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Hironao Ashida

『芦田の毎日』

Society JA ↓ Епізодів: 286

2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...

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Hironao Ashida

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11 лип 2026

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Епізоди

生成AIと現代思想の衰退 ― 記号接地問題は、素朴実在論に過ぎない。 24.10.2025

この文章は、生成AI時代における言語と哲学の衰退に関する論考の一部であり、特に芦田先生による『生成AI時代における言語論』の書評という形式をとっています。 著者は、哲学者や社会学者の議論(國分功一郎や大澤真幸など)が、人工知能研究者である松尾豊氏の議論についていけておらず、現代の思想や哲学が衰退していると強く批判しています。具体的には、「フレーム問題」や「記号接地問題」といった従来のAIの限界を指摘する...

SONY文化の意味と地方の電気屋さん 18.10.2025

この文章は、筆者である芦田先生の故郷である福知山の新町商店街と、そこで彼のオーディオ趣味を育んだ「丸天電器」という電気店についての回想録である。筆者は、かつて賑わっていたこの商店街がゴーストタウン化してしまった現状を述べつつ、特に丸天電器のご主人との交流を通して、ソニー製品を中心とするオーディオ文化が地方における**「近代」の象徴であったことを強調している。この店は、テープレコーダーやカセットデッキ...

吉田志朗さんとの出会いと別れ ― 家族から自立する機縁を作ってくれる人こそ、指導者と言えるのではないか。 18.10.2025

この文章は、著者が中学校時代にテニスの指導者であった 吉田志朗(シロー)さん との思い出を綴った記事の一部です。著者は、部活の顧問ではなかったものの、情熱的で論理的な指導法を持つシローさんを 家族よりも大切な存在 として深く尊敬していました。シローさんは、**型破りな練習法や、試合に勝つことよりも「美しく勝つこと」**を重視する独自の哲学を持っており、それが著者の人格形成に大きな影響を与えたことが語られて...

文科省「授業の柔軟化」施策について ― 個別最適な教育(個性教育、自主性尊重教育)、地域最適な教育の問題点について 20.09.2025

この文章は、 文部科学省が進める時間割の柔軟化 に対する 芦田先生 の批判的な見解を提示しています。芦田先生は、 主要科目の時間を削り 、「総合的な学習の時間」を増やすなどの柔軟化は、「地域ごとの実情に合わせて」という名目のもと、 教育における家庭間および地域間の格差を拡大 させると指摘しています。また、「多様な教育」という言葉は 実質的な教育の放棄 を意味し、 通常の基礎科目の指導に自信のない学校 が柔軟化...

「個別最適化」学習は、教育格差を拡大する ― 〈学校教育〉における〈学び〉の多様性について 31.08.2025

これらの記事は、AIを活用した個別最適化された学習の導入について議論しています。元文部科学大臣の下村博文氏は、画一的な教育が子どもの多様な才能を抑圧するとし、AIによる個別学習が一人ひとりのペースに合わせた学びを実現し、教師の役割も伴走者へと変化させると提唱しています。これに対し、芦田先生は、この考え方が個人主義的な教育観に基づき、教育の自由化や学校民営化につながる危険性を指摘しています。特に、経済的...

「試験の点数」軽視と教育格差について — 〝主体性〟〝人間性〟教育が教育格差を拡大することについて 24.08.2025

この記事は、現代日本の大学教育が直面している危機について論じています。筆者は、「試験の点数だけでは能力を測れない」といった考え方が、むしろ文化的・経済的に恵まれない子どもたちに不利益をもたらしていると批判しています。また、「主体性」や「人間性」といった抽象的な能力の重視や**「探究」科目の導入は、実質的に無知な授業となり、受験放棄を促すものだと指摘しています。さらに、1990年代以降の文部科学省の施策が...

ドラマ『海のはじまり』(2024)をみた — 誰ひとり寂しくはなく、誰もが寂しい愛の物語。 15.08.2025

芦田先生のレビューによると、2024年のドラマ『海のはじまり』は、登場人物たちの間で生じる時間のずれを繊細に描いた愛の物語です。特に7歳の娘「海」の存在が、それぞれの登場人物の**「はじまり」を異なる時点で引き起こす点が強調されています。アナログカメラの現像が遅れることや、靴紐を結び直すために少しだけ先に進むといった描写は、同期しない時間性を象徴しています。また、長回しの沈黙のシーンが、セリフに頼らずに...

大学教育改革を阻害するもの — 成績評価(単位認定)の形骸化について 14.08.2025

芦田の論考は、日本の大学における成績評価の現状とそれが教育改革にもたらす問題点を詳細に分析しています。現在の成績評価システムが抱える課題として、試験の客観性の欠如を挙げ、特に教員が作成する試験の難易度低下や、レポート試験による整合性の不明瞭さを指摘しています。また、期中評価が最終的な学力測定を曖昧にしている実態や、選択科目の多さによる厳格な学力評価の回避も問題視されており、これらの要因が大学全体の...

