Hironao Ashida

『芦田の毎日』

Society JA ↓ 286 episodi

2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...

Autore

Hironao Ashida

Categoria

Society

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11 lug 2026

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Episodi

東大から始まった〈講座制〉 は、カリキュラムの反対語 16.06.2025

この文書(『シラバス論』より)は、日本の大学における「講座制」の歴史と性質に焦点を当てています。 これらの記述は、「講座制」が「カリキュラム」とは対極の概念としてどのように位置づけられてきたかを説明しています。特に、明治時代に帝国大学で導入された「講座」が、学部や学科よりも強い権限を持つ教授を中心とした組織単位であったこと、そしてその結果として科目の自律性が損なわれ、カリキュラム編成が阻害された側...

タレントさんたちの披露宴と私の謝辞(息子・太郎の披露宴において) 16.06.2025

この文章は、ある結婚式の様子について語られており、芸能人が多数参列した披露宴の雰囲気を伝えています。特に、Aマッソ加納の視点から、芸能人の意外な一面や、ネプチューン堀内健やDJ松永の行動、そして新郎の父親によるユニークなスピーチなど、様々なエピソードが紹介されています。参列者の服装のマナー違反や、ご祝儀に関するハプニング、そしてスピーチにおける感動や笑いの瞬間が描かれており、芸能界の内幕を垣間見せる...

一番わかりやすいコマシラバス解説 — 『シラバス論』出版記念パーティにおける中原翔先生のご挨拶) 16.06.2025

大阪産業大学の中原翔准教授(現・立命館大学准教授)による文書「コマシラバス実践論」は、「コマシラバス」の導入とその影響について論じています。この文書は、中原先生が芦田先生との出会いを経てコマシラバスを理解し、自身の授業に適用していく過程を詳述しています。実践の中で、小テストの範囲に関する学生からの指摘や、芦田先生からの「総論」の教え方に関する助言など、具体的な経験を通してコマシラバスの有効性と課題...

全国初の生成AI全学導入の教育について 16.06.2025

提示された文書は、日本初の生成AI全学導入の大学(人間環境大学)について、そしてそれに伴う新しい学習スタイルと教育哲学について詳述しています。この大学では、「学生の試験点数は先生の授業点数」という考え方に基づき、教員が詳細なシラバスや文字教材、そして小テストを準備し、学生の「分からない」に徹底的に応える体制を整えています。特に、生成AIを活用した**「テストワーク」により、学生は自分で模擬試験を繰り返し...

大学と資格教育(リクルート『カレッジマネジメント』第96号) 15.06.2025

芦田宏直氏の「大学教育の衰退と免許・資格教育」は、専門学校の領域とされてきた免許・資格教育が大学で増加している現象を考察しています。この傾向は、大衆化によって基礎学力が低下した学生を受け入れる大学が、教育目標を見失っていること、そしてカリキュラム開発や授業管理といった本来の教務機能が衰退していることの表れだと著者は指摘しています。さらに、学生が就職活動において自身の能力を「表現」する手段を求めてい...

接遇教育は、専門教育をダメにする 15.06.2025

芦田宏直氏の著書「接遇教育の誤謬:専門性こそ本質」は、今日の「接遇」や「コミュニケーション能力」に焦点を当てた教育が抱える問題点を指摘しています。著者は、美容室での経験を例に挙げ、顧客に「かゆいところはありませんか?」などと尋ねる行為は、むしろ専門性の欠如を隠蔽していると主張します。真の接遇とは、顧客が不便を感じる前に問題を解決できるような専門知識と技術の徹底した習得から生まれるものであり、表面的...

ドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』(全11話)を見て — 二つの不在の〝中心〟としての「世界の中心」 15.06.2025

芦田が、2004年のテレビドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』を初めて全話鑑賞した感想を述べています。 彼は、ヤンキー風の眉毛の綾瀬はるかと山田孝之の演技は評価するものの、作品の文学性については批判的です。 作者は、「世界」とは「不在」の交差点であり、愛する人に出会う前後の客観的・主観的な世界の区別が曖昧になる場所だと考察しています。 さらに、「叫ぶ」という行為は、この共有できない「不在」の核心にあると分...

成人式を迎える君たちへ — 「自立してはいけない」 14.06.2025

提供された文章は、大人になることの意味について考察しています。著者は、自立とは、光熱費や家賃など、使いたくないものにお金を使う能力を持つことだと定義しています。これは、欲しいものにしかお金を使わない「子供」との対比で示されており、親の役割は、まさに使いたくないものにもお金を使うことで子供を支えることであると説明されています。また、青年期に見られる「イノセント」という心理状態について触れ、これは自己...

