RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 28, 2026

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Episodes

主イエスの涙はあなたのために(ルカによる福音書 19-20章) 30.06.2022

エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。 (ルカによる福音書19章41節~42節) 人びとがヒーローのように祭り上げようとする中、主イエスがロバに乗ってエルサレムに入城されたことの意味は、主イエスは、ロバに乗ってやってくるぐらいの、優しい王であるということです。人が歩く速度より遅い、拍子抜けするゆっくりさと、子どもでも手を伸ばせば届くような低さで、この主イエスという王は、...

なぜ教会に行くのか(ルカによる福音書 17-18章) 29.06.2022

それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」 (ルカによる福音書17章19節) 主イエスのこの言葉は、「あなたは死から復活して、あなたの人生を生きていきなさい。あなたの信仰が、あなたを生かす」と訳し変えることができます。 この言葉は、主イエスから声を掛けられる前の、異邦人であったサマリア人の姿を示しています。彼は、他の神を礼拝し、重い皮膚病に侵され、自分...

神の大きな優しさに心を開く(ルカによる福音書 15-16章) 28.06.2022

「すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。』」 (ルカによる福音書15章31節) 兄は、弟を赦してしまう父の常識外れの愛をありえないと非難します。しかし父は、わたしの愛は普通ではありえない愛なのだと返します。さらに父は、「わたしはそのありえない愛で、今、お前のことも愛している」と両腕を開いて、兄を招くのです。「わたしは前から、近くにいたお前のことを実は...

霊的生活とは絶えざる悔い改め(ルカによる福音書 13-14章) 27.06.2022

決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。 (ルカによる福音書13章3節) コロナ禍もそうですが、人災や天災が起きたとき、世界規模また個人規模で、不測の事態が起きたとき、それを単にたまたま起こった不幸なニュースだと流してしまわずに、むしろそれを自分に関係させ、自分の悔い改めの機会として受け取るようにと、主イエスはおっしゃいました。 物事を霊的に捉えるということは、...

今日という日を正しく数える(詩編 90編) 26.06.2022

生涯の日を正しく数えるように教えてください。 知恵ある心を得ることができますように。 (詩編90編12節) 詩人は、捕囚の苦しみの中で、人のはかなさを「人は草のように移ろう」(5節)、「人は花のようにしおれ、枯れていく」(6節)と嘆いています。同時に、詩人は神の怒りと憤りを恐れています(7節)。その根底には、詩人を含めたイスラエルの民が神に背を向け続けた罪があることを自覚しています(8節)。さらに、人間の人生...

祈りを盾とし矛として進む(ルカによる福音書 11-12章) 25.06.2022

「まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」 (ルカによる福音書11章13節) 執拗に頼めば、必要なものは何でも与えられる。それが祈りの秘訣であると主イエスは教えられます。けれども、「執拗に」という言葉は、慎みに欠けている、いろいろとあれこれ考えずに、という意味合いのある言葉です。ですから、「大胆に」や「遠慮せず」という訳がより良く当てはまります。大切なことは相手への信頼の度合いです。 神は、信頼に...

主によってすべての事に不足なし(ルカによる福音書 9-10章) 24.06.2022

すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、12籠もあった。 (ルカによる福音書9章17節) 私たちは何かにつけて、足りない、不足していると思いがちです。しかし、主にあって、私たちには不足なし。主イエス・キリストに依り頼む限り、私たちには不足なしと言われています。 弟子たちが、パンの配分に直面しています。男が5千人ですから、実際には1万人を優に超える人びとの中に弟子たちは入っていき、彼らは自...

涙は必ず拭われる(ルカによる福音書 7-8章) 23.06.2022

主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。 (ルカによる福音書7章13節) ここには葬儀の列がありました。ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところでした。母親はおそらく、崩れるようにして泣いていたのでしょう。泣くこと以外、できることはありません。そのような母親を見て、主イエスは憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と声を掛けてくださいました。 主イエスは、死んだ息子を見て...

罪を赦す方の前に共に進み出る(ルカによる福音書 5-6章) 22.06.2022

イエスはその人たちの信仰を見て、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われた。 (ルカによる福音書5章20節) 主イエスは中風の人の信仰を見て、彼の罪を赦したのではありません。主イエスが見たのは、中風の人を寝床ごと吊り下ろした彼を囲む人びとの信仰であり、その人びとの心でした。中風の病人自身に信仰があったとは書かれていません。きっとその人は、主イエスのことをまだはっきりとは知らなかったのではないでしょうか。け...