何をどう選ぶのか — Netflix、Amazon Prime Videoからの発見について 21.07.2025

この文章は、芦田宏直のFacebook記事による「コンテンツの発見について」からの抜粋です。筆者は、Netflixのような豊富なコンテンツの中から本当に見たいものを見つけ出す難しさについて考察しています。巷で推奨されるベストコンテンツでは満足できず、自力で誰にも見つかっていない素晴らしいコンテンツを発見することの重要性を強調しています。時には息子からの情報が役立つものの、それはどこか後ろめたい感覚を伴うと言いま...

参政党の貧乏症について 18.07.2025

この、芦田宏直のFacebook記事は、ジャーナルが参政党について騒げば騒ぐほど、党が「やはり私たちは正しい」と求心力を高めていると指摘しています。これは昔の少数派党派運動と構図が同じであるとし、「良識ある」知識人が敵を過信している点が滑稽だと述べています。芦田氏は、党首に「悲哀」が感じられないことや、ニーチェの言葉を引用して、反対するものには近づかず無視することの重要性を強調しています。また、良識派がむ...

専門学校の実習授業は何が間違っているのか。 15.07.2025

提供された文章(2009年の『芦田の毎日』記事から)は、専門学校における実習授業の現状と問題点に焦点を当てています。筆者は、教材の不足、教員の口頭による指導の限界、予習・復習の困難さ、個々の学生の能力格差の拡大など、具体的な課題を指摘しています。これらの問題は、授業の再現性の低さ、非効率な学習、そして最終的には学生の質の低下を招くと分析しています。解決策として、豊富な教材の整備、特に作業手順や評価基準...

『海街diary』における自然と女とについて 14.07.2025

この文章は、映画**『海街diary』に対する芦田宏直による批評(Facebook記事)です。筆者はこの映画を是枝裕和監督の数ある作品の中でも特に優れた傑作と評し、広瀬すずと綾瀬はるかの演技、そして菅野よう子の音楽を高く評価しています。また、この映画の主題として「女」と「自然」の関係性を挙げ、両者が結びつくことで「家族」という生と死の場**が形成されるという考察を展開しています。この批評は、『海街diary』の芸術的価...

「机の上での知識だけでは意味がない」とは 何か。 13.07.2025

これら二つの文章は、日本の教育における「生きた学び」の概念と、その学校教育への導入について異なる視点から論じています。元文部科学大臣の下村博文氏は、教科書知識だけでなく、創造性や自律性といった現代社会で求められる能力を育む「生きた学び」の重要性を強調し、若年起業家との対談を通じてその必要性を提示しています。対照的に、芦田宏直氏は、「生きた学び」という言葉が既存の学校教育の役割を見誤っていると批判し...

大学における単位認定試験のあり方について(20250909広島修道大学FD研修会案内) 13.07.2025

提供された文書は、芦田宏直氏による広島修道大学教職員向けのFD研修案内文であり、大学教育における試験と評価の根本的な改革に焦点を当てています。具体的には、単位認定のあり方や期末試験の構造的な問題を取り上げ、「教員一人に集中する単位認定権」が教育の形骸化を招いている可能性を指摘しています。本研修では、「試験管理の第三者化」の重要性や、生成AIを活用した試験作成・評価の可能性について実践的な事例を交えなが...

2025年参議院選挙雑感 ― 消費税減税か、所得税減税か 12.07.2025

この芦田宏直のFacebookにおける記事は、2025年の参議院選挙に焦点を当て、日本の経済政策と政治状況について筆者の見解を述べています。所得税の大幅減税、特に年収500万円以下の所得税をゼロにすることを提唱し、その財源についてはダイナミック・スコアリングや特殊法人整理による無駄の削減で賄えると主張しています。また、消費税増税と食料品減税の批判にも触れ、政治家への評価として石破氏や野田氏、維新の会、国民民主党...

大学の期末試験(単位認定)を第三者化する意義について 11.07.2025

「大学単位認定改革論」の著者である芦田宏直は、大学における期末試験の作成と採点を担当教員から独立させるべきだと主張しています。彼は、教員が単位認定権を持つ限り、授業の質が向上せず、学生の学習意欲も損なわれると指摘します。第三者機関が試験を管理することによって、教員はシラバスの作成や小テストの実施に真剣に取り組むようになり、結果として教育の質が高まると提言しています。さらに、生成AIを活用することで、...

