RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Nov 1, 2026

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Episodes

わたしは門である(ヨハネによる福音書 10章1-10節) 16.03.2021

わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。…わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。 (ヨハネによる福音書10章9節~10節) ヒトラーに対抗したドイツ教会闘争の金字塔とも言えるバルメン宣言の第一項に、キリストこそが唯一の門であるというこの聖句が掲げられています。そして、「聖書においてわれわれに証しされているイエス・キリストは、我々...

わたしは世の光である(ヨハネによる福音書 8章12-20節) 15.03.2021

イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」 (ヨハネによる福音書8章12節) この8章を素朴に読んでいくと、「わたしは世の光である」とは、直前の記事の「姦淫の女」に対しての言葉として読むことができます。暗闇の中を歩んできた、彼女のこれまでの人生です。しかし主イエスの赦しにおいて、「これから」の人生をやり直し始めた彼女です。その彼女に対して、わたしに従い...

これはわたしの愛する子。これに聞け(マルコによる福音書 9章2-9節) 14.03.2021

すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。 (マルコによる福音書9章7節~8節) 主イエスは、ご自分の受難と復活について教えられてから6日の後に、弟子の中から、ペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られました。そこで弟子たちが目にしたのは、栄光の光に輝く主イエ...

わたしは命のパンである(ヨハネによる福音書 6章22-59節) 13.03.2021

そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」 (ヨハネによる福音書6章34節~35節) 主イエスは群衆に向けて語りかけられます。彼らは、あの5千人給食によって満腹し、主イエスを追いかけてきた者たちです。アンパンマンではありませんが、おなかを満たしてく...

神に訴えるヨブ(ヨブ記 8章) 12.03.2021

いつまで、そんなことを言っているのか。 あなたの口の言葉は激しい風のようだ。 (ヨブ記8章2節) ヨブの言葉を聞き、ビルダドは、「激しい風のようだ」と言いました。止めどなく湧き出る強い口調から、ヨブの苦悩が伝わってきます。 「試練の時、ヨブ記に慰められました」と言う方がいました。試練は、父なる神の御計画であり、出口も必ず用意されていると信じてはいても、耐え難い痛みや悲しみに呻くとき、ヨブがその思いを代弁し...

人間とは何なのか(ヨブ記 7章) 11.03.2021

人間とは何なのか。 なぜあなたはこれを大いなるものとし これに心を向けられるのか。 (ヨブ記7章17節) 今朝の御言葉と同じことを詩編の作者も歌っています。「そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう、あなたが顧みてくださるとは」(詩8編5節)。小さな存在に過ぎないものに目を留めてくださる神をほめたたえています。 しかし、同じ言葉で語りながら、ヨブは、「ほうって...

真実の祈り(ヨブ記 6章) 10.03.2021

神よ、わたしの願いをかなえ 望みのとおりにしてください。 神よ、どうかわたしを打ち砕き 御手を下し、滅ぼしてください。 仮借ない苦痛の中でもだえても なお、わたしの慰めとなるのは 聖なる方の仰せを覆わなかったということです。 (ヨブ記6章8節~10節) 友人にも理解されない苦難の中で、ヨブは祈ります。「神よ、どうかわたしを打ち砕き、御手を下し、滅ぼしてください」。自分を滅ぼしてしてくださいと祈らざるを得ないまで...

わたしなら神に訴えるだろう(ヨブ記 5章) 09.03.2021

わたしなら、神に訴え 神にわたしの問題を任せるだろう。 (ヨブ記5章8節) ヨブの友エリファズは、ヨブを慰めようとして、責め立てることに陥ってしまったように思われます。「わたしなら、神に訴え、神にわたしの問題を任せるだろう」。これはその通り大切なことであり、事実、ヨブは神に訴えています。けれども、神が答えてくださらない、あるいは、神の答えが分からない。それでヨブは苦しんでいます。エリファズは、信仰者を不...

