Hironao Ashida

『芦田の毎日』

2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...

Vizitează neapărat site-ul podcastului și susține-i creatorul: podcasters.spotify.com

Autor

Hironao Ashida

Categorie

Society

Site-ul podcastului

podcasters.spotify.com

Cel mai nou episod

28 oct. 2026

Unde asculți?

Podcasturi în aplicație Replaio Radio În curând

Podcasturile ajung în curând în aplicație. Instaleaz-o acum și fii primul care descoperă o abordare complet nouă a podcasturilor

Descarcă din Google Play Instalează gratuit Android aproape 10 mil. descărcări · nota 4,7+ iOS în curând

Episoade

大学の死とシラバス論 ― 『シラバス論 ― 大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について』あとがきについて 28.10.2026

芦田先生による『シラバス論』のあとがきでは、大学教育における**「シラバス」 の本質や、研究と教育の不可分な関係について深く考察されています。著者は、真理を追求する教員が初心や専門性の頂点に立ち返り、学生の目線に降りて授業を組み立てることの重要性を説いています。また、漢文に対する『古事記』の歴史的格闘になぞらえ、専門知を噛み砕く 「コマシラバス」 こそが真理の体現であると主張しています。さらに、知識の...

終活帰郷(ちょっと大げさだが)の思い出 ― ふとしたきっかけで、故郷の恩師の早逝を知って、何十年も帰っていない故郷の母校訪問を。 26.10.2026

筆者は一年前に故郷を訪ねた際の思い出を振り返りながら、人生に大きな影響を与えた三つの記憶をたどっています https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat17/post-540.html 。 中学校時代に厳格かつ先進的なテニス指導で自意識を形成してくれた恩師との出会いや、少年の日のオーディオへの情熱を育み近代化を体現した商店街の電気店について回想しています。 さらに、多忙を極めた高校時代における父親の死や学園祭に打ち込ん...

デリダとフッサール現象学の脱構築 ― 『声と現象』におけるデリダのフッサール現象学理解について 23.10.2026

芦田宏直 によるデリダの著書『声と現象』およびフッサールの現象学に関する論考 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat41/post-83.html では、 デリダの脱構築思想とフッサールの意味論 の複雑な関係性が多角的に考察されている。デリダが展開した「指標の還元」や「記号一般の構造」を巡る議論を手がかりに、 表現と指標の区別 や「自己への現前」における時間性の問題が詳細に検討されている。また、フッサールが提唱し...

続編『シラバス論』における機能主義批判の「緊張」「ねじれ」について、あるいは、 私のシラバス論は時間論であることについて 02.10.2026

提供された文章 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat35/post-538.html は、 生成AI と 人間 の知性や知識の成立をめぐる芦田宏直氏の議論を詳細に考察したものです。AIがどれほど高度に情報を生成・更新できるようになっても、それが人間にとっての**「合点」 や 「了解」 という深い経験的理解と同じであるとは限らないと論じています。さらに、人間固有の特殊能力に依存するのではなく、フォイエルバッハや フッサール*...

『シラバス論』(芦田宏直著)は、機能主義を批判しているように見えて、機能主義的ではないか、という貴重な議論をいただきました。再掲しておきます。 29.09.2026

提供された文章 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat35/post-537.html は、芦田宏直氏の「機能主義批判」および「新人論」と、彼が強くこだわる「シラバス論」との間に生じる矛盾や緊張関係について、生成AIと文芸評論家の前田嘉則氏が交わした対話を軸に考察したものです。 芦田氏は、人間を単なる入力と出力の因果関係やデータとして捉える**機能主義的な人間観**を批判し、既存の予測を裏切って新しい未来を切り開く「...

「一流」とは何か? 01.09.2026

この芦田先生の記事 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat3/post-50.html は、 真の「一流」とは何か という問いに対し、社会的な名声 itio や肩書きに惑わされない 自己評価の重要性 を説いています。著者は、他者からの承認や大企業への所属を誇る姿勢を、自己不在の コンプレックスの表れ であると厳しく批判しています。世俗的な成功を「出世」と呼び、それを内面的な卓越性と切り離すことで、 社会的な評価の虚構性...

