tosusia

余白の朗読室

Fiction JA ↓ 92 episodes

短編小説を朗読し、その余韻を少しだけ言葉にする番組です。AI、記憶、家族、創作、老い、別れ、そして人の心に残る小さな違和感を題材にした物語を扱います。noteで公開している短編をもとに、朗読版や解説付き音声を配信します。読み終えたあとに少し考えたくなる、静かで不思議な物語をお届けします。

Author

tosusia

Category

Fiction

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Jul 8, 2026

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Episodes

引力 17.06.2026

noteでも公開しています 引力 物理は苦手だった けれど、その日の授業だけは妙に腑に落ちた 作用・反作用の法則 手で壁を押せば、壁も同じ大きさの力で手を押し返す 力はいつも一対で生まれる なるほど、と僕は思った だったら、好きな人に好きだと伝えれば、同じものが返ってくるはずだ 放課後、健太に報告した 「告白してきた」 「え、まじで。玲奈に」 「うん。作用・反作用の法則で、うまくいくと思って」 健太は一瞬黙った そ...

二十分の一 17.06.2026

noteでも公開しています 二十分の一  手術の成功率は五パーセントだと、画面に表示された  その数字をしばらく眺めた。五パーセント。二十回に一回。それ以上でも、それ以下でもない。ロボット手術の成功率がそう出たときは、その通りの意味だと受け取っていい。わずかに低めに表示されているのは統計的な誤差ではなく、患者への心理的な配慮のためだとどこかで読んだ。つまりこの数字は、ほぼ正確だ  隣に並んだ数字が目に入っ...

マスター 16.06.2026

noteでも公開しています マスター 昔、AIはおろかパソコンすらなかった時代に、テーブルトークRPGというものが流行ったらしい。精密に定めたごっこ遊び、とでも言えばいいか。剣と魔法の世界での冒険を、演出とサイコロで再現する遊びだ。このアトラクションはその発展形だということだ。 今接続しているのは若いカップルだ。勇者を選んだケンジと、魔法使いを選んだレイナ。 丘を登り切った先に、ドラゴンが現れた。 いよいよ最後...

正答率 15.06.2026

noteでも公開しています 正答率  受賞の電話を受けたとき、川島は台所で冷めたコーヒーを飲んでいた。  きっかけは入試問題だった。某私立大学の国語の問題に、五年前に出した短編が使われた。増刷もなく静かに死んでいた作品が、突然、全国の受験生の前に晒された。問題文を見た瞬間、川島は苦笑した。よりによってこれか、と。自分でも出来が悪いと思っていた一篇だった。  ところが、その年の春から何かが変わった。文芸誌に...

御意 14.06.2026

noteでも公開しています 御意 筒井殿はまだ動かんのか。 斎藤利三は冷静に答えた。 「洞ヶ峠に陣を置いたまま、形勢を見ておる様子にございます」 戦況は絶望的だった。まさか秀吉がこれほど早く戻るとは。 「細川殿からの返事は」 「まだありませぬ」 細川父子ですら動かぬか。どこから間違っていたのだろう。光秀の鋭利な頭脳には、もはや先が見えていた。 この上はできる限り戦って散るのみ。そう決意した光秀は、利三を見据え...

なんとなく、ではない 14.06.2026

noteでも公開しています なんとなく、ではない 会議室は霞ヶ関から少し離れたビルの六階にあった。 窓から首都高が見えた。テーブルは細長く、五脚の椅子が向かい合うように並んでいた。資料は事前に配布されていたが、帆足孟が読んで理解できたのは全体の三分の一ほどだった。残りの三分の二は、読めるが意味がわからない文章と、読み方すらわからない数式で構成されていた。 帆足は言語学と人類学の教授だった。生成AIの規制と課...

イレギュラー 13.06.2026

noteでも公開しています イレギュラー  タブレットが配られたのは、彼が小学三年生の春だった。  薄くて軽くて、電源を入れると今日の最初の問題が表示された。正解すると次が来る。間違えると似たような問題がもう一度来る。クラスの誰もが自分だけの画面に向かい、自分だけのペースで進んでいく。教室は静かだった。鉛筆の音もなく、消しゴムのかすも出ない。  システムはよくできていた。AIが膨大な学習データを解析して設計...

