RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 24, 2026

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Episodes

主の言葉からそれる悲しみ(箴言 5章) 22.04.2023

それゆえ、子らよ、わたしに聞き従え。 わたしの口の言葉からそれてはならない。 あなたの道を彼女から遠ざけよ。 (箴言5章7節~8節) この章には性についての率直な教えが語られています。それは結婚関係以外の性の営みを厳しく戒めているものです。 ここには不道徳な性関係が至るところで描かれています。不道徳な言葉は蜜を滴らせるように滑らかに感じられるかもしれませんが、その結果は、「苦よもぎよりも苦く」、「両刃の剣の...

神の祝福の具現として広がる世界(創世記 10章) 21.04.2023

ノアの子孫である諸氏族を、民族ごとの系図にまとめると以上のようになる。地上の諸民族は洪水の後、彼らから分かれ出た。 (創世記10章32節) 10章は「民族表」と呼ばれますが、ここには古代の世界観に従って民族の分布が綿密に調査され、互いに関係付けて記されています。ここに至ると聖書の世界がとても現実味を帯びてきます。示されるのは、こうした歴史的現実の中に、神の祝福を受ける部族が位置付けられていることです。洪水後...

生き物の命は神のもの(創世記 9章) 20.04.2023

「あなたたちの命である血が流された場合、わたしは賠償を要求する。…人間どうしの血については、人間から人間の命を賠償として要求する。」 (創世記9章5節) 洪水後の、自然の秩序の制定は、かねてからの創造の保持として位置付けられますが、新しい時代を特徴付ける変化が与えられます。 第一に、肉食の開始です。神の憐れみのもとに人間はあらゆる生き物を食物とすることができるようになりました。しかし、「肉は命である血を含...

空の虹を見て神は想い起こす(創世記 8章) 19.04.2023

「人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。」 (創世記8章21節) 暴力や絶望を目にして、神はいったい何をしているのだろうかと、人はよく問います。しかし、聖書がそこで明かしてくれるのは、人間の悪行の背後で神が世界を滅びから守っておられるということです。ですから、私たちは、まず神の責任に向かう前に、人に問うてみる必要があるのではないで...

箱舟によって終末を生き延びる(創世記 7章) 18.04.2023

主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた (創世記7章16節) 人間社会の堕落から洪水に至る世界の破局の時代に、信仰によって結ばれた神と人との絆がノアの箱舟によって保たれました。その始まりには「契約」がありました。神はノアに向かって、「わたしはあなたと契約を立てる」と告げました。この神の約束が、洪水の最中にあっても、ノアとその家族を支えました。ノアはその約束を信じて、すべて命じられたことを忠実に行いました。一言...

神は心を痛められた(創世記 6章) 17.04.2023

主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。 (創世記6章5節~6節) ノアの時代についに洪水が引き起こされます。地上に増え広がった人間の堕落ぶりがあまりにひどかったので、神は人間を創造したことを後悔し、これを滅ぼす決意をされました。私たちは今でも、この「神の後悔」を恐れます。こんなひどい世の中なんて滅びた方が良いと考え...

「わたしの主わたしの神」と告白する(ヨハネによる福音書 20章19-31節) 16.04.2023

トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。 (ヨハネによる福音書20章28節) 復活なさった主イエスは、弟子たちの前に直接現れてくださいました。 弟子たちは、「わたしは主を見ました」と告げるマグダラのマリアの言葉を聞いていました(18節)。けれども、家の戸に鍵をかけて、閉じこもっていました。いまだ主イエスの復活を信じることができず、ユダヤ人を恐れていたからです。まさにそのとき、復活の主イエスが彼...

主の言葉に耳を傾けて心に納める(箴言 4章) 15.04.2023

わが子よ、わたしの言葉に耳を傾けよ。 わたしの言うことに耳を向けよ。 見失うことなく、心に納めて守れ。 (箴言4章20節~21節) 小見出しに「父の諭し」とあります。いつの時代でも親の教えは必ずしも子どもにとって好ましいものではありません。それでも箴言では、子どもたちを教える者が、自分も受けてきた教えを説き、「耳を傾けよ」と語ります。なぜなら、その語り伝えられてきたものこそ「わたし」も受けてきた神の言葉だか...

