Hironao Ashida
『芦田の毎日』
2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...
Autore
Hironao Ashida
Categoria
Sito del podcast
Ultimo episodio
11 lug 2026
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Episodi
デザインの意味論 — 意味をデザインすること 05.06.2025 7:05
この記事は、デザインの本質について考察しています。筆者は、デザインは単に形を作る行為ではなく、意味を生み出す行為であると主張しています。私たちが物を見る際に認識しているのは物理的な形ではなく、それに付随する意味であり、この意味が形を認識することを可能にしています。シュールレアリスムは意味の根源を問うた運動として評価されますが、そのイメージは既存の意味をかえって強化すると批判されています。サルトルの...
宮本顕治氏の革命論について 05.06.2025 6:56
本記事は、故宮本顕治氏の提唱した**「二段階革命論」と「敵の出方論」という日本共産党の革命理論に焦点を当てています。前者は、まず民主主義革命を達成し、その後社会主義革命に進むという段階的な考え方であり、国民の民意が追いついていない現状に「妥協」しつつ**、最終的には天皇制廃止や自衛隊を持つべきという主張を展開しようとするものだと分析しています。後者は、革命が暴力か非暴力かは**「敵である権力の出方次第」...
素数と自己意識について — 『ブライム・ターゲット』(Apple TV+)を見て 05.06.2025 5:26
この文書は、素数と人工知能の関係について考察しています。筆者は、素数の因数分解の難しさが現代のデジタル社会におけるパスワードの基盤であり、それは個人の**「私」の唯一性を数学的に証明するものだと述べています。そして、人工知能が人間性を獲得できるかどうかは、素数の背後にある法則性を発見できるかにかかっているという見解を示しています。最後に、ゼロの発見に長い年月がかかったように、素数の法則が見つかるには...
小田急線の少年に出会う。 05.06.2025 7:31
この記事は、2009年3月13日に小田急線に乗っていた筆者が、腕時計に強い関心を持つ小学4年生くらいの少年と出会った体験記とその背景を記しています。少年は周囲の乗客の腕時計を熱心に見て回り、特に筆者のグランドセイコーに気づいて感嘆します。周囲の無反応な大人たちの中で筆者と少年だけが交流し、その翌日に筆者がこの出来事をブログ記事にした、という出来事の経緯と主要な登場人物が示されています。
Twitter微分論 05.06.2025 6:03
この記事は、Twitterの特性について、その特徴を5点挙げて詳細に説明しています。Twitterはデータベースのような過去の情報ではなく、ユーザーが現在の状況を共有し、書き手と読み手が同時に存在するリアルタイムなコミュニケーションの場であると論じています。また、短いテキストでの断片化されたコミュニケーションが、テーマや人物の特定に抗い、ゆるやかながらも多様な交流を可能にしていると指摘しています。最後に、Twitte...
映画『バベル』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニュリトゥ監督)について 05.06.2025 6:02
この記事は、映画『バベル』に関する論評で、物語の核となるライフル銃を人間の超越への欲望、特に高層ビルと距離の支配という二つの軸のメタファーとして考察しています。また、登場人物が置かれている自然のない乾いた大地を近代の空虚さやバベルの塔がもたらした分裂と重ね合わせ、多言語による分断や核家族の崩壊も描かれていると論じています。最後に、この映画がハイデガーやヘルダーリンの思想を意識し、荒廃の中にかすかな...
死の存在論 — ハイデガー『存在と時間』に影響を受けながら 05.06.2025 6:33
この哲学的な考察は、人間の死という概念に焦点を当てています。筆者は、「不治の病」は特定の個人にのみ限定されるものではなく、生まれてきたすべての人間が本質的に抱えている状態であると論じます。したがって、病気の人と健康な人を区別して同情したり差別したりすることは不適切であるとし、すべての人間が死に向かう存在であることを認識する重要性を強調しています。病気の人に対する同情的な態度は、むしろ自己欺瞞である...
なぜ、人を殺してはいけないのか。 04.06.2025 7:34
元記事は、以下 http://www.ashida.info/blog/2007/03/post_198.html 人間にとって一番つらいことは、自分に責任(=負い目)のないことを受け入れることです。そしてこの世の中でもっとも自分に責任のないことは、自分が生まれてきたことです。生きることは、人間にとって、もっとも無責任であっていいことです。
大学は、〝自分探し〟の場処ではない 04.06.2025 7:37
大学新入生講話 〈私〉は、私が見ているもの、私に見えているものの中にしか存在してない。その外には〈私〉は存在していない。私は何を見ているのか、その「何を」の「何」がすべて。私の内部(私という内部)を覗いても、覗く私はまた表面に浮き出てしまうからです。見ている私を見た人などいない。ハイデガーは講義中にわざわざチョークを折って、「チョークの中を知りたいと思って、チョークを折ってみましょう、折ったら、ま...
死んだ人と、会わない人との違いはなんだろう。古い同級生などは消息不明だが、消息不明の人と死んだ人との違いはなんだろう。関心のない人と死んだ人との違いはなんだろう。アリストテレスには関心があっても、それでも会えなくても悲しくはないが、実はこんな問題を真面目に考え続けるのが哲学だ。 04.06.2025 4:58
死んだ人と、会わない人との違いはなんだろう。古い同級生などは消息不明だが、消息不明の人と死んだ人との違いはなんだろう。関心のない人と死んだ人との違いはなんだろう。アリストテレスに関心はあっても、会えなくて悲しいということはないし、親しい友人ほど会いたくないということもある。これらすべては、生死や実在とは何かという問題に関わっている。 動物も大概の場合、〝抵抗〟しない(反論しない)ことを思えば(動物...
吉本隆明と〈転向〉 04.06.2025 6:49
吉本隆明全集第三巻(晶文社刊)月報「転向について」
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