なんとなく 13.06.2026

noteでも公開しています なんとなく 中西の起業アイデアは、一言で言えば「熱の通り道を設計する」というものだった。 もう少し正確に言うと、フォノンの伝わり方を制御する次世代断熱材の開発だった。 固体の中で熱は、ただ物質の中をぼんやり流れていくわけではない。原子の振動が隣の原子へ伝わり、その振動の集まりが熱として移動する。物理学では、その振動の担い手をフォノンと呼ぶ。音が空気の振動として伝わるように、熱も...

エラー 12.06.2026

noteでも公開しています エラー あいつが人間かどうか、俺はずっと確かめられなかった おかしいと気づいたのは、十月の終わりごろだった。他愛ない話の流れで、出会いのことになった。ケンジは言った 「俺がうっかり返信ボタン押しちゃったんだよな、あのとき」 違う、と俺は思った。あの夜、通知を受け取ったのは俺の方だった。運営からのエラーメッセージと一緒に、見知らぬアカウントへのリンクが届いた。俺が先にメッセージを...

生まれた時代 12.06.2026

noteでも公開しています 生まれた時代 生まれた時代が違ったら—— 男はそう考えることが多かった。 今の時代の価値観、もっと言えば商業主義、いや拝金主義に、どうしても馴染めなかった。利益を得ようとすることが、どうしても気持ち悪いのだ。商売人としては致命的だった。 先月、取引先に勧められるまま、初めて広告を出した。数字は確かに動いた。しかし男は、その結果を眺めながら、何か大切なものを売り払ったような気がして...

均衡 11.06.2026

noteでも公開しています 均衡 田辺は今日も板書を写した。 伝説の講師と呼ばれる森川先生の授業は、開始三分で田辺の理解を完全に置き去りにする。今日は関係代名詞の非制限用法だった。森川先生が例文を板書し、どこかを指して何かを言った瞬間、田辺の思考が止まった。コンマの前と後で文が二つに割れているはずなのに、どちらがどちらを修飾しているのか、境界が見えなかった。黒板は続いていた。声は朗々として、教室の空気は...

余白 10.06.2026

noteでも公開しています 余白 採用試験は一週間あった。 毎日一時間、その日の出来事を話す。AIが質問する。答える。それを繰り返した。七日のうち一日は人間が対応すると説明されていた。篠原は二日目にそれを見抜いた。反応のわずかな遅れ、言葉の選び方の均質さ、沈黙のタイミング。相手はAIではなく人間だった。 その日だけ、篠原は自分で話した。 残りの五日は、自分のAIに任せた。受かった。入社してからも、少しだけ後ろめ...

二人の曲者 09.06.2026

noteでも公開しています 二人の曲者 その日の飲み会は、最初から妙な空気だった。 幹事の田辺が「面白い人を連れてくる」と言っていたのを、誰もが社交辞令だと思っていた。ところが蓋を開ければ、互いをまったく知らない二人が向かい合って座ることになっていた。 一人は北条。商社勤務で、何かというと損益を口にする。飲み会の誘いには必ず「どんな顔ぶれですか」と聞き、投資対効果が見込めないと判断すると即座に断る。今夜も...

抜け道 09.06.2026

noteでも公開しています 抜け道  幼い頃、家の裏山に不思議な道があった。  街のすぐそばの、誰も来ない森の中に、丁寧に組まれた石畳が続いていた。その入口には木の扉があったが、扉の両側には柵も塀もなく、横から自由に出入りできた。扉に意味はなかった。それでも扉はそこにあった。  石畳の先に、露天風呂があった。岩を組んだ、それなりの大きさの浴槽。湯はなかった。水もなかった。底に枯れ葉が積もっているだけだった...

NEXUS DUEL 08.06.2026

noteでも公開しています NEXUS DUEL 脳と機械を繋ぐインターフェースが実用化されて、十年が経った。 考えるだけでいい。意図が信号になり、信号がロボットの四肢を動かす。最初は指一本動かすのに一時間かかった。それが半年で歩けるようになり、一年で走れるようになった。右手と左手を同時に使うような感覚、と開発者は説明した。慣れれば当たり前になる、とも。 三島拓海がNEXUS DUELに出会ったのは、二十三歳のときだった。...

翻訳 08.06.2026

noteでも公開しています 翻訳 田辺誠一は、四十年間翻訳家として生きてきた。  英語とフランス語。主に文学作品を手がけてきたが、仕事らしい仕事は三十代の頃が最も多かった。締切に追われ、辞書を引き、ゲラを直し、また辞書を引いた。編集者とは何度も電話で言い争い、翌朝には同じ編集者に礼を言った。  一度だけ、どうしても訳せない言葉に出会ったことがある。フランスの作家が使った一語で、その言葉の背後にはフランス革...

