Hironao Ashida

『芦田の毎日』

2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...

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Autor

Hironao Ashida

Categoría

Society

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Último episodio

28 de oct. de 2026

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Episodios

人工知能論批判 ― 松尾豊との仮想議論、あるいは「恐るべきコペルニクス的転回」 16.05.2026

このテキストは、 哲学者・芦田宏直氏 がAI研究の第一人者である 松尾豊氏 を仮想の論敵に据え、人工知能と人間知性の本質的な断絶を論じたものです。著者は、現代のAIが ラカンやソシュールの言語論 を体現する「記号の差異と統計的ベクトル」によって意味論を突破した現実を認めつつ、その限界を指摘します。AIの知性は過去のデータを空間化した「動的な地図」に過ぎず、そこにはハイデガーが説く**「死」という不可能な可能性**...

〈学校教育〉は、ほんとうに「生涯学習の一部」なのか? 「学習者本位」の教育は、ほんとうに正しいのか ― 諸悪の根源「中曽根臨教審第四次答申」(1987年) 14.05.2026

このテキストは、 「学校教育」を「生涯学習」の一部と定義した1987年の臨教審答申が日本の教育を歪めた と強く批判しています。著者は、生徒を「学びの主体」と見なす教育観が、結果として個人の能力よりも 家庭環境や階層格差を反映する「意欲」や「人物」の評価 を重視させてしまったと指摘します。これに対し、 客観的な「知識」による評価こそが親の背景を排除し、社会的な階層を入れ替える装置として機能する と論じています...

人工知能批判はどこまで可能か? ― 脱チョムスキー主義と生成AIの経験主義的なベクトル主義 14.05.2026

このテキストは、 芦田宏直氏と生成AIによる「人間と知性の本質」を巡る白熱した対話 を記録したものです。現代のAIが統計的な予測を通じて、結果的に チョムスキーの生成文法のような高度な階層構造 を再現しているという驚べき現状が示されています。しかし芦田氏は、AIが過去のデータという「空間化された時間」に依存している点を突き、 ベルグソンの持続やハイデガーの時間論 を援用してAIの限界を浮き彫りにします。さらに、...

教育心理学の「俗流」性、あるいは知識の軽薄化と動機主義の問題について 10.05.2026

この資料は、 芦田宏直氏 と教育心理学者の 市川伸一氏 による、現代教育における**「自発性」や「内発的動機づけ」の功罪 を巡る論争をまとめたものです。芦田氏は、教育心理学者が現場向けに発信する 「俗流」の理論 が、知識を軽視し学力低下や教育放棄を招いたと厳しく批判しています。これに対し市川氏は、認知心理学の立場から 知識の重要性 を主張しつつも、自らの提唱が意図せず 「ゆとり教育」的言説 に加担した側面を内...

自作の変更について ― 50年以上も前の柄谷行人の論考をふと思い出した。 09.05.2026

この芦田先生の記事は、柄谷行人の論考「自作の変更について」を起点に、 文章を修正し続ける行為の本質 を考察しています。著者は、執筆した内容を完璧だと見なすことは難しく、常に手を加えたくなる衝動こそが 人間の愛着やこだわり の表れであると説いています。AIが際限なく言葉を紡ぐのとは対照的に、人間がどこかで 区切り(ピリオド)を打つこと にこそ、芸術作品の力や批評の価値が宿るという主張がなされています。また、...

「俗流」教育心理学と「主体的・対話的で深い学び」の虚構を問う。 08.05.2026

この芦田先生のテキスト(一部、市川伸一先生)は、教育現場における「自発性」や「内発的動機づけ」を重視する教育観が、結果として学力低下や教育放棄を招いているという批判的な議論をまとめたものです。芦田宏直氏と心理学者の市川伸一氏らの対話を通じ、実証的な学術知見が現場向けに「俗流化」して消費される危うさが浮き彫りにされています。特に、知識の習得を軽視して「考える力」や「主体性」ばかりを称揚する姿勢が、教...

