価から、 学部単位の教育成果を重視する仕組み へと大きく転換します。この制度では、各学部が掲げる ディプロマ・ポリシーの達成度 を基準に、組織的かつ継続的な教育が行われているかを 四段階の格付け で厳格に判定します。特筆すべき点として、一学部でも「要是正」の評価を受けると 大学全体の評価も「要是正」となる連動制...

大学における〈単位制〉とは何か ― カリキュラム制と単位制とは敵対する。 25.06.2026

この芦田先生のテキストは、現代の大学における 単位制の起源と本質的な矛盾 について、歴史的背景を交えて鋭く考察しています。もともとハーバード大学で 選択科目制の導入 に伴って誕生した単位制は、学生の 自学自修の精神 を前提としていましたが、一方で カリキュラムの体系性 を損なう危うさを孕んでいました。著者は、単位を単なる 交換可能な時間価値 と捉える考え方が、学問を有機的な繋がりから切り離し、教育を形骸化さ...

退学者という教育組織の破綻現象について 13.06.2026

この芦田先生の資料は、彼の視点に基づき、教育機関における**「退学者」の本質的な意味 を再定義したものです。一般的に退学は学生個人の事情や意欲の問題とされがちですが、本書はこれを 学校側の教育課程や時間設計の不備 が表面化した「教育の破綻点」として捉えています。シラバスの形骸化や単位認定の甘さを厳しく批判し、退学者を カリキュラムの精度を測定するための重要な経営指標 と見なすべきだと主張しています。単に...

私の生成AI_2.0活用について ― 組織活動には概念の再定義が必要 12.06.2026

この芦田先生のテキストは、哲学者の芦田宏直氏が自身の思考プロセスや膨大な著作を学習させた**「クローンAI」の構築 について記したものです。著者は、単なる要約ではなく 「芦田ならどう考えるか」 を再現するため、半世紀に及ぶ論文や独自の概念定義をAIに記憶させる過酷な作業に取り組んでいます。特に教育現場における 「退学率」や「出席率」の意味を再定義 することで、組織内の認識のズレを解消し、管理職以上の精度で分...

12年ぶりに洗濯機を買い替えることに ― やはり洗濯機はパナソニック一択かと。 31.05.2026

この芦田先生の資料は、 パナソニックのNA-LX129E を中心に、国内主要4メーカーや海外製プレミアム機種を徹底的に比較した洗濯機の購入ガイドです。著者は自身の買い替え経験に基づき、 配管の短さによるメンテナンス性 や自動投入機能、衣類ケア性能など、実用的な視点から各機種の長所を詳しく解説しています。国内勢では 日立の容量 や シャープの省エネ性 、 東芝の速さ といった特徴を数値で示し、ライフスタイルに合わせた最...

〈美人〉と「空虚な中心」について 28.05.2026

このテキストは、 「有名人」や「美人」が社会で果たす役割 を、記号論的な**「空虚な中心」 という概念を用いて考察しています。著者は、注目を集める存在ほどバッシングを避けるために 極めて平凡な言動 に終始する傾向があり、その究極の形を天皇の在り方に見出しています。凡人が注目を引くために奇抜な振る舞いを必要とする一方で、真に有名な存在は、ただそこに 存在しているだけで価値が認められる という特権性を備えてい...

苅谷剛彦と階層格差論 ― 1990年以降の〈学びの主体〉論はいかに間違ったのか。 25.05.2026

提供された芦田先生の資料は、 苅谷剛彦 氏らの議論を軸に、日本の教育における 平等主義の変遷 と**「意欲」の階層格差 を鋭く考察しています。かつての学歴主義が持っていた「努力」による公平性が、個性重視の教育へと転換したことで、かえって家庭環境の差が学力や意欲の不平等として顕在化したと指摘しています。また、消費社会化や情報化が進む中で、学校という枠組みが緩和され、若者が「いま、ここ」の自己肯定に固執する...

「学修成果の可視化」は、シラバス改革なしには始まらない。 22.05.2026

この芦田宏直先生の文章は、日本の大学教育における シラバスの不備 と 成績評価の甘さ を鋭く批判し、文部科学省に抜本的な改革を促す内容です。著者は、多くの教員が 内容の薄いシラバス を放置し、授業内容も更新せずに 不透明な基準 で単位を認定している現状が、学生と教員の双方の成長を阻害していると指摘しています。特に、教科書に頼らない大学教育において、学習の指針となるはずのシラバスが機能していないことは、 公...

