RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

Be sure to visit the podcast's website and support the creator: www.rcj.gr.jp

Author

RCJメディアミニストリー

Category

Religion

Podcast website

www.rcj.gr.jp

Latest episode

Nov 4, 2026

Where to listen?

Podcasts in the app Replaio Radio Coming soon

Podcasts are coming to the app soon. Install now and be the first to see a whole new take on podcasts

Get it on Google Play Install for free Android almost 10M downloads · 4.8 rating iOS soon

Episodes

神の勝利(サムエル記上 5-6章) 28.04.2020

箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。 (サムエル記上5章9節) 戦地から戻ったペリシテ人は、契約の箱を彼らの町アシュドドに持ち帰り、彼らの礼拝するダゴンの神殿に運び入れます。その後、不思議なことが連続して起こるのです。ダゴン像が倒され、破壊され、また、アシュドドと近隣の人びとを原因不明の腫瘍が襲います...

契約の箱(サムエル記上 4章) 27.04.2020

兵士たちが陣営に戻ると、イスラエルの長老たちは言った。「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか。主の契約の箱をシロから我々のもとに運んで来よう。そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう。」 (サムエル記上4章3節) サムエルの誕生と成長の物語から離れ、ここからしばらくイスラエルとペリシテとの争いとそれに伴う出来事が描かれます。そのころは、イスラエル...

私たちの心を燃やす主イエス(ルカによる福音書 24章13-35節) 26.04.2020

すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。 (ルカによる福音書24章31節) 二人の弟子がエルサレムからエマオという村へ向かって歩いていると、主イエスが近づいて来て、一緒に歩き始められました。目が遮られていて主イエスだとは分からないまま、二人は主イエス御自身に...

主の言葉を聞くということ(サムエル記上 3章) 25.04.2020

主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」 (サムエル記上3章10節) きょうの聖書個所には、やがて主の預言者として歩むことになるサムエルの最初の一歩が記されています。祭司エリからアドバイスを受けたサムエルは、主の呼びかけに対して、「主よ、お話しください。僕は聞いております」と応えます。そして、主が語ら...

ハンナの賛歌(サムエル記上 2章) 24.04.2020

ハンナは祈って言った。 「主にあってわたしの心は喜び 主にあってわたしは角を高く上げる。 わたしは敵に対して口を大きく開き 御救いを喜び祝う。 聖なる方は主のみ。 あなたと並ぶ者はだれもいない。 岩と頼むのはわたしたちの神のみ。」 (サムエル記上2章1節~2節) ここに記されているハンナの祈りは、いろいろな点でルカ福音書の「マリアの賛歌」(ルカ1章46-55節)と響き合っています。ともに神の恩寵によって身ごもり、その...

一番大切なものを主に献げる(サムエル記上 1章) 23.04.2020

主は彼女を御心に留められ、ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。 (サムエル記上1章19節~20節) サムエル記は、預言者であり最後の士師であるサムエルの誕生物語からはじまります。父となるエルカナはエフライムの家系に属する人で、母となるハンナは子どもが与えられるのをずっと祈り願い続けていました。主なる神はハンナの心からの祈りを聞かれ...

神の都には(エゼキエル書 48章) 22.04.2020

彼らはイスラエルの子らが迷ったとき、レビ人たちが迷ったように迷うことなく、わたしの務めを守った。…この都の名は、その日から、「主がそこにおられる」と呼ばれる。 (エゼキエル書48章11節、35節) 水晶のように輝く命の水が中央を流れる、来たるべき神の都の中に、イスラエル十二部族一つひとつのための場所が克明に確実に割り振られて、エゼキエル書は閉じられます。そのように、新しいイスラエルである私たち一人ひとりのた...

永遠の命に至る水(エゼキエル書 47章) 21.04.2020

川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。 (エゼキエル書47章9節) この川は、神殿の入口の敷居の下から湧き上がっている、何とも現実離れした川です。ところが、最初はくるぶしまでだった水が、現実の川のように水深を増しつつ東へ流れ、「汚れた海」つまり死海に注ぎます。すると...

回復された神の民の生活(エゼキエル書 46章) 20.04.2020

あなたは、朝ごとに無傷の1歳の小羊1匹を、日ごとの焼き尽くす献げ物として、主にささげねばならない。朝ごとに、それをささげねばならない。 (エゼキエル書46章13節) エゼキエルが幻で見た救いの時代の礼拝は、「日ごと」「朝ごと」の礼拝でした。キリストと共に救いの時代が到来した今、私たちのなすべき日ごとの礼拝とは何でしょうか。「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのな...

後ろから語りかけてくださる主イエス(ヨハネによる福音書 20章1-18節) 19.04.2020

天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。 (ヨハネによる福音書20章13節~14節) 墓から主イエスの御遺体が取り去られたと考えて、マリアは泣いていました。そのマリアに復活された主イエスが現れ...

教会が回復されるために(エゼキエル書 45章) 18.04.2020

あなたは、誤って罪を犯した者、また知らないで罪を犯した者のために、同じようにして神殿を清めねばならない。 (エゼキエル書45章20節) 回復された神殿の幻を見るエゼキエルの眼差しは特に「誤って罪を犯した者、また知らないで罪を犯した者」に注がれます。神殿を「清める」とは、「贖罪のいけにえの血を取って、それを神殿の門柱と祭壇の台となっている段の四隅と、内庭の門柱に」塗ることと定められています。私たちで言えば、...

回復された祭司としての私たち(エゼキエル書 44章) 17.04.2020

イスラエルの子らが迷って、わたしから離れたとき、わたしの聖所の務めを守ったレビ人の祭司であるツァドクの子孫は、わたしに近づき仕えることができる。…彼らはわたしの聖所に入ることができる。 (エゼキエル書44章15節~16節) プロテスタント教会の大切な考え方の一つに「万人祭司」があります。神の御前に聖職者と世俗の者の区別はなく、皆等しく神に近づき、神に仕えるということです。 この44章では、祭司とレビ人の違いが示...