バカな人ほど聞きもしないのに語りたがる ― 海部陽介×荻上チキのやりとりに見る、知ることとわかりやすく語ることとの関係。 08.05.2026

この芦田先生の文章は、真の専門性とはプレゼンテーションの技術といった 形式的な手法 にあるのではなく、蓄積された 深い知識そのもの に宿るという主張を展開しています。著者は、人類進化学者の海部陽介氏の語り口を例に挙げ、明確な根拠と不明な点を峻別する誠実な姿勢こそが、聴衆に強い 知的な啓発 を与えると述べています。教育技術に固執する表面的な教え方よりも、豊かな専門的背景から自然と溢れ出る言葉の方が、聞き手...

【第四版】究極の位相管理:人生最後のカーオーディオ完結編 05.05.2026

この資料は、昭和世代の筆者が「人生最後」と位置づける愛車の カーオーディオ構築記録 を、自身の哲学や最新の AI解析 を交えて解説したものです。かつての高級ブランドが衰退し、純正システムが主流となった現代において、あえて BEWITH社製の最高峰プロセッサー を導入し、車内という過酷な空間で「音像の立体感」を追求する情熱が綴られています。特に、左右独立した二台の機器による**「位相管理」の重要性 が詳しく説かれ、...

AI問題と「形式化の諸問題」についてなど ― 主体の成熟について 03.05.2026

この芦田先生の記事は、AI技術が進化する現代において、 教育と主体の成熟 がどのような意味を持つのかを哲学的な視点から考察しています。著者は、AIを単なる道具として使いこなす能力よりも、それに対峙する 人間自身の精神的な深み が重要であると説いています。カントやライプニッツの思想を引き合いに出し、賢明さと愚かさの境界は外部からの啓蒙ではなく、 自己の内面的な変容 によってのみ超えられると分析しています。最終...

「頭の悪い人」というのは、本当に存在するのか。 03.05.2026

この芦田先生のテキストは、 「賢さ」と「愚かさ」の境界線 について哲学的・存在論的な視点から考察したものです。著者は、世の中に二種類の人間が独立して存在するのではなく、 個々の内面的な認識構造 の中に両方の区別が内包されていると主張しています。カントやライプニッツの思想を引用し、啓蒙主義的な教育が届かない理由は、各人が自身の 完結した世界観(モナド)の中で完結しているからだと説明しています。つまり、人...

脳科学の貧困と存在論的差異と。 02.05.2026

この芦田先生のテキストは、 脳科学による犯罪心理の解明 には限界があることを、哲学的な視点から鋭く考察しています。著者は、脳の状態と個人の行動を安易に結びつける風潮を批判し、脳の内部が外部環境を完全に再現することは不可能だと説いています。議論の核心には、存在するものとその根拠を峻別する 存在論的差異 という概念があり、これを神学やハイデガーの思想を用いて紐解いています。また、原因と結果を単純な相関関係...

【第3版】人生最後のカーオーディオの取り付けに挑戦してみた(BEWITH社製のDSP:STATE A6R KISHI_model Dualを中核に据えて) ― 2023~2026の試行錯誤の結論を生成AIに聞いてみた(実際の音と解説Podcast付き) 28.04.2026

この芦田先生のテキストは、あるオーディオ愛好家が人生の集大成として挑んだ ハイエンドなカーオーディオシステム の構築記録と、生成AIによる技術解説をまとめたものです。筆者は純正ナビの普及で失われた音質を取り戻すため、 BEWITH製の高級DSP を2台導入し、車内特有の音のズレを解消する「 位相管理 」を徹底することで、アーティストが目の前に現れるような臨場感を実現しています。システム構成には、かつてのナカミチやア...