独身者は、老後ほんとに孤独なのか 。 18.05.2026

この文章は、著者の芦田氏が自身の経験を基に、 「老後の孤独」に対する世間の思い込み を鋭く批判したものです。 夫婦であっても同時に人生を終えることは不可能であるため、著者は 誰もがいずれは独身者としての一人暮らしに行き着く という現実を提示しています。老後の田舎暮らしを美化するメディアの風潮に対し、 介護やコミュニティ維持の厳しさ という視点から警鐘を鳴らしているのが特徴です。 また、独身者に向けられる「...

〝やる気〟を出す教育の何がダメなのか ― 内発的動機論、自主性、主体性、個性教育の害悪について 17.05.2026

この芦田先生のテキストは、1990年代以降の日本の教育改革がもたらした 学力概念の変質と、それに伴う大学教育の形骸化 を批判的に考察しています。著者は、単なる授業出席を評価する**「履修主義」 が、実質的な知識習得を重んじる 「修得主義」 を圧倒し、結果として教育の質が著しく低下したと指摘します。特に、学生の意欲を過度に重視する 内発的動機論 が、学習すべき内容や期限をあいまいにし、教員による安易な成績調整や...

自主性重視、個性重視の内発論が知識軽視を生みだしたこと、あるいは1990年代以降の学校改革論の個人主義的傾向について 16.05.2026

この文章は、芦田宏直氏が心理学者の市川伸一氏に対し、日本の教育改革がもたらした弊害を論じたものです。 著者は、1990年代以降の**「主体性」や「内発的動機」を重視する風潮 が、結果として 知識や指導の軽視 を招いたと批判しています。こうした「心理学的な個人主義」への傾倒は、教育現場から客観的な評価基準を奪い、家庭環境による教育格差を固定化させたと指摘しています。特に、社会階層の低い子供たちほど、明確な知識...

人工知能論批判 ― 松尾豊との仮想議論、あるいは「恐るべきコペルニクス的転回」 16.05.2026

このテキストは、 哲学者・芦田宏直氏 がAI研究の第一人者である 松尾豊氏 を仮想の論敵に据え、人工知能と人間知性の本質的な断絶を論じたものです。著者は、現代のAIが ラカンやソシュールの言語論 を体現する「記号の差異と統計的ベクトル」によって意味論を突破した現実を認めつつ、その限界を指摘します。AIの知性は過去のデータを空間化した「動的な地図」に過ぎず、そこにはハイデガーが説く**「死」という不可能な可能性**...

〈学校教育〉は、ほんとうに「生涯学習の一部」なのか? 「学習者本位」の教育は、ほんとうに正しいのか ― 諸悪の根源「中曽根臨教審第四次答申」(1987年) 14.05.2026

このテキストは、 「学校教育」を「生涯学習」の一部と定義した1987年の臨教審答申が日本の教育を歪めた と強く批判しています。著者は、生徒を「学びの主体」と見なす教育観が、結果として個人の能力よりも 家庭環境や階層格差を反映する「意欲」や「人物」の評価 を重視させてしまったと指摘します。これに対し、 客観的な「知識」による評価こそが親の背景を排除し、社会的な階層を入れ替える装置として機能する と論じています...

人工知能批判はどこまで可能か? ― 脱チョムスキー主義と生成AIの経験主義的なベクトル主義 14.05.2026

このテキストは、 芦田宏直氏と生成AIによる「人間と知性の本質」を巡る白熱した対話 を記録したものです。現代のAIが統計的な予測を通じて、結果的に チョムスキーの生成文法のような高度な階層構造 を再現しているという驚べき現状が示されています。しかし芦田氏は、AIが過去のデータという「空間化された時間」に依存している点を突き、 ベルグソンの持続やハイデガーの時間論 を援用してAIの限界を浮き彫りにします。さらに、...

教育心理学の「俗流」性、あるいは知識の軽薄化と動機主義の問題について 10.05.2026

この資料は、 芦田宏直氏 と教育心理学者の 市川伸一氏 による、現代教育における**「自発性」や「内発的動機づけ」の功罪 を巡る論争をまとめたものです。芦田氏は、教育心理学者が現場向けに発信する 「俗流」の理論 が、知識を軽視し学力低下や教育放棄を招いたと厳しく批判しています。これに対し市川氏は、認知心理学の立場から 知識の重要性 を主張しつつも、自らの提唱が意図せず 「ゆとり教育」的言説 に加担した側面を内...

