RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 13, 2026

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Episodes

人を分け隔てしてはならない(ヤコブの手紙 2章) 14.07.2025

神は世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ、御自身を愛する者に約束された国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。 (ヤコブの手紙2章5節) 心に植え付けられた御言葉を受け入れたキリスト者は、人を分け隔てしてはなりません。 どの社会においても、富んでいる者は羨望の的になりやすいものです。特に、ギリシア・ローマ社会で疎外されていた人びとにとって、より良い生活を手に入れる唯一の手段は、上流階級の恩恵...

あなたも同じようにしなさい(ルカによる福音書 10章25-37節) 13.07.2025

「行って、あなたも同じようにしなさい。」 (ルカによる福音書10章37節) 律法の専門家が、主イエスを試そうとして、「何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」と尋ねました。主イエスは、この問いに答えるのではなく、「律法には何と書いてあるか」と質問されました。律法の専門家は、専門家らしく律法には、「神である主を愛しなさい」と「隣人を自分のように愛しなさい」ということが命じられていると、全く正し...

―信仰―望みなき状態でもなお神に祈る(詩編 88編) 12.07.2025

主よ、わたしを救ってくださる神よ、昼は、助けを求めて叫び、夜も、御前におります。 (詩編88編2節) 苦悩の中で祈り始めても、最後は感謝や希望で終わる詩編の多い中、88編の詩人は、自分の絶望的な状態を最後まで神に訴え嘆き続けます。重い病で若いときから苦しみ(16節)、親しい人たちから避けられ(9、19節)、何より、死の恐れと主に見放されたという絶望感に苦しみました(4~8節、11~13節)。 ここからどういうことを教...

心に植え付けられた御言葉(ヤコブの手紙 1章) 11.07.2025

あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。 (ヤコブの手紙1章21節) ヤコブの手紙は、主イエスの弟であり、初代エルサレム教会の指導者だったヤコブから、故郷を離れ、各地に散らばって生活していた十二部族、すなわちディアスポラのキリスト者たちに宛てられた手紙です。異国で少数派として暮らしていた彼らは、主流社会から排除され、理不尽な扱いを受けることがありました。...

悔い改めて神に立ち帰ろう(エゼキエル書 7章) 10.07.2025

「わたしは彼らの行いに従って報い、彼らの法に従って彼らを裁く。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。」 (エゼキエル書7章27節) 「終わりが来る。地の四隅に終わりが来る」(2節)。それがどのような日であるか、説明が続いています。そのような神の言葉は、聞く者にとって心底耐え難いものです。喜びも平安も希望も、人の心から締め出すかのように思われます。 主は御自分の民の心に語りかけられます。「わ...

主なる神の言葉を聞け(エゼキエル書 6章) 09.07.2025

「人の子よ、顔をイスラエルの山々に向け、それに向かって預言して、言え。イスラエルの山々よ、主なる神の言葉を聞け。」 (エゼキエル書6章2節~3節) きょうの聖書の箇所は、聞けば聞くほど、つらくなるような言葉の数々です。「遠くにいる者は疫病で死に、近くにいる者は剣で倒れる。それを免れ、生き残る者も飢饉で死ぬ」(12節)。この言葉の数々に耐えられないのが、人の心の正直な思いではないでしょうか。人は、少しでも望...

怒るときにもすぐ近くにおられる主(エゼキエル書 5章) 08.07.2025

「しかし、この都は…周りの諸国より激しくわたしの掟に逆らった。まことに彼らはわたしの裁きを拒み、わたしの掟に従って歩もうとしなかった。」 (エゼキエル書5章6節) 神は、イスラエルの民に「周りの諸国より激しくわたしの掟に逆らった」と言われます。しかし、彼らは自覚することができません。神の怒りは燃え上っていましたが、それを受け止める知恵も力がないのです。どんな思いで、預言者は神の言葉を聞き続けたことでしょ...

横たわり顔を神の都に向けて(エゼキエル書 4章) 07.07.2025

左脇を下にして横たわり、イスラエルの家の罪を負いなさい。あなたは横たわっている日の数だけ、彼らの罪を負わなければならない。 (エゼキエル書4章4節) 左脇を下にして三百九十日、右脇を下にして四十日、横たわるように命じられました。神の都を象徴したレンガを見つめながら、粗末な食事をし続けます。いやでも、神の裁きを告げる言葉を思いめぐらし続けたことでしょう。エゼキエル自身は、北イスラエル滅亡後の人です。第一次...