「学修成果の可視化」の間違った方向について ― 中央教育審議会大学分科会大学振興部会(2022年、第6回) ― 共愛学園前橋国際大学学長・大森昭生の報告について(解説Podcast付き) 26.04.2026

このテキストは、現代の大学教育における**「学修成果の可視化」の在り方 について批判的な論考を展開しています。著者は、出席状況や主体性といった曖昧な指標を重視する現状を、教育現場の実態から目を背ける 「履修主義」への逃避 であると断じています。かつての一致していた 「履修」と「修得」が分離 されたことが、教育格差を広げ、学力低下を個人の特性として正当化する土壌になったと指摘しています。真の可視化とは、小...

教育心理学者の「俗流」性について、あるいは市川伸一の「対話的で深い学び」論、奈須正裕の「やる気」論について 24.04.2026

このテキストは、教育心理学が教育現場の「俗流」な価値観と癒着し、学力低下や教育格差を招いている現状を批判的に論じています。著者である芦田宏直氏は、市川伸一や奈須正裕といった心理学者の主張を引き合いに出し、知識を軽視した「自ら考える力」への過度な期待や、個人の内発的動機を神聖視する姿勢が、教育の本質を歪めていると指摘します。特に対話や自主性を重んじる教育モデルが、現実には教員の指導放棄や「強い個人」...

【第2版】 人生最後のカーオーディオの取り付けに挑戦してみた(BEWITH社製のDSP:STATE A6R KISHI_model2台を中核に据えて) ― 2023~2026の試行錯誤の結論を生成AIに聞いてみた 23.04.2026

この記事は、あるオーディオ愛好家が人生の集大成として挑んだ、 ハイエンドなカーオーディオ・システムの構築 について記したものです。筆者は、純正ナビゲーションと音質向上の両立という現代的な課題に対し、 BEWITH製のDSPやスピーカー、イタリア製のPHDアンプ などを組み合わせた高度な構成で解決を試みています。専門ショップによる緻密なインストールと、生成AIによる技術的な解析を通じて、 デジタル制御の正確さとアナロ...

人生最後のカーオーディオの取り付けに挑戦(BEWITH社製のDSP:STATE A6R KISHI_model2台を中核に据えて) ― 2023~2026の試行錯誤の結論を生成AIに聞いてみた。 22.04.2026

この芦田先生のテキストは、あるオーディオ愛好家が「人生最後」と位置づける カーオーディオ・システムの構築過程 と、その構成に対する生成AIの分析をまとめたものです。筆者は昭和のオーディオ文化を背景に、純正ナビの普及で自由度が減った現代において、 BEWITH や PHD といったハイエンド機材を組み合わせた独自の音響空間を追求しています。専門ショップによる高度な施工と、 デジタル演算の精度 に アナログの音楽性 を融...

今日の大学教育の衰退について ― あるいは、「学修成果の可視化」について 15.04.2026

本書は、現代の大学教育が偏差値による序列化に依存し、入学後の教育力が機能していない現状を 組織的な教育の欠如 として鋭く批判しています。著者の芦田宏直氏は、教育現場に蔓延する 心理主義的な動機論 や個人の性格を重視する**「人物」評価 が、本来あるべき学問的な カリキュラムの形骸化 を招いていると指摘します。特に、学生の意欲を待つあまり目標を先送りする姿勢や、出席のみを重視する 「履修主義」 が、実質的な学...

漱石の「先生」と森昌子の「せんせい」における言葉の意味の多様性について 11.04.2026

この、芦田先生の記事は、夏目漱石の小説と森昌子の歌謡曲に登場する**「先生」「せんせい」という言葉 を例に挙げ、同じ語彙であってもその 意味は常に更新され、多様である ことを解説しています。 芦田先生は、ベルグソンやハイデガーの思想を引用しながら、言葉が持つ 同一性と差異の共存 について深く考察しています。 特に、一見異なる文脈が交差する瞬間に耐える言葉の力を、ハイデガーの 「アオストラーク(決着・耐える)...

