RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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12. okt. 2026

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Episoder

地上に神の国が完成する時(ヨハネの黙示録 11章) 12.10.2026

「この世の国は、我らの主と、 そのメシアのものとなった。 主は世々限りなく統治される。」 (ヨハネの黙示録11章15節) 黙示録11章の前半には、第六のラッパの吹奏による第三の場面が描かれています。神から遣わされた二人の証人が、千二百六十日の間、預言します。彼らは力強く働きますが、獣によって殺されてしまいます(7節)。けれども、三日半の後、神の息によって彼らは立ち上がり、雲に乗って天に上っていきます(11、12節...

御子イエスの婚宴の礼服とは何か(マタイによる福音書 22章1-14節) 11.10.2026

「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。」 (マタイによる福音書22章11節) 主イエスは、「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている」と言われます。ここでの王は神であり、王子は御子イエスであり、婚宴は御子イエスにおいて到来した天の国を表しています。王は家来たちを使いに出し、婚宴に招いておいた人びとを呼ばせますが、来ようとしません。招いておいた人びとは王の招きを無...

御手の業をどうか放さないで!(詩編 138編) 10.10.2026

主よ、あなたの慈しみが とこしえにありますように。 御手の業をどうか放さないでください。 (詩編138編8節) わたしの小学一年生の子は、いろいろなことに興味があって、何でも試してみたい年頃です。怖いとわかっていても、高い壁や木に登ってみようとします。そしてわたしの手を掴んで、「手を放さないで!」と念を押すのです。間違ってもわたしが手を放さないと分かっていても、です。 詩人ダビデも、神に向かって「御手の業を...

口には甘く腹には苦い神の言葉(ヨハネの黙示録 10章) 09.10.2026

わたしは、その小さな巻物を天使の手から受け取って、食べてしまった。それは、口には蜜のように甘かったが、食べると、わたしの腹は苦くなった。 (ヨハネの黙示録10章10節) 黙示録10章には、第六のラッパの吹奏によって起こったもう一つの場面が描かれています。一人の天使が天から降ります。「手には開いた小さな巻物」を持ち、「右足で海を、左足で地を踏まえて」立っています(2、3節)。海と地を踏まえて立つ天使の姿は、その...

人間の恐るべき頑なさ(ヨハネの黙示録 9章) 08.10.2026

これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、…偶像を礼拝することをやめなかった。 (ヨハネの黙示録9章20節) 黙示録9章には、第五のラッパと第六のラッパの吹奏とその結果が記されています。第五のラッパの吹奏によって、いなごの襲来が起こります。いなごの襲来は、旧約聖書以来、神の罰を象徴しています。人類の罪に対する罰は、「いなご」に象徴される悪の力が解き放たれ...

神は御力によって歴史を支える(ヨハネの黙示録 8章) 07.10.2026

第一の天使がラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火とが生じ、地上に投げ入れられた。 (ヨハネの黙示録8章7節) 小羊が第七の封印を開きます。これがきっかけとなって、七つのラッパ吹奏が続きます。8章には、第一から第四のラッパ吹奏と、その結果が記されています。 七つのラッパ吹奏には、七つの災害が伴います。これらの災害は、出エジプトの際に起こった十の災いを想起させます。第一のラッパ吹奏によって起きた災いは、...

小羊の血はわたしの衣を白くする(ヨハネの黙示録 7章) 06.10.2026

「玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、 命の水の泉へ導き、 神が彼らの目から涙をことごとく ぬぐわれるからである。」 (ヨハネの黙示録7章17節) 最後の封印が開かれる前に、ヨハネは、一人の天使が「生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを」見ました(2節)。そして天使が、イスラエル各部族から一万二千人ずつ刻印を押していきます。その総数は十四万四千人でした。彼らは民族としてのイスラエル...

すべての上に神の支配がある(ヨハネの黙示録 6章) 05.10.2026

その馬に乗っている者には、地上から平和を奪い取って、殺し合いをさせる力が与えられた。また、この者には大きな剣が与えられた。 (ヨハネの黙示録6章4節) 黙示録6章には、メシアである小羊が、六つの封印を開く記事が記されています。最初の四つの封印の開封には共通点があります。いずれも、生き物が「出て来い」と呼びかけ、その呼びかけに応じて、馬に乗った人が登場します。馬の色は、白、赤、黒、青白です。馬に乗った人物...

ぶどう園と農夫のたとえ(マタイによる福音書 21章33-46節) 04.10.2026

「そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。」 (マタイによる福音書21章37節) 主イエスは、祭司長や民の長老たちといったユダヤの指導者に、ぶどう園と農夫のたとえを話されました。 このたとえ話の主人は神であり、ぶどう園は神の民イスラエルであり、農夫たちは指導者たちです。主人が送った僕たちを農夫たちが殺したとは、主なる神が遣わした預言者たちをユダヤ人が殺したこ...

