Taichi Araki
説教・聖書メッセージ「みちことば」
聖書のメッセージです。聖公会司祭荒木太一による日本聖公会大津聖マリア教会での礼拝説教です。ブログサイトでは、絵画やイコンとともに、み言葉を黙想しましょう。
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Episodes
なにもできなくても 14.09.2025 21:52
2025年9月14日 「念入りに捜さないだろうか」 ルカ福音書15・8 敬老の日、ご長寿おめでとうございます。最高齢は99歳! 信仰による内から出る若さを教えられます。しかし当然、私の父もそうなのですが、年齢と共に弱って来る現実を無視はできません。体力、気力、認知力、理性、運転、社会的役割。何年か前と比べると「できたこと」や「自信」が少なくなってくるのではないでしょうか。私はもっと弱いので、小さなことで自信を失...
楽しんで欲しい 31.08.2025 16:27
「むしろ末席に行って座りなさい」ルカ福音書14・10 2025年8月31日 単純な話にしてみます。夫婦二人でカフェに行き、私か妻かどっちがより落ち着く壁側の奥の席に座るか。奥が上座で手前の席が下座でしょうか。お恥ずかしい話、今までは普通に自分が奥の席に座っていました。でもやっぱり妻に奥の席に座ってもらう方がいいなと思うようになりました。彼女が落ち着いて楽しめれば、それは嬉しいな、と。 席順マナーの根本にあるのは...
弱さの戸口 24.08.2025 17:44
「狭い戸口から入るように努めなさい」 ルカ福音書13・242025年8月24日 聖霊降臨後第11主日(特定16) ホラーのような譬えです。神の宴会への戸口はとても狭く、アスリートの様な訓練が必要。しかもその戸口が一度閉じられたら「私はご主人様と食卓を共にし、教えを聞ました」と言っても「どこの者か知らない」と追い払われるのです。 この譬えは「自分は由緒正しいユダヤ人だから神の国に必ず入る」と思い上がる者に対して語...
良い対立 17.08.2025 14:18
「対立して分かれる」 ルカ福音書12・512025年8月17日 聖霊降臨後第10主日(特定15) 私の両親と兄妹は無宗教です。それで私が23歳で洗礼を受けた時、私は家族との「対立」を少し感じました。自分が不安だったからなのかもしれません。 イエスさまは、家庭に平和ではなく対立をもたらす、と言いました。しかしこれはカルトのように信仰を持たない家族との対立を煽る言葉ではありません。神は平和の神です。「父母を敬え」とイ...
与えられる確信 10.08.2025 18:42
「小さい群れよ、恐れるな。父は喜んで神の国をくださる」 ルカ福音書12・32 2025年8月10日 聖霊降臨後第9主日(特定14) 先週の「財産を施し、与えなさい」という教えの続きです。 常識では色んな恐れや心配があります。貯金は、家は、車はあと何年もつか。健康は、老後は、介護は、子どもらは、人間関係は。施しどころではありません。古代の庶民はもっと基本的な食料と衣服について心配しました。 しかし「非常識」にもイエ...
本当の豊かさとは 03.08.2025 19:22
2025年8月3日 聖霊降臨後第8主日(特定13) 「自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者」 ルカ12・21 祖父は闇市から身を起こした商売人でした。最後は大きな家を買いました。しかし肺を病み「死にたくない」と嘆きながら60代で逝きました。大好きなおじいちゃんでした。ですが神を知る機会に恵まれなかったのです。19歳の私は考えさせられました。「本当の豊かさとは一体何か」と。 「もっと金が欲しい」という強...
祈りが聞かれるとは 27.07.2025 21:50
祈りは人を変える 「しつように頼めば」 ルカ福音書11・8 病気の癒しを祈ります。そして時に思います。「神さま、なぜ祈りを聞いてくださらないのですか。」そんな私たちにイエスさまは教えます。「祈りは必ず聞かれる。」 それが「真夜中のパン」の譬えです。夜中に旅人にパンを準備せねばならず、友の家に行きます。ですが戸締りをし子供らと寝静まっていて断られます。それでも「しつように頼めば」友情ゆえではなく迷惑がゆ...
聴くというもてなし 20.07.2025 26:37
「マルタ、マルタ、必要なことはただ一つだけだ」 ルカ10・41 2025年7月20日 聖霊降臨後第5主日(特定10) 「働き者の姉が叱られて、なんでボーッとしている妹が誉められるのか」という声が聞こえてきそうです。 ですがイエスさまは、もてなしの働きを軽視したのではありません。そうではなく、多忙さゆえに「思い悩み、心を乱し」て妹に不満を募らせているマルタに愛を込めて語り掛けているのです。「マルタ、マルタ」と。(10・4...
