RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Episodes
キリストにある自由(ローマの信徒への手紙 14-16章) 26.02.2022
わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。 (ローマの信徒への手紙14章8節) この手紙の宛先であるローマ教会に、立場や見解の違いからいさかいが生じていたようです。しかし、キリストを信じる者たちは、裁き合うのではなくおたがいに認め合い、受け入れ合うことができるはずです。自由そのものである御方、キリストにあって自分に凝り固まり、自分を絶対化する不自由から今や解き放たれて...
愛は律法を全うする(ローマの信徒への手紙 13章) 25.02.2022
愛は律法を全うするものです。 (ローマの信徒への手紙13:10) 愛は律法を全うします。律法を守り行うことは、すなわち愛することだからです。神を愛する愛と、隣人を愛する愛。このふたつの愛に生きているなら、人は律法の全体を全うしています。 私たちは今、なぜ愛の律法に生きるのでしょうか。キリストが私たちを愛してくださったからです。私たちのために十字架に死んでくださったからです。私たちに命を与え、私たちが本当の愛...
献身、礼拝に生きる人生(ローマの信徒への手紙 12章) 24.02.2022
自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。 (ローマの信徒への手紙12章1節) 12章以下ではこれまで語られてきた福音の教えの真理を踏まえつつ、キリスト者の生活について説き勧められます。 キリスト者の生活。それは「自分の体」すなわち魂と肉体とをひっくるめた全人としての自分を「神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げ」て生きることです。神は独り子を十字架につけるほどに私たちを愛されました。...
神の富と知恵と知識(ローマの信徒への手紙 11章) 23.02.2022
ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。 (ローマの信徒への手紙11章33節) イスラエルに対する神の「秘められた計画」。それは今神に背き、神の恵みを拒んでいるイスラエルもまた、異邦人と同様に救われるというものでありました。神は背信のイスラエルを、それにもかかわらず義とし、御自身のふところに招こうと御心に決められていたのです。 神は御子の義を無償でまとわせることにより、不義なる者を義とされるのです。御...
ここにも神の計画があった(ローマの信徒への手紙 9-10章) 22.02.2022
神は御自分が憐れみたいと思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされるのです。 (ローマの信徒への手紙9:18) イスラエルは神の選びの民です。しかし、今イスラエルは不信仰に陥り、神の恵みを拒んでいます。この現実はパウロ自身にとっても大きな悲しみ、痛みでした。彼は異邦人伝道の働きに召された使徒ですが、彼もまたイスラエル人のひとりであったからです。それゆえ、あってはならないこのことがなぜ起こって...
霊の人として生きる(ローマの信徒への手紙 8章) 21.02.2022
肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。 (ローマの信徒への手紙8章5節) パウロはここで、肉の人と霊の人とを対比させます。肉の人とはその全体性において古きアダムにある人間です。霊の人とはその全体性においてキリストにある人間、キリストの命の霊の法則を生きる人間です。両者は相容れません。たがいに対立するのです。 肉の人は自分の思いを遂げようとします。一方、霊...
私たちの町にも主が共に(詩編 48編) 20.02.2022
後の代に語り伝えよ この神は世々限りなくわたしたちの神 死を越えて、わたしたちを導いて行かれる、と。 (詩編48編14節~15節) この詩編において通奏低音として機能しているイメージは、神の都シオンとしてのエルサレムで、それは先行する二つの詩編にも見られます。 詩編の作者は、エルサレムの素晴らしさについて、外国の王たちが恐れおののいて逃げ去ってしまうほどで、町の塔や城壁、城郭を巡って見よと誇ります(5~8、13、1...
人間の根本問題への導き(ローマの信徒への手紙 7章) 19.02.2022
わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。 (ローマの信徒への手紙7:19) わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。このパウロの言葉に出会った時、わたしは驚きを禁じ得ませんでした。それまでにまったく聞いたことのない言葉だったからです。もしかすると自分がそれまで考えたこともないような奥の深い問題がここに示されているのではないか。そう思いました。 そして、問いはじめた、否、問うこと...
新しい人として生きる(ローマの信徒への手紙 6章) 18.02.2022
キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。 (ローマの信徒への手紙6章3節) 洗礼によって、人はイエス・キリストとひとつに結ばれます。それは第一に、キリストの死にあずかることです。キリストが十字架の上に死なれ、墓に葬られたように、わたしたちの古い人、すなわち第一のアダムもキリストとともに十字架に死に、葬られるのです。 私たちはそこで文字どお...
