RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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3. nov 2026

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Episoder

御言葉の実現を信じる幸い(ルカによる福音書 1章39-56節) 22.12.2024

「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」 (ルカによる福音書1章45節) 聖霊に満たされたエリサベトは「あなたは女の中で祝福された方です」とマリアに言いました(42節)。なぜでしょう。それはもちろん救い主の母となる栄誉と関係がありますが、それだけではありません。エリサベトは、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」と言いました。マリアは天使が語...

お前はテーベにまさっているか(ナホム書 3章) 21.12.2024

お前はテーベにまさっているか。 ナイルのほとりに座し、水に囲まれ 海を砦とし、水を城壁としていたあの町に。 (ナホム書3章8節) 1~3節には、アッシリアの首都ニネベが人の血を簡単に流してしまう流血の町であったことが書かれています。アッシリア軍は圧倒的な戦力に物を言わせ、敵を完膚なきまでに滅ぼし、その残忍性は悪魔的でした。4節からは、ニネベの町があでやかな遊女に譬えられています。ニネベが守護神や戦争の女神を...

わたしはあなたの神、主である(レビ記 26章) 20.12.2024

あなたたちは偶像を造ってはならない。…それを拝んではならない。わたしはあなたたちの神、主だからである。 (レビ記26章1節) 26章には、偶像礼拝に対する厳しい戒めと呪いが記されています。たいへん厳しく感じられますが、それほどに偶像礼拝は神が嫌っておられることなのです。 旧約聖書によると、神がイスラエルの民に厳しい裁きを行うところには必ずと言ってよいほど偶像礼拝がありました。それだけ人びとが陥りやすい誘惑が...

人間を贖われる方に力がある(エレミヤ書 50章) 19.12.2024

彼らを贖われる方は強い。 その御名は万軍の主。 主は必ず彼らの訴えを取り上げ バビロンの国を揺り動かし その住民を乱される。 (エレミヤ書50章34節) きょうの箇所からは、当時の強大な帝国バビロンへの主の裁きが語られています。バビロンに攻め込まれ捕囚とされたイスラエルにとって、このことはバビロンからの解放となります。 バビロンへの「主の復讐」が繰り返し語られる中で(15節、28節)、バビロンの神々が砕かれ、この...

終わりの日の栄光に向けて生きる(エレミヤ書 49章) 18.12.2024

しかし、終わりの日に わたしはエラムの繁栄を回復すると 主は言われる。 (エレミヤ書49章39節) きょうの箇所には、アンモン、エドム、ダマスコ、ケダルとハツォル、エラム等、諸国・諸民族への主の裁きが語られています。 その裁きの背後にあるのは、ご自分に背く者に対する主の怒りです(37節)。主の怒りの杯を飲ませ、それゆえにその国は確実に罰せられ、廃墟となり、恐怖とののしりの的になる、と言われます(12、13節)。こ...

人間の高ぶりの中で主にへりくだる(エレミヤ書 48章) 17.12.2024

我々は、モアブが傲慢に語るのを聞いた。 甚だしく高ぶり、誇り 傲慢に、驕り、慢心していた。 (エレミヤ書48章29節) モアブは、旧約聖書の中でイスラエルの古くからの隣国であり、同時にイスラエルと争いを繰り返してきた相手です。今日の箇所では、このモアブに対する主の裁きが語られています。主ご自身がモアブを砕くことが明らかにされるのです(38節)。 なぜでしょうか。モアブにはケモシュという守護神があり、そのような...

恐るべき主の裁きの中で(エレミヤ書 47章) 16.12.2024

ペリシテ人をすべて滅ぼす日が来る。 ティルスとシドンは最後の援軍も断たれる。 主がペリシテ人を滅ぼされる カフトルの島の残りの者まで。 (エレミヤ書47章4節) ペリシテ人は、聖書の中でも古くから力を振るった民族ですが、このペリシテ人にも主の裁きが預言されます。彼らは主なる神以外の神々を拝んでいました。しかし、主なる神こそが、この世界で最も力ある方であることが示されています。 ペリシテの町が攻め込まれる中で...

想像を絶する裁き主(ルカによる福音書 3章7-18節) 15.12.2024

「そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」 (ルカによる福音書3章17節) 民衆は、もしかしたらこの洗礼者ヨハネがメシアではないかと考えましたが、ヨハネははっきりと否定しました。そして「わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない」(16節)ほど、自分よりもはるかに優れた力あるお方としてキリストを指し示したのです。まずヨハネ自身は水...

