RKB毎日放送
古代の福岡を歩く
古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。 ※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月) 出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター) 番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/ https://listen.style/p/kodai? IfTqat2t
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Episodes
S9 6回目も糸島の伝説をお送り致します。 05.11.2023 31:07
JR大入駅の高台に養円寺というお寺があります。ここの境内に龍が棲む岩と書いて龍棲岩という幅2メートル、高さ1メートル程の岩があります。 この岩にまつわる「救った蛇と修行比べ」というお話です。 物語の主人公は上方の武家の二男、教清という人物。この男、あるとき間違って親友を殺めてしまいます。 その呵責の念でいっそ死んでしまおうと、海に飛び込もうとする時、寺のお坊さんに引き留められます。 そして、説教の後、お...
S9 5回目も糸島の伝説です。 29.10.2023 31:08
福井の落馬薬師というお話です。福井の小高い丘の上に大法寺というお寺があります。 その前を馬に乗った人が通ると何故か落馬してしまうのです。 不思議に思った和尚さんが調べてみると、落ちる場所うくが決まって門前にある薬師如来像の前なんです。 そこで和尚さんこの像の位置が悪いのではないかと疑い、薬師如来像を境内に入れ、方角を変えて祀ってみると、不思議に落馬する人がいなくなったというお話。 その薬師如来像は、現...
S9 4 回目も糸島の伝説をお送り致します。 22.10.2023 31:09
今週は牡蠣のシーズンを迎えた糸島の船越の物語です。 対岸の吉井浜を根城とする火山の海賊が村を襲うという噂があり、夜の見張り番を立てることになります。 でも、危険が伴う見張りですから、誰もなりてがありません。 そこへ、「私がやりましょう」と名乗り出たのが事故で足を痛めている源三という男。 みんなの心配をよそに、私は独身の身だからと、見張り番をかってでます。 見張りの食事の面倒は恋人のお島がみました。 そして...
S9 3回目は糸島の伝説を紹介します。 15.10.2023 31:08
シーズン8から始まった糸島の伝説、まず、可也山に麓、志摩小富士という場所にあります安養寺にまつわる伝説。 ある時、土砂崩れで村にあったお寺、妙行寺が流されてしまいます。 それからしばらくたって土地一番の正直者の久兵衛さんがこの辺を通りかかると、地面の下から何やらお経の声がします。 そこで、久兵衛さんが地面を掘ったところ何もでてきません。 「いや、確かにお経の声がした」という久兵衛さん。毎日、毎日念仏をと...
S9 2回目も吉野ヶ里遺跡です。 08.10.2023 31:08
吉野ヶ里の話を吉野ヶ里遺跡・調査指導委員会・委員長をつとめられ、 佐賀城・本丸歴史館の館長でもいらっしゃる七田忠昭(しちだ・ただあき)さんに伺っています。 七田さんの話によれば中国の歴史書に登場する倭国王、帥升は吉野ヶ里のクニの王では、という興味ある話です。 後漢書には、倭面土王「帥升」が後漢の王に対し生口160人を献上し、謁見を願い出たとあります。 この倭の面土国を、七田さんはメト国と読み、メトは米...
S9 1回目は佐賀県の吉野ヶ里遺跡から 01.10.2023 31:11
「古代の福岡を歩く」シーズン9、つまり9年目がいよいよ始まりました。 1回目は今年の4月、全国の古代史ファンの注目を浴びました佐賀県の吉野ヶ里遺跡からスタートです。 昨年の1回目と同じ、吉野ヶ里遺跡・調査指導委員会・委員長をつとめられ、佐賀城・本丸歴史館の館長でもいらっしゃる七田忠昭(しちだ・ただあき)さんに伺っていきます。 まず、話題になった石棺墓の×印について、一体どんな意味をもった×印なのか伺い...
S7 26回目はヤマトタケルの福岡に残る伝承地を紹介。 26.03.2022 31:43
ヤマトタケルの足跡、今週は北九州市八幡西区の尺岳神社から紹介していきます。 ヤマトタケルには小狭田彦の娘、常磐津姫との間に御剣王(みつるぎおう)という息子がいました。御剣王は父親に従って東征し、駿府の焼津では特に軍功があってその賞として祖父景行天皇から武部臣の称をいただいた程でした。 御剣王が尊敬する父、ヤマトタケルを祀ったところが尺岳(はかりだけ)といいました。 ここにあるのが尺岳神社です。 ここに...
S7 25回目は福岡県と佐賀県のヤマトタケル伝承地です。 19.03.2022 31:32
ヤマトタケルはこの番組でしばしば東洋する神功皇后の夫、仲哀天皇の父に当たる人です。そして、ヤマトタケルの父は景行天皇になります。 景行天皇は京都郡を拠点に九州を時計回りにぐるっと回り、熊襲と闘いました。 その子供の仲哀天皇も熊襲を討伐に九州にやってきますが、香椎で急死。 その後、妻の神功皇后が代わりに熊襲と闘っています。 そして、この程、神功皇后の足跡を調査していた古代史研究家の綾杉るなさんが見つけた...
