RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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3. nov. 2026

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Episoder

主に従いとおす恵み(ヨシュア記 14章) 22.04.2022

『あなたがわたしの神、主に従いとおしたから、あなたが足を踏み入れた土地は永久にあなたと、あなたの子孫の嗣業の土地になる。』 (ヨシュア記14章9節) カナンの地をほぼ占領したヨシュアは、主がモーセを通して命じられたように、各部族に嗣業の土地を割り当てました(2節)。 しかし、カレブには特別な土地が与えられました。それがヘブロンです。というのも、カレブはイスラエルが最初にカナンに侵入しようとした時、偵察のた...

信仰によって戦い続ける(ヨシュア記 10章) 21.04.2022

「彼らを恐れてはならない。わたしは既に彼らをあなたの手に渡した。あなたの行く手に立ちはだかる者は1人もいない。」 (ヨシュア記10章8節) 本日の箇所では、ヨシュアとイスラエルが5人の王たちと戦い、その戦いに勝利したことが記されています。この勝利によってヨシュアはカナンの南部地方一体を占領することができました。 しかし、ヨシュアはこの戦いを自分勝手に戦ったのではありません。主は敵をヨシュアの手に渡し、勝利を...

どんな壁も主が崩される(ヨシュア記 5-6章) 20.04.2022

民が角笛の音を聞いて、一斉に鬨の声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。 (ヨシュア記6:省20節) エリコの町は堅固な城壁に守られた町でした。その城壁は来るものを寄せつけない、あらゆるものを拒絶する壁です。しかし、主はヨシュアに対して、「見よ、わたしはエリコとその王と勇士たちをあなたの手に渡す」(2節)、と言われました。 主はイスラエルに城壁を崩す強力な武器を与...

主が行われる驚くべきこと(ヨシュア記 3-4章) 19.04.2022

ヨシュアは民に言った。 「自分自身を聖別せよ。主は明日、あなたたちの中に驚くべきことを行われる。」 (ヨシュア記3章5節) ヨルダン川の前に野営していたイスラエルの人びとですが、いよいよ約束の地に向かってヨルダン川を渡って行くことになります。 しかし、ここで大きな問題があります。この時期、季節は春で、「ヨルダン川の水は堤を越えんばかりに満ちていた」(15節)からです。当時イスラエルの人口は20歳以上の登録され...

主の言葉に励まされて(ヨシュア記 1-2章) 18.04.2022

強く、雄々しくあれ。あなたは、わたしが先祖たちに与えると誓った土地を、この民に継がせる者である。 (ヨシュア記1章6節) ヨシュアはモーセから後継者として任命されていました(申31章7節)。モーセが死んだ後、主は、あらためてヨシュアにその使命を自覚させます。 神はエジプトの奴隷から解放されたイスラエルの民に、カナンの地を与えると約束されました。彼らには主の約束を信じ、約束の地に向かって前進して行くという歩み...

死に打ち勝つ勝利(テモテへの手紙二 1章9-10節) 17.04.2022

キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。 (テモテへの手紙二1章10節) イースターおめでとうございます。主イエスは、この日、墓からよみがえられ、復活された姿を弟子たちに現わしてくださいました。 復活の主イエスが彼らの真ん中に立たれたとき、弟子たちは亡霊を見ていると思い、恐れおののきました。しかし、恐れは次第に喜びに変わり、弟子たちは復活の主イエスと夢のような40日間を過ごしたので...

厳重に封印された墓石と番兵(マタイによる福音書 27章62-66節) 16.04.2022

そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた。 (マタイによる福音書27章66節) ユダヤの暦では、一日は日没から始まります。主イエスが十字架に架けられた日の翌日はユダヤ教の安息日でした。 その日の夕方、主イエスの隠れ弟子、金持ちの議員であったアリマタヤのヨセフが勇気を出し、ローマ総督に主イエスの遺体の引き取りを願い出ました。ヨセフは日没までに遺体を十字架から降ろし、亜麻布に包み、岩に掘った自分の新...

いったい何が成し遂げられたのか(ヨハネによる福音書 19章28-30節) 15.04.2022

イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。 (ヨハネによる福音書19章30節) 新約聖書には主イエスが十字架の上で語られた言葉が、合わせて七つ記録されており、古代より「十字架上の七言」と呼ばれています。ヨハネによる福音書にはそのうちの三つが記されています。その三つ目が「成し遂げられた」です。 これは、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23章4節)と共に、...

