RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Episodes
いつも喜びなさい(フィリピの信徒への手紙 4章1-9節) 03.04.2020
主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。…どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。 (フィリピの信徒への手紙4章4節、6節) フィリピの教会にはさまざまな問題がありました。パウロが伝えたのとは異なる信仰を教える人びとがいたり、兄弟姉妹の不一致があったり。パウロはできるなら、もう一度フィリピの教会に足を運び、群れに...
キリストに捕らえられて(フィリピの信徒への手紙 3章12-21節) 02.04.2020
わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。 (フィリピの信徒への手紙3章12節) パウロは信仰生活を「目標を目指してひたすら走る」レースに喩えています。オリンピック競技の中で最も過酷なものの一つがマラソンです。長距離走を走ったことのある方はわかると思います。わたしも学生...
父に愛されたくて(フィリピの信徒への手紙 3章1-11節) 01.04.2020
わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。 (フィリピの信徒への手紙3章9節) ヘミングウェイの短編に、スペインに暮らす父と子の物語があります。父との関係が悪くなり、息子パコ(スペインではありふれた名前)は家を出て行ってしまいます。息子を探し続ける父親は、新聞の尋ね人の欄に広告を掲載しました。「パコへ。明日の正午、ホテル・モンタナで...
神に近づくことのできる幸い(エゼキエル書 41-42章) 31.03.2020
更に、拝殿の奥の面まで奥行きを測ると20アンマ、その横幅も20アンマであった。そして彼はわたしに、「ここが至聖所である」と言った。 (エゼキエル書41章4節) 新しい神殿の幻の続きです。案内の天使は、エゼキエルを拝殿に連れて行き、正面の奧のある部分を測り、「ここが至聖所である」と言いました。その至聖所は、以前の神殿の至聖所とはかなり様子が違っています。以前の神殿では、至聖所と聖所が垂れ幕によってはっきりと分...
新しい神殿の幻(エゼキエル書 40章) 30.03.2020
その人はわたしに向かって言った。「人の子よ、自分の目で見、自分の耳で聞き、わたしがこれから示す、すべてのことを心に留めなさい。あなたがここに連れて来られたのは、それを示すためです。あなたが見ることを、すべてイスラエルの家に告げなさい。」 (エゼキエル書40章4節) エゼキエルは補囚となって25年目に、ある幻を見ました。それは、将来再建されるであろう新しい神殿の幻でした。ここに描写される神殿の構造や祭司の仕...
主の恵みの御業にある幸い(ヨハネによる福音書 9章1-41節) 29.03.2020
イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」 (ヨハネによる福音書9章39節) 主イエスの御目はいつも、試練にある人、苦しみ・悲しみにある人、この世の弱者に注がれています。本日は、主イエスが生まれつきの盲人に出会われ、癒されたお話です。 ここには盲人が癒されるという主の御業が記される一方で、ファリサイ派と呼ばれる人び...
神に力不足はない(エゼキエル書 39章) 28.03.2020
国々は、イスラエルの家がわたしに不信の行為を行ったために捕囚となったこと、また、わたしが顔を隠し、彼らを敵の手に渡したため、彼らは皆、剣に倒れたことを知るようになる。 (エゼキエル書39章23節) 世の終わりのゴグについての預言の続きです。38章後半にゴグの敗北は既に語られていますが、この39章ではゴグの完全なる敗北が語られています。そして、その後にこの戦いの後始末の様子が描かれています。 ゴグの軍勢の武器を...
神がすべてを支配しておられる(エゼキエル書 38章) 27.03.2020
お前はわが民イスラエルに向かって、地を覆う雲のように上って来る。そのことは、終わりの日に起こる。わたしはお前を、わたしの地に連れて来る。それは、ゴグよ、わたしが国々の前で、お前を通して自分の聖なることを示し、彼らがわたしを知るようになるためである。 (エゼキエル書38章16節) 38章と39章は世の終わりについての預言です。ここに登場するゴグは、世の終わりに諸国民の連合軍を率いてイスラエルを侵略し、大きな苦難...
