RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 19, 2026

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Episodes

キリスト者の自由とは何か(コリントの信徒への手紙一 9章) 17.01.2024

わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。 (コリントの信徒への手紙一9章19節) コリントの教会には、パウロを使徒として認めようとせず、彼の言動を批判する人たちがいました。そうした人たちに対して、彼は「わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか」...

躓きを与えないための配慮(コリントの信徒への手紙一 8章) 16.01.2024

ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい。 (コリントの信徒への手紙一8章9節) 当時、食卓に並べられる肉の中には、異教の神殿で神々への供え物としてささげられた後に市場へ移されたものがたくさんありました。コリント教会の中では、これを気づかって、「偶像にささげられた肉は食べてはならない」と考える人たちがおり、その一方で、「偶像などない。肉を恐れる必要はない...

キリストのものとして生きる(コリントの信徒への手紙一 7章) 15.01.2024

あなたがたは、身代金を払って買い取られたのです。人の奴隷となってはいけません。 (コリントの信徒への手紙一7章23節) この書物が書かれた当時のギリシア・ローマの社会では、妻は夫の所有物のようにみなされていました。しかし、ここでパウロは、男性と女性が神の前に等しいものであると教えています。独身については、主に仕えるために一人でいると決め、それができる人はそうすればよいと教えるように、必ず結婚しなければな...

キリストが天からの力で励ます(ヨハネによる福音書 1章43-51節) 14.01.2024

更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。 (ヨハネによる福音書1章51節) キリストに出会ったフィリポは、ナタナエルに出会って言いました。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った」(45節)。すなわちメシア、キリストに出会ったと。キリストがナザレの人であることに偏見を持ったナタナエルに、フィリポは「...

急いで助けてください(詩編 40編) 13.01.2024

主よ、走り寄ってわたしを救ってください。 主よ、急いでわたしを助けてください。 (詩編40編14節) 信仰者は、本当に信頼すべきお方を知っています。詩編40編は、「主にのみ、わたしは望みをおいていた。主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった」と語りはじめます(2節)。そして、「いかに幸いなことか、主に信頼をおく人」とも語ります(5節)。私たちは、たとえ望みのないと思える時であっても、主なる神に信頼することができ...

わたしの体は誰のもの(コリントの信徒への手紙一 6章) 12.01.2024

知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。 (コリントの信徒への手紙一6章19節) 「わたしには、すべてのことが許されている」(12節)。これはおそらくコリント教会のスローガンです。霊に満たされたなら何でも自由だと信じていました。しかし、彼らは自由と放縦を履き違えていたのです。 何と教会のメンバーが「娼婦と交わ」ってい...

罪に気づき離れるために(コリントの信徒への手紙一 5章) 11.01.2024

いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。 (コリントの信徒への手紙一5章7節) 5章から、パウロはコリント教会の具体的な問題と取り組みます。性的な不品行が起きていました。それは「父の妻をわがものと」するほどで、異邦人の間でもまれなことでした。 パウロは、教会の陥っているこの状態を「パン生地」にたとえます。大きなパン生地...

管理者に求められることは(コリントの信徒への手紙一 4章) 10.01.2024

こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。 (コリントの信徒への手紙一4章1節) パウロは言いました。「わたしは、自分で自分を裁くことすらしません」(3節)。振り返って落ち込まない、すっきりとした生き方です。 パウロは自分のことを「神の秘められた計画をゆだねられた管理者」と考えていました。ただし、この管理者は、警備員のように神の神秘を...

目標をしっかりと見つめて(コリントの信徒への手紙一 3章) 09.01.2024

わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。 (コリントの信徒への手紙一3章10節) パウロは教会を建物にたとえます。コリント教会はパウロの開拓伝道に始まったのですから、彼は設計図を書いて建物の土台を据えた人です。続くアポロは、建物の骨格を組み立てた人と言えるでしょう。 ただしパウロの注目点は、建てた人ではなく、どこに建っている...

