FM滋賀

琵琶湖まんだら

母なる湖を中心に広がる自然に抱かれ共生してきた私たちの歴史と文化。その自然環境と周辺に広がる人々の暮らしや文化の魅力と大切さを紹介する番組『琵琶湖まんだら』。湖国に受け継がれた暮らしや文化の多様な姿に光をあて、私たちの未来を探ります。

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Jul 9, 2026

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Episodes

2026年1月15日(木)放送「東近江市永源寺地区」 16.01.2026

惟喬親王が発明した轆轤を使って木製品をつくる「木地師」たちは、やがて良い木を求めて 全国へと広がっていきました。そして江戸時代には、全国に点在する木地師たちを統括する仕組みが できました。その拠点となったのが、惟喬親王にゆかりのある小椋谷の「君ヶ畑」と「蛭谷」でした。 これら地域はいまも木地師のふるさととして、 全国の木地師たちが想いを寄せる特別な場所となっています。

2026年1月8日(木)放送「東近江市永源寺地区」 16.01.2026

琵琶湖の源流となっている地域は「奥永源寺」と呼ばれます。 さらに山深い場所は「小椋谷」という地域です。ここは『木地師発祥の地』と呼ばれています。 「木地師」というのは、轆轤を使って、器やお盆などの木製品を作る職人です。 中でも特に蛭谷町と君ケ畑町は木地師のふるさととして、今も全国の木地師たちが想いを寄せる、 特別な場所となっています。 そのルーツをたどると、およそ1200年前の「惟喬親王」の伝承に行き着き...

2026年1月1日(木)放送「我が家のお正月料理」 16.01.2026

今日は元日の放送ということで、いつもと趣向をかえて 「我が家のお正月料理」をテーマに皆さんからのメッセージをご紹介していきます!

2025年12月23日(火)放送「東近江市永源寺地区」 25.12.2025

豊かな自然に恵まれた永源寺地区には、奥深い魅力がたくさん秘められています。 そのひとつに「政所茶」があります。 政所茶は室町時代から栽培の歴史があり、戦国時代に、石田三成が豊臣秀吉に3回に分けて温度の違うお茶を献上したことで、 出世のきっかけとなった「三献茶」のお茶は政所茶だったという説もあります。 この政所茶のルーツは、臨済宗永源寺派の大本山で、地域の名前にもなっている 永源寺にあるといいます。

2025年12月18日(木)放送「東近江市永源寺地区」 25.12.2025

永源寺地区は、もとは永源寺町という独立した町でした。平成17年に八日市市・五個荘町・愛東町・湖東町と合併し、今は東近江市を構成する地域となっています。 永源寺地区は、その大半を山や森林が占めています。 鈴鹿山脈の山々は水を育み、水は愛知川をはじめとした川となって琵琶湖へと流れています。 豊かな森林や川、そして数多くの渓谷など永源寺地区を特徴づける豊かな自然環境は、 「永源寺と奥永源寺の山村風景」として日...

2025年12月11日(木)放送「甲賀市土山町」 25.12.2025

現在も、国道1号や新名神高速道路が通り、交通の要衝となっている土山町。 かつて東海道の難所の一つである鈴鹿峠を越え近江に入った旅人は、 土山宿で疲れを癒し、これから鈴鹿峠にむかう旅人は土山宿で支度を整えました。 今も地域の宝である土山宿一帯で、毎年開催されているイベントが「あいの土山 宿場まつり」です。

2025年12月4日(木)放送「甲賀市土山町」 10.12.2025

土山は現在も、国道1号や新名神高速道路が通り、交通の要衝となっています。 ここは古くから多くの道が通り、様々な人々が往来することで 歴史が紡がれ文化が形成されてきました。 旅人は、土山宿で疲れを癒し、土山宿で支度を整えました。 この時代の宿場のすがたを今に伝える建物が「土山宿本陣跡」です。 「本陣」とは、天皇のつかいである勅使や、公家、大名、幕府の役人などが 宿泊や休憩のために利用した施設です。

