RKB毎日放送

古代の福岡を歩く

History JW ↓ 288 episodes

古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。 ※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月) 出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター) 番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/ https://listen.style/p/kodai? IfTqat2t

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Mar 29, 2026

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Episodes

S6 8回目は古賀市の船原古墳から見つかった玉虫装飾の馬具について 21.11.2020

古賀市の船原古墳では、この程日本で初めて玉虫装飾の馬具が見つかりました。 玉虫は緑色に赤く筋の入った大変美しい虫で、日本では法隆寺の玉虫の厨子がよく知られています。 この玉虫厨子は7世紀の中程に作られたもので、この船原古墳の玉虫装飾の馬具はそれよりも古くなります。 玉虫装飾の馬具は杏葉という部分で、馬の尻を飾るものです。 この玉虫装飾の馬具は韓国の新羅時代の王陵から数点見つかっています。 船原古墳から...

S6 7回目は糸島半島の神功皇后の足跡を歩きます。 14.11.2020

今回は糸島市のふるさとガイドのみなさんに糸島に残る神功皇后伝説の地を案内していただきます。 最初に訪れたのは糸島のJRの福吉駅ちかくの家族風呂として知られる「まむしの湯」。 ここは赤米が栽培される所としも知られていますが、このすぐ近くに浮嶽という山が見えます。この浮嶽は標高が800メートルちかくあり、筑紫富士とも言われるほど美しい山です。 神功皇后は、いろんな山に登り、朝鮮出兵の勝利を祈願していますが...

S6 6回目は宗像の君の刀について。 07.11.2020

宗像には「世界遺産、神宿る島・宗像沖の島と関連遺産群」という貴重な遺産があります。 現在、この世界遺産に関しては、調査研究成果・5館連携展覧会として「ムナカタ~祈り・暮らし・交わり」展が開かれています。 5館というのは、宗像大社神宝館、九州国立博物館、海の道むなかた館、福津市歴史資料館、九州歴史資料館といったところです。 この内、6回目は九州国立博物館で開かれている、宗像海人の刀展にスポットを当てます。...

S6 5回目はみやま市のこうやの人形について 31.10.2020

みやま市のこうやの宮の人形のモデルとなったのは一体どういう人物であるのかはいろんな説があってはっきり分かりません。 そこで、今回は「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんにこの人形について詳細に伺っていきます。 まず、人形の並び方が、昔から地元に伝わる並び方を平成時代の台風の後代えたといわれます。 そこで、昔の並び方で検証しますと、中央が鏡をもった男装の女性像でした。 これが綾杉さんの説では、神功皇后...

S6 4回目は何故天智天皇がしばしば瀬高付近に行ったのか、です。 24.10.2020

天智天皇がまだ中大兄皇子の頃、しばしば瀬高近辺に現れています。 これは一つには朝鮮半島での状況に関係があるといわれます。朝鮮半島では日本と良好な関係だった百済が唐と新羅の連合軍に攻撃を受け、その救援のため、兵を集めに、この近くにいたと思われる海人族の安曇族に助けをもとめにやってきたという説があります。 ここには有富という地区があります。ここの区長さんの話では、ここでは、昔はありとみといわず、あずみと...

S6 3回目もみやま市を歩きます。 17.10.2020

今回は、かつて邪馬台国山門説を村山健治さんが主張された時、卑弥呼の墓の候補地の一 つにあげられた堤地区を歩きました。 ここでお会いした堤新さんの家の玄関の横には長さ3メートル程の大きな岩とちょっと 小さめの岩が二つありました。一つは卵形をしていて横たわっていてもう一つは立ててあ りました。 石の前には小さな祠があり、家の方が大切にしているのが分かります。 昔は「この石の上で遊んではいかん」と、うるさくいわ...

S6 2回目はみやま市にある「こうやの宮」です。 10.10.2020

みやま市の大神というところに小さな祠があります。普段は鍵がかかってみられませんが地区の方に許可を得ると見ることができます。 この祠の中に木彫りの人形が5体飾ってあります。その中の一体が七支刀を持った人形なのです。七支刀はかつて百済から倭の王に贈られた刀剣で現在天理市の石上神宮にあります。 その刀剣と同じ形の七支刀を持った人形がここにあるのです。 七支刀は左右両方から枝刃がでた得意な形をした刀剣です。...

S6 シーズン6の1回目は古代のみやま市を歩いた村山健治さん。 03.10.2020

この番組にふさわしい方がいました。古代のみやま市をくまなく歩き回ってついに邪馬台国山門説の本「誰にも書けなかった邪馬台国」を出版した村山健治さんにスポットをあてます。 村山さんはみやま市に住み、たくさんの古墳の発掘作業に携わり、終にはここが邪馬台国であろうと推論するに至ります。 そこで、村山さんがたどり着いた邪馬台国山門説を詳しく紹介していきます。 村山さんの説は従来からいわれる不彌国を宇美町付近とし...