S7 24回目は神功皇后の人物像について 12.03.2022 31:30
神功皇后はこの番組のシーズン1からとりあげてきました。 神功皇后がは4世紀末から5世紀にかけて活躍した人物だといわれます。 皇后は夫の仲哀天皇と共に九州各地の熊襲を討伐するために九州にやってきました。 ところが、香椎宮で仲哀天皇が急死。しかし、皇后はお供の武内宿禰とともに熊襲を討伐、さらに新羅に遠征したりし、戻ってからは応神天皇を出産し、福岡県をぐるっと回って故郷へ帰っていきました。 この番組では神功...
S7 23回目も糸島を歩きます。 05.03.2022 31:31
糸島にはサンセットロードと呼ばれる美しい海岸線があります。その近くにあるのが桜井神社。 この神社は筑前福岡藩の2代目藩主、黒田忠之公によって創建された神社です。 この神社の前身は「与止姫宮(よどひめぐう)」といいました。 ここには、そのよどひめ宮にまつわる話しが伝えられていました。 かつて、ここには岩松城という城があり、その城主の妻に、あるとき神の託宣がおり、その託宣が当たるというので評判になります。...
S7 22回目も糸島を歩きます。 26.02.2022 31:31
糸島は雷山神籠石を見学した後は平地へ下り、平原遺跡で休憩。ここから見える風景の中の東南方向に日向峠が見えます。 伊都国から奴国は東になりますが、魏志倭人伝には奴国は伊都国の東南とあります。 つまり奴国へ行くにはこの東南方向へ使者は向かった、足を踏み出したのが東南であった、というのがこの番組で紹介した「邪馬台国論争の新視点」の著者、片岡宏二さんの説。 確かに現在でも東南の方向にある日向峠が福岡市へ行くに...
S7 21回目も糸島を歩きます。 19.02.2022 31:31
雷神社を訪ねた後、今度は山を下り中腹にある雷山神籠石を見学しました。 ここの神籠石の列石の大きさは横2メートル、縦1メートルくらいのものを下から6段ほど積みあげたものでした。一番下は水門になっていて勢いよく水が流れていました。 案内していただいた糸島ふるさとガイドの三苫さんと岩田さんの説明によりますと東西300メートル、南北700メートルもあるそうです。 ここの神籠石も7世紀頃のものだそうで、朝鮮半...
S7 20回目は糸島を歩きます。 12.02.2022 31:32
今回から糸島を歩きます。 案内していただいたのは糸島ふるさとガイドの三苫節代さんと岩田久美子さんです。 まず、雷山に登りました。登る途中にあるのが雷山千如寺 大悲王院、秋の紅葉の時期は樹齢400年といわれる楓の見事な紅葉見学に訪れる人が多いといわれるお寺です。 見事な楓を見学し、観音様にお参りした後、ふと廊下を歩いていて展示してあるものに目をやりますと昔のいろんな人物が書いた書がありました。説明書によ...
S7 19回目は古代官道の終着地大宰府政庁に 05.02.2022 31:33
水城西門から古代官道を歩いて、朱雀大路に到達。道真公住まいだった榎社を通り、幸橋のあった通りを歩いて大宰府政庁跡にでました。 朱雀大路の交差点付近にあるのが朱雀門の礎石。大きな円形の岩です。 これは1982年に前を流れる川、御笠川の改修工事の際、川の中から発見されたものです。 大きさは約2.5メートル×約1.8メートルで重さは約7.5トンもあるものです。 政庁の入り口に建てられていた門の礎石だとみられ...
S7 18回目も古代官道を歩きます。 29.01.2022 31:32
大宰府西門から歩いていよいよ条坊の中に入ってきました。 西鉄二日市の踏切を渡り、左折すると右手に小高い丘が見えてきます。 この丘の上にも般若寺というお寺がありました。そして、そのすぐ近くにあるのが高橋紹運の首塚です。岩屋城で島津義久の軍勢に攻められ討ち死にした高橋紹運の首を埋めたと伝えられる塚があります。 島津勢は岩屋城を攻めるとき、この丘陵上に陣を敷いたと伝えられています。 この丘陵上を歩くと道真公...
S7 17回目も古代官道水城西門コースを歩きます。 22.01.2022 31:33
古代官道、水城・西門ルートをずっと歩いて県道31号線の杉塚交差点を左折、住宅街へ入ってきました。 住宅街の中にあるのがお寺の跡。杉塚廃寺跡といいます。 およそ50メートル四方の空間に30センチ程の高さの基壇があり、その上に礎石が数カ所残っています。 この場所からは丸瓦や、平瓦、そして位の高い人がつけた石帯などが出土しており、8世紀頃の寺院の跡だとみられています。 そしてこの場所は大宰府政庁からは西南に...
S7 16回目も古代官道、水城西門ルートを歩きます。 15.01.2022 31:31
前回の太宰府西小学校の中に宮ノ本遺跡を見学して坂道を下り、県立福岡農学校の校庭が見えるところまできますとまたまた遺跡がありました。 殿城戸(とのきど)遺跡と脇道(わきどう)遺跡です。この辺には遺跡がたくさん眠っています。 脇道遺跡は昨年太宰府市指定文化財に指定された遺跡です。 脇道遺跡は、大佐野川右岸の標高38メートルに立地する旧石器時代から古代にかかての複合遺跡だそうです。 ここからは台形石器や削っ...
