RKB毎日放送
古代の福岡を歩く
古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。 ※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月) 出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター) 番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/ https://listen.style/p/kodai? IfTqat2t
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Episodes
S5 9回目は糸島の巨石を訪ねます。 30.11.2019 31:33
糸島に神功皇后と関係のある巨石があるということで訪ねました。 場所はJRの加布里駅と一貴山駅の中間にある神在神社の近くです。 神が存在すると書いて神在(かみあり)、これはここを訪れ休憩された神功皇后がこの場所のあまりの静かさと幽玄な雰囲気に、「ここには神がいる」といわれたところから神在という地名がついたんだとか。 ここの神社は6世紀ごろには創建されていたという古い神社です。 この神社の横手の路地を150...
S5 8回目はみやま市のオルレコースを歩きます。 23.11.2019 31:31
みやま市では11月30日に「九州オルレ みやま市清水山コース」というオルレを予定しています。 その前にコースを歩いてみました。ここ女山にはコースの途中に神籠石がたくさんみられます。神籠石は霊域を表しているのか、山城の跡かは現在も意見が分かれるところ。 現状は山城説に傾いているといわれます。 その神籠石はコースの出発点近くにありました。山から水をぬく排水口の役目だとか。 山全体では4カ所ありました。 コー...
S5 7回目も古代の山城、大野城を歩きます。 16.11.2019 31:32
大野城の頂上、大宰府口から登って頂上から少し下ったところに鳥居があります。 扁額には毘沙門天とありました。山上には毘沙門堂があり、ここでは正月3日にお賽銭をあげるのではなく、お賽銭をいただいて帰るという行事があり、参拝客はお賽銭をいただいて帰り、翌年倍にして返すのだそうです。 その鳥居のすぐ下の方に大宰府口城門の跡がありました。 何でも3期に分けて作られ1回目は665年、城門の幅は9メートルあった、...
S5 6回目は大宰府の防衛ラインの一つ古代の山城を歩く 09.11.2019 31:32
倭国は白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に敗れ、今度は倭国が攻められると思い防御の態勢をとります。 その一つが水城になりますが、水城を作ったあとは山城を防衛ラインにします。 その山城の一つが大野城であったわけです。 その大野城を歩きます。大宰府側から登っていきますと目の前に飛び込んでくるのが土塁と礎石群です。 最初の礎石群は尾花礎石群、又の名を焼米ヶ原ともいいます。 焼米が今でもでてくる場所です。といって...
S5 5回目はこれから登場する3人の人物のプロフィールです。 31.10.2019 31:30
今回はこれから番組に登場する主な人物のプロフィールを紹介していきます。 神功皇后、仲哀天皇、武内宿禰の3人です。3人はいずれも福岡と大変つながりの深い人物です。 神功皇后は仲哀天皇のお后で息長帯日売の命(おきながたらしひめのみこと)といいます。 この名前から推定して、海中に潜って漁をする海人族と関係があるという。 息長氏はもともと琵琶湖の南東を拠点とした海人族だったという。 母は葛城の高額比売で、新羅...
S5 4回目は梅花の宴の主催者大伴の旅人の話。 26.10.2019 31:30
梅花の宴を主催した大伴の旅人はしばしば香椎宮へでかけています。 そして、香椎潟で歌を詠んでいます。「いざ児ども 香椎の潟に白妙の そでさへぬれて 朝菜摘みてむ」 皆で海藻をつもうよという歌ですが、この海藻は玉藻のことです。 玉藻はホンダワラ科のアカモクやヒジキのこと、これは玉がついた海藻です。 ここ香椎潟は神功皇后が禊ぎをしてし新羅へ向かったところでも知られています。 玉藻刈りで有名なのは和布刈神社の...
S5 3回目は梅花の宴の主催者大伴旅人の話です。 19.10.2019 31:33
梅花の宴の主催者は大伴旅人。今週は旅人の話を「神功皇后伝承を歩く」の著者綾杉るなさんに伺っていきます。 旅人は720年に隼人の抵抗を鎮めるため南九州へやってきています。 大宰府はその7年後の727年に大宰府の長官「大宰の帥」として赴任してから。 妻の大伴郎女も一緒でしたが、翌年亡くなってしまいます。 憔悴しきった旅人は二日市温泉で心と体を休めますが、この時悲しい気持ちを歌にして残しています。 また、旅...
S5 2回目も太宰府を歩いています。 12.10.2019 31:50
令和にちなんで太宰府から歩いています。太宰府といえば「遠朝廷」と言われている場所ですが、この言葉を初めて使ったのがのが柿本人麻呂だとか。そして、「都府楼」は菅原道真の不出門という詩の中で初めてでてくる言葉だそうです。 その都府楼は三期に分けて作られました。現在都府楼跡にあるのは三期の礎石だそうです。 その都府楼跡の東の方にあるのが蔵司。昔、九州各地から税を集めたところだとか。 小さな丘になっています...
