RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Nov 1, 2026

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Episodes

天に昇り(使徒言行録 1章3-11節) 05.05.2021

こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 (使徒言行録1章9節) 復活されたキリストは、40日間にわたって弟子たちの前に現れて神の国について話された後、天に昇られました。誕生、十字架の苦しみ、死と葬り、死者の中からの復活と、地上でのすべての働きを終え、再び天の父なる神のもとへと帰って行かれたのでした。 世の終わりまで共にいてくださるという復活...

死人のうちよりよみがえり(ルカによる福音書 24章13-35節) 04.05.2021

「ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。」 (ルカによる福音書24章22節~23節) 日曜日の朝、キリストは復活され、弟子たちの前に現れました。幻を見たのではありません。遺体を納めた墓は空になっていました。復活の証人は他にも数多くいました。キリストは確かにそ...

3日目に(ルカによる福音書 24章1-12節) 03.05.2021

「人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、3日目に復活することになっている、と言われたではないか。」 (ルカによる福音書24章7節) 十字架につけられた金曜日から数えて3日目の日曜日の朝、キリストはよみがえられました。すでに弟子たちに「3日目に復活する」(ルカ18章33節)と予告されていたことが実現したのでした。復活は、この歴史の中で確かに起こった出来事でした。 この日、死の力が打ち破られました。金曜...

主イエスにつながって生きる(ヨハネによる福音書 15章1-8節) 02.05.2021

「あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。」 (ヨハネによる福音書15章8節) 主イエスは、「わたしはまことのぶどうの木」と自己紹介し、自分につながっているようにと私たちを招かれます。ぶどうの枝は、幹にしっかりつながっていることで、栄養を得て、生き生きとその命を保つことができます。やがてその枝は、豊かな実を結びます。私たちも同じです。主イエスにつ...

陰府にくだり(マタイによる福音書 27章62-66節) 01.05.2021

ピラトは言った。「あなたたちには、番兵がいるはずだ。行って、しっかりと見張らせるがよい。」そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた。 (マタイによる福音書27章65節~66節) キリストの死と葬りに続き、使徒信条は「陰府にくだり」と告白します。「陰府」とは死者が行く世界のことです。ただちに「地獄」を意味するわけではありませんが、死が罪の結果である以上、陰府もまた暗い側面を持つものでした。 「陰府に...

葬られ(ヨハネによる福音書 19章38-42節) 30.04.2021

その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。 (ヨハネによる福音書19章38節) 主イエスは、アリマタヤのヨセフによって墓に葬られました。ローマ帝国の刑罰で殺された主イエスの遺体を引き取るということは勇気のいることでした。しかし、ヨセフの願いは聞...

死にて(ルカによる福音書 19章28-37節) 29.04.2021

イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。 (ルカによる福音書19章30節) 主イエス・キリストは死なれました。人なら誰もが死ぬように、キリストも人として死なれました。しかし、死は自然にあったものではなく、アダムが罪を犯すことによってこの世界に入ってきたものです。特に死には神との交わりの喪失という霊的な死があります。キリストは十字架の裁きにおいてその死の苦しみ...

十字架につけられ(ルカによる福音書 23章26-43節) 28.04.2021

「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。 (ルカによる福音書23章33節) ユダヤ人によって捕らえられ、総督ピラトの前に引き出された主イエスは、ローマ帝国の処刑方法である十字架刑によって犯罪人の一人として殺されました。それは人の目には無意味な死に見えるものでした。 しかし、十字架は神の知恵であり、罪人を救うための身代わりの...

苦しみを受け(マルコによる福音書 15章16-41節) 27.04.2021

3時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 (マルコによる福音書15章34節) 使徒信条は、主イエスの誕生から十字架の死へとただちに進みますが、そのご生涯の働きが忘れられているわけではありません。そのご生涯を見渡せば、罪人の世界へと遣わされた救い主の歩みは、そのすべてが苦しみであったことが分かります...

ポンテオ・ピラトのもとに(マルコによる福音書 15章1-15節) 26.04.2021

ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。 (マルコによる福音書15書14節~15節) 使徒信条には、母マリアに続き、もう一人の人物の名前が出てきます。ポンテオ・ピラトです。ローマ帝国の地方総督としてユダヤの地を治めていた人...

主は良い羊飼い(ヨハネによる福音書 10章11-18節) 25.04.2021

「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」 (ヨハネによる福音書10章11説) 朝鮮戦争の前に、わたしの父は牛を運ぶ仕事をしていました。ある夜、山で牛が虎の目を見て動かなくなったため、父は牛を捨てて山から逃げました。主イエスは、「自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる」と言われました(12節)。わたしの父も、雇われた人だったので、牛をそのまま捨てて逃げ...

おとめマリアより生まれ(ルカによる福音書 2章1-21節) 24.04.2021

ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。 (ルカによる福音書2章6節~7節) 誰もが母の胎から生まれてくるように、主イエスも母マリアの胎から生まれてこられました。それは、聖霊の働きによって、夫ヨセフと一緒になる前に生まれるという特別な誕生でしたが、その特別さは、まことの神である方がまことの...

聖霊によりてやどり(ルカによる福音書 1章26-38節) 23.04.2021

天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。」 (ルカによる福音書1章35節) 神がこの世界に触れてこられるとき、そこには聖霊の働きがあります。すでに天地創造のとき、神の霊が水の面を動いていました。そして、ついに神の独り子がこの地上に到来されたときにも、聖霊が特別な役割を果たしました。主イエスは、聖霊によって母マリアの胎に宿ったのでし...