『吉本隆明全集月報集』(晶文社版) ― 芦田宏直:「転向」について(全集第三巻月報) 11.04.2026

このテキストは、哲学者である 芦田宏直 が思想家 吉本隆明 の人間性と理論について綴ったブログ記事です。著者の妻が偶然吉本と遭遇した際の 心温まる逸話 を導入として、日常的な営みを肯定する吉本の謙虚な姿勢を紹介しています。そこから議論は深化し、吉本の生涯のテーマである**「転向」 や、庶民の生活感覚を重視する 「大衆の原像」 という概念へと展開されます。また、現代の グローバル化やAI化**、あるいは他者の権威に...

2026年度総合心理学部新入生講話 ― 〈多様性〉は〈知性〉の上でこそ花咲く 11.04.2026

この資料は、 大学で学ぶ意義 を「知性」と「多様性」の観点から深く考察したものです。著者は、経済状況や育った環境に左右される「人物評価」とは異なり、 本を通じた知識の習得 こそが最も公平で自由な学びの手段であると説いています。人間が未熟な状態で生まれるからこそ手にした 言語や知性 は、世界を多面的に解釈し、個性を開花させるための鍵となります。また、過去の出来事や偶然の重なりに自ら意味を見出す**「悦ばしき...

「教育の大学」か、「研究の大学」か ― 教育の大学が教育的だったことなど一度もない。 06.04.2026

この文章は、芦田先生が「研究」と「教育」は不可分である という考え方に基づき、昨今の教育のあり方を鋭く批判したものです。著 者は、膨大な執筆量や科学研究費の獲得実績といった 客観的な指標 を挙げ、質の高い教育は教員の卓越した研究能力に裏打ちされるべきだと説いています。文字を介さない安易な アクティブラーニング**や、明確な基準を欠いた「多様性」重視の政策が教育の質を低下させている現状に対し、強い危機感が...

2026年度新入生講話 ― 〈知性〉の可能性とマークシート試験 05.04.2026

この資料は、大学での学びの本質と、卒業に向けた具体的な学習方法を多角的に解説しています。前半では、単位修得の条件やAIを活用した予習法、さらには学内での相対的な順位の重要性といった実務的な戦略が示されています。中盤では、学力が家庭環境に左右されにくい公平な指標であることを説き、知識を得ることで世界の捉え方が多様化する知性のメカニズムを紐解いています。終盤には、言葉の獲得による精神的自由や、偶然を必然...

『吉本隆明全集月報集』(2026/3/23)が出版されることになったらしい ― 私が吉本さんの月報を書くことになったきっかけ。 01.04.2026

この資料は、哲学者である 芦田宏直氏 が、思想家・ 吉本隆明 の全集月報を執筆することになった経緯とその思想的背景を綴ったものです。執筆のきっかけは、吉本がテレビ番組で語った「 ファンクショナリズム(機能主義) 」との闘いに芦田氏が強く共鳴し、自身のブログでその熱量を分析したことにあります。この記事が吉本の長女である ハルノ宵子氏 の目に留まり、父への深い理解を高く評価されたことで、月報の執筆依頼へとつな...

Twitter微分論:機能主義とメディアの現在-情報社会とデータベースと人間の死と(講演) 20.03.2026

この資料は、芦田宏直氏による講演録であり、 機能主義 が支配する現代の情報社会と、 Twitter(現X)というメディアがもたらした変容を哲学的に考察しています。 機能主義は入出力を重視して内面を軽視しますが、著者はこの思考がデータベース化 や 検索主義 の極限にあると指摘します。 これに対し、Twitterは情報を細分化(微分)して**「現在」を共有 することで、蓄積された実績や専門性といった ストックの権威 を解体し、人...

芦田宏直著『シラバス論 ― 大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について』(晶文社刊)を解体する。 20.03.2026

この資料は、芦田宏直の著書『シラバス論』を中心に、その 教育思想と学問的背景 を詳細に解説したものです。著者はシラバスを単なる事務書類ではなく、 知識を時間軸に沿って受肉させる「教育設計の核」と定義し、日本の大学における教育の空洞化を厳しく批判しています。 背景には現象学や現代思想 の深い素養があり、主体性や人間力といった曖昧な言葉が、かえって教育内容を消失させ格差を固定化していると指摘します。 また、...

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