S5 1回目は大宰府を歩きます。 05.10.2019 31:31
今年5月から令和の時代が始まりました。その令和は太宰府の梅花の宴で歌われた万葉集の序文から令和という言葉がとられました。 そこで、シーズン5はその舞台になった太宰府市都府楼にある太宰府展示館から スタートします。 ここにはすっかりテレビでおなじみになった梅花の宴の模様を再現したジオラマがあります。 このジオラマは随分前からここに飾ってあったんですが、令和の報道で一躍脚光を浴びました。この展示館で注目さ...
S4 26回目はシーズン4の最終回となります。 29.03.2019 31:28
最終回は宗像市と福津市の世界遺産「神宿る島・宗像・沖ノ島と関連遺産群」の現状と今後について、担当者から話を伺いました。 注目される古墳がありました。それは関連遺産群の一つ新原・奴山古墳です。 ここでは15号墳と隣の19号墳の発掘調査が行われています。15号墳は円墳とみられてきましたが、墳丘の回りの溝の発掘調査で分かったのは溝が円形になっておらず、途中で切れているということです。つまり、これは円墳ではな...
S4 25回目は神功皇后の田油津姫討伐の後の足跡を神社から辿ります。 22.03.2019 31:28
神功皇后伝承を歩くの著者、綾杉るなさんの話では神功皇后は田油津姫討伐の後佐賀へでています。杵島郡石崎という所に古代の港がありここへ皇后軍が着岸したらしいということです。 ここには山惣という武内宿禰の居城があるとか。 ここでは大鷹・小鷹に占拠されていたため戦になったそうです。 この後、神功皇后は玉島川でアユ釣りで占いをし、見事アユを釣りあげることになります。 そして、糸島半島を巡幸することになります。...
S4 24回目は神功皇后の足跡を辿ります。 15.03.2019 31:29
今週は「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんの話です。 神功皇后は秋月を拠点にした羽白熊鷲を討伐し、宝満川を下り、こんどは田油津姫を討伐に行きます。 田油津姫はみやま市の女山を拠点にしていました。神功皇后一行は宝満川から筑後川へ出てさらに南下して矢部川へ出ます。そして鷹尾神社付近に拠点を設け本格的な軍事行動を開始します。 そして、女山付近で田油津姫を討伐。伝承では蜘蛛塚が田油津姫の墓だといわれて...
S4 23回目も太宰府の水城を歩きます。 08.03.2019 31:29
水城の東門から土塁に沿って歩いていきますと御笠川にぶつかり、土塁が切れているところがあります。 ここはどうなっていたのか、はっきりしたことは未だ分からないそうですが、川から出てきたものに塼(せん)という長方形の瓦が出てきたり、鬼瓦が出てきたりしています。 それに、近くに古門畑という地名があるところから水門があったのではないかともいわれているそうです。 そして、ここから500メートル程下流に老松神社が...
S4 22回目は太宰府の水城を歩きます。 01.03.2019 31:29
水城は663年の白村江の戦いで敗れた日本へ唐と新羅が攻めてくるのでは、ということで急遽作られた防衛の為の施設。 土塁の長さは1200メートル。高さは10メートル近くあり、博多側に幅60メートル程の壕が造られ、敵が渡ってこないよう水が蓄えられていました。 そして、門が東門と西門の二カ所に造られていました。 東門は現在県道が横を走っており、交通量が多く昔から交通の要衝だったということでした。 土塁の東門近...
S4 21回目も梅が見頃を迎えている太宰府天満宮を歩きます。 22.02.2019 31:28
先週は参道のつきあたり、延寿王院まで歩きました。つきあたりを左折したところに古い鳥居が建っています。柱と柱の間には5円玉や10円玉がたくさん挟んであります。 この鳥井は700年前の南北朝時代に建てられたものだそうで、何でも九州で一番古い鳥居だとか。 鳥居をくぐると過去・現在・未来を表した太鼓橋がでてきます。 その真ん中の平橋にあるのが志賀社といいます。 建物は1458年に建てられたものだそうで天満宮にあ...
S4 20回目は梅の名所太宰府天満宮を歩きます。 15.02.2019 31:32
例年より開花がとても早かった梅の花。太宰府天満宮の梅も見頃を迎えています。 曲水の宴は3月3日の午後1時頃から本殿へ向かって右の方にある曲水の庭で行われます。 かつて天満宮はさいふまいりの方で大変賑わったといわれます。 最近は中国語と韓国語が乱れ飛んで、平日も大変な人出です。中でも韓国の人に人気があるのは参道のつきあたりある牛の銅像。制作したのは彫刻家の富永朝堂。 牛の背が宝満山をモデルにしたんだとか...
S4 19回目も神功皇后の田油津姫討伐の道です。 08.02.2019 31:28
今週も前週に続いて神功皇后の田油津姫の討伐の道を神社から辿っています。 先週は朝倉市の太刀八幡宮、福成神社、筑紫野市の松尾宮、小郡市の老松神社まで尋ねました。 今週は久留米市の赤司八幡宮から紹介します。 この神社には三女神が降臨したのはここだという伝承が残っています。 神功皇后は三韓に出兵する前と後の2回この神社に寄っています。 その2回目が重要です。ここで朝鮮半島から帰るとここで応神天皇を出産したと...