あえてひとこと言ってみよう(ヨブ記 4章) 08.03.2021

テマン人エリファズは話し始めた。 あえてひとこと言ってみよう。 あなたを疲れさせるだろうが 誰がものを言わずにいられようか。 (ヨブ記4章1節~2節) 嘆くヨブを慰めようと、友人のエリファズが語り始めます。しかし、人を慰めるのは難しいことです。 「あなたの言葉は倒れる人を起こし、くずおれる膝に力を与えたものだった。だが、そのあなたの上に何事かふりかかると、あなたは弱ってしまう」(4、5節)。そして、「正しい人...

罪人が招かれる宴席(マルコによる福音書 2章13-22節) 07.03.2021

イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」 (マルコによる福音書2章17節) 多くの人が主イエスの福音を求めて集まる一方、「救いの恵み」の外にいる者として蔑まれていた徴税人レビは、収税所に座っていました。道ゆく人びとからの冷ややかな視線が、彼を救いの外に留め続けていました。 しかし、主イエスはレビ...

わたしの生まれた日は消えうせよ(ヨブ記 3章) 06.03.2021

やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、言った。 わたしの生まれた日は消えうせよ。 男の子をみごもったことを告げた夜も。 (ヨブ記3章1節~3節) 苦しみの中で、ヨブは口を開いて嘆きます。独り言のように語られますが、もちろん、これは神に対する訴えです。ただし、呪いの言葉が神に向けてのものとならないよう慎重に注意されています。 「わたしの生まれた日は消えうせよ。男の子をみごもったことを告げた夜も」。誕...

幸福も不幸も(ヨブ記 2章) 05.03.2021

ヨブは答えた。 「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」 このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。 (ヨブ記2章10節) 財産を失うという第一の試練でヨブに罪を犯させることができなかったサタンは、ヨブの肉と骨に触れるという第二の試練を与えることを神に願い出て、許されます。命だけは奪うなという条件付きでした。 私たちは自分...

わたしは裸で母の胎を出た(ヨブ記 1章) 04.03.2021

「わたしは裸で母の胎を出た。 裸でそこに帰ろう。 主は与え、主は奪う。 主の御名はほめたたえられよ。」 (ヨブ記1章21節) なぜ敬虔な信仰者であっても苦難に遭うのでしょうか。この問いかけがヨブ記全編を貫いています。そして、それ以上にヨブ記を貫いているのが、ヨブを、そして私たちを生かし、支えてくださる神の愛です。苦難のときこそ、神に目を向けましょう。 ヨブの苦難の発端は天上における神とサタンとの話し合いです...

この喜びを一緒に喜んでくれ(ルカによる福音書 15章25-32節) 03.03.2021

「すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」 (ルカによる福音書15章31節~32節) ある大学に、この人以上に罪深い人はいないだろうと噂される悪い教授がいました。ある日、その教授をよく知るクリスチャンの教授が、キリストの十字...

立ち帰る者を条件もつけず迎える神の愛(ルカによる福音書 15章20-24節) 02.03.2021

「父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』」 (ルカによる福音書15章22節~24節) 父を捨てて家を出て行った弟息子が帰ってきました。彼はまだ遠く離れていたのに、父はいち早く彼を見つけます。父は、...

神に立ち帰るときにあずかる本当の自由(ルカによる福音書 15章11-20節) 01.03.2021

「『ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。」 (ルカによる福音書15章18節~20節) 主イエスは、神を父に、私たち罪人を弟息子に重ね合わせて「放蕩息子」のたとえを話されました。 弟息子は、父から財産を相続すると、父のもとを...

いちばん大切なこと(マルコによる福音書 2章1-12節) 28.02.2021

イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」 (マルコによる福音書2章8節~10節) 主イエスのところに中風の人が連れて来られたとき、主イエスは、彼に「子よ、あなたの罪は赦される...

暗闇にいる私たちを捜し求めてくださる神(ルカによる福音書 15章8-10節) 27.02.2021

言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。 (ルカによる福音書15章10節) 主イエスは、「見失った羊のたとえ」に続いて、ドラクメ銀貨を無くした女のたとえを話されました。 銀の鎖に10枚のドラクメ銀貨を刺し通した髪飾りは、当時のパレスチナでは既婚女性のしるしとして結婚指輪に相当する大切なものでした。二人の生涯における愛の誓約のしるしがどれだけ大切であるかは、言うまでも...