生成AI活用による期末試験作成(期末試験作成の第三者化)についての混乱。 11.07.2025

これらの書簡は、大学の期末試験作成における生成AIの利用に関する議論を提示しています。B先生は、生成AIを用いて作成された模擬試験に**「授業で教えていない内容が出題されている」という問題を提起し、LLM(大規模言語モデル)の汎用的な知識が原因であると考察しています。これに対し、芦田先生はB先生の報告がプロンプトの設計と確認が不十分であると厳しく指摘しています。芦田先生は、シラバスや教材テキストに厳密に限定...

多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎(NMO)の国内外の2000年代中盤の研究史 — メイヨーから東北大学へ(いかにベータフェロンは薬害となったのか) 10.07.2025

この文章は、多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎(NMO)に関する2008年までの研究の歴史を詳述しています。特に、NMO-IgGおよび抗AQP4抗体の発見と、これらがNMOの診断およびMSとの鑑別にどのように貢献したかに焦点を当てています。日本の研究機関、特に東北大学と九州大学がMayoクリニックと並んで、これらの抗体の同定と臨床応用において世界をリードする役割を果たしたことが強調されています。また、ベタフェロンを用いた治療...

京都の元祖『珉珉』とその社長秘書・中井淳二さんの絵について 08.07.2025

本記事は、筆者が57年間所有し続けている絵画について記述されています。この絵は、筆者が幼少期に父親の保護司としての活動を通じて知り合った、有名な大衆中華料理店「珉珉」の社長から贈られたもので、社長の秘書である中井淳二氏の作品です。筆者はこの絵を自宅の玄関に飾り、人生の変遷と共に大切にしてきたことを述べ、絵が自身の歩みやアイデンティティの一部となっていることを示唆しています。

加藤諦三先生と谷口龍男先生と 06.07.2025

本書は、著者である芦田宏直氏が、早稲田大学での学生時代に指導を受けた二人の恩師、加藤諦三(たいぞう)先生と谷口龍男(たつお)先生との印象深い交流を回顧するものです。加藤先生については、彼が社会心理学の専門家でありながら、社会思想の授業を担当し、その中で著者に教壇に立つ機会を与えた逸話が語られます。一方、谷口先生については、ショーペンハウアーの授業における著者のレポートを高く評価し、その後の研究に影...

哲学の再固有化 re-appropriation — 概念の分割について 04.07.2025

芦田宏直による本論考は、哲学の再固有化という概念を中心に議論を展開しています。筆者は、哲学とは何かという問いに対する答えが多様であり、ヘーゲルの普遍と特殊の関係性の比喩も、特定の哲学の視点に過ぎないと指摘します。さらに、ペレルマンの概念の分割という考え方を援用し、カントの現象と実在の対概念が、現象内部で二重化され、実在が現象を判断する規範として機能することを例に挙げます。これは、哲学における対立が...

言語と思考 — フッサール現象学における〈意味〉について 04.07.2025

芦田宏直のこの論文(1990年)は、フッサールの現象学を参照しながら、言語と思考の関係を探求しています。芦田は、ポール・リクールの「口頭言語」と「文字言語」の区別を詳細に検討し、リクールが「公然的」と呼ぶ口頭言語の指示性と、文字言語の「非公然的」な指示性を比較します。そして、フッサールは言語の意味が知覚に依存しない「非公然的」な性質を持つと考え、言語の意味が実在する対象と必ずしも一致しないことを強調し...

柄谷行人と永坂田津子と 02.07.2025

この回顧録は、筆者(芦田宏直)が思想家である柄谷行人(からたにこうじん)と出会い、その後の人生に大きな影響を受けた経緯を語っています。筆者は高校生の頃から柄谷の著作に魅了され、大学時代に英語教師である永坂先生の紹介で柄谷と対面する機会を得ました。この出会いは筆者の大学院進学を決定づけ、東京での生活を続けるきっかけとなります。また、永坂先生との師弟関係は筆者が哲学を教えるようになるきっかけを作り、ニ...

『ポツンと一軒家』(2025.6.22)の定年後の銀行員について 29.06.2025

提示された文章は、銀行員が定年後に自力で家を建てるという実話を通して、実践的な知性と教養の重要性について考察しています。著者は、この銀行員が学生時代に培った読書力と観察力が、設計図に頼らずとも家を完成させる原動力となったと分析しています。この事例から、現代のような情報過多の時代においてこそ、真の教養が最も実用的な力となることを示唆しているのです。

『東京ラブストーリー』(1991)を考える 29.06.2025

提示された文章は、ドラマ「東京ラブストーリー」の個人的な感想と分析を提供しています。筆者は70歳になっても感動が薄れないと述べ、幼い息子との視聴体験を回想しています。また、この作品が脚本家・坂元裕二の初期の代表作であり、主演の鈴木保奈美との年齢が近かったことが、作品にリアリティをもたらしたと考察しています。さらに、登場人物の会話や演出が一般的な脚本では考えられないほど独創的であり、携帯電話がない時代...

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