RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
Be sure to visit the podcast's website and support the creator: www.rcj.gr.jp
Where to listen?
Podcasts in the app Replaio Radio Coming soonPodcasts are coming to the app soon. Install now and be the first to see a whole new take on podcasts
Episodes
私たちを支える幻(箴言 29章) 09.03.2020
幻がなければ民は堕落する。 教えを守る者は幸いである。 (箴言29章18節) 昔、イスラエルの民はシナイ山の麓で神の啓示である律法を受け取りました。それによって神の民として相応しく整えられて、祝福された道を歩むようになるためです。けれども、モーセがシナイ山に籠っている間、民は不安になって自分たちで勝手に金の子牛を造り、禁じられた仕方で礼拝して、偶像崇拝の罪を犯しました(出エ32章)。 「幻」は「教え」と対にな...
御言葉に立ち続ける者として(マタイによる福音書 4章1-11節) 08.03.2020
イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。 神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』 と書いてある。」 (マタイによる福音書4章4節) キリストは、伝道を開始される前に「40日間」の試練を受けられました。その悪魔の誘惑のなかで主イエスは、申命記の言葉を用いてすべての誘惑に勝利されました。そこで用いられた御言葉はすべて、出エジプトにおけるイスラエルの「40年」の荒れ野の旅路を思い起こさせます。...
主の教えを尊ぶ人の祈り(箴言 28章) 07.03.2020
教えに耳をそむけて聞こうとしない者は その祈りも忌むべきものと見なされる。 (箴言28章9節) 「神に従う人」とは、主の教えに謙虚に耳を傾け、それを喜んで実行しようとする人です。「神に逆らう者」とは、自分の考えにとらわれて、外から語られる神の言葉に聞こうとしない人のことです。この二つの立場をよく考えて、自分はどちらなのだろうと反省することが真の信仰への第一歩です。 この章では、「神に逆らう者」が幾つも言い...
叱ることもまた愛(箴言 27章) 06.03.2020
あらわな戒めは、隠された愛にまさる。 愛する人の与える傷は忠実さのしるし 憎む人は数多くの接吻を与える。 (箴言27章5節~6節) 人を叱るのも叱られるのも苦手な今の時代です。しかし、叱ってくれる人が周りにいないのは不幸なことではないでしょうか。特に子どもたちの成長には欠かせません。本気で叱ってくれる大人に出会ったとき、子どもたちは確かに信頼できる人が身近にいることを覚えて、涙を流しながらではあっても心に安...
愚か者・怠け者・嘘つき(箴言 26章) 05.03.2020
自分を賢者と思い込んでいる者を見たか。 彼よりは愚か者の方がまだ希望が持てる。 (箴言26章12節) 神の前に知恵ある者として生きることを教える箴言は、それに対比される「愚か者」のあり様を幾重にも描いて見せます。主イエスは、「兄弟に…『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる」と教えておられますから、箴言の御言葉をたてに人を裁くことは慎まなければなりません。けれども、人間はこのような愚かさを持つということ...
主イエスをとおして自己を知る(ルカによる福音書 18章9-14節) 04.03.2020
「言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」 (ルカによる福音書18章14節) 目の前の問題に適切に対処するためには、まず自分の置かれた状況を正しく理解する必要があります。このたとえで登場する二人の人は、どうだったのでしょうか。 ファリサイ派の人は、徴税人を自分と比較し、律法をまじめに守っている自分は御心に...
御言葉に聞く大切さ(ルカによる福音書 16章19-31節) 03.03.2020
「アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」 (ルカによる福音書16章31節) キリスト教では復活を信じています。しかし、それを未信者の方に信じてもらうのは容易ではありません。主イエスの復活の奇跡が現代にも起これば、多くの人が信じてくれるのに。こう思うのは、わたしだけではないでしょう。 この金持ちも、気...
神の喜びを共にする(ルカによる福音書 15章11-32節) 02.03.2020
「お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」 (ルカによる福音書15章32節) 父から受け継いだ財産を使い果たした弟が帰宅しました。彼は役立たずを通り越して厄介者です。そのような弟の帰宅を、父は常識外れなほどに喜びます。弟にしてみれば、想定外のもてなしによって父に迎え入れられました。父は兄の帰宅を待たず祝宴を始めました。 怒...