損得勘定なし 「誰が…隣人になったと思うか」 ルカ福音書10・3 13.07.2025 19:50
専門家は無条件の隣人愛を避けようと、イエスさまに問いました。「隣人を自分のように愛しなさい、と言いますが私の隣人とは誰ですか。」敵と味方に線を引き、愛の義務を狭めたいのです。味方は愛しますけれど敵は愛さなくてもいいでしょ、と。 当時のイエスさまたち古代ユダヤ人と、北王国の末裔であるサマリア人とは、敵と味方で殺し合うほど激しく対立していました。 また日常生活でも、いけないことですが、損得勘定で人を分け...
今、私の旅について来い 29.06.2025 18:04
「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」ルカ9・62 2025年6月29日 聖霊降臨後第3主日(特定8) 厳しすぎる。できない。そんな人にはついて行けない。 エリヤが旅の途上で弟子となるエリシャを召したとき、エリシャは牛に鋤を引かせて畑を耕していました。その時は師匠に従う前に両親に分かれを告げることが許されました。 しかし今、イエスさまはご自分の旅について来る決心を、家族に別れを告げることよ...
それでもいいよね 08.06.2025 19:13
2025年6月8日 聖霊降臨日 赦しの教会 「誰の罪でもあなたがたが赦せば、その罪は赦される」 ヨハネ20・23 「それでもいいよね」 教会には、決して相手を否定しない人が多いと思います。相手を肯定して、安心させて「ここにいていい」と感じさせます。そんな努力の背後にはその人が受けているイエスさまの赦しが透けて見えます。 まず自分が「それでもいい」と神さまから赦されてはじめて、人を赦すことができます。肯定することが...
神と抱き合う 01.06.2025 15:51
「わたしのいる所に共におらせてください」(ヨハネ17:24) 2025年6月1日 昇天後主日 一か月半の入院から退院した日、お祝いに3人家族でピザを食べに行きました。回復と再会の喜びが溢れて、普段はそんなことしないのに、抱き合って肩を組んで商店街を歩きました。体で家族愛の交わりを感じました。「抱き合って喜ぶ」復活の朝もそうですし、クリムトの描く男女が抱き合ってキスすることもそうです。体は愛を感じる、愛を感じさせ...
いないところに 25.05.2025 17:17
「弁護者が、、、ことごとく思い起こさせてくださる。」 ヨハネ福音書14・26 2025年5月25日 復活節第6主日 死を理解できない小さい子には「お父(母)さんは、お星さまになったんだよ」と伝えます。死がすべての終わりではなく、大好きな人は、新しい形で共にいることを伝えようとします。 イエスの昇天は「その人間性が神の内に入る」という栄光ある祝福ですが、それが見えない弟子たちは別れの悲しみにありました。昇天してし...
否定の真ん中に 01.05.2025 16:52
2025年4月27日 復活節第2主日 否定の真ん中に立つ 「イエスが来て真ん中に立ち」 ヨハネ福音書20・19 教区主教不在で教区はこれからどうなるのか。少子高齢化でこの教会はどうなるのか。また、個人的にもこれからの人生はどうなるのか。不安が不安を呼び、主イエスさまを忘れるとき、私たちは自分自身を否定してしまいます。これではダメだ、と。 最初のクリスチャンたちは命の不安がありました。師匠を殺したユダヤ人たちが自分...
復活、それは新しい創造 20.04.2025 16:47
2025年4月20日 復活日 復活、それは新しい創造 「なぜ生きておられる方を死者の中に捜すのか」 ルカ24.5 今、毎晩祈っている人のお一人がガンと闘っています。4人の子のママで、純真で明るく素敵な方です。病気に負けないように、人生を楽しんでおられます。私は祈ります。「命の創造主なる神さま、どうか抗癌剤が効いて癌細胞を死滅させてください。」 復活とは、命の創造主の「今、既にここで」働く力です。死後の世界の話だけ...
あなたもこのなかにいるんだよ 13.04.2025 8:26
「主は振り向いて、ペトロを見つめられた」 ルカ福音書22・61 神が私たちを新しく創り変えようと、私達の罪を受けて殺され、罪を滅ぼす。この愛の物語のどこかにあなたはいて、主はあなたを見つめておられます。 中心は主イエスさま。父への従順を貫き、罪を背負われます。私たちの罪の苦しみを背負われます。 ゲッセマネの弟子たち。イエス様の祈りについていけず眠ってしまう祈りの薄っぺらさ、集中力のなさ。 ペトロ。...
神さまの教会愛 07.04.2025 18:35
「収穫を納めさせるために」 ルカ福音書20・10 2025年4月6日 大斎節第5主日 今年度の祈りの一つは「将来構想委員会を通して次世代の教会愛が育まれますように」です。そして私たちの教会愛の源は、神さまの教会愛です。 イザヤ書5章で神さまは「ぶどう畑の愛の歌」を歌います。肥沃な丘を掘り起こし、丁寧に石を除き、最上級のぶどうを植え、絞り場を作り、見張りのやぐらまで建てます。私たちの霊的ルーツであるイスラエルは...