【第2版】『トモダチ100人よべるかな』(Amazon Prime Video)のシーズン2配信がはじまった ― なんといってもフワちゃんとしんいちに尽きる。 30.08.2026

二つの提供された資料① https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/tv/100amazon-prime-video2.html  ② https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat7/-1002.html  は、Amazon MGM Studios演出家・芦田太郎氏の父親である芦田先生が、 Amazon Prime Videoで配信中のバラエティ番組『トモダチ100人よべるかな』シーズン2を視聴した感想 を綴ったものです。芦田先生は序盤の演出に不満を感じつつも、 フワちゃんの劇的な登場や、お...

エディプス・コンプレックスにおける人間性と動物性との断絶について 22.08.2026

この記事 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat28/post-533.html は、哲学者である 芦田宏直氏 が、教え子の系譜に連なるラカン研究者の 工藤顕太氏 と交わした学術的な対話を記録したものです。芦田氏は、精神分析において エディプス・コンプレックス こそが人間性の根源をなす最も重要な理論であると強調し、その普遍性を説いています。対話の中で氏は、メラニー・クラインらの理論が結果的に自我論へと回収されてしま...

お盆休みにおすすめの映画・ドラマ35選 ― なんといっても『メシア』は圧倒的。 13.08.2026

この資料 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat6/35.html は、 芦田先生が推奨する多様な映像作品 をリスト化したものであり、その選定傾向を分析するための基礎データとなっています。リストには 2000年代から最新の公開予定作 までが含まれており、日本国内のドラマだけでなく 韓国映画や欧米のサスペンス など幅広いジャンルを網羅しています。選出された作品群は、 社会的な葛藤や複雑な人間模様 を描いた重厚な物語が...

ラカン若手研究者の工藤顯太君との出会い ― 故・高橋允昭研究室の孫弟子との楽しいひととき。 13.08.2026

このテキスト https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat35/post-532.html は、著者である芦田宏直氏が若きラカン研究者、 工藤顯太氏 と交流した際の回想を綴ったものです。二人は師弟関係の系譜を通じて繋がっており、 フランス現代思想 から精神分析学、さらには学界の裏話に至るまで多岐にわたる議論に花を咲かせました。著者は工藤氏の 知的な鋭さ を高く評価しつつ、世代を超えた「哲学的な血の繋がり」に深い感銘を受け...

高橋真梨子の『桃色吐息』論について ― 歌手は気持ちを込めて歌ってはいけない。 12.08.2026

この記事 https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat7/post-531.html は、歌手の 高橋真梨子 が自身の代表曲「桃色吐息」や歌唱全般に対して抱いている、 独自のプロ意識 と芸術観を考察したものです。彼女は歌い手の個人的な感情を曲に込めることを否定し、自らを単なる 伝達役 に徹させることで、聴き手が自由に想像を膨らませる余白を提供しています。筆者は、母親への想いが詰まった楽曲ですら涙を見せずに歌い切る彼女の姿...

誰でもわかる「〝新たな評価〟制度の在り方について」(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長)資料全40頁 詳細解読 11.07.2026

この芦田先生の資料  https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat35/40-1.html  は、2030年から導入が検討されている大学の「 新たな評価制度 」について、文部科学省の担当者による研修資料を基に 詳細な想定問答 の形式で解説したものです。評価の単位が従来の大学全体から 学部や学位プログラム単位 へと細分化され、共通の データプラットフォーム を用いた効率化や可視化が進められる方針が示されています。しかし、解説...

【増補版(増補第2版)】〝新たな評価〟制度の在り方について(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長) 10.07.2026

芦田先生のこの文書は、文部科学省が2030年度から導入を予定している 新たな大学評価制度 の概要と、それに対する批判的考察をまとめたものです。新制度では従来の大学全体を対象とした評価から、 学部単位の質的評価 へと重点が移り、教育成果を四段階で格付けすることが示されています。特に、大学が掲げる ディプロマ・ポリシー の達成度が重視されますが、一つの学部でも最低評価を受ければ大学全体の評価に直結するという厳し...

