RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
Be sure to visit the podcast's website and support the creator: www.rcj.gr.jp
Where to listen?
Podcasts in the app Replaio Radio Coming soonPodcasts are coming to the app soon. Install now and be the first to see a whole new take on podcasts
Episodes
赦すことの難しさ(サムエル記下 14章) 26.01.2021
わたしたちは皆、死ぬべきもの、地に流されれば、再び集めることのできない水のようなものでございます。神は、追放された者が神からも追放されたままになることをお望みになりません。そうならないように取り計らってくださいます。 (サムエル記下14章14節) アムノンを暗殺したアブサロムは、母方の祖父、ゲシュル王の元に亡命します。新共同訳聖書は、「王の心がアブサロムに向かっている」と、ダビデがアムノンの死に折り合いを...
人間の愛の恐ろしさ(サムエル記下 13章) 25.01.2021
アムノンは激しい憎しみを彼女に覚えた。その憎しみは、彼女を愛していたその愛よりも激しかった。 (サムエル記下13章15節) ダビデの王家に暗い影がかかり始めます。一方で、それはよくある王家の跡目争いです。しかし、聖書は一連の出来事の始めにバト・シェバ事件を置くことによって、全てがダビデの罪の影響であることを示しています。 一連の出来事には、家族関係に収まりきらない、すべての人が持っている感情が表れています...
主イエスに出会ったナタナエル(ヨハネによる福音書 1章43-51節) 24.01.2021
ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」 (ヨハネによる福音書1章49節) フィリポはナタナエルに会って、自分が出会ったナザレのイエスこそモーセや預言者たちが書いたメシアであると言いました。ナタナエルは、ナザレのような重要でない地域からメシアが出るだろうかとフィリポに問います。 フィリポに「来て、見なさい」と言われて主イエスのところに連れて来られたナタナエルに、主イエ...
秩序と平和の神への礼拝の時(コリントの信徒への手紙一 14章26-40節) 23.01.2021
神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。 (コリントの信徒への手紙一14章33節) 真理がどこにあるのか分からない。それを真剣に問うことさえも許さないような世の中です。礼拝は、私たちをそこから目覚めさせ、真理へと引き戻してくれます。 しかし、コリント教会での礼拝は、それによって目覚めるどころか、教会の外の世界の見栄の張り合いをそのまま持ち込むような礼拝になってしまっていました。 パウロはここで、「婦人た...
人と教会を造り上げる言葉(コリントの信徒への手紙一 14章1-25節) 22.01.2021
しかし、預言する者は、人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰めます。異言を語る者が自分を造り上げるのに対して、預言する者は教会を造り上げます。 (コリントの信徒への手紙一14章3節~4節) 異言に対して、パウロはここで、それはそれですばらしいものではあるのだけれども、それは人と教会を建て上げる言葉ではないと苦言を呈しています。 パウロは、人を造り上げ、教会を造り上げること、そして何にも増して...
愛とは(コリントの信徒への手紙一 13章8-13節) 21.01.2021
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。 (コリントの信徒への手紙一13章13節) 「信仰、希望、愛、その中で最も大いなるものは愛」。これは、教会や、私たちや、あるいはこれから結婚するカップルに向かって語られる、これを目標に頑張って愛に生きよう、というスローガンではありません。この私たちに向かって、永遠に変わらない、朽ちない、神からの大きな愛が、あの...
愛とは(コリントの信徒への手紙一 13章1-7節) 20.01.2021
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 (コリントの信徒への手紙一13章4節) 私はかつて、愛というものを、ケーキの様な、甘く柔らかくて、ふんわりとした、スイートなものだと思っていました。 けれども、聖書が語る愛は、いきなり「愛は忍耐強い」という言葉で始まっています。ここにはスイートのかけらもありません。ねたまない、自慢しないとありますが、ねたまない愛などあるのでしょうか。愛が...
私たちはキリストの体、大切なその部分(コリントの信徒への手紙一 12章12-31節) 19.01.2021
あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。 (コリントの信徒への手紙一12章27節) 教会とは、私たちとは、何者か。それは一人ひとりが、まるで人体のように組み合わされた、多様性と一致が両立している共同体である。しかし、この言葉では足りません。それ以上のことをきょうの御言葉は語ります。 私たちはキリストの体である。キリストは、実にこの私たち一人ひとりを体として用いて行動され、私たちによっ...