専門学校における「実践的な」職業教育とは — カリキュラム編成委員会に参加して。 14.06.2025

提供された文章は、芦田宏直氏による「学校教育の真価:実践的「基本」教育論」からの抜粋であり、専門学校における職業教育のあり方について考察しています。この議論は、辻調理師専門学校の自己点検評価委員会でのやり取りを発端としており、「実践的な教育」とは何かという問いを深掘りしています。従来の即戦力や小手先の技術習得に偏りがちな教育とは一線を画し、むしろ「味のストライクゾーン」といった本質的な「基本」の体...

大学入試改革「有識者会議」(座長・安西祐一郎)に物申す 14.06.2025

この論文は、日本の大学入試改革における「人物評価」の導入に警鐘を鳴らしています。 著者は、人物評価が個人の努力ではなく、家族や地域の「環境(ハビトゥス)」に強く影響される身分評価に過ぎないと主張します。対照的に、筆記試験による「点数主義」は、個人の努力に基づく「知性」を評価し、階層の流動性を促進することで、近代社会の平等性を実現してきたと論じます。また、「生涯学習」の概念が学校教育に導入されたこと...

「点数主義の方が個性主義より多様だ」(朝日新聞GLOBE、2016/03/06) 14.06.2025

この記事は、朝日新聞GLOBEの「入試とエリート」の中の記事「点数主義の方が多様だ」の再録です。これは、学力に基づく選抜、いわゆる点数主義が、真に多様な社会を築く上でいかに有効であるかを論じています。筆者は、「人物評価」が個人の環境的側面を強く反映し、結果として親の社会的・文化的背景を選抜することになると指摘しています。これに対し、学校教育は「前配分」の機能を持ち、同じ環境で学ぶことで社会階層の差異を...

朝日新聞「究極に公平な入試とは — マークシート入試の本質は、家庭の影響の排除にある」 2020年2月17日 — 芦田が朝日新聞の依頼において書き下ろしたもの 14.06.2025

この記事(朝日新聞「究極に公平な入試とは — マークシート、実は家庭の影響の排除」2020年2月17日) — 芦田が朝日新聞の依頼で書き下ろしたもの)は、大学入試改革における公平性の問題を中心に考察しています。著者は、自身の著書『シラバス論』で扱った内容を朝日新聞に寄稿した経緯に触れながら、入試改革の背景にある「新学力観」について説明しています。特に、知識の習得よりも学ぶ姿勢や態度を評価する「観点別評価」がも...

土井隆義(筑波大学 )の個性論批判 — 『「個性」を煽られる子供たち』について 14.06.2025

芦田宏直氏の論考は、土井隆義氏の「個性」に関する若者論を分析しています。土井氏は、現代の若者が個性を内面にある固定された実体として捉え、「本当の自分」を自己の深淵に秘められた原石のように信じていると指摘します。この内閉的な個性志向は、他者との比較や人間関係の中で個性を育む従来の認識とは異なり、刹那的な感情や衝動に根ざしているため、自己の持続性や一貫性の喪失に繋がると論じます。さらに、若者たちが**「...

式辞「自立してはいけない」 14.06.2025

筆者は、生物学者ポルトマンの「人間は早産である」という説を引用しながら、真の自立とは何かを考察しています。人間が未熟な状態で生まれてくるからこそ、親だけでなく社会全体からの支援を受け、その中で様々なことを学び、成長していくと述べます。生理的な自立は「非文明的な自立」であり、文明化の度合いは社会への依存度と等しいと主張し、動物が早期に自立するのと対照的に、人間は社会との関係性の中で能力を発達させると...

『努力する人間になってはいけない』書評 — 痛烈な機能主義批判 14.06.2025

この心理学の教授による『努力する人間になってはいけない』の書評は、心理学の根幹をなす「機能主義」への強烈な批判を展開しています。著者は、心理学が個人をデータとして平均化し、刺激と反応の関係を関数として研究する「モデル」思考に陥っていると指摘します。さらに、この機能主義が人間を機械と同等に扱い、目に見える「外貌」のみを行動として研究対象とする「外貌主義」であると論じています。著者は、人間の生と死、病...

『努力する人間になってはいけない』あとがき — 日本の若者の消費偏差値について 14.06.2025

著者は、長年の教育現場での経験から、社会人全般を「卒業生」と捉え、その能力を教育の成否と結びつける自身の偏見を考察しています。特に、楽天社員との対話を通じて、日本の若者が持つ「消費偏差値」の高さに着目し、これが従来の**「基礎学力」とは異なる、独自の職業人材育成の可能性を秘めていると主張します。しかし、現在の高等教育、特に専門学校がこの「消費偏差値」を活かしきれていない点を問題視し、キャリア教育が「...