わたしにも恵みが恵みが(コリントの信徒への手紙一 2章) 08.01.2024

「目が見もせず、耳が聞きもせず、 人の心に思い浮かびもしなかったことを、 神は御自分を愛する者たちに準備された」 と書いてあるとおりです。 (コリントの信徒への手紙一2章9節) 誰も思いつかなかったこと。私たちの想像を遥かに超える、「世界の始まる前から定めておられた」(7節)よい計画を神はお持ちです。 私たちは、自分が救われているか、不安になることがあります。しかし、救いの保証が永遠からあるのです。神が計画...

神の子が私のために死なれた(マルコによる福音書 1章4-11節) 07.01.2024

すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。 (マルコによる福音書1章11節) 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えました(4節)。ヨハネは、キリストの到来を預言する使者として、神から遣わされた人でした。彼は自身について、「わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない」と語りました(7節)。自分はキリストに比べるな...

この人生も無に等しいのです(詩編 39編) 06.01.2024

御前には、この人生も無に等しいのです。 ああ、人は確かに立っているようでも すべて空しいもの。 (詩編39編6節) 「人生も無に等しい」という言葉は、人生に対する否定的な言葉に思えるかもしれません。しかし、「御前には、この人生も無に等しいのです」と語っていることに注目したいと思います。人生の空しさ、はかなさを正しい意味で理解することは、永遠からおられる神に対する信仰があって初めてできることです。 私たちは、...

十字架の前に立つ者として(コリントの信徒への手紙一 1章) 05.01.2024

皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。 (コリントの信徒への手紙一1章10節) パウロが開拓伝道をした教会が混乱していました。パウロは、人づてにコリント教会の中に「争い」があることを聞きます(11節)。「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」と、教会の中に何と分派の争いが起きてしまったのです。パウロはどれほど心...

これからも神の御業を思い起こす(詩編 143編) 04.01.2024

わたしはいにしえの日々を思い起こし あなたのなさったことをひとつひとつ思い返し 御手の業を思いめぐらします。 (詩編143編5節) 新しい年も早いもので4日となりました。昨年1年の日々を振り返りながら年を越しましたが、今年もすでにこうして一日一日を積み重ねています。始まったばかりのこの年の歩みも、すぐに振り返られる過去の日々になっていきます。 聖書は、「いにしえの日々を思い起こし」と、過去の日々に向き合う信仰...

神の御顔を見ることの大切さ(詩編 105編) 03.01.2024

主を、主の御力を尋ね求め 常に御顔を求めよ。 (詩編105編4節) お正月には、普段なかなか会えない親戚や旧友と久しぶりに顔を合わせるという人も多いでしょう。顔を見ることで、元気な様子が分かって安心したりします。 聖書は、「常に御顔を求めよ」と命じ、神の顔を見ることの大切さを教えています。もちろん、神に人間のような顔があるわけではありませんし、神が元気かどうかを確認するわけでもありません。御顔を求めるとは、...

心に広い道を見る幸い(詩編 84編) 02.01.2024

いかに幸いなことでしょう あなたによって勇気を出し 心に広い道を見ている人は。 (詩編84編6節) 新しい年、どのような道が備えられているでしょうか。希望している道が開かれるのを願っている人、険しい道を覚悟している人、思い描いている道はさまざまでしょうが、聖書は「心に広い道を見ている人」は幸いであると教えています。 この広い道とは、「シオンで神にまみえる」(8節)とあるとおり、エルサレムでの神への礼拝に向か...

口を開けて神の恵みを求めよ(詩編 81編) 01.01.2024

わたしが、あなたの神、主。 あなたをエジプトの地から導き上った神。 口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。 (詩編81編11節) 新しい年、神に向かって大きく口を開きたいと思います。神は私たちを恵みで満たしてくださいます。エジプトの地から解放されたイスラエルの民の口にマナを与えて養ってくださったように、今も私たちに日ごとの糧や必要なものをすべて与えてくださいます。 そして、神は何よりも霊の糧である御言葉に...