枯れた骨の復活(エゼキエル書 37章) 26.03.2020
「霊に預言せよ。人の子よ、預言して霊に言いなさい。主なる神はこう言われる。霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る。」 わたしは命じられたように預言した。すると、霊が彼らの中に入り、彼らは生き返って自分の足で立った。 (エゼキエル書37章9節~10節) エゼキエルはとても不思議な幻を見ました。谷間に干からびた無数の骨が散乱していたのです。しかし、エゼキエル...
新しい心が与えられる(エゼキエル書 36章) 25.03.2020
わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。 (エゼキエル書36章26節) この章には、やがてイスラエルの地に補囚の民が帰還し、廃墟は立て直され、以前よりも更に栄えるという嬉しい約束の言葉が記されています。そして、以前のようにその行いによって地を汚すことのないように、「お前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える」という預言...
神は聞いておられる(エゼキエル書 35章) 24.03.2020
お前たちはわたしに向かって大口をたたき、わたしに向かって多くの言葉を重ねた。わたしはそれを聞いた。 (エゼキエル書35章13節) 34章で主は、真の牧者として、ご自分の羊の群れであるイスラエルを探し出し、世話をすると約束されました。その流れの中で、きょうの35章では、セイル山に住んでいたエドム人に対する威嚇の言葉が語られています。「この二つの国、二つの土地はわたしのものとなる。我々はそれを占領する」(10節)。...
神ご自身が世話をする(エゼキエル書 34章) 23.03.2020
まことに、主なる神はこう言われる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。…わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。しかし、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは公平をもって彼らを養う。 (エゼキエル書34章11節、16節) 「イスラエルの牧者」として立てられた国の指導者たちが、羊である民を顧みず、私利私欲に走ってしまったために、国...
主イエスへの真実の告白(祈り)(ヨハネによる福音書 4章5-26節) 22.03.2020
イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。…あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 (ヨハネによる福音書4章16節~18節) 主イエスとサマリアの女の話を、このレントの時期に読んでみますと、また違った味わいが与えられます。イエス・キリスト(=御言葉)以外に魂の潤い、癒しがな...
信仰こそ要(ルツ記 4章) 21.03.2020
近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。…オベドにはエッサイが生まれ、エッサイにはダビデが生まれた。 (ルツ記4章17節、22節) 信仰によってユダヤの地へ来たルツは、神から祝福を受けました。未亡人であったルツは、ボアズと結婚し、子を与えられます。その子の名はオベド(従う人)。神に従う信仰を持って、祝福...
冷静と情熱の間で(ルツ記 3章) 20.03.2020
主は生きておられる。わたしが責任を果たします。さあ、朝まで休みなさい。 (ルツ記3章13節) ルツは落ち穂拾いに出かけたところ、ボアズと出会いました。ボアズはナオミの親戚であり、ナオミの土地を買うことができる人でした。また、ルツと再婚することのできる人でした。そこで、ナオミはルツにプロポーズをするよう大胆な助言をします。ルツは戸惑いつつも、言われた通りに実行しました。 そのプロポーズをボアズは保留しました...
嘆きは賛美に変えられる(ルツ記 2章) 19.03.2020
「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように。」 (ルツ記2章20節) ベツレヘムに到着したナオミとルツにとって、大きな問題は生計の道でした。ルツは落ち穂拾いに出かけます。ルツは行き着いた畑でボアズと出会います。ボアズはルツに目を留め、ルツが安心して働けるよう、特別に配慮をしました。また、昼食を分け与え、帰りには多くの大麦を与えました。 たくさんの大麦を持...
全能者を信じるナオミ(ルツ記 1章) 18.03.2020
「どうか、ナオミ(快い)などとは呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。」 (ルツ記1章20節) ルツとナオミは、モアブの地を出て故郷ベツレヘムに帰ってきました。すると町中の人々は驚き、どよめきました。旧知の女性たちは「ナオミさんではありませんか」と声をかけます。 それに対して、ナオミは、「どうかナオミ(快い)などとは呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全...