2025年11月27日(木)放送「甲賀市土山町」 10.12.2025

鎌倉時代までは「斎王群行」の行路となり、江戸時代には参勤交代の大名行列が往来したこの道沿いに、「土山宿」が置かれました。 伊勢方面から鈴鹿峠を越え近江に入った旅人は、土山宿で旅の疲れを癒し、 これから鈴鹿峠にむかう旅人は土山宿で峠を越える支度を整えました。 土山宿として栄えた当時の様子を、いまに伝える建物が「土山宿本陣跡」です。 この「本陣跡」を守り続けるご当主に、お話しをお伺いします。

2025年11月20日(木)放送「甲賀市土山町」 10.12.2025

古くから土山を通る主要な道路は「東海道」でした。 東海道の前は「阿須波道」と呼ばれていたこの道は、 鈴鹿峠を越えて伊勢へ向かうルートとなっていて、「斎王群行」の行路にもなった重要な道でした。 土山宿は、鈴鹿峠を行き来する旅人たちで大いに賑わったと伝わります。 かつて東海道をゆく人々が、旅の安全を祈願した場所が「田村神社」でした。

2025年11月13日(木)放送「甲賀市土山町」 10.12.2025

「土山町」は平成16年、4つの町と合併し、甲賀市の一部となりました。 鈴鹿山系の麓に位置する土山町地域は、北部に鈴鹿国定公園の山々が連なり、 まちの中央には、野洲川が東から西に向かって流れています。 ここにはかつて、東海道49番目の「土山宿」が置かれ、宿場町として栄えました。 その町並みは今でも当時の面影が残っています。

2025年11月6日(木)放送「沖島」 10.12.2025

2023年4月に再オープンした「おきしま資料館」では、島で実際に使われている漁具や、昔の生活を伝える道具、歴史年表や写真が展示してあり、島にある唯一の学校、沖島小学校の紹介コーナーもあります。 資料館では、元漁師の方も含む、「島の人たち」が当番制で詳しい説明をしてくれるそうですよ。

2025年10月30日(木)放送「沖島」 10.12.2025

美しい琵琶湖に囲まれた島には、豊かな自然と長く受け継がれてきた暮らしがあります。 沖島が持つ独特の雰囲気や暮らしは多くの観光客を魅了し、また学術的に興味を持つ学生や研究者からも注目を集めています。 今日は、「沖島を訪れる人」と関わりながら、お店をされている方にお話を伺います。

2025年10月23日(木)放送「沖島」 24.10.2025

沖島が抱える問題の中に漁師さんの数が減り続けているということがあります。 沖島漁協の組合員の数は、最盛期は100人ほどでしたが、現在は60人ほど。 そのうちいまも漁に出ていらっしゃるのは30人ほど。 そんな中、沖島で新たに漁師として歩み出された方がいらっしゃるんですよ。

2025年10月16日(木)放送「沖島」 24.10.2025

沖島に本格的に人が住むようになったのは、平安時代。 戦いに敗れた7人の落人が山裾を切り開き、漁業を生業として定住したと伝わります。 以降、沖島は、水路を監視する役割や、水軍として活躍したりする中で、その見返りとして 「漁業権」を獲得し、850年以上、「漁業」の歴史を紡いできました。 現在では、季節によって漁法を変えながら夫婦共同で様々な湖魚を水揚げするケースが多いと言います。日中、沖島を訪れると、一日の...

2025年10月9日(木)放送「沖島」 24.10.2025

沖島には室町時代の創建と伝わる「願證寺」があります。島を訪れた本願寺8代蓮如上人から、 直接教えを聞いて感銘を受けた島民の一人が「道場」を開いたことがはじまりだったといいます。 また、沖島の人たちは、かねてより交流のあった「堅田」の人たちから、「蓮如」の噂を 耳にしていたといいます…

2025年10月2日(木)放送「沖島」 24.10.2025

近江八幡市の湖岸から琵琶湖の沖合およそ1.5キロの場所に浮かぶ沖島は、 周囲がおよそ6.8キロメートル、面積はおよそ1.52平方キロメートルの、琵琶湖最大の島です。 伝承によると、沖島に本格的に人が暮らすようになったのは平安時代。 戦いに敗れた7人の落武者が島にやって来て、開拓したことから歴史が始まったと言われています。

2025年9月25日(木)放送「建部大社」 24.10.2025

約1300年の歴史をもつ建部大社で、毎年8月17日に開催されているのが「納涼船幸祭」です。 納涼船幸祭は、琵琶湖から流れ出る唯一の河川 ・瀬田川を舞台にした祭礼で、 祭神である「日本武尊」が、相模灘を船で渡った物語が由来であるといいます。 建部大社を出発した神輿が、唐橋のそばにある港から、複数の船を組み合わせた御座船に載せられ、 船団を伴って川を下ります。大津市黒津にある供御瀬遥拝所に到着して神事を行うと、...

