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真の助かりを求めて (Wagakokology-jp)

成行きを通して和らぎ賀ぶ和賀心による真の助かりを求める

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Autor

Wagakokology-jp

Categoria

Religion

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Último episódio

2 de out de 2026

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Episódios

我が心(和賀心)で我が身を救い助けよ (2024-08-12) 12.08.2024

助かりを求めます、神様にその願い事を叶えて貰う助かりも大事ですがどこまでも貰い水的助かりで根本的な助かりにはなりません。やはり心が育つことによる助かりが真の助かりに繋がるのだと思います。我が心で我が身を救い助けよと言うことにもなります。我が心を和らぎ賀ぶ和賀心と頂けば一番ですね。 ご覧頂き有り難うございます。

成行きを尊び受ける生き方を学びて永遠の命とぞせん (2024-08-11) 11.08.2024

私ども助けて貰いたいと欲します、そして神様に願い、思い通りのおかげを頂き助かった、助けて下さったと思います。そう言う願い事が叶って感じる助かりは真の助かりではありません。師匠大坪総一郎師の、成行きを尊び受ける生き方を学びて永遠の命とぞせんと言う生き方にこそ真の助かりへの近道があります。 ご覧頂き有り難うございます。

人は自分の願いを叶えて欲しいと祈り、天地金乃神様は氏子に真の助かりを得て欲しいと願う (2024-08-10) 10.08.2024

師匠大坪総一郎師の御ヒレイの素を一言で言えば、神情による取次ぎに徹して来たからだと。今朝は氏子の側に立って氏子のわがままな願いを叶えようと取次ぐのが人情による取次ぎであり、天地金乃神様の側に立って氏子に真実の助かりを授けようと取次ぐのが神情による取次ぎだと教えて頂いたように思う。 ご覧頂き有り難うございます。

天地金乃神様の願いは氏子の私願成就を越えた真の助かりにある (2024-08-09) 09.08.2024

このお道の始まりとされる立教神伝において天地金乃神様は教祖生神金光大神様に世間の難儀な人々を取次ぎ助けてやってくれと神頼みされた。助けてやってくれとは頼まれたが、願い事を叶えてやってくれとは仰っておられない。神様の願いは氏子の私願成就を越えた真の助かりにある。人の真の助かりを願う心がどれ程育っているかが信心の定規ともなる。 ご覧頂き有り難うございます。

道は孤ならず、人間だけでは真実の助かりは得られない (2024-08-08) 08.08.2024

真の助かりと言うが、道は孤ならず、人間だけでは真実の助かりは得られない。安気安穏な生活の中に助かりを感じることもあろうが、現実には様々な問題の中に居る私ども、そういう問題の中にも助かりを頂いて行かなければならない。師匠大坪総一郎師は如何なる中にあっても天地金乃神様と二人連れの助かりの世界を示して下さった。 ご覧頂き有り難うございます。

任せられる神様であることを実感する日々 (2024-08-07) 07.08.2024

真の信心とは安心のおかげを頂くことです、これは師匠大坪総一郎師の頂かれた御教えですがその安心とはどうしたら頂けれるのでしょうか。またの御教えに神様まかせで大安心とあります。なるほど神様任せになれる心が開けたら安心が頂けると思います。為には任せられる神様であることを実感する日々でなければなりませんね。 ご覧頂き有り難うございます。

素直に受ける (2024-08-06) 06.08.2024

成行きを受ける、受け易い成行きなら良いのだけれども中には受け難い成行きもある。どういう心で受けて行くか。師匠大坪総一郎師が神様の御働きと教えて下さるから、或いはこの成行きを通して天地日月の心を育てるため、或いはこの成行きを人が助かるための修行として受ける。師匠は素直に受けられた。 ご覧頂き有り難うございます。

成行きを大切にのベースは受ける土の心だが、その心根が大切 (2024-08-05) 05.08.2024

師匠大坪総一郎師の教えて下さる合楽理念のベースには土の心、即ち成行きを大切にするその内容として受けて受けて受け貫く精進にあるわけですけれども、これは一般に言うところの、この事からは逃れようが無いのだから受けて行くしかないと言う受け方とは根本的に違います。受ける心根が違うと言うことです。 ご覧頂き有り難うございます。