見よわたしは立ち向かう(ナホム書 2章) 14.12.2024

破壊と荒廃と滅亡が臨み 心は挫け、膝は震え すべての人の腰はわななき すべての人の顔はおののきを示した。 (ナホム書2章11節) 誇り高い獅子として恐れられていたアッシリアのニネベに、バビロンが襲いかかってきます。アッシリア軍は「砦を守り、道を見張れ。腰の帯を締め、力を尽くせ」と自らを鼓舞しますが(2節)、いくらあがいても無駄に終わるでしょう。 9、10節では、ニネベの民と軍勢が「豊かな池の水」に譬えられていま...

主のために与えられた安息(レビ記 25章) 13.12.2024

あなたたちがわたしの与える土地に入ったならば、主のための安息をその土地にも与えなさい。 (レビ記25章2節) 25章には、安息の年とヨベルの年について記されています。神から与えられた土地を6年間耕して、7年目は安息を与えること、そして安息の年を7回終えた翌年、つまり50年目はヨベルの年として特別な解放を与えることです。 安息の年は土地も安息しますが、耕さないで自然に出た穀物はすべての働き人やその家族、また家畜、...

苦難の中での主の救済の計画(エレミヤ書 46章) 12.12.2024

見よ、わたしはお前を遠い地から お前の子孫を捕囚の地から救い出す。 ヤコブは帰って来て、安らかに住む。 (エレミヤ書46章27節) 当時の大国であったエジプトへの主の裁きが預言されています。エジプトは、かつてイスラエルが依り頼もうとした国です(2章18節)。しかし、地上の国家は、いかにそれが力ある国家であっても、依り頼む対象ではありません。ここでは、主ご自身が敵として、エジプトに報復されることが言われるのです...

神の御前にひざまずく命の喜び(エレミヤ書 45章) 11.12.2024

「ただ、あなたの命だけは、どこへ行っても守り、あなたに与える。」 (エレミヤ書45章5節) エレミヤの言葉が残されるために大きな役割を果たしたのがバルクでした。彼はエレミヤの言葉を書き記します。それはエレミヤと共に神の言葉に生きることでもありました。 バルクの口からは、かつてのエレミヤが嘆いた言葉が出て来ます。「ああ、災いだ。主は、わたしの苦しみに悲しみを加えられた。わたしは疲れ果てて呻き、安らぎを得ない...

本当の言葉が残される(エレミヤ書 44章) 10.12.2024

「そのときエジプトへ移って寄留したユダの残留者はすべて、わたしの言葉か、彼らの言葉か、どちらが本当であったかを悟るであろう。」 (エレミヤ書44章28節) エレミヤは、バビロンの報復を恐れてエジプトに逃亡してきた民に神の言葉を伝えます。それは懲りずに偶像礼拝を繰り返す多くの者は滅ぼされ、少数の者しかユダの地に帰れない、という言葉でした。 しかし、その言葉に対して異教の礼拝がすでに生活の中心になっていた人び...

高慢さを打ち砕く神の力(エレミヤ書 43章) 09.12.2024

「エジプトの太陽の神殿のオベリスクを破壊し、エジプトの神々の神殿を火で焼き払う。」 (エレミヤ書43章13節) 確固とした答えがすでに自分の中にある人にとって、外からの言葉は、その答えを固めるだけになります。 エレミヤから、この国にとどまるようにとの神の言葉を受け取ったヨハナンや高慢な人びとは、「偽りだ」と答えます。なぜなら彼らの心の中にはすでにエジプト行きが決まっていたからです。高慢は頑なになることです...

荒れ野で叫ぶ者の声がする(ルカによる福音書 3章1-6節) 08.12.2024

そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。 (ルカによる福音書3章3節) 洗礼者ヨハネには来たるべきメシアのために道を備えるという特別な使命が与えられていました。それは具体的には、メシアが来られる前に整えられた民を用意するということでした。そんなヨハネが、メシアの到来に先立って人びとに語ったこと。それはひと言で言えば「悔い改めよ」ということでし...

主は熱情の神誠実なお方(ナホム書 1章) 07.12.2024

主は熱情の神、報復を行われる方。 主は報復し、激しく怒られる。 主は敵に報復し 仇に向かって怒りを抱かれる。 (ナホム書1章2節) ナホム書は、アッシリア帝国の首都ニネベが間もなく滅亡するという預言です。アッシリアの民は野蛮で残虐非道でした。そのため、周辺諸国から非常に恐れられていました。既に北イスラエルもアッシリアによって滅ぼされ、イスラエルの十部族は歴史からその姿を消していました。 主が、アッシリアの首...

尊い存在であるまことの神(レビ記 24章) 06.12.2024

あなたはイスラエルの人々に告げなさい。 神を冒涜する者はだれでも、その罪を負う。 (レビ記24章15節) あなたにとって神はどのような存在ですか。同じキリスト者でも、その信仰の背景によって、神のイメージには違いがあるでしょう。優しいイメージや厳しいイメージ、あるいは親しい友のようなイメージの場合もあるでしょう。一つ確かに言えることは、神は自分にとってとても大切で尊い存在であることです。 レビ記24章は、その尊...