S4 18回目は神功皇后の田油津姫討伐の道です。 01.02.2019 31:28
神功皇后は秋月の古処山で羽白熊鷲を討伐、次に向かったのは田油津姫討伐です。 そのルートを今週は神社からたどります。 まず出てくのが朝倉市の太刀八幡宮です。ここへ軍勢を進め太刀を研いで、この神社に奉納、ここで軍事訓練を行いました。その協力にあたったのが水沼の君だったといわれます。 次に向かったのは福成神社。ここでは宗像三女神に海路の安全を祈りました。 この神社の近くにあるのが謡曲「綾の鼓」の舞台になった...
S4 17回目は神功皇后の足跡を辿ります。 25.01.2019 31:27
神功皇后の足跡を今回は「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに聞きます。 河村さんの話、前回は下関の豊浦宮を出発して香椎宮へやってきて、夫の仲哀天皇が急死するまでのお話でした。今回はその続きです。 神功皇后はいよいよ朝鮮出兵の準備にかかるのです。その前に熊襲討伐にかかります。 まず、古処山を拠点とする羽白熊鷲を討伐にかかります。 羽白熊鷲とはどんな集団だったのか、日本書紀には「その人となりは強健で...
S4 16回目は沖の島遙拝についてお送りします。 18.01.2019 31:29
神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界文化遺産に登録されましたが、その時評価されたのが古代から現代に続く信仰でした。 その遙拝を調べてみました。 実は、沖の島を遙拝する信仰が残っているのは、漁師さんの世界ばかりでなく、農村にもあるのです。 その内の一つが福津市手光(てびか)というところに残る「沖の島ごもり」又は「万年願」ともいうものです。 ここでは、毎年5月の田植え前に苗代ごもりという行事と共に沖...
S4 15回目も志賀島を歩きます 11.01.2019 31:29
13日に迫った志賀海神社の歩射祭を前に志賀海神社と神功皇后の関係を見ていきます。 この島は安曇族の拠点となった島です。安曇族は安曇の磯良らが神功皇后朝鮮出兵の際水先案内をした一族。ですから、神功皇后関連の話がたくさん残っています。 本殿の右側にあるのがその安曇の磯良を祀った今宮神社です。 今宮神社のすぐ横の林の中にあるのが長生き竹。 朝鮮出兵の際、船の帆柱か、どこかに使われたといわれる竹で、ちょっと変...
S4 14回目になる今年1回目は志賀の島を歩きます。 04.01.2019 31:29
志賀の島はかつて朝鮮半島の国々との交易に携わった安曇族の拠点でした。 この島の神社、志賀海神社には代々受け継がれてきた様々な祭、習慣といったものが現在も色濃く残っています。 この島は8という数字を重んじます。様々な行事が8という数字をもとに行われます。 1月13日に行われる歩射祭は、射手士は8人。祭りの世話人が8人。お宮に仕え舞を舞うのが8人の乙女、と言った具合。 そして、歩射祭の前日行われる行事に胴...
S4 13回目は福津市の新原・奴山古墳を歩きます。 28.12.2018 31:28
神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界遺産に登録されましたが、その構成資産の一つ、福津市の新原奴山古墳を福津市教育委員会文化財課の池の上宏さんの案内で歩きます。 ここは、いつ来ても風が強く、当日も冷たい強風の中、古墳を歩きました。 今回は古墳入門といった感じで古墳のイロハを伺いながら歩いています。 前回紹介した縫い針に関連した神社~縫殿神社の祠が22号墳という宗像の君の墓だとみられる前方後円墳の円...
S4 12回目は福津市のカメリア・ステージ資料館を訪ねます。 21.12.2018 31:27
神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界遺産に登録されましたが、その構成資産の一つに福津市の新原奴山古墳があります。 福津市にできたカメリアステージ資料館には、その新原奴山古墳の出土品や福津市で出土したたくさんの出土品が非常にわかりやすく展示してあります。 特別展示室には古墳ごとに出土品を展示。 中でも奴山・正園古墳から出土した縫い針は注目です。何故なら、出土した近くには縫殿神社があり、洋裁に携わる...
S4 11回目も神功皇后の足跡が残る神社を紹介していきます。 14.12.2018 31:29
朝倉市の美奈宜神社の社名の美奈宜は地名の蜷城(になぎ)からきているそうです。 この地域は羽白熊鷲に苦しめられた地域だったそうで、これを救ってもらおうと神功皇后に頼むのです。すると、神功皇后は神に祈って塩干る玉を使って川の水をからからにし、川蜷に頼んで一晩で城を作り、塩満玉を使ってこれに城の壕に水を入れ、水攻めにして滅ぼしたということです。これが社名の由来だとか。 皇后軍の羽白熊鷲の攻撃は朝倉市を流れ...
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