RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Episodes
神が囲んでおられる(詩編 125編) 25.10.2021
主に依り頼む人は、シオンの山。 揺らぐことなく、とこしえに座る。 山々はエルサレムを囲み 主は御自分の民を囲んでいてくださる 今も、そしてとこしえに。 (詩編125編1節~2節) 「山々はエルサレムを囲」んでいたとあるように、エルサレムに向かって旅をする人々には、険しい山々を越える危険がありました。 同じように私たちの人生の旅路においても、危険、苦難を通らずして、その先に進むことができない時があります。 山々を...
あなたがたの中で偉くなりたい者は(マルコによる福音書 10章35-45節) 24.10.2021
「しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」 (マルコによる福音書10章43節~44節) ヤコブとヨハネの願いをきっかけに、主イエスはご自身が来られた目的を語り始め、そして、あなたがたが大いなる者となりたいのなら、この世の支配者のように人々を支配し、権力を振るうのではなく、わたしの模範に従いなさいと...
神はわたしの味方(詩編 124編) 23.10.2021
主をたたえよ。 主はわたしたちを敵の餌食になさらなかった。 仕掛けられた網から逃れる鳥のように わたしたちの魂は逃れ出た。 網は破られ、わたしたちは逃れ出た。 わたしたちの助けは 天地を造られた主の御名にある。 (詩編124編6節~8節) もし、神がわたしの味方でないなら。このような仮定ほど天の国を憧れる、地上の人生の旅人、巡礼者を恐れさせるものはありません。そんな仮説は神の民を怖気させます。 しかし、神の民をと...
主よ、憐れんでください(詩編 123編) 22.10.2021
わたしたちを憐れんでください。 主よ、わたしたちを憐れんでください。 わたしたちはあまりにも恥に飽かされています。 (詩編123編3節) 教会の歴史の中で絶えず歌われて来た賛美の歌(聖歌)に「キリエ・エレイソン」があります。いろいろなメロディで歌われましたが、言葉は同じです。「主よ、憐れんでください」を意味します。 神を信じて歩む信仰者は、絶えず侮り、嘲笑、批判に晒されてきました。その中にはまったくの誤解も...
主の家に行こう(詩編 122編) 21.10.2021
主の家に行こう、と人々が言ったとき わたしはうれしかった。 … わたしは言おう、わたしの兄弟、友のために。 「あなたのうちに平和があるように。」 (詩編122編1節、8節) 孤立無援ほど神を信じて生きる者を惑わせ悩ませるものはありません。天国を目指す旅は、たった一人であっても主に支えられ勇気づけられて、意気揚々と前進することができます。けれども一人で歩くとき、疲れもしましょう。難問に直面して立ち止まり、一歩も先...
目を上げる(詩編 121編) 20.10.2021
目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。 わたしの助けはどこから来るのか。 わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。 (詩編121編1節~2節) この詩編は讃美歌(1954年版)301番のもとになった詩編としてよく知られています。完成されるであろう天の国を憧れつつ歩む信仰者を支えてきました。 詩人の目の前には高い山が聳え立っています。そのように天国を目指して進む神を信じる者にとって眼前の険しい山が行く手を阻んでいます...
苦難の中で(詩編 120編) 19.10.2021
都に上る歌。 苦難の中から主を呼ぶと 主はわたしに答えてくださった。 「主よ、わたしの魂を助け出してください 偽って語る唇から、欺いて語る舌から。」 (詩編120編1節~2節) 詩編120編から134編まで「都上りの歌」という表題がつけられています。一年の特別な日に、神を信じる外国在住の民が神殿を詣でるためにエルサレムに上る際の、巡礼の歌とされます。神の宮には神がいます。それこそがイスラエルの信仰の中心でした。そこ...
神を畏れ、その戒めを守れ(コヘレトの言葉 12章) 18.10.2021
青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。 (コヘレトの言葉12章1節) かつて1章のコヘレトは、「つらい」「労苦」「もの憂い」「満たされない」「悩み」「痛み」といった言葉ばかりの「苦しみの日々」の中で神へと思いを向け始めることができたのでした。太陽が闇に変わるよう。月や星の光が失せるよう。そのような「苦しみの日々」は確かに私たちも体験することです。その体験を踏まえて、コヘレ...