〈教育〉という言葉の語源について — 『シラバス論』より 13.06.2025

この解説会話は『シラバス論 — 大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について』における「教育」という言葉の語源と歴史的変遷の記述についてのものです。日本では、「教育」という言葉が孟子の時代から存在したものの、庶民の営みに適用されることはなく、江戸時代中期以降に限定的な用例が見られ、明治時代に箕作麟祥がeducationの訳語として定着させるまで、その使用は稀でした。一方、西洋におけるeducationの語源は...

『シラバス論』書評 — 大学における学問の意義 13.06.2025

この書評は、芦田の「シラバス論」を中心に据え、その内容と重要性を考察しています。著者は、「コマシラバス」が子どもの社会経済的格差を是正し、学習意欲の格差(インセンティブ・ディバイド)を乗り越える手助けとなると評価しています。また、**「家庭の文化性」の不足を補完する「カリキュラムの文化性」**の概念を強調し、大学が地域や社会の「負の側面」を批判・提言し、知的収蔵庫として機能することの重要性を論じていま...

映画『あの日の指輪を待つきみへ』 — 約束とは。 13.06.2025

芦田宏直氏による「約束と愛の純粋性」と題された文章は、2007年の映画『あの日の指輪を待つきみへ』と、比較対象として『ニュー・シネマ・パラダイス』について論じています。この文章は、特に**「約束」の概念に焦点を当て、それが時間や個人の意識を超えて持つ永遠性や純粋性を考察しています。著者は、若い頃の約束が裏切られることで、かえってその意味が深まること、そして「約束」が愛の本質であり、禁欲的な美しさを持つこ...

名作『ブロークバック・マウンテン』に見る故郷と喪失 13.06.2025

芦田宏直氏による論評は、映画『ブロークバック・マウンテン』について述べています。筆者はこの映画が従来の「ホモ映画」や「普遍の愛」の物語ではないと主張しています。むしろ、少年時代の感傷や故郷への愛、そして人間が成長する中で感じる悲哀を、二人の男性の関係を通して描いていると解釈しています。特に、登場人物の行動やセリフが幼少期の孤独や友情を喚起させると分析し、映画の感動的なシーンや無音の演出が、人間の無...

ウーシアの変遷、デカルトの主観、サイバネティクス 13.06.2025

この文章は、古代ギリシャ哲学の「ウーシア」概念が、ラテン中世から近代にかけてどのように変容し、その本来の意味が失われていったかを概観しています。特に、「ウーシア」が「essentia(本質)」として訳され、「existentia(実存)」との対立の中で捉えられるようになった経緯を説明し、サルトルの実存主義にもその影響が及んだことを指摘しています。さらに、デカルトによる「主観(subject)」の登場が、essentiaとexistenti...

授業期間中の小テスト評価と期末試験評価との関係について 13.06.2025

芦田宏直氏の「小テストと期末試験の評価関係」は、授業中の小テストの評価を期末の単位認定に使用すべきではないと主張しています。著者は、小テストが学生の学習度ではなく、教員の教育効果を測るためのツールであると説明し、その目的は今後の授業運営へのフィードバックにあると述べます。小テストの点数を単位認定に含めると、期末試験が形骸化し、学生が短期的な記憶に頼りがちになるため、長期的な知識や理解の定着度を測る...

緊急入院しました — 病院選びは難しい 12.06.2025

芦田氏が突然の腹痛に見舞われ、救急搬送から入院、そして退院に至るまでの個人的な体験が綴られています。特に、病院選びの難しさや、入院中に感じた医療スタッフの対応への不満、そして医療制度全般への疑問が詳述されています。また、この経験を通じて得た健康や人生に対する哲学的な考察も述べられており、最終的には入院費用や今後の対策についても言及されています。

息子・太郎による22歳一人での帰省 12.06.2025

このブログは、筆者である太郎が京都へ一人で帰省した際の記録です。父親の代理として親戚の結婚式に出席することになった太郎は、久々に再会する祖父母や親戚との交流を通じて、家族の絆や血のつながりの大切さを強く実感します。特に、幼い頃に遊んだいとこたちとのゲームでの交流や、テレビ局への就職を応援してくれる親戚の温かい言葉に触れ、自身の成長と将来への決意を新たにする様子が描かれています。また、関西と関東のお...

小椋佳「さらば青春」について — 僕は呼びかけはしない 12.06.2025

この一連の文章は、**小椋佳の楽曲「さらば青春」**を中心に展開されています。著者は、自身のiPodからこの曲が流れてきたことをきっかけに、高校生の頃に後輩から小椋佳を知った思い出や、当時のレコード購入事情、さらには実家で小椋佳本人と母親が対面したエピソードなどを綴っています。特に「さらば青春」については、発表当時の学生運動に対する決別宣言というメッセージ性を解説し、時代を超えて共感を呼ぶその普遍的な価値...

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