真の助かりは身の上に起きて来る成行きを神様の御働きとして大切にする中に得られる (2024-08-04) 04.08.2024

今困っている事から助けて欲しいと信心を始めるのが多いと思う。人は目の前の救いのみを求めるものだが、天地金乃神様は未来永劫の真の助かりを与えようとしておられる。そこに食い違いが生じる。目先のおかげも頂き、神様の願われる真実の助かりをも頂く手立ては身の上に起きて来る成行きを神様の御働きとして大切に尊ぶことが一番の近道です。 ご覧頂き有り難うございます。

問題解決の努力に楽しみや喜びを見出すような心が育てばしめたもの (2024-08-03) 03.08.2024

健康であると言うこと、何事もなく平穏無事であると言うことこそ最高のおかげと言えると思います。が中々人間は勝手なもので退屈したり信心がマンネリ化してしまいます。問題が起こると困ったと思います。問題解決の努力に楽しみや喜びを見出すような心が育てばしめたものです。そこにも信心の賀びがあります。 ご覧頂き有り難うございます。

信心の稽古にも構えが要ります、心を守る為の構えです (2024-08-02) 02.08.2024

少林寺拳法を習い初めの時先ずは構えを習ったと思います。身を守る為の構えです。構える前に攻撃されるとひとたまりもありません。信心の稽古にも構えが要ります。心を守る為の構えです。師匠大坪総一郎師が教えて下さる、私どもの身の上に起きて来る成行きは神様の働きです、これこそが信心の構えです。 ご覧頂き有り難うございます。

この世には天地日月の心を修めに来たのである (2024-08-01) 01.08.2024

お道の信心は土の心が根本です。師匠大坪総一郎師は土の信心で8合目まで登り、後の2合は天の心で登ると教えて下さいます。土の心は受けて受けて受け貫く心。天の心は無条件に与えて与えてやまぬ美わしの心と、それは親が嫁入り娘にあれもこれも持たせようとするような心ではないでしょうか。その心を人様にも使えるようになれと言うことですね。 ご覧頂き有り難うございます。

信心は心の学校、この世は道場、成行きは個別指導の心の道場 (2024-07-31) 31.07.2024

この世には心育てに来たのである。天地日月の心を育てに来たのである。それは人の助かりを願う心であり、自らの心の助かりを求めるものであり、その精進が貫かれることである。そのために信心は学校であり、この世は道場とも言えよう。してみれば成行きは個別指導の心の道場と言うことになろうか。 ご覧頂き有り難うございます。

有難さの余波で人が助かる程しの有難さとは (2024-07-30) 30.07.2024

信心をしない人も有難いと言う。信心をする人も有難いと言う。師匠大坪総一郎師は、師匠の有難さの余波で人が助かっていると仰っておられた。余波で人が助かる程しの有難さとはどう言う有難さだろうか。自己満足的有難さを超えて天地金乃神様の大恩を感じての有難さが育って来なければならないと思う。 ご覧頂き有り難うございます。

神様への感謝の心が伴のうた有難さが真の信心です (2024-07-29) 29.07.2024

有難くなる稽古が信心だとして、では真の信心の稽古とはとなります。有難くなるだけでは片手落ちです。例えば教会にお参りし、高校受験のお願いを天地金乃神様へお取次ぎを願う。そして無事に合格した。その時、日頃の勉強の実力で合格出来た有難い、となって神様への感謝の心が伴わない有難さになることがあります。神様への感謝の心が伴のうた有難さであって初めて真の信心の稽古と言えましょう。 ご覧頂き有り難うございます。

有難いと思う心と感謝の心とは微妙に違います (2024-07-28) 28.07.2024

何を為しておりましても感謝の心が頂ける信心をさせて頂きたい。有難いと思う心と感謝の心とは微妙に違います。感謝の心の根底には有難いと思う心が有りますが、有難いと言うだけで止まっている人も居られます。有難いが更に感謝の心へと育つおかげを頂かねばなりません。その感謝の心が天地にも通うのだと思います。 ご覧頂き有り難うございます。