塩で味付けされた言葉(コロサイの信徒への手紙 4章) 17.03.2020
いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。 (コロサイの信徒への手紙4章6節) パウロは、「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい」と言います。「あなたがたの言葉が、いつも親切で、興味をひくものであるように」、「塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい」という翻訳もあります。 料理をするとき、いちばん重要な味付けは塩味です。いろいろな調...
互いに仕え合い、互いに愛し合いましょう(コロサイの信徒への手紙 3章) 16.03.2020
妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に仕えなさい。夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当たってはならない。 (コロサイの信徒への手紙3章18節~19節) 主なる神はエバをアダムの「助け手(助ける者)」として創造されました(創2章18節)。この「助け手」とは、神が妻エバを夫アダムに劣る存在としてお造りになったという意味ではありません。もちろん、主なる神は、男と女にそれぞれ異なる賜物を与えてくださいましたが、男女を...
新たに生まれなければ(ヨハネによる福音書 3章1-17節) 15.03.2020
イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」 (ヨハネによる福音書3章3節) きょうは、主イエスとニコデモという人との間にあった出来事からです。主イエスはニコデモの心の中をよく知っておられたのだと思います(2章25節)。人目を避けるようにして、夜、主イエスのもとに来たニコデモに対して、開口一番に話されたのが上記の御言葉でした。 ここで言われている「...
実体はキリストにあります(コロサイの信徒への手紙 2章) 14.03.2020
だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります。 (コロサイの信徒への手紙2章16節~17節) コロサイの教会には、食べ物や安息日、割礼など、旧約時代から守ってきた教えを守るべきだと主張するユダヤ人キリスト者がいたようです。それらの教えは、彼らの伝統になっていました。そのため、彼らは、...
信仰に踏みとどまりなさい(コロサイの信徒への手紙 1章) 13.03.2020
ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません。 (コロサイの信徒への手紙1章23節) コロサイの教会は、主イエスへの信仰、人に対する愛、そして神の御国への希望を持っている教会でした。しかし、同時に、霊肉二元論の立場に立つグノーシス主義、天使崇拝、律法主義などの間違った教えが入り込み、ギリシア思想との混合主義の影響を受けていました。それは、コロサイの教会が置か...
キリスト者の赦し合い(フィレモンへの手紙 15節) 12.03.2020
恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。 (フィレモンへの手紙15節) フィレモンへの手紙は、教会の交わりに欠かせない赦し合いを私たちに教えています。奴隷であるオネシモは、主人であるフィレモンの家から逃げ出しました。しかし、逃亡先でパウロに出会い、悔い改めて、福音宣教に仕える者、「役立つ者」に変えられました。そのオネシモを...
未来にほほえみかける知恵(箴言 31章) 11.03.2020
あでやかさは欺き、美しさは空しい。 主を畏れる女こそ、たたえられる。 (箴言31章30節) 箴言の最後を飾るのは、「有能な妻」を描いた詩です。イスラエルの民の間ではこうした御言葉が家庭を祝福する知恵として学ばれたことでしょう。 ここに描かれた妻の有能さとは、夫に対する忠実さと、家を切り盛りする勤勉さ、周囲との人間関係を豊かにする言葉と細やかな配慮です。 けれども、そのすべてを支えているのは主を畏れる信仰です...
貧しくもせず、金持ちにもせず(箴言 30章) 10.03.2020
貧しくもせず、金持ちにもせず わたしのために定められたパンで わたしを養ってください。 飽き足りれば、裏切り 主など何者か、と言うおそれがあります。 貧しければ、盗みを働き わたしの神の御名を汚しかねません。 (箴言30章8節~9節) 「ヤケの子アグル」が誰なのかはわかりません。イスラエルの神を知る異邦の賢者かもしれません。天を超えて高くおられる神の前に、賢者は身を低くして自分の小ささを告白し、謙遜に知恵を求め...
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