S5 26回目は日田市出土の謎の鉄鏡について 28.03.2020

大分県日田市で出土したといわれる鉄鏡があります。金銀錯嵌珠龍文鉄鏡といいます。 名前の通り金が入り、銀が入り、トルコ石が入った貴重な鏡です。 鏡の大きさは21センチ、中国の魏の曹操の墓から見つかった鏡と兄弟鏡といわれ話題になっている鏡です。 歴史家の河村哲夫さんの話では、この鏡が日田市から出土したことから邪馬台国九州説の有力な証拠になるといいます。 この鏡は卑弥呼が中国から銅鏡100枚と共に送られたも...

S5 25回目は神功皇后の熊襲討伐について 21.03.2020

今回は「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに話をききます。 神功皇后は熊襲討伐を旗印として仲哀天皇九州へやってきます。 途中仲哀天皇は香椎で急死。その後、神功皇后は羽白熊鷲を秋月付近で討伐。 次に山門の田油津姫を討伐へ向かいます。 河村さんの話では ただ、税を納めないだけで天皇がわざわざ九州まで討伐にやってくるだろうかという疑問。この羽白熊鷲は熊襲といわれるが今ひとつ正体がよくわからないそうです...

S5 24回目は神功皇后が福津市に残した足跡を辿ります。 14.03.2020

神功皇后は朝鮮出兵の前に福津市を歩いています。その足跡辿りました。 まず、宮地嶽神社のすぐ横にある山、宮地山に登りました。 山の高さは180メートル程ですので散歩がてらぶらぶら登れる山です。 入り口には宮地嶽神社の奥宮不動神社があります。 ここは横穴式石室をもつ古墳で石室の長さが22メートルもあります。 ここで神官のお祓いを受けて登っていきます。 頂上には小さな鳥居があり、鳥居の横には人が腰掛ける程の石...

S5 23回目は古賀市の船原古墳を紹介します。 07.03.2020

この古墳は全国的に見ても大変珍しい墳丘墓の外の埋納抗からきらびやかな馬具や武具が出土しています。 船原古墳は海岸から約5キロ入った小高い丘陵地にあります。6世紀末から7世紀初頭の古墳です。 ここで見つかったものの代表的なものは「金銅製・歩揺付き飾り金具」というもので馬のお尻の上につけるものと見られるきらびやかな飾りです。 大きさは10センチ~15センチほどのもので馬が歩くとスプーン状の金具がきらきら...

S5 22回目も神功皇后の足跡を訪ねます。 29.02.2020

今回は「新羅への出港と帰還」というテーマで神功皇后ゆかりの神社を歩きます。 まず訪ねたのは福岡市東区の名島神社。 ここは新羅に出発する際に従軍将士の氏名を名乗らせたという伝承が残っている神社です。 同じく福岡市東区三苫にある綿津見神社には神功皇后が新羅への渡航の際嵐に遭遇した時、船にあった苫(むしろのようなもの)を海中に投入し、海神に祈ったところ風波が収まったという伝承があります。ところが面白いこと...

S5 21回目も神功皇后の足跡をたどります。 22.02.2020

神功皇后は新羅戦の準備にとりかかります。 そんな中、福岡県の神社には数多くの足跡を残しています。今週は福岡市東区の志賀海神社の続きからお送りします。 志賀海神社の目の前に見える奈多海岸にあるのが志式神社。ここには早魚(はやま)神事という大変貴重な行事が残っています。 神功皇后を魚料理でもてなした様子が神事となって伝わっています。 11月の寒い時期に行われるこの神事、2組に分かれて大鯛を競争して裁いてい...

S5 20回目は神功皇后の足跡を神社からたどります。 15.02.2020

お話を神功皇后伝承を歩くの著者「綾杉るな」さんに伺います。 新羅戦の準備をテーマにまず福津市の楯崎神社から歩きます。楯崎神社は渡半島の突端にあります。ここには神功皇后は行きと帰りに寄っています。 帰りには楯と弦を切った弓を奉納したという伝承が残っています。 次が福岡市東区の志賀海神社です。ここには神功皇后の話がたくさん残っています。 勝間の方には元宮があり沖津宮があります。海岸から少し離れた小島になりま...

S5 19回目は梅花の宴が行われた大伴旅人邸はどこ? 08.02.2020

梅花の宴が行われた大伴旅人の館は現在三つの候補地がります。 一つは昨年の令和が決まって以来たくさんのお客様で賑わっている坂本八幡宮の近く。 これは九州大学の竹岡勝也教授が提唱された地で根拠の一つに坂本八幡宮の近くに大裏(だいり)という小字名があるということ。これを天皇の住まいである内裏と考えたという説です。 二つ目は都府楼の入り口にある太宰府館の東側にある月山地区。この辺は建物跡があった場所です。月...

S5 18回目は神功皇后羽白熊鷲討伐で香椎を出発 01.02.2020

下関から香椎へ到着した仲哀天皇と神功皇后でしたが、仲哀天皇は急死。 神功皇后は一人秋月付近に拠点のある羽白熊鷲討伐へ出発します。 まず、朝倉へと軍を進めますが、途中立ち寄ったのは大野城市の中という場所にある御陵宝満宮。神社の言い伝えに「かつて玉依姫がこの神社においでになった。よって御陵を築いた」とあるそうです。 玉依姫は豊玉姫の妹に当たります。豊玉姫はワタツミ国から日向の火遠理命に嫁ぎ。 子供を産みます...