神の国に入るのは誰か(マルコによる福音書 10章13-31節) 17.10.2021
「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 (マルコによる福音書10章15節) 子どもたちが主イエスによって祝福される記事と、金持ちの男が主イエスから去っていく、二つの記事が並べられています。子どもたちは神の国に入ることが許され、金持ちの男は入ることができませんでした。なぜでしょうか。子どもたちは自主的にやって来たのではなく、人びとに連れて来られま...
キリスト者の倫理と楽しさ(コヘレトの言葉 11章) 16.10.2021
妊婦の胎内で霊や骨組がどの様になるのかも分からないのに、すべてのことを成し遂げられる神の業が分かるわけはない。 (コヘレトの言葉11章5節) 私たち人間には「すべてのことを成し遂げられる神の業」は分からない、という思いは、私たちをどんな生活へと導くのでしょうか。どうせ分からないのだからという、いい加減で無責任な生活態度に導くのではありません。 神の業は分からないという思い。それは、「実を結ぶのはあれかこれ...
毎日の恵みを発見する(コヘレトの言葉 9-10章) 15.10.2021
わたしは心を尽くして次のようなことを明らかにした。すなわち 善人、賢人、そして彼らの働きは 神の手の中にある。 (コヘレトの言葉9章1節) 善人にも悪人にもこの世では同じことが起こることが肉の目では観察されます。 しかし、私たちは信仰の目によって「善人、賢人、そして彼らの働きは、神の手の中にある」ことを確認することができるでしょう。 そこから、神の善、神の知恵に導かれて、神の手の中で生きることへの積極的な思...
すべてを神の業として観察する(コヘレトの言葉 7-8章) 14.10.2021
わたしは知恵を深めてこの地上に起こることを見極めようと心を尽くし、…神のすべての業を観察した。 (コヘレトの言葉8章16節~17節) 人生には順境の時もあれば、逆境の時もあります。しかし、何事が起こるか、どのように起こるか人間には知ることはできません。そのような中で、「神は人間をまっすぐに造られたが人間は複雑な考え方をしたがる」(7章29節)ということになってしまうのかもしれません。 しかし、私たちが神を度外視...
幸福とは何か(コヘレトの言葉 6章) 13.10.2021
短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。 (コヘレトの言葉6章12節) コヘレトは、「人間を大きく支配している」不幸を一つ一つ見つめます。 幸福だと思っていた矢先に不幸に襲われるという人の世の常を見たり、体験したりするほどに、幸福とは何かを誰が知ろうかと思わざるをえません。私たちには知り得ない「幸福」であるにもかかわらず、「幸福でなかったら何になろう」とばかり、あて...
神の賜物である生活を楽しむ(コヘレトの言葉 5章) 12.10.2021
焦って口を開き、心せいて 神の前に言葉を出そうとするな。 神は天にいまし、あなたは地上にいる。 言葉数を少なくせよ。 (コヘレトの言葉5章1節) 今やコヘレトは、神との関係に基づいて私たちに「神を畏れ敬う」という根本から毎日の生活一つ一つを見つめ直すことを促します。 そのとき真っ先に与えられることは、「心せいて神の前に言葉を出そうとするな」という教訓です。「饒舌になる」ことが「神を畏れ敬う」ことの対極にある...
虐げられる人の涙を見る(コヘレトの言葉 4章) 11.10.2021
わたしは改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た。 見よ、虐げられる人の涙を。 彼らを慰める者はない。 (コヘレトの言葉4章11節) 神との「縦」の絆を結び直すとき、「横」の人の姿が改めてはっきり見え始めます。 第一に見え始めたのは「虐げられる人の涙」です。神を畏れ敬うことを忘れた者は、まず人を虐げることに向かいます。そして、その虐げを受けた人が流す涙を慰める者もいない。そのような涙がはっきり見え始めま...
神が結び合わせたもの(マルコによる福音書 10章2-12節) 10.10.2021
「従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」 (マルコによる福音書10章9節) ファリサイ派の人びとが主イエスを罠に陥れようとして、質問しました。当時の社会では離婚は一般的に認められていましたし、モーセも離婚を許容していました。夫婦の問題、家族の問題というのは、決して一言で割り切れるような簡単なものではありません。私たちの内には罪があるために、キリスト者であっても、もう、どうしよ...