見失われた私を見つけて大喜びなさる神(ルカによる福音書 15章1-7節) 26.02.2021

「あなたがたの中に、100匹の羊を持っている人がいて、その1匹を見失ったとすれば、…見失った1匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、…『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。」 (ルカによる福音書15章4節~6節) 大学生のとき、アメリカの酪農家で1年間農業実習生として働いたことがありました。朝に牛たちを牧場に放ち、夕方に放牧から戻っ...

涙が枯れた世界の中で、私たちは泣く(エズラ記 10章) 25.02.2021

エズラは神殿の前で祈り、涙ながらに罪を告白し、身を伏せていた。イスラエル人が彼のもとに集まり、男、女、子供から成る非常に大きな会衆ができた。この人々も激しく泣いていた。 (エズラ記10章1節) 大きな罪悪の中に身をうずめるようにして、祈るエズラの周りに、人びとが集まってきました。皆が、私たちは神に背いたと激しく泣いています。その涙と祈りの輪は「非常に大きな会衆」になったと記されています。その「会衆」とい...

罪深い者として御前にぬかずく者の光(エズラ記 9章) 24.02.2021

「イスラエルの神、主よ、あなたは恵み深いお方です。だからこそ、わたしたちは今日も生き残りとしてここにいるのです。御覧ください。このような有様で御前に立ちえないのですが、罪深い者として、御前にぬかずいております。」 (エズラ記9章15節) ぼう然として座り込むエズラを照らす夕暮れの光があり、生きる力を与えられた彼は、祈り始めます。 エズラの目の前には二つの大きな罪悪が横たわっていました。一つは先祖の時代の罪...

御言葉に生きる姿勢(エズラ記 8章) 23.02.2021

わたしは旅の間敵から守ってもらうために、歩兵や騎兵を王に求めることを恥とした。「わたしたちの神を尋ね求める者には、恵み溢れるその御手が差し伸べられ、神を見捨てる者には必ず激しい怒りが下ります」と王に言っていたからである。 (エズラ記8章22節) 8章はエズラ本人が一人称の「わたし」を使って記しています。 エルサレムへの帰還と一口で言っても、バビロンからエルサレムまでは1500キロ程の道のりです。男性だけでも150...

御言葉に聴く姿勢(エズラ記 7章) 22.02.2021

彼らは第一の月の1日をバビロン出発の日とし、神の慈しみ深い御手の加護を受けて、第五の月の1日にエルサレムに到着した。エズラは主の律法を研究して実行し、イスラエルに掟と法を教えることに専念した。 (エズラ記7章9節~10節) 7章と8章には、バビロンからエルサレムに帰還するエズラのことが記されます。エズラの名前を冠した書物ですが、エズラの名前が登場するのは、ここからです。 この書物の1章で、ペルシア王キュロス二世...

神の御心を忘れるな(マルコによる福音書 1章40-45節) 21.02.2021

イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」 (マルコによる福音書1章43節~44節) 重い皮膚病を患っている人が主イエスの所に来て、清くなることを求めると、主イエスは「清くなれ」とお語りになり(41節)、重い皮膚病をいやしてくださいました。 病気をい...

主がアッシリアの王の心を彼らに向け(エズラ記 6章) 20.02.2021

捕囚の子らは、第一の月の14日に過越祭を行った。…イスラエルの神なる主を尋ね求めて、その地の諸民族の汚れを離れて来た人々も、皆、過越のいけにえにあずかった。…主がアッシリアの王の心を彼らに向け、イスラエルの神の神殿を再建する工事を支援させて、彼らに喜びを与えられたからである。 (エズラ記6章19節、21節~22節) ダレイオス王は、ペルシア帝国全体を20の州に分けて組織化し、繁栄の礎を築いたとされます。彼はキュロ...

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