S5 17回目は下関に神功皇后と仲哀天皇がやってきた謎を探ります。 25.01.2020

今回と次回の⒉回は「神功皇后の謎を探る」の著者、河村哲夫さんに伺います。 神功皇后と仲哀天皇は九州で熊襲が反乱したと聞き九州へ駆けつけます。 その足がかりとしたところが下関です。 二人はここから香椎へと向かいますが、河村さんの話では神功皇后が九州へやってきたのは別の狙いがあったのでは、という話です。 というのは仲哀天皇は熊襲の反乱だと聞き九州へやってきます。 しかし、神功皇后と武内宿禰は途中で新羅へ出兵を...

S5 16回目も下関市の神功皇后ゆかりの地を歩きます。 18.01.2020

神功皇后の夫、仲哀天皇は香椎で突然なくなります。この後、遺体は密かに下関に運ばれ仮埋葬が行われます。その場所が忌宮神社の南の方角にある日賴寺というお寺の隣にある小高い丘です。円墳状になっています。神社から徒歩で20分ほどの場所です。 ここからさらに海岸の方に10分程歩くと豊功(とよこと)神社があります。 この神社からは、左手に穏やかな海が広がって二つの形のいい島が見えます。 これが満珠干珠の島です。...

S5 15回目も下関市の神功皇后ゆかりの神社を歩きます。 11.01.2020

住吉神社から今度は忌宮神社へやってきました。ここは神功皇后と仲哀天皇が九州の熊襲討伐の足がかりとなる拠点、豊浦の宮を作った場所です。 ここで注目されるのは楼門の前にある玉垣で囲んだ鬼石です。 これは新羅のジンリンなる人物が豊浦の宮を襲撃。仲哀天皇自ら武器を取り撃退した。 ジンリンの首は石の下に埋めたという伝説をもった石です。 何でもこの下には何かがあるといわれ、たたりを恐れて誰も調べないといわれます。...

S5 14回目は神功皇后ゆかりの神社を歩きます。 04.01.2020

神功皇后と仲哀天皇が九州の熊襲討伐のため拠点としたのが下関です。 そこで下関のゆかりの神社を歩きました。 まず、訪ねたのは長門の国一の宮、住吉神社です。 ここの由緒では神功皇后が朝鮮に出兵して勝利したので、戦に従った住吉大神からわが荒魂を穴門に祀りなさいといわれ、神功皇后が建てたといわれます。 ここの神殿にお供えする水は、かつては蓋井島にある井戸から毎日運んでいたといわれます。しかし、天気が悪い日は運...

S5 13回目は日田市で見つかった鉄鏡について 28.12.2019

現在太宰府の国立博物館では三国志展を開催中ですが、同時に展示されているのが日田市で見つかった「金銀錯嵌珠竜文鉄鏡」という鏡です。 これは曹操の墓から見つかった鉄鏡と大変似ているということで話題になっている鏡です。 鏡の大きさは曹操の鏡と同じ21センチ、厚さもほぼ同じ2.5センチです。 鏡には龍の文様に金や銀が施されています。鏡の製作年代は曹操墓の鏡とほぼ同時代と見られるのです。 この鏡は曹操墓の鏡の鑑定...

S5 12回目も神功皇后伝承の残る神社を訪ねます。 21.12.2019

福津市にある宮地嶽神社は主祭神に神功皇后を祀り、随従の勝村・勝頼大神を併せて宮地嶽三柱大神として祀ります。 神社境内には古墳があります。 古墳は大型の円墳で直径は34メートル。横穴式石室の長さは22メートルもあります。この石室に使用されている石材は目の前に広がる玄界灘から船によって運ばれてきたものといわれます。 神功皇后はこの神社の近くの宮地嶽に登り、挑戦出兵の勝利を祈願したといわれます。 話を「神功...

S5 11回目は神功皇后伝承の残る神社を訪ねます。 14.12.2019

神功皇后は新羅出兵の準備のため朝鮮半島に近い糸島半島を回ります。 染井神社には染井の井戸と呼ばれる井戸があります。 ここで皇后は「この井戸水で鎧が赤く染まるとこの戦いに勝てる」いって鎧を井戸に沈めると鎧は真っ赤に染まったという伝承があります。 その鎧をかけて干した松は鎧掛け松として現在もありますが、残念ながら枯れた松になって本殿横に置いてあります。 本殿はこの井戸から少し離れたところにありますが、参道は...

S5 10回目はみやま市の女山にある神籠石について 07.12.2019

みやま市の女山~と書いて「ぞやま」と読みます~には神籠石がおよそ3キロにわたって丁度首飾りみたいに山を一周しています。 今回はこの神籠石についてみやま市瀬高郷土史会・会長の熊川猛司さんとみやま市高田町郷土史部・部長の久保田毅さんに伺いました。 まず、女山と書いてなぜ「ぞやま」と読むのか、熊川さんに伺うと、一説にはこの地域には昔から女性の権力者が代々統治していて、この辺を女王山といっていた。 しかし、それで...

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