神が与えられた「時」を思う(コヘレトの言葉 3章) 09.10.2021
何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。 (コヘレトの言葉3章1節) すべて空しいとしか思われなかった人生の一つ一つの「時」を、神が与えられた「時」として捉え直してみましょう。そのとき、「神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられ」たことに気付くことができるかもしれません(11節)。すべては「時宜にかなう」ものだという、神への大胆な同意によって、空しかったは...
幸福の追求から神へ(コヘレトの言葉 2章) 08.10.2021
わたしは顧みた この手の業、労苦の結果のひとつひとつを。 … 何をすれば人の子らは幸福になるのか。 (コヘレトの言葉2章11節、3節) コヘレトは、「短い一生の間、何をすれば人の子は幸福になるのか」を見極めようと、あらゆる労苦を惜しみませんでした(3節)。 その結果、多くのものを手に入れることができましたが、そこで、コヘレトに待っていたものは何だったでしょうか。それは「光が闇にまさるように知恵は愚かさにまさる」...
空しさの発見から神へ(コヘレトの言葉 1章) 07.10.2021
コヘレトは言う。 なんという空しさ なんという空しさ、すべては空しい。 (コヘレトの言葉1章2節) 「天の下に起こることをすべて知ろうと熱心に探求し、知恵を尽くして調べた」(13節)というコヘレトの口から漏れるのは、「すべては空しい」という感情にほかなりませんでした。 その思いを占めるのは、「つらい」「労苦」「もの憂い」「満たされない」「悩み」「痛み」といった言葉ばかりです。こんなことなら「結局、知恵も知識...
愛には恐れがない(ヨハネの手紙一 4章13-21節) 06.10.2021
愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者には愛が全うされていないからです。 (ヨハネの手紙一4章18節) 神はあなたにとってどのような存在でしょうか。神を優しいお方として感じる人もいるし、恐ろしい存在として感じる人もいるでしょう。あるいは、優しさと恐ろしさが共存すると感じることもあるかもしれません。 「愛は恐れない」と言っていますが、この「恐れ」とは、奴隷が主人を...
わたしたちの内に示された神の愛(ヨハネの手紙一 4章7-12節) 05.10.2021
神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。 (ヨハネの手紙一4章9節) キリスト教において愛の源は神です。神は罪深い人間の罪を赦し、それを贖うために、独り子イエス・キリストをこの世に遣わしてくださいました。罪のないイエス・キリストが十字架の死を通して神の愛を私たちに示してくださいました。それこそが神の愛によ...
愛にしっかりと立つ者(エフェソの信徒への手紙 3章14-19節) 04.10.2021
どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。 (エフェソの信徒への手紙3章16~17節) ここで祈られているのは、「エフェソの信徒たちがキリストの愛によってしっかりと立つ者となる」ことです。そして、そのような者になるために必要な二つの要素があ...
塩としてのキリスト者(マルコによる福音書 9章38-50節) 03.10.2021
「塩は良いものである。だが、塩に塩気がなくなれば、あなたがたは何によって塩に味を付けるのか。自分自身の内に塩を持ちなさい。そして、互いに平和に過ごしなさい。」 (マルコによる福音書9章50節) 塩には腐敗を防ぐ働きがありますから、今日においても野菜を塩漬けにしたり、魚を塩漬けにしたりします。 腐るということは、私たちの目に普段ありふれた現象ですが、神の目から見たときに、腐敗は罪と関係しています。本来、神が...
見上げてごらん夜の星を(エステル記 9-10章) 02.10.2021
ユダヤ人が敵をなくして安らぎを得た日として、悩みが喜びに、嘆きが祭りに変わった月として、この月の両日を宴会と祝祭の日とし、贈り物を交換し、貧しい人に施しをすることとした。 (エステル記9章22節) 絶滅計画が実行される予定日のことでした。ユダヤ人たちはハマンの息子たちを中心とした敵を滅ぼします。危機は去り勝利が与えられました。この出来事を記念して、この日がプリムの祭りとしてユダヤ人の間で祝われるようにな...
取り消されない救い(エステル記 8章) 01.10.2021
「王の名によって書き記され、王の指輪で印を押された文書は、取り消すことができない」。 (エステル記8章8節) ハマンは木につるされて死にました。しかし、危険が去ったわけではありません。王によって出されたユダヤ人の絶滅の文書はまだ有効だったからです。王の印が押された文書は取り消すことはできません。そこでエステルは、再び王に涙を流しながら訴えます。すると、王が思いがけない言葉を語ります。新しい文書を書き記し...
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