神が取られたのでいなくなった(創世記 5章) 14.04.2023

エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった。 (創世記5章24節) アダムからノアまでの系図が示すのは、洪水以前の人類の歩みです。神が創造した人間は、その重い罪にも関わらず、地上で歴史を生きながらえました。千年近い寿命をみると普通の人間とはとても思えません。しかし、古代の人びとは洪水以前を神々の時代と捉え、神に似た英雄たちの長寿をたたえました。今日知られている古代中東の「王名表」によれば、それら...

わたしの罪は重すぎて負いきれない(創世記 4章) 13.04.2023

カインは主に言った。 「わたしの罪は重すぎて負いきれません。」 (創世記4章13節) 園から追放されたアダムとエバには二人の男の子が与えられました。苦労して育てる甲斐のある子どもたちですが、死ぬべき定めに人間を落とし込んだ罪は、その子どもたちの間で恐ろしい暗闇をもたらします。神を礼拝する家族でしたが、兄のカインは弟のアベルに嫉妬して、野原で殺してしまいます。知らぬ顔をして済まそうとしましたが、神はそれをご...

塵にすぎないお前は塵に返る(創世記 3章) 12.04.2023

「お前は顔に汗を流してパンを得る 土に返るときまで。 お前がそこから取られた土に。 塵にすぎないお前は塵に返る。」 (創世記3章19節) 二人の人間が暮らし始めた神の庭で、蛇と女との間で知恵のやりとりがなされました。蛇は女をそそのかして神の言葉を疑うように仕向けます。徐々に疑い始めた女は、最後は自分の目を信じて、賢くなりたいとの誘惑に負けてしまいます。こうして「善悪を知るようになった」人間は大人になりますが...

人が独りでいるのは良くない(創世記 2章) 11.04.2023

主なる神は言われた。 「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」 (創世記2章18節) 天地創造の最後の段階で、神は一対の人間を造り、男と女に創造されました。そして御自身の園を管理させるためにエデンの園に連れて来られました。人は土から造られたはかない存在です。しかし、神はそこに命の息を吹き入れて、人を生きる者にしてくださいました。 最初の人間はエデンの園で孤独でした。地上に造られた他の生き...

初めに神は天地を創造された(創世記 1章) 10.04.2023

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。 (創世記1章31節) この宇宙に存在するすべてのものは、神の創造により始まります。神はすべてのものを御自分の意図するままに、御自分の言葉によって創造されました。そこで、一つ一つ生じたものをご覧になって「良し、良し」と承認してゆかれます。6日間にわたる創造の働きの最後に、神は一対の人間を創造されます。人間には神ご自身のかたちが与えら...

主の復活を証しする空のお墓(マタイによる福音書 28章1-10節) 09.04.2023

「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。」 (マタイによる福音書28章6節) 安息日が終わり、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアがお墓を見に行きました。この二人は、主イエスのお体に油を塗るための香料を用意していました(マコ16章1節)。死んで葬られた主イエスが復活なさるとは到底思えなかったからです。 そのとき...

見えようが見えまいが共にいる主(ルカによる福音書 24章) 08.04.2023

話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。…二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。 (ルカによる福音書24章15節~16節) 主イエスが十字架で死なれて3日目の夕方、二人の弟子がエルサレムからエマオへ向かって歩いていました。何か目的があって歩いていたのではありません。むしろ、彼らは大きな目的を失い、落胆して神の都を立ち去ろうとしていたのです。彼らは主イエスに期待...

わたしを思い出してください(ルカによる福音書 23章) 07.04.2023

するとイエスは「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。 (ルカによる福音書23章43節) 主イエスと一緒に二人の犯罪人が、一人は右に一人は左に十字架につけられました。この二人が、十字架の上で対照的な言葉を語ります。一人はイエスへの憤りと不満。もう一人はイエスへの謙遜な祈りでした。私たちの中に、この対照的とも思える二人が、共に存在しているのではないでしょうか。 私たちは神の...