オンリーワンのその先へ(コリントの信徒への手紙一 12章1-11節) 18.01.2021
すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。一人一人に、“霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。 (コリントの信徒への手紙一12章6節~7節) 「ナンバーワンよりオンリーワン」とよく言われます。しかし、それでよいのでしょうか。それぞれが自分のオンリーワンをぶつけ合うだけになってしまうのなら、そこに調和は成り立ちません。 パウロが向き合っていたコリント教会は、実はそんな状況だったのかもしれませ...
洗礼を受けられた主イエス(マルコによる福音書 1章4-11節) 17.01.2021
イエスは…ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。 (マルコによる福音書1章9節~10節) 洗礼者ヨハネの働きは、主イエスによってなされる救いの御業の始まりを知らせることにあります。それは、荒れ野で罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼を人々に授けることです。ヨハネは、悔い改めの洗礼を受けた人々が、後から来て聖霊で洗礼...
命を奪い、与える神(サムエル記下 12章) 16.01.2021
バト・シェバは男の子を産み、ダビデはその子をソロモンと名付けた。主はその子を愛され、預言者ナタンを通してそのことを示されたので、主のゆえにその子をエディドヤ(主に愛された者)とも名付けた。 (サムエル記下12章24節~25節) ダビデの罪は、直ちに主に裁かれます。ナタンを通して自身の罪を示されたダビデは、初めて深く悔い改めます。しかし罪への罰は厳しいものでした。生まれた子は命を奪われることになります。 今日...
恥ずべき人間関係(サムエル記下 11章) 15.01.2021
「神の箱も、イスラエルもユダも仮小屋に宿り、わたしの主人ヨアブも主君の家臣たちも野営していますのに、わたしだけが家に帰って飲み食いしたり、妻と床を共にしたりできるでしょうか。あなたは確かに生きておられます。わたしには、そのようなことはできません。」 (サムエル記下11章11節) 聖書に記される人間の影の面の中でも、最も目を背けたくなるような事件が起こります。王の命令で民が戦っている最中、王自身は王宮で姦淫...
相手を信頼する判断(サムエル記下 10章) 14.01.2021
「我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。」 (サムエル記下10章12節) アンモン人は、イスラエルとは常に緊張関係にある民族でした(サム上11章参照)。しかし、ダビデはアンモン王ナハシュとある信頼関係を築いていたようです。王の代替わりに際し、ダビデは礼節を尽くそうとします。けれども、若い王ハヌンは、ダビデの使者を疑い、侮辱的に扱います。確かに国同...
王は慎重に、丁寧に平和を積み重ねてゆく(サムエル記下 9章) 13.01.2021
「恐れることはない。あなたの父ヨナタンのために、わたしはあなたに忠実を尽くそう。祖父サウルの地所はすべて返す。あなたはいつもわたしの食卓で食事をするように」…、メフィボシェトは礼をして言った。「僕など何者でありましょうか。死んだ犬も同然のわたしを顧みてくださるとは。」 (サムエル記下9章7節~8節) 隆盛を極めるダビデにも幾つかの懸念事項が残されていました。ダビデはかつてサウル家に仕えていたツィバという人...
裁きと恵みの業よ、来たりませと我ら願う(サムエル記下 8章) 12.01.2021
ダビデ王はこれらの品々を、征服したすべての異邦の民から得た銀や金と共に主のために聖別した。…主はダビデに、行く先々で勝利を与えられた。 ダビデは王として全イスラエルを支配し、その民すべてのために裁きと恵みの業を行った。 (サムエル記下8章11節、14節~15節) ダビデの快進撃が続きます。古くからイスラエルの悩みの種であったペリシテを撃破することに始まり、北に東に、山に平野に、縦横無尽に兵を動かすダビデ軍は向...
神の約束は広く、長く、あなたにまで届く(サムエル記下 7章) 11.01.2021
「万軍の主、イスラエルの神よ、あなたは僕の耳を開き、『あなたのために家を建てる』と言われました。それゆえ、僕はこの祈りをささげる勇気を得ました。主なる神よ、あなたは神、あなたの御言葉は真実です。あなたは僕にこのような恵みの御言葉を賜りました。」 (サムエル記下7章27節~28節) 戦いと戦いの狭間にもたらされた平和な一瞬間。ダビデの心には「安らぎ」(1節)と共に浮かんでくることがありました。それは、主のため...
メシアとしてこられた主イエス(マタイによる福音書 2章1-12節) 10.01.2021
『ユダの地、ベツレヘムよ、 お前はユダの指導者たちの中で 決していちばん小さいものではない。 お前から指導者が現れ、 わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』 (マタイによる福音書2章6節) 主イエスのご降誕は旧約の預言を成就する出来事であり、メシア(救い主)が地上に来られたということです。 そのことで、ヘロデ王は不安を抱きました。自分の王としての権威が脅かされると思い、彼は主イエスを殺そうと計略を立...