信号 07.06.2026

noteでも公開しています 信号 感情がわからない、と気づいたのは、いつのことだったか。 幼いころから、泣く場面で泣けなかった。運動会で転んでも、祖母が死んでも、涙が出なかった。嬉しいはずの場面でも、顔が動かなかった。周りの子どもたちが笑い転げているのを、少し離れたところから眺めていた。氷の向こうに世界があるようだった。 おかしい、と思われているのはわかった。冷たい子だと思われているのもわかった。でも何を...

鴨川 07.06.2026

noteでも公開しています 鴨川  一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年になる。けれど、二匹はまだ仲良しというほどではなかった。  鴨川の河川敷に出ると、二匹は並んで歩き始めた。リードが絡まった。解こうとすると、また絡まった。どちらも嫌がらなかった。  歩き始めると、母子の自転車が横を通り過ぎた。カゴのぬいぐるみが揺れて飛び出しそうになった。二匹が鼻を向けた。リードを引いて止めていると、後ろの娘が振り返って、...

色紙 07.06.2026

noteでも公開しています 色紙 壁一面に、色紙が並んでいる。受かった喜び、悔しかったこと、後輩への一言。三十数年、合格した生徒には必ず書いてもらってきた。新しい塾生はその文字に囲まれながら、机に向かう。 移転が決まった。 壁から色紙をはずしていく。一枚手にとるたびに、顔が浮かぶ。ギリギリまで粘って最後に笑った子。あっさり受かって飄々としていた子。手を焼かせるだけ焼かせて、それでもちゃんと結果を出した問題...

腕枕 07.06.2026

noteでも公開しています 腕枕 右腕が痺れている。 動かせない。正確には、動かすと起こしてしまう。 見上げると、天井の染みがいつもと同じ場所にある。 最初は妻だった。 新婚の頃、妻は当たり前のように腕の中に収まった。腕が痺れても、そのことを言えなかった。言えるようになった頃には、妻はもう腕枕では眠らなくなっていた。 次は長女だった。 熱を出した夜、泣きやまない長女を抱いたまま朝になった。小さな体が、思いのほ...

一週間後 06.06.2026

noteでも公開しています 一週間後 echoというサービスがある。SNSや写真から、その日の出来事を自動で日記にまとめてくれる仕組みだ。 去年の秋、新しい機能が追加された。自動で作られた日記を、すぐには読めなくする。数日から最長一年、自分で期間を設定できる。冷静になった頃に読む。それだけのことだが、使い始めてから、物事の見え方が少し変わった。 私は一週間に設定した。怒りが冷めるのに、だいたいそのくらいかかる。...

カゲロウ 06.06.2026

noteでも公開しています カゲロウ 引越してきたばかりの玄関に、見知らぬ虫がいた。 壁の色も、光の差し方も、まだどこか他人の家のような気がしている。 カゲロウらしい。 これが続くと困るなと思いながら、そっとしておいた。

修正 05.06.2026

修正 echoを使い始めて最初の頃は、ズレが気になった。 その日あったことは合っているのに、気持ちの部分がどこかよそよそしい。自分が感じたこととは微妙に違う言葉が並んでいて、そのたびに修正を入れた。AIが写真や投稿の流れを読んで文章を補い、自分が直しながら育てていく仕組みだと聞いていたので、最初はそんなものかと思っていた。 それがいつの頃からか、直すところがなくなった。 気持ち悪いほど的確だった。その日の出...

たま 05.06.2026

noteでも公開しています たま  何かが破裂したような音がした。  男は頬に鋭い痛みを感じ、反射的に手を当てた。指先がぬるりとした。見ると、べったりと血がついていた。  その横で、若い女性が膝から崩れ落ちた。  どこかから悲鳴が上がった。  白昼の発砲事件として、ニュースは一斉に騒ぎ立てた。弾は男の頬をかすめ、女性の手首をかすったらしい。「らしい」というのは、どこを探しても弾が見つからなかったからだ。  ...

echo 04.06.2026

noteでも公開しています echo 娘が死んで四十九日が過ぎた頃、一通のメッセージが届いた。 差出人は見覚えのない名前だったが、すぐにわかった。娘が付き合っていた、あの男だった。 echoを、見せてもらえないでしょうか。 短い文章だった。それだけだった。送信日時を見ると、三週間前になっていた。 返信はしなかった。それが答えだと思った。 echoというサービスを、私は名前だけ知っていた。SNSや写真や、日々の断片を自動で日...

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