御国を思い起こしてうたう歌(詩編 137編) 03.10.2026

どうして歌うことができようか 主のための歌を、異教の地で。 (詩編137編4節) この詩編は、捕囚の民として連れて行かれた詩人がバビロンの川のほとりで歌った嘆きの詩です。故郷の歌を歌ってみせろとバビロンの人間が面白半分に嘲る、と彼は嘆きます。失われた故郷、神の都を思い起こして歌う歌を、面白半分には決して歌えないのです。 わたしは、ハンガリーの首都を流れるドナウ川を見て、ホームシックになることはありません。た...

主は地上のすべてを治める王となる(ゼカリヤ書 14章) 02.10.2026

主は地上をすべて治める王となられる。 その日には、主は唯一の主となられ その御名は唯一の御名となる。 (ゼカリヤ書14章9節) 14章は、終末的な出来事を描きます。それは神による外国勢力を用いた民への裁き、神の直接介入、光と命の泉の出現、裁きと神の王権の確立、そして聖なる礼拝の確立と新しい秩序の到来です。神の国の完成が描かれます。 その中で7節から11節では、神による国の再建が語られます。神に敵対する勢力により...

試練を経て精錬された神の民へ(ゼカリヤ書 13章) 01.10.2026

その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れを洗い清める一つの泉が開かれる。 (ゼカリヤ書13章1節) 13章は、「罪と汚れを洗い清める一つの泉が開かれる」という約束から始まります。これから語られる清めの御業は、すべてこの泉から流れ出ます。 まず、数々の偶像の名が取り除かれ、偽預言者たちも汚れた霊も、この地から追い払われます。神は、この地上世界の腐敗を完全に清められます。 さらに神は、わたしの「羊...

自らが刺し貫いた者を見つめ嘆き悲しむ(ゼカリヤ書 12章) 30.09.2026

彼らは、彼ら自らが刺し貫いた者であるわたしを見つめ、独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ。 (ゼカリヤ書12章10節) ゼカリヤ書は終末論的な預言書です。救い主の到来と神に敵対する勢力の打倒が強調され、終末には、神による支配が完全に実現すると述べています。 この12章では、「その日」が艱難の時であることを示唆しています。また、「エルサレム」を終末論的に「主を信じる民」、またはその群れである...

六十周年宣言途上にある希望の共同体(ヨハネの黙示録 7章9-17節) 29.09.2026

「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、 誉れ、力、威力が、 世々限りなくわたしたちの神にありますように、アーメン。」 (ヨハネの黙示録7章12節) 「終末の希望についての宣言」として告白された「六十周年記念宣言」は、「わたしたちは、栄光の神の国への途上にある希望の共同体である」という一句をその基調としています。 「キリストによって現された神の国はすでに今恵みの王国として実現しています」。同時に、いまだ「なお未...

神の言葉その価値を知る知恵を(ゼカリヤ書 11章) 28.09.2026

「もし、お前たちの目に良しとするなら、わたしに賃金を支払え。…」 彼らは銀三十シェケルを量り、わたしに賃金としてくれた。 (ゼカリヤ書11章12節) 驚くほどに奇妙なのは、神の言葉が軽んじられたことです。聖書も知らず、約束にあずかることもなく歩んだ人びとにおいてではありません。神が語りかけ、神が御業をもって養い導いた民において、神の言葉の価値がふさわしく認められることがありませんでした。神は、預言者をとおし...

悔い改めて考え直す勇気を(マタイによる福音書 21章23-32節) 27.09.2026

「兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。」 (マタイによる福音書21章29節) 信仰とは、立派な言葉を並べることではなく、神の御前に立ち帰る歩みそのものです。祭司長や長老たちは、神殿の権威を守ることに腐心し、悔い改めを求める洗礼者ヨハネを拒み、ここでは主イエスを受け入れませんでした。彼らは口では神に従うふりをしながら、心は自己保身に囚われていたのです。 主イエスが語られた二人の息子のたとえで...

御言葉から離れず(箴言 30章) 26.09.2026

神の言われることはすべて清い。 身を寄せればそれは盾となる。 (箴言30:5) 箴言は大切な知恵をさまざまな角度から教えます。そのすべては、私たちを神から離れさせず、神の近くにおらせて永遠の滅びから守り、祝福し、神を賛美させるための知恵です。30章でもその一つが教えられます。 それは御言葉に依り頼むことです。「神の言われることはすべて清い。身を寄せればそれは盾となる」。神の言葉は人の知恵とは違い、清くて真実と...