憐れみに満ちた主の眼差し(ルカによる福音書 22章) 06.04.2023

ペトロは、「あなたの言うことは分からない」と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。主は振り向いてペトロを見つめられた。 (ルカによる福音書22章60節~61節) 捕らえられ、大祭司の屋敷に連れて行かれた主イエスのあとを、ペトロは追いかけました。屋敷の中庭に座っていると、「あなたもイエスと一緒にいましたね」と指摘され、ペトロはとっさに「わたしはあの人を知らない」と答えてしまいます(57節)。反射...

主と共に忍耐する時、逃げ出す時(ルカによる福音書 21章) 05.04.2023

「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。」 (ルカによる福音書21章20節~21節) 「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら…ユダヤにいる人々は山に逃げなさい」。この予告が語られた約40年後、エルサレムはティトゥス率いるローマ軍によって包囲され、滅ぼされました。その際、多くのユダヤ人たちはエルサレムを守るため城壁内に立てこもり、最...

神によって生きている人たち(ルカによる福音書 20章) 04.04.2023

「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。」 (ルカによる福音書20章38節) 「人は死んだらどうなるのだろうか」。「愛するあの人と天国で再会できるだろうか」。古今東西、さまざまに議論され憶測がなされてきた問いです。誰もが直面する人間の生と死の問題を、私たちは神抜きに考えることはできません。「すべての人は、神によって生きているからである」とあるとおり...

失われていた者を救う主イエス(ルカによる福音書 19章) 03.04.2023

イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」 (ルカによる福音書19章9節~10節) ザアカイは金持ちでした。徴税人として規定以上に取り立て、ローマ政府に納めた後の手元に残ったお金で財を成しました。彼がなぜ徴税人となったのかはわかりませんが、おそらく金儲けをすること、財産を築くことは、彼にとって、唯一の生きがいで...

キリストの受難と死による正義と愛(マタイによる福音書 27章11-56節) 02.04.2023

「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 (マタイによる福音書27章46節) 受難週に入ります。この箇所は、主イエスがピラトから尋問され、十字架につけられて処刑されたことを語っています。主イエスの処刑に関わった人物として、既得権益に執着していた宗教指導者たち、頑なな群衆、そして優柔不断で巧妙なピラトという、3種類の人びとが登場しま...

神により義とされるとは(ルカによる福音書 18章) 01.04.2023

「徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』」 (ルカによる福音書18章13節) 対照的な二人を比較したたとえ話が、主イエスによって語られています。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人です。この二人が祈るために神殿に上って行きました。この二人は同じ時刻に同じく神殿で祈りを献げました。 しかし、この二人の祈りの内容は全く異なっていま...

神に仕えるとは(ルカによる福音書 17章) 31.03.2023

「自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」 (ルカによる福音書17章10節) このたとえで登場する僕とは主イエスの弟子たちのことです。弟子たちばかりでなく私たちも主イエスの僕です。主イエスと私たちクリスチャンは「主人」と「僕」の関係です。 「取るに足りない」は「価値のない」と同じ意味です。ですから、僕が主人にした畑仕事...

私たちの心を知る神(ルカによる福音書 16章) 30.03.2023

「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」 (ルカによる福音書16章13節) 神はその人の心を見ておられると、主イエスは言われています。その人の心の底にある思いを神は見抜いておられるのです。ですから、人がたとえ他人から知られないよう、どんなに巧妙に本心を隠していたとしても、神には知られています。 人は目に映る表面的なことで評価を下します。どれほどの富や財産を持っているか、どれほどの社会的地位にある...

見失った羊を見つけ出す主イエス(ルカによる福音書 15章) 29.03.2023

「100匹の羊を持っている人がいて、その1匹を見失ったとすれば、99匹を野原に残して、見失った1匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。」 (ルカによる福音書15章4節) 羊ほど弱い家畜はいません。他の家畜とは違い、羊は身を守るものを何一つ持っていません。速く走って敵から逃れることもできず、自分のもと居た場所に戻ることができる本能が弱いので、すぐに迷い出てしまいます。聖書の言う「見失った羊」は文字どおりのことで...

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