父なる神との関係で生きる(マタイによる福音書 6章1-6,16-21節) 01.03.2020
「それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」 (マタイによる福音書6章18節) 善行について教える1節の御言葉を受けて、16節からは断食に関する事柄が扱われています。 当時、他人へのアピール、自己訓練に熱心であることを表明する意味で断食が行われることがありました。しかし、断食はあくまで、神...
女性を大切に守る王(士師記 21章) 29.02.2020
そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた。 (士師記21章25節) イスラエルはベニヤミンとの戦いを始める際、「我々は誰も自分の娘をベニヤミンに嫁として与えないこと」を誓っていました。ベニヤミン族との戦いの後、この誓いがベニヤミン族の滅亡を招くと後悔します。彼らはベニヤミン族を絶やすまいと策をめぐらしますが、更なる犠牲を引き起こします。ギレアドのヤベシュを攻撃し処女...
犠牲を出して主に立ち帰り(士師記 20章) 28.02.2020
イスラエルの人々は皆、そのすべての軍団と共にベテルに上って行き、主の御前に座り込んで泣いた。その日、彼らは夕方まで断食し、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を主の御前にささげた。 (士師記20章26節) イスラエルがベニヤミン族による非道の責任を問いただすと、ベニヤミン族は反発し、神の民同士の内戦が始まってしまいます。イスラエルの方が兵の数は多かったのに、一度目二度目とイスラエルが敗れ、何万人もの犠牲者が出て...
今までにないひどさ(士師記 19章) 27.02.2020
「イスラエルの人々がエジプトの地から上って来た日から今日に至るまで、このようなことは決して起こらず、目にしたこともなかった。」 (士師記19章30節) この章の焦点はレビ人の言動です。旅先でならず者に押しかけられると、側女を外に押し出して自らは中にこもり、側女への暴行を許してしまいます。翌朝レビ人がようやく玄関を開けると、側女が倒れていました。呼びかけても返事はありません。レビ人は故郷に戻ります。そこで丁...
これも「自分の目に正しい」から(士師記 18章) 26.02.2020
「誰があなたをここに連れて来たのか。あなたはここで何をしているのか。ここでのあなたの務めは何か。」 (士師記18章3節) 17章からの続きで、ダン族も「自分の目に正しいとすることを行」う者として登場します。ダン族は、ヨシュア19章で、一旦嗣業の地を割り当てられましたが、ほとんど入手できず、別の土地を探しました。彼らはライシュの町に目をつけます。穏やかで他の人びととの交渉もなく(7節)、簡単に勝てると見たからで...
誰が主のようなものか(士師記 17章) 25.02.2020
そのころイスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に正しいとすることを行っていた。 (士師記17章6節) サムソンの死後、イスラエルの堕落は、あらゆる面で極まります。そして、内輪もめに終始します。 17章にミカが登場します。これまでの士師記の流れなら新たな士師の登場かと思われます。しかし、ミカは士師とは言えません。そもそもミカという名は「誰が主のようなものか」という意味です。ミカは母の銀貨を盗み、親を敬わず...
最後の祈り(士師記 16章) 24.02.2020
サムソンは主に祈って言った。「わたしの神なる主よ。わたしを思い起こしてください。神よ、今一度だけわたしに力を与え、ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせてください。」 (士師記16章28節) 最愛の女性デリラに執拗に迫られ、サムソンは彼の怪力の秘密を明かしてしまいます。彼はペリシテ人の策略により髪を剃られ、力を失い、捕らえられて両目をえぐられ、青銅の足枷をはめられ、牢屋で粉を引かせられる者と...
わたしの人生の出来事すべてに意味がある(マタイによる福音書 17章1-9節) 23.02.2020
「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。」 (マタイによる福音書17章4節) 暗い夜空に輝く満点の星は私たちの心に感動を与えます。ところが、もしこの光景から暗い夜空だけを切り取ってしまったらどうでしょうか。多分、星は見えなくなってしまいます。暗い夜空と輝く星は一つになってこそすばらしい光景となるのです。 栄光に輝く主イエスの姿を目撃し...