主イエスも洗礼を受けられた(ルカによる福音書 3-4章) 21.06.2022

すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。 (ルカによる福音書3章22節) ここには目立たないかたちで、一般の民衆の人たちと同じ者であろうとされる主イエスの姿が垣間見えます。ヨルダン川は、海抜マイナス300メートル以下の世界一低い場所を流れる川です。そこに主イエスは、民衆に混じり込むようにして下って行かれて、他の人びとと同じように服を脱いで、ヨルダン川に低く身を沈め...

福音を聞きそして祈ることへ(ルカによる福音書 1-2章) 20.06.2022

ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。 (ルカによる福音書1章5節) この始まりは、この福音書が誰のためのものなのかということを示しています。ザカリアとエリサベトの老夫婦は、決して私たちから遠いところにいる人ではありません。いずれは誰もがこの二人のように年老いていきます。 聖書は彼らについて、子どもがなく、既に年をとっていた...

神を畏れ敬う一筋の心を求めよう(詩編 86編) 19.06.2022

主よ、あなたの道をお教えください。 わたしはあなたのまことの中を歩みます。 御名を畏れ敬うことができるように 一筋の心をわたしにお与えください (詩編86編11節) 詩人は命を狙われています(14節)。誰でも、必死に助けを求めるはずです。ところが、彼は単に窮状を訴えるだけではありません。 まず、「わたしは貧しく、身を屈めています」と、主の前に謙遜な者とされた恵みを告げます。だからこそ「あなたの慈しみに生きる者」...

死の床にあって祈るヒゼキヤ(列王記下 20章) 18.06.2022

「『わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやし、3日目にあなたは主の神殿に上れるだろう。』」 (列王記下20章5節) さまざまな国家的な危機を、ひたすら全能なる主への信仰によって乗り越えてきたヒゼキヤ王ですが、あるとき、死の病にかかりました。預言者イザヤは彼に「あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言しなさい」と宣告します。ユダ王国の王が死の病の中にあることは、王...

唯一の生ける神、わが主(列王記下 19章) 17.06.2022

「わたしはこの都を守り抜いて救う。わたし自らのために、わが僕ダビデのために。」 (列王記下19章34節) ユダに攻め上ったアッシリアのラブ・シャケは、神を冒涜する挑発的な言葉を大声で言い放ちました。ヒゼキヤはこれに対して心を痛め、衣を裂き、粗布を身にまとって神殿に行き、祈りました。また預言者イザヤのもとに粗布をまとった使者を送りました。ラブ・シャケの「生ける神をののしる」言葉を主はお聞きになられたであろう...

神の御力を信じて沈黙した民(列王記下 18章) 16.06.2022

しかし民は、答えてはならないと王に戒められていたので、押し黙ってひと言も答えなかった。 (列王記下18章36節) ユダの王ヒゼキヤは、25歳で王となり29年間王位にありました。彼はダビデのように主の目に適うことを行いました。偶像を打ち壊し、モーセの造った青銅の蛇さえも偶像化しているとして打ち壊し、イスラエルの神、主に依り頼みました。 アッシリアの王センナケリブはユダの砦の町を占領した後、ラブ・シャケを大軍と共...

主に背いた北イスラエル王国の最後(列王記下 17章) 15.06.2022

「あなたたちの神、主にのみ畏れを抱け。そうすれば、主はすべての敵の手からあなたたちを救い出してくださる。」 (列王記下17章39節) ホシェアがサマリアでイスラエルの王となりました。彼もまた、かつてのイスラエル王ほどではなかったにせよ、主の目に悪とされることを行いました。アッシリアの王が攻め上ってきたとき、ホシェアは貢物を納めて事なきを得ました。しかし、後にホシェアはエジプトと手を結び、アッシリアへの貢物...

神を畏れるナアマン将軍の悩み(列王記下 5章) 14.06.2022

エリシャは彼に、「安心して行きなさい」と言った。 (列王記下5章19節) アラムの軍司令官ナアマンは、勇猛果敢な戦士で、主君に重んじられていました。彼は重い皮膚病で苦しんでいましたが、ある時、イスラエルにこの病をいやせる預言者がいると聞きました。彼は早速、預言者エリシャの家を訪れましたが、エリシャは使いの者を通して「ヨルダン川に行って7度身を洗いなさい」と伝えただけでした。姿も見せず、ただ川で身を洗え、と...