主の御名に力を得て歩み続ける(ゼカリヤ書 10章) 25.09.2026

わたしは主にあって彼らに力を与える。 彼らは御名において歩み続けると 主は言われる。 (ゼカリヤ書10章12節) きょうの聖句の「力」とは、飼い主のいない羊のようにさまよう心が、今すぐにでも必要とする力です。 「テラフィムは空虚なことを語り、占い師は偽りを幻に見、虚偽の夢を語る。その慰めは空しい」(2節)。その空しさがすぐに明らかにはなりません。むしろ人を代え、様子を変えて、いろいろなことが語られます。そして...

王が来たろばに乗って高ぶりはない(ゼカリヤ書 9章) 24.09.2026

見よ、あなたの王が来る。 彼は神に従い、勝利を与えられた者 高ぶることなく、ろばに乗って来る 雌ろばの子であるろばに乗って。 (ゼカリヤ書9章9節) 神殿の建築がなされ、神への礼拝が霊的に再建されなければなりません。神の言葉への信頼が、見える現実の中で、信仰によって確認されます。主は周囲の国々の高ぶりを、ことごとく絶たれます(1~7節)。神を畏れる信仰に、神の守りが伴うことを思い起こさせます。「もはや、圧迫...

勇気を出せ自らの霊を強められて(ゼカリヤ書 8章) 23.09.2026

「勇気を出せ。 あなたたちは、近ごろこれらの言葉を 預言者の口から、度々聞いているではないか。… 神殿の基礎が置かれ 再建が始まった日から。」 (ゼカリヤ書8章9節) 神殿の再建が始まりました。それは、神の力と栄光が鮮やかな日でした。バビロンは倒れ、神の預言が成就し、破壊された神殿の基礎が据えられました。しかし、その基礎は、見た目が貧弱でした。「初めのささやかな日」を示すものでした(4章10節)。その後も、順調...

果たして誰のため何のためか(ゼカリヤ書 7章) 22.09.2026

「果たして、真にわたしのために断食してきたか。… ただあなたたち自身のために食べたり飲んだりしてきただけではないか。」 (ゼカリヤ書7章5節~6節) 神に従うことを喜びとするか、重荷とするか。二つに一つかもしれません。預言者に「節制して悲しみのときを持つべきでしょうか」と尋ねた人びとは、神に従うことを重荷とし始めていました。長年続けてきたけれども、喜びも変化もないかのように考えたのかもしれません。実際、神...

足もとから萌えいでる若枝(ゼカリヤ書 6章) 21.09.2026

「見よ、これが『若枝』という名の人である。 その足もとから若枝が萌えいでる。 彼は主の神殿を建て直す。」 (ゼカリヤ書6章12節) ゼカリヤは、バビロンから帰還したユダの民に神の言葉を語った預言者です。この帰還した民の中に大祭司ヨシュアがいました。主なる神は、ゼカリヤに、銀と金で冠をつくらせました。そして、大祭司ヨシュアの頭に載せ、「見よ、これが『若枝』という名の人である」と宣言するように命じました。こう...

すべての人を慈しむ神の気前のよさ(マタイによる福音書 20章1-16節) 20.09.2026

「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」 (マタイによる福音書20章14節) 主イエスは、ぶどう園の主人と労働者のたとえで、神の慈しみの豊かさを教えてくださいます。一日の労働が終わると、最後に来た者から賃金が支払われます。日暮れに雇われた者は、与えられた恵みに感謝し、生かされる喜びに震えます。夜明けから汗を流した者は、周りと比べて、自分の考える正当な報酬を求めます。地上の社会...

怒るのに遅いようにしなさい(箴言 29章) 19.09.2026

怒りやすい人はいさかいを引き起こし 激しやすい人は多く罪を犯す。 (箴言29章22節) 箴言は怒りを繰り返し戒めます。「激しやすい人はいさかいを引き起こし」(15章18節)、「罪を愛する者は争いを愛する」(17章19節)。 神は、私たちの人格の座である心に知識と意志だけでなく、感情も与えておられます。ですから、私たちは、すばらしいものに感動し、人の喜びや悲しみ、痛みに共感できます。感情は何と尊いものでしょうか。 し...

一つの巻物が飛んでいた(ゼカリヤ書 5章) 18.09.2026

それは盗人の家に わが名によって偽りの誓いをする者の家に入り その家の中に宿り 梁も石ももろともに滅ぼし尽くす。 (ゼカリヤ書5章4節) ゼカリヤは、とてつもなく大きい巻物が全地に向かって飛んでいくところを幻で見ました。この巻物の表面と裏面には、人間の罪と裁きについて記されていました。この巻物がある家に入っていき、その家は滅ぼしつくされました。この幻は、神がすべての人間の罪を裁かれる方であることを示してい...

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