不平不足や不満は一層我が身を苦しめ、感謝の心は我が身を守る (2024-07-27) 27.07.2024

今朝は心中祈念の時に剣道のお面や胴の防具を身に着けている情景を頂いた。即ち我が身を守る防具を身に着けると言うことだろう。ではその防具とは何か、感謝の心だと思う。不平不足や不満は一層我が身を苦しめ、感謝の心は我が身を守る。師匠大坪総一郎師は信心の稽古とは有難くなる稽古とも教えて下さる。 ご覧頂き有り難うございます。

人は我儘が叶う事を助かりと思うがそれは間違っている (2024-07-26) 26.07.2024

人は神様に助けて貰いたいと願う。天地金乃神様の願いの第一は人が助かることなのだから助けて貰っても良いはずなのに神様は思い通りには動いて下さらない。それは助かりの内容に食い違いがあるからである。人はわがままが叶うことを助かりと思うが、神様は人の心が育つことによる真の助かりを授けようとしておられる。 ご覧頂き有り難うございます。

私願成就から神願成就の信心へと脱皮しなければ (2024-07-25) 25.07.2024

信心が育つとか進展すると言うけれども、例えば年参りが月参りとなり、更に週参り、日参り、毎朝の日参と熱心になったとしても、神様に自分のわがままな願いを聞いて頂く為のものであったのでは信心が育ったとは言えない。師匠大坪総一郎師の信心が私願成就から神願成就の信心へと脱皮されたのを神習わなければならない。 ご覧頂き有り難うございます。

信心をする動機が変化して行かなければ (2024-07-24) 24.07.2024

何事をするにも動機と言うものが有る。何の為に信心をするのか、或いはしているのか。または何の為に信心を始めたのか。その動機は自身や身内の病気治しや災難除け、商売繁盛、人間関係、恋愛問題であったり祈願成就であったりするのだろうが、その動機が信心の進展に応じて変化して行かなければならない。 ご覧頂き有り難うございます。

それは成行きを神の働きとして大切にすることによって成される (2024-07-23) 23.07.2024

信心が育つとはその内容が変わって来ます。人智人力では到底及び得ない事柄を天地金乃神様の奇跡的な御働きをもって成る事を祈る信心、そこから脱皮し、自らの心の有りようを見詰め天地日月の心をマスターしようとする信心、更に神様のお役に立ちたい、人を助けるお役に立ちたいと言う心が育つ信心へと成長すること。それは成行きを神の働きとして大切にすることによって成される。 ご覧頂き有り難うございます。

天地金乃神様の御働きを発見する (2024-07-22) 22.07.2024

科学の発展に寄与したニュートン力学は万有引力の発見によるものだろう。発見と言ってもそこに無かった訳ではない。私どもには見えていなかったのだ。天地金乃神様の御働きもまた同様だろう。神様の御働きに気付いていない。神様の御働きを発見する、認識し実感するところから信心が一変し発展することだろう。 ご覧頂き有り難うございます。

師匠大坪総一郎師は、合楽では一切を御徳にして行く道を教えると (2024-07-21) 21.07.2024

信心には微妙なところがある。師匠大坪総一郎師は、合楽では一切を御徳にして行く道を教えると教えて下さる。が、御自身は御神徳を頂くために信心をしたことはないと仰っておられた。しかし師匠は御神徳を頂いておられた。その方の徳は借りもの、だが一生借り通せばその方のものと天地金乃神様からお知らせを頂いておられる。 ご覧頂き有り難うございます。

天地金乃神様は人間氏子に天地日月の心を育てようとして様々な成行きを下さっている (2024-07-20) 20.07.2024

天の心とは与えて与えてやまぬ美わしの心、それは人の助かりを祈る心。地の心とは受けて受けて受け貫く土の心、それは自らが助かる心。日月の心とは正確無比な実意丁寧な心、それは実意をもって貫く神様に通う心。天地金乃神様は人間氏子にこの天地日月の心を育てようとして様々な成行きを下さっている。 ご覧頂き有り難うございます。

子育て中の天地金乃神様、育てられ中の私ども (2024-07-19) 19.07.2024

神様、天地金乃神様と人間氏子、私どもとの間柄はどんなものだろうか、ある先生はお店の主人と番頭の関係のように説かれ、師匠大坪総一郎師は夫婦関係のようにも説かれる。今朝は親子の間柄で頂いた。神様は親であり子育て中なのだと。私どもはその子供であり、神様から育てられている私どもであると言うこと。 ご覧頂き有り難うございます。

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