わたしはあなたがたを遣わす(ルカによる福音書 10章1-20節) 06.07.2025

「行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。」 (ルカによる福音書10章3節) ある日、主イエスは、弟子の中から七十二人を任命し、ご自身が行こうとしている町や村へ二人ずつ先に遣わしました。その時、主イエスは、七十二人を遣わすことについて、「それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ」と言われました。 狼の群れに小羊を送り込んだならば、小羊がどうなってしまうかは...

神が実現される約束と計画に目をとめて(詩編 87編) 05.07.2025

いと高き神御自身がこれを固く定められる。 (詩編87編5節) この詩編は、元は、バビロン捕囚から解放され、ようやく祖国に戻れたものの、多くの困難に直面し、意気消沈しがちだった古代イスラエルの民(エズラ記、ネヘミヤ記参照)に向かって歌われたものと思われます。 それにしても、何と力強い信仰の言葉が語られていることでしょう。「主がヤコブのすべての住まいにまさって愛されるシオンの城門よ」と、都エルサレムの栄光を高...

目の前にあるこの巻物を食べて語る(エゼキエル書 3章) 04.07.2025

「人の子よ、目の前にあるものを食べなさい。この巻物を食べ、行ってイスラエルの家に語りなさい。」 (エゼキエル書3章1節) イスラエルの家に語ることが、預言者に求められたことでした。イスラエルの家は「反逆の家」だと、何度も繰り返されています。その反逆は、まず心の中のことです。「イスラエルの家は、あなたに聞こうとはしない」(7節)。聞かなくても、イスラエルの家に何か不都合なことがすぐに起こるわけではありませ...

恥知らずで強情な人々のもとに(エゼキエル書 2章) 03.07.2025

「恥知らずで、強情な人々のもとに、わたしはあなたを遣わす。彼らに言いなさい、主なる神はこう言われる、と。」 (エゼキエル書2章4節) 「恥知らずで、強情な人々」のもとに、一人の人が遣わされて、主の言葉を語りました。「恥知らず」とは、神の言葉に心を動かされないということです。さらに「強情」とは、自分たちの誇りと自信を守り続ける頑固な強さがあるということです。 実際、彼らには先祖があり、歴史があります。それ...

主の栄光の姿これを見てひれ伏した(エゼキエル書 1章) 02.07.2025

これが主の栄光の姿の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。そのとき、語りかける者があって、わたしはその声を聞いた。 (エゼキエル書1章28節) 「人間のよう」という言葉が繰り返されています。「四つの生き物の姿があった。…彼らは人間のようなものであった」(5節)。「王座のようなものの上には高く人間のように見える姿をしたものがあった」(26節)。それらはすべて、預言者が日常の中で見ているものではありません...

嘆きを喜びに変えられる主の御業(ルツ記 4章) 01.07.2025

ボアズはこうしてルツをめとったので、ルツはボアズの妻となり、ボアズは彼女のところに入った。主が身ごもらせたので、ルツは男の子を産んだ。 (ルツ記4章13節) ルツ記において主なる神の直接的な働きが記されている個所は、実は二つしかありません。ひとつは1章6節「主がその民を顧み、食べ物をお与えになった」で、もうひとつは、きょうの個所です。しかし、直接の言及がなくても、通奏低音のように流れる神の愛の摂理の御業を...

ルツの真心ボアズの誠実主の報い(ルツ記 3章) 30.06.2025

「わたしは、あなたのはしためルツです。どうぞあなたの衣の裾を広げて、このはしためを覆ってください。あなたは家を絶やさぬ責任のある方です。」 (ルツ記3章9節) ナオミの指示のもと、ルツは大胆な行動に出ます。誰にも気づかれないようにボアズの眠る麦打ち場に行き、彼に結婚を迫るのです。 きょうの聖句にある「衣の裾を広げて」というのは、現在も中東でなされる習わしで、ルツはその行為をボアズに求めることでプロポーズ...

神の国の福音を第一として(ルカによる福音書 9章51-62節) 29.06.2025

イエスはその人に、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた。 (ルカによる福音書9章62節) ある日、主イエスが自分のもとに来た人びとに「わたしに従いなさい」と勧めました。するとある人は、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言いました。その人は、父親が死んだばかりだったのだと思われます。主イエスは、その人に「あなたは行って、神の国を言い広めなさい」と言われ、福音宣...