回復された神殿としての教会(エゼキエル書 43章) 16.04.2020

見よ、イスラエルの神の栄光が、東の方から到来しつつあった。…主の栄光は、東の方に向いている門から神殿の中に入った (エゼキエル書43章2節、4節) 神殿から見て東の方とは神の民が捕囚とされているバビロンの方角です。神の臨在を表す「神の栄光」は神殿を出て、捕囚の民のもとにまで赴いてくださったのでした。その神が、捕囚の民を導き戻るようにして、今や新しく建てられた神殿に帰って来られます。神殿の門も、その民を迎え...

復活の真実性(使徒言行録 5章17-42節) 15.04.2020

そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。 (使徒言行録5章38節~39節) 使徒言行録5章36、37節を見ると、テウダやガリラヤのユダという指導者が、人々を率いて反乱を起こしたとあります。当時は似たようなことがよく起こったようです。しかし、いずれも指導者が捕えられたり死ん...

見ないのに信じる(ヨハネによる福音書 20章24-29節) 14.04.2020

イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」 (ヨハネによる福音書20章29節) 復活した主イエスが最初弟子たちに現れたとき、トマスはそこにいませんでした。他の弟子たちが「わたしたちは主を見た」と言っても、それだけでは信じませんでした。そのようなトマスを諭すかのように、あらためて主イエスが現れてくださり、「見ないのに信じる人は、幸いである」と言われたのです。...

父である神のもとに昇る(ヨハネによる福音書 20章1-18節) 13.04.2020

イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『…あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」 (ヨハネによる福音書20章17節) 復活の主イエスに出会ったマグダラのマリアは、主イエスにすがりつきます。再び会えた、二度と離れたくない、という思いだったのでしょう。 ところが主イエスは、「わたしにすがりつくのは...

聖霊を遣わすために(ヨハネによる福音書 16章) 12.04.2020

しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。 (ヨハネによる福音書16章7節) マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書は、いずれも主イエスご自身による、死と復活の予告を記します(マタイ16章21節、マルコ8章31節、ルカ9章22節)。とても大事なことだからでしょう。 ところ...

御手にゆだねる道(ルカによる福音書 23章44-49節) 11.04.2020

イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。 (ルカによる福音書23章46節) 主イエスの十字架上での七つの言葉、最後に覚えたいのは、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」という言葉です。 主イエスが息を引き取られる、その時が近づいてくると、昼であるにもかかわらず全地は闇に覆われました。この闇は、全地に住む人びと、つまりすべての人間が、神に背き逆らう罪の中に...

救いが成し遂げられた(ヨハネによる福音書 19章29-30節) 10.04.2020

イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。 (ヨハネによる福音書19:30) 主イエスの十字架上での七つの言葉、六つ目に覚えたいのは、「成し遂げられた」という言葉です。主イエスは、父なる神から託された私たちの身代わりとして、十字架という飢え渇きを、その身に引き受けられました。 その時、主イエスは「酸いぶどう酒」を受けられました。ご自身の痛みを和らげるためのぶどう...

渇きを癒す水(ヨハネによる福音書 19章28節) 09.04.2020

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。 (ヨハネによる福音書19章28節) 主イエスの十字架上での七つの言葉、五つ目に覚えたいのは、「渇く」という言葉です。十字架の上に釘付けされて、耐え難い痛みに悶え苦しむ中から、水を求めているようにも聞こえます。けれどもこの言葉には、単なる身体的な渇き以上の意味が込められているのでありましょう。...

取り除かれた究極的な苦しみ(マタイによる福音書 27章45-49節) 08.04.2020

3時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 (マタイによる福音書27章46節) 主イエスの十字架上での七つの言葉、四つ目に覚えたいのは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉です。 主イエスは、十字架に至る苦しみの中で、それ程多くのことを語られません。むしろ、沈黙し、ご自身...

十字架が結び合わせる神の家族(ヨハネによる福音書 19章26-27節) 07.04.2020

イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」 (ヨハネによる福音書19章26節~27節) 主イエスの十字架上での七つの言葉、三つ目に覚えたいのは、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」、そして、「見なさい。あなたの母です」との言葉です。 十字架のそばには、主イエスの母マリアと弟子が立っていました...

確かな救いの宣言(ルカによる福音書 23章39-43節) 06.04.2020

するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。 (ルカによる福音書23章43節) 主イエスの十字架上での七つの言葉、二つ目に覚えたいのは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた言葉です。これは、一緒に十字架にかけられながら、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」(42節)と言った、犯罪人の一人...

思い至らない罪さえも赦す(ルカによる福音書 23章32-38節) 05.04.2020

そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」 (ルカによる福音書23章34節) 主イエス・キリストは、十字架の上で七つの言葉を語られました。受難週を過ごす中で、その一つ一つを厳粛に受け止め、その意味を思い巡らせてまいりましょう。 最初に覚えたいのは、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と、十字架につけられた、まさに「その...

苦しみを共にする交わり(フィリピの信徒への手紙 4章10-23節) 04.04.2020

それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。 フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。 (フィリピの信徒への手紙4章14節~15節) パウロの伝道者としての生涯は、苦しみの連続でした。むち打たれ、投獄され、難船し、飢え渇きを覚え、経験してきた...

Listen to the リジョイス聖書日課 podcast in Replaio

Radio and podcasts in one app - free, with no sign-up. Install today and do not miss the launch

Get it on Google Play

Replaio is not a podcast publisher; show names, artwork and audio belong to their authors and are distributed through public RSS feeds.