【増補版】〝新たな評価〟制度の在り方について(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長) 令和8年度評価充実評価会(日本高等教育機構)於・アルカディア市ヶ谷 09.07.2026

この芦田先生の記事は、文部科学省が 2030年 から導入を予定している、 学部単位 を基軸とした大学の 新たな評価制度 の概要と課題についてのものです。 この制度は、各大学の ディプロマ・ポリシー に基づいた教育成果を、試験による直接評価やアンケートによる間接評価を通じて 四段階 で格付けするものです。特筆すべき点として、一つの学部が「要是正」となれば 大学全体 が同様の評価を受けるという、非常に厳しい仕組みが示...

〝新たな評価〟制度の在り方について(鈴木宏幸:高等教育局高等教育企画課 大学設置・評価室長) 令和8年度評価充実評価会(日本高等教育機構)於・アルカディア市ヶ谷 07.07.2026

文部科学省が 2030年度から導入を予定している新たな大学評価制度 は、従来の大学全体を対象とした評価から、 学部単位の教育成果を重視する仕組み へと大きく転換します。この制度では、各学部が掲げる ディプロマ・ポリシーの達成度 を基準に、組織的かつ継続的な教育が行われているかを 四段階の格付け で厳格に判定します。特筆すべき点として、一学部でも「要是正」の評価を受けると 大学全体の評価も「要是正」となる連動制...

大学における〈単位制〉とは何か ― カリキュラム制と単位制とは敵対する。 25.06.2026

この芦田先生のテキストは、現代の大学における 単位制の起源と本質的な矛盾 について、歴史的背景を交えて鋭く考察しています。もともとハーバード大学で 選択科目制の導入 に伴って誕生した単位制は、学生の 自学自修の精神 を前提としていましたが、一方で カリキュラムの体系性 を損なう危うさを孕んでいました。著者は、単位を単なる 交換可能な時間価値 と捉える考え方が、学問を有機的な繋がりから切り離し、教育を形骸化さ...

退学者という教育組織の破綻現象について 13.06.2026

この芦田先生の資料は、彼の視点に基づき、教育機関における**「退学者」の本質的な意味 を再定義したものです。一般的に退学は学生個人の事情や意欲の問題とされがちですが、本書はこれを 学校側の教育課程や時間設計の不備 が表面化した「教育の破綻点」として捉えています。シラバスの形骸化や単位認定の甘さを厳しく批判し、退学者を カリキュラムの精度を測定するための重要な経営指標 と見なすべきだと主張しています。単に...

私の生成AI_2.0活用について ― 組織活動には概念の再定義が必要 12.06.2026

この芦田先生のテキストは、哲学者の芦田宏直氏が自身の思考プロセスや膨大な著作を学習させた**「クローンAI」の構築 について記したものです。著者は、単なる要約ではなく 「芦田ならどう考えるか」 を再現するため、半世紀に及ぶ論文や独自の概念定義をAIに記憶させる過酷な作業に取り組んでいます。特に教育現場における 「退学率」や「出席率」の意味を再定義 することで、組織内の認識のズレを解消し、管理職以上の精度で分...

12年ぶりに洗濯機を買い替えることに ― やはり洗濯機はパナソニック一択かと。 31.05.2026

この芦田先生の資料は、 パナソニックのNA-LX129E を中心に、国内主要4メーカーや海外製プレミアム機種を徹底的に比較した洗濯機の購入ガイドです。著者は自身の買い替え経験に基づき、 配管の短さによるメンテナンス性 や自動投入機能、衣類ケア性能など、実用的な視点から各機種の長所を詳しく解説しています。国内勢では 日立の容量 や シャープの省エネ性 、 東芝の速さ といった特徴を数値で示し、ライフスタイルに合わせた最...