主イエスの血による新しい契約(ルカによる福音書 22章14-23節) 14.04.2022

食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」 (ルカによる福音書22章20節) 主イエスは十字架におかかりになる前の晩、弟子たちと過越の食事を共にしました。過越の食事は、イスラエルの民がエジプトから脱出したとき、小羊を屠り急ごしらえの種なしパンを食べたことを覚える特別の食事です。エジプトに下された最後の災いはすべての初子の死でし...

律法は神の愛のメッセージ(申命記 33章) 13.04.2022

イスラエルよ、あなたはいかに幸いなことか。 あなたのように主に救われた民があろうか。 (申命記33章29節) 33章に記されたモーセの祝福は、創世記49章に記された族長ヤコブの祝福に対応します。ヤコブの祝福は、12人の息子たちに与えられた、一家族のものに過ぎませんでした。しかし、今やヤコブの家族は一つの民族へと成長し、アブラハムに与えられた祝福がヤコブを通ってモーセに至り、そのモーセのもとで祝福はイスラエル全部...

神の約束に支えられる信仰の戦い(申命記 14章) 12.04.2022

あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。主は地の面のすべての民の中からあなたを選んで、御自分の宝の民とされた。 (申命記14章2節) 「あなたたちは主の子らである」。「あなたたちは主の聖なる民である」。「主はあなたを選んで、宝の民とされた」。これは、歴史を歩む神の民に対する永遠の語りかけです。そこには二通りの意味が含まれます。 一つは終末的な意味合いです。カナンの地とは、アブラハムとその子孫に約束された...

神の選びによって救われる真実(申命記 9章) 11.04.2022

あなたは、「わたしが正しいので、主はわたしを導いてこの土地を得させてくださった」と思ってはならない。 (申命記9章4節) 「聞け、イスラエルよ」という6章4節と同じ呼びかけが、再びモーセの口から語られます。約束の土地へいよいよ入ろうという間際に心に留めておかなくてはならない大切な教えです。 ここで訴えられているのは、イスラエルが約束の地に入るのは、徹頭徹尾神の力による、ということです。ヨルダン川を渡るとい...

迫害の中の図々しい祈り(詩編 79編) 10.04.2022

御名のために、わたしたちを救い出し わたしたちの罪をお赦しください。 どうして異国の民に言わせてよいでしょうか 「彼らの神はどこにいる」と。 (詩編79編9節~10節) この詩は、神殿崩壊記念日に朗読されると言われています。遺体が動物の餌食にされ、最低限の葬りさえ望めません。恐るべき迫害、民族的苦難です。あのホロコーストの惨劇が脳裏をよぎります。 しかし、詩人はここで「何故?」とは問いません。「わたしたちの昔...

御言葉のパンに養われる(申命記 8章) 09.04.2022

人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。 (申命記8章3節) 荒れ野の旅は、イスラエルの心を吟味するための40年でした。苦難は試練だったのです。そして、そこには重大な教訓が込められていました(3節参照)。 荒れ野の試練が明らかにしたことは、「人はパンだけで生きるのではない」という真理です。これは新約聖書でも、主イエスがサタンの試みに遭わ...

聞けイスラエルよ忘れるな(申命記 6章) 08.04.2022

聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。 (申命記6章4節~5節) 6章4、5節の言葉は神殿再建後のユダヤ人たちの日毎の祈りとなって、朝に晩に唱えられた文言です。律法の最も重要な掟として、主イエスがこれを引用されたことが福音書に書かれています(マコ12章30節、他)。今でもユダヤ教を信じる人びとの間では、この御言葉を入れた小さな...

今日語られる神の言葉(申命記 5章) 07.04.2022

主はこの契約を我々の先祖と結ばれたのではなく、今ここに生きている我々すべてと結ばれた。 (申命記5章3節) 十戒は出エジプト記20章と並行しますが、安息日の規定と両親を敬う規定には若干の補足が為されています。特に安息日については、天地創造のときに神が休まれたからという理由付けが後退して、奴隷のための休息と出エジプトの救いの想起とが命じられています。ここでは安息日の恩恵性が全面に出ています。 この十戒の告知...