2025年9月18日(木)放送「建部大社」 22.09.2025

古代、国家はそれぞれに「国府」と呼ばれる地方行政機関が置かれていました。 国府のなかで、現在でいう県知事がいた場所が「国庁」です。 今から60年ほど前、国庁跡の遺跡が全国で初めて見つかったのが、ここ、近江でした。 瀬田の唐橋と近江国庁跡のあいだ、ちょうど真ん中あたりに位置しているのが 大津市神領にある「建部大社」です。近江國一之宮といわれ、長い歴史と由緒を持つ神社です。

2025年9月11日(木)放送「建部大社」 22.09.2025

建部大社には「日本武尊」が祀られています。 『古事記』や『日本書紀』にも登場する伝説的英雄がご祭神とあって 建部大社は、歴代の朝廷や、武将たちからの信仰も集めてきました。

2025年9月4日(木)放送「甲賀市信楽町」 22.09.2025

焼きものづくりには「火」が欠かせません。 やきものをはじめ、産業や生活、文化に欠かせない火への感謝と、安全を願って、 江戸時代以前から続いているのが「しがらき火まつり」です。

2025年8月28日(木)放送「甲賀市信楽町」 22.09.2025

信楽で焼き物が造られるようになったのは鎌倉時代とされていますが、 そこから500年ほど時代をさかのぼった奈良時代の中頃、信楽に「都」が築かれました。 それが今から1200年以上前、信楽に築かれた、「紫香楽宮」です。 「紫香楽宮」が信楽のどこにあったのかは長い間「謎」となっていましたが、 近年の調査で遺跡が確認され、都の様子が少しずつ明らかになってきています。

2025年8月21日(木)放送「甲賀市信楽町」 22.09.2025

信楽が、焼き物の産地として長く続いてきた理由のひとつに、その立地が挙げられます。 焼き物を造る際に必要な薪は周囲の山から調達することができ、できあがった焼き物は、 古くから信楽を通っていた街道を使って、隣接する宇治や伊賀方面へと運ぶことができました。 そして何より、信楽には焼き物に適した「土」がありました。 信楽周辺には、太古の昔、のちに琵琶湖となる大きな湖があり、この時代に堆積した 「古琵琶湖層群」...

2025年8月14日(木)放送「甲賀市信楽町」 22.09.2025

「甲賀市信楽町」は周囲が山に囲まれた自然豊かなまちです。 信楽、と聞くと多くの人が「焼き物」をイメージするのではないでしょうか。 信楽は日本全国にある、古い6つの焼き物の産地、「日本六古窯」のひとつに数えられ、 その歴史は、鎌倉時代にまでさかのぼります。

2025年8月7日(木)放送「大津市堅田」 22.09.2025

琵琶湖上で大きな権力を持ち、豊かな経済力を誇った堅田の人々は、「堅田衆」あるいは 「湖賊」と呼ばれました。その後堅田は幕府の直轄地「天領」となり、堀田正高が領主となって陣屋が置かれました。堅田がそれまで持っていた琵琶湖上の特権は徐々に弱くなっていきましたが、それでも漁業や水運の拠点として栄える時は続きました。

2025年7月31日(木)放送「大津市堅田」 01.08.2025

堅田が「御厨」であったことをいまに伝える行事があります。 毎年5月に行われる「献饌供御人行列」です。 行列は、堅田にある「神田神社」、「伊豆神社」の神職や氏子などで構成され、 葵祭の前日である5月14日の早朝、「唐櫃」と呼ばれる収納箱にフナや鮒ずしを納め、神田神社を出発。 伊豆神社で祈祷を行い、堅田地域を巡行した後、下鴨神社に向かいます。 京都三大祭りの一つ「葵祭」の前日に行われる儀式の一つとなっています...

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