主と出会い安らぎ救われる(ルカによる福音書 2章22-40節) 31.12.2023

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせてくださいます。 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」 (ルカによる福音書2章29節~30節) シメオンとアンナは、生涯を通じて、救い主を待ち望んでいました。その時代、シメオンやアンナのように、神が求める仕方で救い主を待ち望む者はごくわずかでした。神を信じてはいても、救いの実現を小さく見たり、諦めていたりしたのです。 ここで驚くことは、シメ...

主に信頼し依り頼み待ち望む信仰(詩編 38編) 30.12.2023

わたしの主よ、わたしの願いはすべて御前にあり 嘆きもあなたには隠されていません。 (詩編38編10節) 多くの場合、病気は人生における一時的な経験です。しかし、長い間病気を患う時に伴う危険は、肉体的苦痛から出発したことが次第に心と魂の苦難、ひいては神との関係と周りの人との関係における苦難につながることもあるということです。 詩人は病気に関する問題に対して直接的な解決策が見えないという絶望的な状況でも祈り続け...

相働きて益とする神の憐れみ(創世記 50章) 29.12.2023

「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。」 (創世記50章20節) 創世記も最後の章となりました。ヤコブの息子たちは、遺言に従って、父の遺体をカナンのマクペラの墓地に葬りました。ヨセフの兄弟たちは父ヤコブが亡くなったので、ヨセフが過去の自分たちの悪事に仕返しするのではないかと不安になりました。 ヤコブの寵愛を受けたヨセフが...

ヤコブの祝福ユダへの約束王笏は離れず(創世記 49章) 28.12.2023

「王笏はユダから離れず 統治の杖は足の間から離れない。 ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。」 (創世記49章10節) ヤコブは、最後に息子たちを呼び寄せて、「わたしは後の日にお前たちに起こることを語っておきたい」と語りました。そして、ルベン、シメオンとレビ、ユダ、ゼブルン、イサカル、ダン、ガド、アシェル、ナフタリ、ヨセフ、ベニヤミンの12人の息子たちの将来の預言と祝福を語りました。息子たちの子孫の将来を思...

ヨセフに対するヤコブの配慮(創世記 48章) 27.12.2023

「わたしはラケルを、エフラト、つまり今のベツレヘムへ向かう道のほとりに葬った。」 (創世記48章7節) ヤコブの死期が近づいたときのことです。ヨセフは二人の息子マナセとエフライムを連れてヤコブを見舞いました。ヤコブは神に祝福されて子孫の繁栄と土地取得の約束を与えられたことをヨセフに語りました。そして、ヨセフの二人の子をヤコブの養子とすることを伝えました。 それは、将来、約束の土地をヨセフの子らに与えるため...

良い羊飼いとして生まれた方(ルカによる福音書 2章8-21節) 26.12.2023

羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。 (ルカによる福音書2章20節) 世にお生まれになったイエス・キリストは、野宿していた羊飼いに代表されるような、寄る辺なき者の救い主です。「貧しい人に良い知らせを伝え」るために、主イエスはお生まれになりました(イザ61章1節)。 当時、羊飼いという仕事は、世から疎まれていたと考えられています。主イエスはそ...

大きな喜びそれは真の平和(ルカによる福音書 2章8-21節) 25.12.2023

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」 (ルカによる福音書2章11節) 世はローマ帝国の支配する時代。ローマ皇帝が「ローマの平和」を唱え、暴力と抑圧によって民を支配し、それを「平和」と呼ぶ時代です。ユダヤの民は、その支配に疲弊していました。誰もが、この苦しみからの解放を願い、メシアの到来を待ち焦がれていました。 そういう時代に、主の天使が羊飼いたちに現...

安堵ほほえみ平和(ルカによる福音書 2章1-7節) 24.12.2023

彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。 (ルカによる福音書2章6節~7節) 3年前のこの時期、わたしと妻の間に子どもが生まれました。そのころ、出産間近の妻の体調を心配し、階段の昇り降りや、あらゆることに気を遣いました。クリスマスの度にそのことを思い出し、なんとなくヨセフの心の内を想像しています。最初のクリスマスのとき、ヨセフはどれほどマリアのこ...

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