キリスト(マタイによる福音書 16章13-20節) 22.04.2021

イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。 (マタイによる福音書16章15節~16節) 主イエスは弟子たちによって「メシア」と告白されました。それは、「油注がれた者」という意味のヘブライ語で、そのギリシア語訳が「キリスト」です。旧約時代には、預言者、祭司、王に油が注がれ、神の民の中で特別な使命を果たしました。そして、...

イエス(マタイによる福音書 1章18-25節) 21.04.2021

「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 (マタイによる福音書1章20節~21節) 使徒信条は、天地を造られた全能の父なる神への信仰告白に続いて、一人の人間イエスへの信仰を告白します。両者はあまりに不釣り合いに感じられますが、ここにキリスト教信仰の特色があり...

我らの主(ヨハネによる福音書 20章24-29節) 20.04.2021

トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。 (ヨハネによる福音書20章28節) イエスを「主」と呼ぶのは、最も古く、最も簡潔な信仰告白の一つです。使徒信条は、「その独り子」と告白してイエスと父なる神の関係を言い表し、続いて「我らの主」と言うことでイエスと私たちとの関係を告白します。イエスは私たちの主、私たちはイエスの僕なのです。 人は神以外のものに支配されていました。聖書の時代、「主」という言...

その独り子(ヨハネによる福音書 1章1-18節) 19.04.2021

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。 (ヨハネによる福音書1章14節) イエス・キリストは父なる神の「独り子」と呼ばれています。それは、父なる神との深い愛の交わりの中におられるということであり、キリストご自身もまた神であられ、神としての力と栄光を持っておられるということを意味しています。 その大切な独り子を、...

止まらない日本の福音宣教(ルカによる福音書 24章36-48節) 18.04.2021

「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、3日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。」 (ルカによる福音書24章46節~48節) 復活なさった主イエスは、弟子たちに手と足の傷跡をお見せになり、復活が本当であることを示されました。そして、それが旧約聖書に預言されていたこ...

天地(イザヤ書 66章1-2節) 17.04.2021

主はこう言われる。 天はわたしの王座、地はわが足台。 (イザヤ書66章1節) 神は「天地」の造り主です。天地とは、この造られた世界のすべてのものを指しています。空高く遠いところにあるものも、海深く低いところにあるものも、見えるものも、見えないものも、神が創造されました。それゆえに、すべてのものは造り主である神の栄光をあらわすために存在しています。 天も造られたものであり、神を納めることはできません(王上8章...

造り主(創世記 1章) 16.04.2021

初めに、神は天地を創造された。 (創世記1章1節) 神は天地の「造り主」です。何もないところからすべてを造られました。御言葉によって創造し、すべてを良いものに造られました。そして、私たち人間をご自身にかたどって造られました。神はこの世界と人間がすばらしいものとして存在することを望まれたのでした。 神はこの創造の力を最初のときにだけ発揮されたわけではありません。その後も摂理という仕方で世界を支え、導いてお...

全能の神(創世記 17章1-8節) 15.04.2021

「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。」 (創世記17章1節) 神は「全能」の方です。その全能とは、ただ「なんでも」できるということではなく、ご自身に「ふさわしいこと」は必ずできるということです。使徒信条は神を「全能の父」と呼んでいます。神の全能は父としての愛と憐れみの力としてあらわされます。 それは、イスラエルの歴史を通して、そして何より主イエス・キリストにおいてあら...

父なる神(詩編 103編) 14.04.2021

父がその子を憐れむように 主は主を畏れる人を憐れんでくださる。 (詩編103編13節) 神は「父」です。古代社会において父は大きな権威を持っていました。誰も父を侮ることはできません。しかし、神の父としての権威は横暴な支配者がふりかざすようなものではなく、子どもに対する愛と憐れみに満ちたものです。父がその子を憐れむように、神は私たちを憐れんでくださいます。 このことは、使徒信条を読み進めていくときにさらに明ら...

信ず(創世記 15章1-6節) 13.04.2021

アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。 (創世記15章6節) 使徒信条は、「信ず」という言葉を繰り返します。キリスト教における「信じる」とは、確かな対象を真理として信じるということです。父なる神、子なる神、聖霊なる神を信じるのです。 この神は生きて働いておられます。信じるとは、神が真実であられること、その神が呼びかけてくださることに対する応答です。神はアブラハムに語りかけ、約束の地へと旅立つ...

我は(コリントの信徒への手紙二 4章7-15節) 12.04.2021

「わたしは信じた。それで、わたしは語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。 (コリントの信徒への手紙二4章13節) 使徒信条は、「我は」と一人称単数形で信仰を告白します。他の誰かがこう思っているとか、世の中ではこう考えられているということではなく、この「わたし」が信じていることを告白するのです。 その内容は、父、子、聖霊なる神とその働...

主のみが与えることのできる真の平和(ヨハネによる福音書 20章19-31節) 11.04.2021

さて8日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 (ヨハネによる福音書20章26節) 復活なさった主イエスが弟子たちの前に現れるたびに使われた言葉が、「あなたがたに平和があるように」でした。その場所にいなかったトマスのために再び現れ、平和を宣言なさいました。31節までの間で3回繰り返されて、強調...

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