圧倒的な恵みによる勝利(ローマの信徒への手紙 5章) 17.02.2022
しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。 (ローマの信徒への手紙5章15節) 第二のアダムであるキリストは、第一のアダムを罪と死の中に投げ込んだサタンの支配とたたかい、これを打ち破られました。サタンに対する完全な勝利によって、すべてのアダムの子孫は罪と死の縄目から解き放たれました。今や世界は、また私たちも、アダムからキリストへと移されています。死から命へと移されています。 第二のアダムの勝利は単にこの...
キリストの贖いの御業により(ローマの信徒への手紙 3章21節-4章25節) 16.02.2022
神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。 (ローマの信徒への手紙3章25節) 神の子キリストは、私たちと同じ人間となられ、罪人のひとりに数えられるお方として、私たちの罪の現実のただ中に入って来られました。そして私たちの死を代わってその身に引き受け、死なれました。十字架の上で尊き血潮を流されました。 キリストの死は、私たちの罪の代価です。神に対して代価を支払うべき...
律法を持つ者も持たない者も(ローマの信徒への手紙 2章1節-3章20節) 15.02.2022
神は人を分け隔てなさいません。 (ローマの信徒への手紙2章11節) 律法―神の言葉を守り行うことにより、人は命に至る。これは聖書全体が示す原則です。しかし全人類は始祖アダムにあって罪に堕ち、生まれながらに律法に背く者です。この点はユダヤ人も異邦人も同じです。 神の選びの民であるユダヤ人には律法が与えられました。しかし、ほかならぬその律法が彼らの罪の姿を浮き彫りにしました。彼らは律法を守ることに熱心でしたが...
福音に啓示されている神の義(ローマの信徒への手紙 1章) 14.02.2022
福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。 (ローマの信徒への手紙1章17節) ローマの信徒への手紙1章から8章は救いと命の真理を説き明かします。1章16、17節は手紙全体の主題を要約して示します。それは「神の義」です。キリストの福音において示されたこの神の義は、受け身の義です。人間が自ら勝ち取るべき義ではないのです。人は皆生まれながらに罪人であって、自分を義...
主を慕い求めて(詩編 42-43編) 13.02.2022
なぜうなだれるのか、わたしの魂よ なぜ呻くのか。 神を待ち望め。 わたしはなお、告白しよう 「御顔こそ、わたしの救い」と。 わたしの神よ。 (詩編42編6節~7節) 題の「コラの子」はレビ族の家系で、詠唱者あるいは門衛として代々、幕屋・神殿での務めを担いました(代上6章16節以下、同9章17節以下等)。しかし、詩編の作者は今、エルサレムから遠く離れた北の僻地にいます。決して彼自身が望んでその場所に赴いたわけではあり...
主が共にいて栄光を満たされる(出エジプト記 40章) 12.02.2022
雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。 (出エジプト記40章34節) いよいよ幕屋が完成します。主がモーセに幕屋建設の指示を出されたのは25章ですから、出エジプト記後半の多くが幕屋に関することに費やされていたことになります。主がイスラエルの中に住んでくださるための幕屋がそれだけ重要なのです。幕屋完成の日として指定された第1の月は、かつてエジプトで過越の御業が行われた月です(12章)。主がイスラエルを守...
神の平和を求めるとは(マタイによる福音書 5章9-10節) 11.02.2022
平和を実現する人々は、幸いである、 その人たちは神の子と呼ばれる。 義のために迫害される人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。 (マタイによる福音書5章9節~10節) きょうは「建国記念の日」の「祝日」とされています。しかし私たちキリスト者は、神話に基づいて定められた日を祝うことをしません。また、私たちが祝い喜ぶのは、主なる神を礼拝する時だけだからです。そのためキリスト教会では、この日を「信...
主が共にいてくださるために(出エジプト記 35-39章) 10.02.2022
モーセに言った。 「この民は、主がお命じになった仕事のために、必要以上の物を携えて来ます。」 (出エジプト記36章5節) シナイ山の上で幕屋の建設が命じられていましたが(25~31章)、若い雄牛の像を造って拝むという罪を犯したため中断されていました。モーセの執り成しと主の赦しを経て、いよいよ幕屋の建設が始まります。 まず必要になるのが資材です。モーセは、「進んで心からささげようとする者は、それを主への献納物と...