S7 15回目も古代官道水城西門ルートを歩きます。 08.01.2022 31:31
西門からまっすぐ歩き向佐野交差点付近で右折し、ちょっと寄り道します。 県道31号線を越えてだらだら坂を登り詰めてところに太宰府西小学校があります。 この小学校の校庭には大変珍しい遺跡が残されているのです。宮ノ本遺跡といいます。 校舎と校舎の間におよそ50メートル四方の部分に遺跡があります。 生徒達は校舎の窓からいつも遺跡が見学できることになっています。 この遺跡から出土したものに全国では初めてという買...
S7 14回目はいよいよ古代官道歩きのスタートです。 31.12.2021 31:31
水城西門からいよいよ古代官道水城西門ルートの出発です。ここは鴻臚館へまっすぐつながる道です。西門から大宰府政庁があった都府楼跡をめざします。 古代官道の跡は現在も残っている部分もあればなくなった部分もあります。 そして、道の左右にはいろんな遺跡が数多く残っています。 それを捜して、紹介しながら歩きます。 西門跡をスタートしてすぐに道ばたにごろんと横たわっていたのが⒉メートルを越える大きな岩です。これが...
S7 13回目からは古代の官道を歩きます。 25.12.2021 31:37
シーズン6では大宰府の伝説を訪ねて歩き、大変好評でした。そこでシーズン7でも太宰府を歩きます。今回はかつて我が国を訪れた外国のお客様が鴻臚館からまっすぐ大宰府西門へ入り、大宰府政庁をめざした古代官道、水城西門ルートを歩きます。 御案内をシーズン6でもお願いしました古都大宰府保存協会の学芸員田中健一さんにお願いしました。 JR水城駅の前にあります水城跡公園と土塁断面広場からスタートしました。 広場は東...
S7 12回目も神功皇后の足跡をたどります。 18.12.2021 31:30
「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに御案内していただいています。 今週は遠賀郡の住吉神社から。 神功皇后は朝鮮出兵に成功し戻ってきます。そして、出兵がうまくいったのもひとえに住吉の神のお陰であると言い、さらに、ここに一株の松を植えて、根元に白弊を納め「この松は神のお陰と共にいや栄えに栄えよ」と言われた。そこで、ここを若松と唱えて住吉三神を祀ったといわれます。 この後、門司区の甲宗八幡宮、そして和...
S7 11回目も神功皇后の足跡をたどります。 11.12.2021 31:31
神功皇后の足跡を神社からたどっています。今回は北九州市の旗頭神社からです。 神功皇后が新羅へ出兵し、戻ってから武内宿禰が陣営を構えたのがここで、「いくさばる」といいましたが、現在は陣ノ原という地名になっています。 北九州市八幡東区にあるのが乳山八幡宮。神功皇后は国見をしたあとこの付近で子供(のちの応神天皇)に乳を与えた聖地がここ乳山八幡宮。 さらに豊浦宮をめざしますが、途中鷹尾山の頂上に皇子を立たせ、...
S7 10回目は神功皇后の九州での足跡を追います。 04.12.2021 31:30
神功皇后は第14代仲哀天皇の后で、仲哀天皇と共に熊襲討伐の為に九州にやってきます。そして、仲哀天皇は途中で亡くなりますが、神功皇后はそのあと熊襲を討伐し、田油津姫を討伐、新羅に遠征したりした後、ほぼ福岡県をぐるりと回り、各地に様々な伝承を残していった人物です。 この番組ではシーズン1からとりあげて紹介しています。 今回は神社から皇后の足跡をたどっていきます。 シーズン6では豊裏宮帰還の部分、全ての福...
S7 9回目も筑紫野市の阿志岐山城の話しです。 27.11.2021 31:32
筑紫野市の阿志岐山城は宮地岳の山腹にあります。阿志岐という場所は大宰府政庁があったの都府楼からも近い場所にあります。 従って、ここは政庁に勤める官僚たちが都へ帰る時の別れの場であり、付近一帯はなだらかな丘陵地でのどかな田園風景が広がっているところから、この場所が和歌遊びをする場所でもあったということで、ここでうたった歌が万葉集にもいくつか残っています。 阿志岐は奈良時代には蘆城と書いたそうです。ここ...
S7 8回目は筑紫野市の阿志岐山城です。 20.11.2021 31:29
8回目は筑紫野市の宮地岳という標高338.9メートルの山腹にある阿志岐山城を解明していきます。 この山城は神籠石系の山城で7世紀はこの後半頃築かれたとみられる山城です。 こう調査で確認されたもので土塁・石塁は総延長約1.34㎞もあるそうです。 土塁はどうやって築かれたのか、ここにはパネルで詳しく説明してありました。 当時の人のすぐれた技術について筑紫野市歴史博物館の小鹿野館長に詳しく伺いました。 ただ...
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