懇願する神さま 30.03.2025 21:39
2025年3月30大斎節第4主日 「父は出て来て懇願した」ルカ15・28 自分を棚に上げて思ってしまうときがあります。「なんであんな人が教会にいるんだ。なんであんな人が聖職なんだ」。自分は素直に誠実に教会生活を送ろうとしてきた。そう思えば思うほど、赦しがたくなります。 放蕩息子の兄は真面目で正しい、模範的な良き息子です。親不孝者の弟が、父を死んだものとして財産を分捕って出ていき、娼婦らに金をつぎ込んでいる...
知っておられる 23.03.2025 19:45
知っておられる 「神は誠実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせるようなことはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」1コリント10・13 とても有名なこの聖句。「頑張れ! 耐えられる!」と励ますために使われますが、本当は人の忍耐力ではなく神の誠実を示しています。 ここでの試練は「自分は強い信仰者だ」と自負するコリントの信徒が遭遇する試練です。病気、...
引き裂かれても 16.03.2025 18:06
引き裂かれても 「その日、主はアブラムと契約を結んだ」 創世記15・17 2025年3月16日 大斎節第2主日 人に神の愛を伝えるとき、心を開かなければなりません。そこには弱さもあるので、ときにそれは心が裂かれる思いもします。命を懸けて、心を懸けてすることですから、自然なことです。 アブラムは神の約束について不安でした。神は子孫と土地を約束しましたが、平均寿命40歳の時代に、彼は75歳で子供はいません。しかもど...
愛を疑わせる誘惑 「もしも神の子なら」 ルカ福音書第4章3節 12.03.2025 16:38
2025年3月9日 大斎節第1主日 荒れ野での悪魔の誘惑は「疑い」の誘惑です。「自分は神に愛された神の子」であることを疑わせるのです。 私にとっての荒れ野は祈りや礼拝で神を体験しないときです。祈りが枯れ、礼拝がつまらなくなり、聖書に何も感じず、説教が苦痛になります。 そして悪魔の誘惑に負けると、人からの承認を求めるようになります。「先生よかったです。ありがとうございます」と言われて良い気分になるために力...
降っていく祈り 02.03.2025 20:03
「これはわたしの子、選ばれた者、これに聞け。」ルカ福音書9・35 大斎節前主日 信徒だったとき、福祉関係の仕事の疲れと、プライベートの問題とで人生に漕ぎ悩んでいました。それでも毎主日、疲れた体に鞭打って、辛い現実から逃げるように、教会へと続く石段を登りました。そうして聖餐式に参加すると、祈りの中で神さまに親しく触れる体験をします。そうして礼拝が終われば何かの力を得て、「下界」の現実は何も解決していない...
愚かな愛―イエスさまの生き方 「あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。」 ルカ6・29 23.02.2025 13:48
2025年2月23日 顕現後第7主日 「敵を愛せ」の「愛敵の教え」です。あなたにとって敵とは誰でしょうか。私にとっての敵は、小さいことなのですが、自分に濡れ衣を着せた人です。その敵を「愛せ、赦せ」というこの教え、イヤです。したくないし、できるはずもありません。 しかしこの「愛敵の教え」は先週の続きですから単純に「あなたが誰であろうとそうしなさい」という一般的な道徳ではありません。イエスさまが弟子たちに呼...
泣きながらでも 16.02.2025 15:26
「今泣いている人々は幸いである。あなたがたは笑うようになる」 ルカ福音書 6・ 21 イエスさまの幸せについての教えです。貧困と飢え、悲しみと迫害にある人は幸せになる。逆に裕福で満腹で、笑っていて、皆から褒められる人は不幸せになると。 そしてイエスさまの幸せのリストの前で「私はどんな幸せ、または不幸せを受けるのか」と考えてしまいます。今ある程度幸せだから不幸せになるんだろうか。またはその逆で、不幸せだから...
一度献げたのなら 「両親はその子を主に 献げるために」 ルカ福音書2・22 02.02.2025 17:29
2025年2月2日 被献日 今日は被献日にふさわしく、聖布を献げます。朝の琵琶湖のように優しく美しい刺繍です。祈りのこもったひと針ひと針に命が宿り、復活して今も生きておられる、イエスさまが現れる場となります。 聖公会では「奉献日」ではなく「被献日」と呼びます。献げる自分から、献げた自分の上に現れる神さまへと焦点が移っていきます。 マリアは聖霊によって救い主を妊娠・出産しました。だからこそ我が子の行...
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