〈美人〉と「空虚な中心」について 28.05.2026

このテキストは、 「有名人」や「美人」が社会で果たす役割 を、記号論的な**「空虚な中心」 という概念を用いて考察しています。著者は、注目を集める存在ほどバッシングを避けるために 極めて平凡な言動 に終始する傾向があり、その究極の形を天皇の在り方に見出しています。凡人が注目を引くために奇抜な振る舞いを必要とする一方で、真に有名な存在は、ただそこに 存在しているだけで価値が認められる という特権性を備えてい...

苅谷剛彦と階層格差論 ― 1990年以降の〈学びの主体〉論はいかに間違ったのか。 25.05.2026

提供された芦田先生の資料は、 苅谷剛彦 氏らの議論を軸に、日本の教育における 平等主義の変遷 と**「意欲」の階層格差 を鋭く考察しています。かつての学歴主義が持っていた「努力」による公平性が、個性重視の教育へと転換したことで、かえって家庭環境の差が学力や意欲の不平等として顕在化したと指摘しています。また、消費社会化や情報化が進む中で、学校という枠組みが緩和され、若者が「いま、ここ」の自己肯定に固執する...

「学修成果の可視化」は、シラバス改革なしには始まらない。 22.05.2026

この芦田宏直先生の文章は、日本の大学教育における シラバスの不備 と 成績評価の甘さ を鋭く批判し、文部科学省に抜本的な改革を促す内容です。著者は、多くの教員が 内容の薄いシラバス を放置し、授業内容も更新せずに 不透明な基準 で単位を認定している現状が、学生と教員の双方の成長を阻害していると指摘しています。特に、教科書に頼らない大学教育において、学習の指針となるはずのシラバスが機能していないことは、 公...

独身者は、老後ほんとに孤独なのか 。 18.05.2026

この文章は、著者の芦田氏が自身の経験を基に、 「老後の孤独」に対する世間の思い込み を鋭く批判したものです。 夫婦であっても同時に人生を終えることは不可能であるため、著者は 誰もがいずれは独身者としての一人暮らしに行き着く という現実を提示しています。老後の田舎暮らしを美化するメディアの風潮に対し、 介護やコミュニティ維持の厳しさ という視点から警鐘を鳴らしているのが特徴です。 また、独身者に向けられる「...

〝やる気〟を出す教育の何がダメなのか ― 内発的動機論、自主性、主体性、個性教育の害悪について 17.05.2026

この芦田先生のテキストは、1990年代以降の日本の教育改革がもたらした 学力概念の変質と、それに伴う大学教育の形骸化 を批判的に考察しています。著者は、単なる授業出席を評価する**「履修主義」 が、実質的な知識習得を重んじる 「修得主義」 を圧倒し、結果として教育の質が著しく低下したと指摘します。特に、学生の意欲を過度に重視する 内発的動機論 が、学習すべき内容や期限をあいまいにし、教員による安易な成績調整や...

自主性重視、個性重視の内発論が知識軽視を生みだしたこと、あるいは1990年代以降の学校改革論の個人主義的傾向について 16.05.2026

この文章は、芦田宏直氏が心理学者の市川伸一氏に対し、日本の教育改革がもたらした弊害を論じたものです。 著者は、1990年代以降の**「主体性」や「内発的動機」を重視する風潮 が、結果として 知識や指導の軽視 を招いたと批判しています。こうした「心理学的な個人主義」への傾倒は、教育現場から客観的な評価基準を奪い、家庭環境による教育格差を固定化させたと指摘しています。特に、社会階層の低い子供たちほど、明確な知識...

Ascultă podcastul 『芦田の毎日』 în Replaio

Radio și podcasturi într-o singură aplicație - gratuit și fără înregistrare. Instaleaz-o azi și nu rata lansarea

Descarcă din Google Play

Replaio nu este editorul podcasturilor; numele emisiunilor, coperțile și materialul audio aparțin autorilor lor și sunt distribuite prin fluxuri RSS publice