神の恵みで満たされた油の壺(列王記下 1-4章) 13.06.2022

「その油を売りに行き、負債を払いなさい。あなたと子供たちはその残りで生活していくことができる。」 (列王記下4章7節) 主に忠実であった預言者が亡くなり、妻と子ども2人が残されました。そこへ債権者がやって来て、子ども2人を借金のかたに連れて行こうとしました。奴隷にしようというのです。妻はエリシャに助けを求めました。イスラエルには、たとえ貧しくなっても、同胞を奴隷として働かせてはいけない、という教えがありま...

主は救いを宣言し私たちは平和を告げる(詩編 85編) 12.06.2022

慈しみとまことは出会い 正義と平和は口づけし まことは地から萌えいで 正義は天から注がれます。 (詩編85編11節~12節) 劇的な詩です。信仰の現実を生き生きと表現しているからです。 詩人は、冒頭(2~4節)で、歴史の中に働かれたイスラエルの神を賛美します。それは、エジプトやバビロンからの解放のことでしょう。神が私たちの味方でいてくださることを確信し、賛美します。 ところが、詩人の現実は厳しいのです。先輩たちか...

人の思いを超える神の寛大さ(列王記上 20-22章) 11.06.2022

「アハブがわたしの前にへりくだったのを見たか。彼がわたしの前にへりくだったので、わたしは彼が生きている間は災いをくださない。」 (列王記上21章29節) エリヤとアハブ王の戦いは意外な形で終えられます。アハブ王は、妻イゼベルとともに、悪行を重ね、最後は、律法に忠実なナボトを謀殺し、彼のぶどう畑を自分のものにしようとします。当然、主は罪を見過ごされず、エリヤを遣わされます。列王記記者も、「彼のように主の目に...

静かにささやく声で語られる主(列王記上 19章) 10.06.2022

地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。 (列王記上19章12節) アハブ王の目の前でバアルの預言者たちとの戦いに勝利したエリヤ。しかし王の妻イゼベルが命を狙っていることを知り、逃げ出します。さらに荒れ野を歩き続けて肉体的にも精神的にも限界を感じたエリヤは、弱り果てた姿を主の前にさらけ出します。自分で奮い立たせて頑張るのではなく、弱い自分を丸ごと...

主なる神の勝利と民の告白(列王記上 16章23節-18章) 09.06.2022

「そうすればこの民は、主よ、あなたが神であり、彼らの心を元に返したのは、あなたであることを知るでしょう。」 (列王記上18章37節) ソロモン以降の列王記上に出てくる有名人の筆頭は預言者エリヤでしょう。エリヤは主イエスの時代、またそれ以降も再び現れることを期待された大預言者です。そして、もう一人の有名人が彼の敵となるアハブ王でしょう。彼はバアルを拝み、徹底して主に逆らい、主の預言者を迫害した人物でした。列...

ヤロブアムの罪への断罪と主の憐れみ(列王記上 11章1節-14章20節) 08.06.2022

「主は、ヤロブアムが自ら犯し、またイスラエルに犯させた罪のゆえに、イスラエルを引き渡される。」 (列王記上14章16節) 列王記を貫くのは、主の祝福の約束であることをすでに見ましたが、もうひとつの流れが王たちの罪です。 その象徴が、きょうの箇所に出てきた「ヤロブアムの罪」です。これから後の歴代の北イスラエルの王たちは、「ヤロブアムの道を歩んだ」、「ヤロブアムの罪を繰り返した」と評価され、断罪されていきます...

主の願いと一致する者の祝福(列王記上 3-10章) 07.06.2022

主はソロモンのこの願いをお喜びになった。 (列王記上3章10節) 王位についたソロモンは、ダビデの遺言どおりに行って、その支配を確立します。そのような彼の夢の中にはじめて主が立たれて、願い事を尋ねられました。ソロモンは、主が父ダビデを祝福してくださったことを感謝し、主が自分をこの王座に据えられたことを謙虚に告白して、この務めをなすために必要と思われる善と悪とを判断する知恵と神の声を聞き分ける心を願いまし...

ダビデ王の最期と戒め(列王記上 1-2章) 06.06.2022

「『あなたの子孫が自分の歩む道に留意し…イスラエルの王座につく者が断たれることはない』という約束を守ってくださるであろう。」 (列王記上2章4節) 列王記上は、ダビデの最晩年から描き始めます。そこには、あの誇り高く力強いダビデの姿はなく、弱くされた一人の老人となっていました。そのような彼を見くびって、息子アドニヤが王位を狙って反乱を起こします。ダビデのもとに団結していた重臣たちも、アドニヤ側につく者と王...

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