炎のような神の言葉に聞く(申命記 4章) 06.04.2022

あなたの神、主は焼き尽くす火であり、熱情の神だからである。 (申命記4章24節) かつて語られたモーセの言葉は、後の世代にも「今」語りかける神の言葉となります。その最後の奉仕をするために、モーセは情熱をもって民に語りかけます。4章から、モーセの説教が本格的に始まります。イスラエルの民への呼びかけは、通常「あなたたち」ですが、時々「あなた」に代わります。それは、モーセの前に集う一人ひとりの心に呼びかける言葉...

「恐れるな」主が戦ってくださる(申命記 3章) 05.04.2022

「彼らを恐れてはならない。あなたたちの神、主が自らあなたたちのために戦ってくださる。」 (申命記3章22節) かつての荒れ野の旅を思い起こして語るモーセの説教は、これから約束の地に入ろうとしている新しい世代に向けての励ましであり、勧告です。すでに起こった過去の歴史は、主の御業として思い起こされて、これからの教訓となります。 アモリ人の王シホンとの戦い、そしてバシャンの王オグとの戦いは、イスラエルにとって輝...

主の力に依り頼んでこそ(申命記 1章) 04.04.2022

「あなたの神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださった…。」 (申命記1章31節) 19節から、最初のカナン偵察の出来事の顛末が想い起されています。ホレブからカナンの入り口までは11日の道のりに過ぎませんが、偵察隊の報告を聞いて民が臆したことによって、その道のりは40年にも広がってしまいました。モーセは「恐れてはならない」と度々イスラエルを励ましました。恐れるのは、主が与えると言われた約束をそのまま...

わたしは弱くされて強められる(詩編 77編) 03.04.2022

わたしは言います。 「いと高き神の右の御手は変わり わたしは弱くされてしまった。」 (詩編77編11節) 苦難は、誰の人生にもつきものです。しかし、詩人は、ひとりの信仰者また神の民としての苦難にあえいでいるのです。 信仰者は、苦しみの中で祈ることを知っています。いつものように神に叫びます。彼は、中途半端な慰めでは決して満足しません。神の応答を待つ忍耐を弁えています。すばらしいことです。 しかし、眠れぬ日々の中...

力は弱さの中でこそ発揮される(コリントの信徒への手紙二 12-13章) 02.04.2022

すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。 (コリントの信徒への手紙二12章9節) 私たちはそれぞれに弱さを抱えています。体や心の弱さゆえに行き詰まることもしばしばあるでしょう。パウロはさまざまな苦労を数え上げた上で、「思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました」と語ります(7節)。この「とげ」は、私たちが想像するよう...

わたしは弱らないではいられない(コリントの信徒への手紙二 10-11章) 01.04.2022

だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか。 (コリントの信徒への手紙二11章29節) 10章から、パウロの語り口が少し変わったと感じられるかもしれません。コリントの教会に少なからず混乱があり、パウロに対して「弱々しい人で話もつまらない」と否定的な態度をとる人たちがいたようです。そのような教会と、問題についてパウロが強く説い...

苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれる(コリントの信徒への手紙二 7-9章) 31.03.2022

わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。 (コリントの信徒への手紙二7章4節) 7章では、パウロとコリントの教会の人びととの関係がうかがえます。私たちは教会においても人とのかかわりに頭を悩ませることがあります。パウロも困難を感じることがあったようです。 「あなたがたを悲しませたことは知っています」(8節)と、たとえ言い過ぎて悲しませることがあっても、正しい道に立ち...

今や恵みの時救いの日(コリントの信徒への手紙二 5-6章) 30.03.2022

なぜなら、 「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた」 と神は言っておられるからです。今や…。 (コリントの信徒への手紙二6章2節) この聖書箇所を読んで「恵みの時」「救いの日」はいつのことだろう?と思うことがあるかもしれません。この世に生まれた日でしょうか。聖書を読んでいる時でしょうか。洗礼を受けた日でしょうか。「恵みの時」「救いの日」は、あなたの「きょう」「い...

神の宝を納める土の器(コリントの信徒への手紙二 3-4章) 29.03.2022

わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が…わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。 (コリントの信徒への手紙二4章7節) いろいろな物語に出てくる宝箱は、きらきらと輝いていて、それでいて頑丈、中に入っている宝物の期待も高まるようなものです。宝物を保管するには、美しく頑丈なものが相応しいのでしょう。 聖書が語る神の宝とは、「福音の光」(4章4節)、「神の栄光」(同...

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