憐れみ深く恵みに富むまことの神(出エジプト記 32-34章) 09.02.2022
「何によって…御好意を示してくださることが分かるでしょうか。あなたがわたしたちと共に行ってくださることによってではありませんか。」 (出エジプト記33章16節) モーセが山の上で幕屋や祭司について指示を受けている間に、イスラエルの民は金で若い雄牛の鋳像を造り、それにひれ伏し、祭りを行いました。「主が語られることをすべて行い、守ります」(24章7節)と誓ったばかりであるにもかかわらず、像を造って十戒の第二戒を犯...
祭司の奉仕による主との交わり(出エジプト記 28-31章) 08.02.2022
これは…主の御前にささぐべき日ごとの焼き尽くす献げ物である。わたしはその場所で、あなたたちと会い、あなたに語りかける。 (出エジプト記29章42節) 幕屋建設の次に与えられるのは、幕屋で仕える祭司についての指示です。大祭司の祭服であるエフォドの胸当てには、イスラエル十二部族を表す12個の宝石が並べられています。大祭司はイスラエルを代表して主の前に立って祭儀を行うのです。 祭司は、毎日、朝夕に雄羊を1匹ずつささ...
主が民の中に住まれる(出エジプト記 25-27章) 07.02.2022
わたしのための聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう。 (出エジプト記25章8節) 契約締結の儀式によって主の民としての歩みを正式に始めたイスラエルに、主は幕屋を建設するように指示します。幕屋によって、主がイスラエルの民の中に住むとおっしゃるのです。今や主はモーセと共におられるだけでなく(3章12節)、契約の民イスラエルと共におられることを幕屋によって示してくださいます。 第一に指示さ...
最も深くから高らかに(詩編 22編) 06.02.2022
わたしの神よ、わたしの神よ なぜわたしをお見捨てになるのか。 (詩編22編2節) この御言葉を、十字架の上で主イエスは叫ばれました。さらにこの詩には、十字架の下での出来事となった、「主に頼んで救ってもらうがよい」(9節)というあざけりの言葉も、「わたしの着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く」(19節)という事柄も記されています。 主イエスが受けられた苦しみはどれほどのものだったでしょうか。主イエスは死に至る...
主の民がどのように歩むのか(出エジプト記 20-24章) 05.02.2022
モーセは血を取り、民に振りかけて言った。「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。」 (出エジプト記24章8節) 契約のための律法が与えられ、契約締結の儀式が実行されます。ファラオの奴隷ではなく、主の民とされたイスラエルが、どのように生き、どのような社会を形成すべきであるのかが律法に示されています。 まずは十戒によって大きな原則が示されます。前半の4つの戒めは神を愛するこ...
主の宝、祭司の王国、聖なる国民(出エジプト記 19章) 04.02.2022
「あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝となる。 … あなたたちは、わたしにとって 祭司の王国、聖なる国民となる。」 (出エジプト記19章5節~6節) エジプトでファラオの奴隷であったイスラエルの人びとがシナイの荒れ野に到着しました。ここで彼らは新しいアイデンティティを与えられます。主は彼らに「わたしの宝となる」「わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」と言われます。主の大切な宝とされて、主と国々...
愚かな不平さえ聞いてくださる主(出エジプト記 15章22節-18章) 03.02.2022
荒れ野に入ると、イスラエルの人々の共同体全体はモーセとアロンに向かって不平を述べ立てた。 (出エジプト記16章2節) エジプトから救い出されたイスラエルの人びとは、荒れ野での旅を続けていきます。その旅の中で繰り返されるのは、イスラエルの人びとの不平です。マラでは水が苦いと言い、シンの荒れ野では食べ物についての不平を述べ立てます。人びとは「エジプトの国で死んだ方がましだった」と、体験したばかりのすばらしい...
災いを通して主を知る(出エジプト記 5章1節-15章21節) 02.02.2022
「わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」 (出エジプト記14章18節) 主に遣わされたモーセとアロンは民を去らせるように要求しますが、ファラオは「わたしは主など知らないし、イスラエルを去らせはしない」と拒みます。この後に実行される十の災いはファラオとエジプトに主を知らしめるものでした。ナイル川の水が血に変わる災いで「わたしが主であるこ...
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