「アッバ、父よ」と叫ぶ一筋の心(詩編 86編) 28.06.2025

御名を畏れ敬うことができるように 一筋の心をわたしにお与えください。 (詩編86編11節) 詩編86編は、イスラエルの王であるダビデの歌です。ダビデは、こう祈ります。「御名を畏れ敬うことができるように、一筋の心をわたしにお与えください」。ダビデが祈り求めた、この一筋の心を、ダビデの子としてお生まれになったイエス・キリストは持っておられました。主イエスは、ゲツセマネにおいて、神の子として「アッバ、父よ」と叫び...

主からいただく恵みを分かち合う(ルツ記 2章) 27.06.2025

モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、… (ルツ記2章2節) 愛する家族を失い、失意のうちに生まれ故郷のベツレヘムに戻ったナオミとルツの二人。ちょうど大麦の刈り入れの時期で、ルツはナオミと相談し、落ち穂拾いに行くことにします。そこでルツは、縁続きであり、やがて結ばれることになるボアズと出会います。彼の厚意を得て、ナオミと...

人生の試練の先にあるもの(ルツ記 1章) 26.06.2025

士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。 (ルツ記1章1節) 冒頭の「士師が世を治めていたころ」は、控えめに言っても不安定な時代でした。それは「イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」ときで(士21章25節)、イスラエルは国内外にさまざまな問題を抱えていました。 そのような中、ある一家に試練が...

自分の権利と自由を制限する生き方(テサロニケの信徒への手紙二 3章) 25.06.2025

わたしたちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。 (テサロニケの信徒への手紙二3章12節) パウロは、テサロニケ教会の中に、怠惰な生活をし、少しも働かず、余計なことをしている者がいるという報告を受けました。彼らは単に怠けているだけでなく、他の人のことに無駄に干渉して回っていました。 パウロは、テサロニケにいたときから、「働きたくない者...

霊の力と信仰と神の選び(テサロニケの信徒への手紙二 2章) 24.06.2025

あなたがたを聖なる者とする“霊”の力と、真理に対するあなたがたの信仰とによって、神はあなたがたを、…お選びになったからです。 (テサロニケの信徒への手紙二2章13節) テサロニケ教会は、パウロとシラスによる福音宣教を通して誕生しました。「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証しました(使17章3節)。 そのとき、テサロニケの...

苦難の中にも教会を建てる主の恵み(テサロニケの信徒への手紙二 1章) 23.06.2025

あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。 (テサロニケの信徒への手紙二1章4節) パウロのテサロニケでの宣教は、ユダヤ人の激しい反発と妨害により、わずか三週間で中断しなければなりませんでした(使17章)。産声をあげたばかりの教会を後にして離れなければならなかったパウロの心境は、どのようなものだったでしょう。 パウロにとって...

自分の家に帰りなさい(ルカによる福音書 8章26-39節) 22.06.2025

「自分の家に帰りなさい。そして、神があなたになさったことをことごとく話して聞かせなさい。」 (ルカによる福音書8章39節) ある日、主イエスと弟子たちは、ガリラヤ湖を舟で渡り、ゲラサ人の地方にやって来ました。ここは、まことの神を信じない人びとが住む、異邦人の地域でした。主イエスと弟子たちがこの地に入るとすぐに一人の男が主イエスのところへやって来ました。 この男は長い間、墓場に住んでおり、正気を失っている状...

あなたがたに平和があるように(詩編 85編) 21.06.2025

わたしは神が宣言なさるのを聞きます。 主は平和を宣言されます 御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に 彼らが愚かなふるまいに戻らないように。 (詩編85編9節) 詩編85編は、主の憐れみを願い求める歌です。イスラエルの民は、主の赦しによって、バビロン捕囚から解放され、カナンの地に戻ってきました。しかし、カナンの地に戻って来てからも、争いがあり、生活は苦しかったようです。それゆえ、詩人は、主の慈しみと救いを願い...

主に結ばれて隔ての壁を乗り越える(フィレモンへの手紙 16) 20.06.2025

もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。…一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。 (フィレモンへの手紙16節) パウロの執筆したフィレモンへの手紙は、簡潔ながらも福音の力をきらりと輝かせている美しい手紙です。 オネシモはフィレモンに仕える奴隷でしたが、何かの事情でフィレモンの財産に損害を与えてしまったようです。罰せられることを恐れて、彼はローマに逃...

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