神を畏れ、低められる者に主の祝福を(サムエル記下 6章) 09.01.2021
主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。…サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心のうちにさげすんだ。 (サムエル記下6章14節~16節) イスラエルの都、「ダビデの町」として整備が進められるエルサレムに主が共におられる。その平安を求めて、神の箱が運...
伏す時があり、飛躍の時がある(サムエル記下 5章) 08.01.2021
ダビデはこの要害に住み、それをダビデの町と呼び、ミロから内部まで、周囲に城壁を築いた。ダビデは次第に勢力を増し、万軍の神、主は彼と共におられた。 (サムエル記下5章9節~10節) ダビデを全イスラエルの王に。今は亡きアブネルが整えた道筋は消えていません。イスラエルの長老たちがやってきます。そして「ダビデはヘブロンで主の御前に彼らと契約を結んだ。長老たちはダビデに油を注ぎ、イスラエルの王とした」(3節)。 王...
王家が崩壊してゆくなかで(サムエル記下 4章) 07.01.2021
ダビデはベエロト人リモンの子レカブとその兄弟バアナに答えて言った。 「あらゆる苦難からわたしの命を救われた主は生きておられる。…自分の家の寝床で休んでいた正しい人を、神に逆らう者が殺したのだ。その流血の罪をお前たちの手に問わずにいられようか」 (サムエル記下4章9節、11節) 司令官アブネルの喪失は、サウル王家にこの上ない動揺をもたらしたことでしょう。雪崩を打つように王家は崩壊に向かいます。 行動を起こした...
神と民に選ばれた王は忍耐で召しに応える(サムエル記下 3章) 06.01.2021
サウル王家とダビデ王家との戦いは長引いたが、ダビデはますます勢力を増し、サウルの家は次第に衰えていった。…「わたしは油を注がれた王であるとはいえ、今は無力である。あの者ども、ツェルヤの息子たちはわたしの手に余る。悪をなす者には主御自身がその悪に報いられるように。」 (サムエル記下3章1節、39節) サウル王家に激震が走ります。司令官アブネルがダビデ側に寝返ったのです。王イシュ・ボシェトとの諍いが原因でした...
秩序が壊れる先に見えるものがあるならば(サムエル記下 2章) 05.01.2021
今、主があなたがたに慈しみとまことを尽くしてくださいますように。わたしも、そうしたあなたがたの働きに報いたいと思います。力を奮い起こし、勇敢な者となってください。あなたがたの主君サウルは亡くなられましたが、ユダの家はこのわたしに油を注いで自分たちの王としました。 (サムエル記下2章6節~7節) イスラエルは、ポスト・サウル体制に向けて、慌ただしく動いていきます。サウル軍司令官であったアブネルはサウルの子...
主を畏れる人の間に、神の栄光は輝く(サムエル記下 1章) 04.01.2021
ダビデは自分の衣をつかんで引き裂いた。共にいた者は皆それに倣った。彼らは、剣に倒れたサウルとその子ヨナタン、そして主の民とイスラエルの家を悼んで泣き、夕暮れまで断食した。 (サムエル記下1章11節~12節) 不遇な時代にもたらされた好機の知らせは、ダビデの目にどのような輝きを放っていたでしょうか。 サウルの追撃を避け、ペリシテ地方ガトの王アキシュのもとに身を寄せていたダビデに、イスラエル敗北の知らせが伝えら...
無尽蔵の富が約束されています(ローマの信徒への手紙 8章31-39節) 03.01.2021
わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。 (ローマの信徒への手紙8章32節) 神はその御子をさえ惜しまれなかった。つい先日、クリスマスに、その喜びを祝ったばかりです。神の愛、その誠実と真剣味を疑う余地はどこにもありません。御子をさえお与えになった神の愛が、救いに必要な一切のことを成し遂げ、すべての恵みと祝福を惜...
聖霊の執り成しが待っています(ローマの信徒への手紙 8章26-30節) 02.01.2021
同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。 (ローマの信徒への手紙8章26節) 聖書の信仰はとても正直です。「弱いわたしたち」という主題を決して避けないからです。その弱さの中には、「どう祈るべきか」を知らないことも含まれます。祈るほかに道がない、祈りにすがるほかに希望がない。それが分かっ...
Similar podcasts
Replaio is not a podcast publisher; show names, artwork and audio belong to their authors and are distributed through public RSS feeds.