自作の変更について ― 50年以上も前の柄谷行人の論考をふと思い出した。 09.05.2026

この芦田先生の記事は、柄谷行人の論考「自作の変更について」を起点に、 文章を修正し続ける行為の本質 を考察しています。著者は、執筆した内容を完璧だと見なすことは難しく、常に手を加えたくなる衝動こそが 人間の愛着やこだわり の表れであると説いています。AIが際限なく言葉を紡ぐのとは対照的に、人間がどこかで 区切り(ピリオド)を打つこと にこそ、芸術作品の力や批評の価値が宿るという主張がなされています。また、...

「俗流」教育心理学と「主体的・対話的で深い学び」の虚構を問う。 08.05.2026

この芦田先生のテキスト(一部、市川伸一先生)は、教育現場における「自発性」や「内発的動機づけ」を重視する教育観が、結果として学力低下や教育放棄を招いているという批判的な議論をまとめたものです。芦田宏直氏と心理学者の市川伸一氏らの対話を通じ、実証的な学術知見が現場向けに「俗流化」して消費される危うさが浮き彫りにされています。特に、知識の習得を軽視して「考える力」や「主体性」ばかりを称揚する姿勢が、教...

バカな人ほど聞きもしないのに語りたがる ― 海部陽介×荻上チキのやりとりに見る、知ることとわかりやすく語ることとの関係。 08.05.2026

この芦田先生の文章は、真の専門性とはプレゼンテーションの技術といった 形式的な手法 にあるのではなく、蓄積された 深い知識そのもの に宿るという主張を展開しています。著者は、人類進化学者の海部陽介氏の語り口を例に挙げ、明確な根拠と不明な点を峻別する誠実な姿勢こそが、聴衆に強い 知的な啓発 を与えると述べています。教育技術に固執する表面的な教え方よりも、豊かな専門的背景から自然と溢れ出る言葉の方が、聞き手...

【第四版】究極の位相管理:人生最後のカーオーディオ完結編 05.05.2026

この資料は、昭和世代の筆者が「人生最後」と位置づける愛車の カーオーディオ構築記録 を、自身の哲学や最新の AI解析 を交えて解説したものです。かつての高級ブランドが衰退し、純正システムが主流となった現代において、あえて BEWITH社製の最高峰プロセッサー を導入し、車内という過酷な空間で「音像の立体感」を追求する情熱が綴られています。特に、左右独立した二台の機器による**「位相管理」の重要性 が詳しく説かれ、...

AI問題と「形式化の諸問題」についてなど ― 主体の成熟について 03.05.2026

この芦田先生の記事は、AI技術が進化する現代において、 教育と主体の成熟 がどのような意味を持つのかを哲学的な視点から考察しています。著者は、AIを単なる道具として使いこなす能力よりも、それに対峙する 人間自身の精神的な深み が重要であると説いています。カントやライプニッツの思想を引き合いに出し、賢明さと愚かさの境界は外部からの啓蒙ではなく、 自己の内面的な変容 によってのみ超えられると分析しています。最終...

「頭の悪い人」というのは、本当に存在するのか。 03.05.2026

この芦田先生のテキストは、 「賢さ」と「愚かさ」の境界線 について哲学的・存在論的な視点から考察したものです。著者は、世の中に二種類の人間が独立して存在するのではなく、 個々の内面的な認識構造 の中に両方の区別が内包されていると主張しています。カントやライプニッツの思想を引用し、啓蒙主義的な教育が届かない理由は、各人が自身の 完結した世界観(モナド)の中で完結しているからだと説明しています。つまり、人...

脳科学の貧困と存在論的差異と。 02.05.2026

この芦田先生のテキストは、 脳科学による犯罪心理の解明 には限界があることを、哲学的な視点から鋭く考察しています。著者は、脳の状態と個人の行動を安易に結びつける風潮を批判し、脳の内部が外部環境を完全に再現することは不可能だと説いています。議論の核心には、存在するものとその根拠を峻別する 存在論的差異 という概念があり、これを神学やハイデガーの思想を用いて紐解いています。また、原因と結果を単純な相関関係...

Listen to the 『芦田の毎日』 podcast in Replaio

Radio and podcasts in one app - free, with no sign-up. Install today and do not miss the launch

Get it on Google Play

Replaio is not a podcast publisher; show names, artwork and audio belong to their authors and are distributed through public RSS feeds.