祈るサムソン(士師記 15章) 22.02.2020
彼は非常に喉が渇いていたので、主に祈って言った。「あなたはこの大いなる勝利を、この僕の手によってお与えになりました。しかし今、わたしは喉が渇いて死にそうで、無割礼の者たちの手に落ちようとしています。」 (士師記15章18節) 「これがお前たちのやり方なら、わたしはお前たちに報復せずにはいられない」(7節)。15章でもサムソンは、力にまかせてふるまっています。彼をとらえているのは報復の論理です。神は力ある方で...
主の御計画(士師記 14章) 21.02.2020
父母にはこれが主の御計画であり、主がペリシテ人に手がかりを求めておられることが分からなかった。 (士師記14章4節) ペリシテ人の娘に一目ぼれし、力ずくで思いを遂げようとする。ペリシテ人たちに出したなぞかけを解き明かされた腹いせに、30人もの無実の人の命を奪う。14章におけるサムソンのふるまいは破天荒と言うか、傍若無人と言うか、きわめて自分勝手です。彼は母の胎にある時からナジル人として聖別された人でしたが、...
賜物を主のために(士師記 13章) 20.02.2020
「あなたは身ごもって男の子を産む。その子は胎内にいるときから、ナジル人として神にささげられているので、その子の頭にかみそりを当ててはならない。彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう。」 (士師記13章5節) 13章から16章は、十二人の士師たちの最後に登場するサムソンについて記します。ご自身に背いたイスラエルを、主はペリシテというきわめて手ごわい敵の手に、それも40年の長きにわたって...
実を結ぶための配慮をいただいて(ルカによる福音書 13章6-9節) 19.02.2020
「御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。」 (ルカによる福音書13章8節~9節) 実のならないいちじくの木。これは主イエスの言葉を聞くすべての人に関係します。3年もの間、このいちじくの木は実を結びませんでした。したがって、切り倒すという判断は当然です。神の裁きを前にして、誰も...
本当の命綱(ルカによる福音書 12章13-21節) 18.02.2020
こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。」 (ルカによる福音書12章19節~20節) バンジージャンプをしたら紐が切れて落ちてしまった。そういう衝撃的な映像をテレビで見たことがあります。この人の命綱は...
律法をどう読むか(ルカによる福音書 10章25-37節) 17.02.2020
「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」 (ルカによる福音書10章26節) 「読む」とは、理解し行うことを含みます。主イエスを試そうとした律法の専門家は、自分の正しさを証明するために律法を読んでいました。彼に対して主イエスは、善いサマリア人のたとえを話されます。 ある人が追いはぎに襲われ、半殺しにされました。それを見た祭司とレビ人は、道の向こう側を通って行ってしまいました。律法には、死...
不完全な私たちを赦す神の完全さ(マタイによる福音書 5章38-48節) 16.02.2020
「だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」 (マタイによる福音書5章48節) 現代社会に生きる私たちを襲う心の病の中で、多くの人が経験するものがうつ症状です。うつ症状に陥ると、今まで当たり前のようにできたことができなくなります。どんなにがんばろうとしても、まるでエンジンが空回りしているように、体が言うことをきかないのです。教会にも、このような症状で苦しんでお...
闇の現実から(士師記 12章) 15.02.2020
エフタはそこでギレアドの人をすべて集めて、エフライムと戦い、ギレアドの人はエフライムを撃ち破った。エフライムが、「あなたたちはエフライムを逃げ出した者。ギレアドはエフライムの中、マナセの中にいるはずだ」と言ったからである。 (士師記12章4節) 先の11章にはエフタがアンモン人との戦いに勝利したことが記されていましたが、12章に記されるのはイスラエルの部族同士の戦いです。アンモン人との戦いにおいて、ギレアド...
ただ信頼せよ(士師記 11章) 14.02.2020
エフタは主に誓いを立てて言った。「もしあなたがアンモン人をわたしの手に渡してくださるなら、わたしがアンモンとの戦いから無事に帰るとき、わたしの家の戸口からわたしを迎えに出て来る者を主のものといたします。わたしはその者を、焼き尽くす献げ物といたします。」 (士師記11章30節~31節) 勇士エフタは、アンモン人との戦いに勝利しました。それは主が彼と共におられたからです。「主の霊がエフタに臨んだ」からです(29節...
Similar podcasts
Replaio is not a podcast publisher; show names, artwork and audio belong to their authors and are distributed through public RSS feeds.