主に従う心を祈り願う(エレミヤ書 42章) 05.12.2024

「我々の神である主の御声に聞き従うことこそ最善なのですから。」 (エレミヤ書42章6節) 私たちは神の御心を求めているようでいて、自らの心を優先することがしばしばあります。とくにそれが余裕のない状況であればこそ、ますますその傾向は強くなります。 きょうのヨハナンをはじめとする軍の長や民は、ちょうどそのような心に余裕のない状態でエレミヤのもとにやってきました。彼らは、バビロンの王が任命した総督をイシュマエル...

悪と解放の狭間で神に祈る(エレミヤ書 41章) 04.12.2024

イシュマエルに捕らえられていた人々は皆、カレアの子ヨハナンと軍の長たちの姿を見て歓喜した。 (エレミヤ書41章13節) ユダに残された民の総督であったゲダルヤは、アンモンの王が送り込んだイシュマエルによって暗殺されます。それは周辺諸国の避難先からも民がユダに戻り、少しずつ生活が落ち着き始めたときでした。 イシュマエルはゲダルヤ一人の暗殺に留まらず、彼と共にいたユダの人びとや駐留軍のカルデア人をも手にかけま...

与えられた自由を用いるところ(エレミヤ書 40章) 03.12.2024

「さあ、今日わたしはあなたの手の鎖を解く。」 (エレミヤ書40章4節) エレミヤの生涯をつうじて、彼を生かし続けたのは、「わたしがあなたと共にいて、必ず救い出す」(1章8節)という神の言葉でした。彼が神に嘆くときも、捕らわれてバビロンに向かう今も、それは変わりませんでした。 神が共にいてくださることのしるしは、たとえばきょうの場面で、バビロンの親衛隊の長ネブザルアダンがエレミヤに語りかける言葉にも見ることが...

神に滅ぼされたエルサレム(エレミヤ書 39章) 02.12.2024

カルデア人は、王宮と民家に火を放って焼き払い、エルサレムの城壁を取り壊した。 (エレミヤ書39章8節) およそ1年半にわたる包囲の後、エルサレムの城壁の一角が破られて、バビロニア軍による都の蹂躙が始まりました。ゼデキヤ王は夜中に従者たちを連れて死海方面のエリコに下って逃れようとしましたが、ついに逮捕されてバビロンの王の前に引き出されました。王に対する裁きは厳しく、目の前で息子たちを殺された上、両目をつぶさ...

主イエスをお迎えする備えとして(ルカによる福音書 21章25-38節) 01.12.2024

「しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。」 (ルカによる福音書21章36節) 世の終わりのときに、主イエスは栄光に満ちた審判者として到来されます。その日は、主イエスをお迎えする準備ができていない人にとっては嘆きの日となり、できている人にとっては大いなる喜びの日となります。私たちは、大いに喜んでその日を迎えるこ...

喜び満ちるその日を待ち望んで(ゼファニヤ書 3章) 30.11.2024

そのとき、わたしはお前のうちから 勝ち誇る兵士を追い払う。 お前は、再びわが聖なる山で 驕り高ぶることはない。 (ゼファニヤ書3章11節) ゼファニヤ書は繰り返し、「その日」すなわち「主の日」の到来を語ります。そして「主の日」とは、裁きの日でありつつ、同時に救いの日、悔い改めの日であり、同時に神に立ち帰る回心の日です。 主なる神への背きと罪の元凶として、ゼファニヤは傲慢さを指摘してきました。しかし、その日、...

きょうの日を心に留めて生きる(レビ記 23章) 29.11.2024

6日の間仕事をする。7日目は最も厳かな安息日であり、聖なる集会の日である。あなたたちはいかなる仕事もしてはならない。 (レビ記23章3節) 23章は、祝祭日に心を留めて、それがどのようなことを記念する日で、どのように過ごすべきなのかをイスラエルの民に教えています。 ここには全部で七つの祝祭日のことが記されています。そのほとんどのところで、「いかなる仕事もしてはならない」ということが共通しています(3、7、21、25...

降伏すれば生き残ることができる(エレミヤ書 38章) 28.11.2024

「王様、この人々は、預言者エレミヤにありとあらゆるひどいことをしています。」 (エレミヤ書38章9節) 王の取り巻きである官僚たちは、エレミヤが民衆に向かってバビロニアへの投降を呼びかけているのを聞いて、エレミヤを殺そうと考えました。エレミヤは泥のたまった水溜めに放り込まれて放置されます。しかし、エレミヤを気遣うクシュ人エベド・メレクの進言によってエレミヤは何とか危機を脱しました。 国の滅びは避けられない...

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