RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 29, 2026

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Episodes

約束の地を望み見て天の国を仰ぐ(民数記 26-27章) 23.03.2022

「それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう。」 (民数記27章13節) イスラエルの民は約束の地を目指して40年にも及ぶ長い旅をしてきました。その間モーセは指導者として民を率いて来ましたが、いよいよゴールを目前にして神は言われました。その土地を見渡した後、あなたは死ぬと。モーセはかつてメリバで、神に命じられたとおりにせず岩を2回打ち、神の聖なることを示さなかったことがあ...

神の言葉ははるか先を示す(民数記 22-25章) 22.03.2022

わたしには彼が見える。しかし、今はいない。 彼を仰いでいる。しかし、間近にではない。 ひとつの星がヤコブから進み出る。 (民数記24章17節) イスラエルの民がモアブの草原に宿営したとき、モアブの王バラクは恐れました。彼らの数の多さと力を見て、すっかり怖気づいたのです。そこでバラクは、占い師として有名なバラムに、イスラエルを呪ってもらいたいと願いました。バラムは手厚い報酬を差し出されて目がくらみました。神に...

神の救いを見上げて命を得る(民数記 18-21章) 21.03.2022

「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。」 (民数記21章8節) イスラエルの民がホル山についたとき、アロンは死を迎えます。アロンを失った悲しみと不安もあったのでしょうか。民はまたしてもモーセに「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか」と不平を言います。この不平は、エジプトから救い出し、約束された良い土地に導こうとされる神の、...

神の祝福は地の果てに至るまで(詩編 67編) 20.03.2022

神がわたしたちを祝福してくださいますように。 地の果てに至るまで すべてのものが神を畏れ敬いますように。 (詩編67編8節) 詩編67編は、収穫感謝、あるいは豊作祈願の祭りに起源を持つと考えられています。表題(指揮者によって、伴奏付き)、アロンの祝福(民6章)の響きを持つ冒頭、おそらく会衆による応答の繰り返し句(4、6節)などから、旧約時代の古楽器の演奏をバックに、祭司と会衆が一体となって主に感謝を献げている映...

罪を取り除き祝福を示される神(民数記 15-17章) 19.03.2022

明くる日、モーセが掟の幕屋に入って行き、見ると、レビの家のアロンの杖が芽を吹き、つぼみを付け、花を咲かせ、アーモンドの実を結んでいた。 (民数記17章23節) 神の言葉を疑い、恐れに囚われたイスラエルの民は約束の地に入ることができません。それでも彼らは自らの不信仰を反省するどころか、なおも不平を口にしました。 モーセのいとこであるコラは、アロンが祭司職に就いていることが不満でした。またダタンとアビラムは、...

神の祝福の中で現実を見る(民数記 13-14章) 18.03.2022

「もし、我々が主の御心に適うなら、主は我々をあの土地に導き入れ、あの乳と蜜の流れる土地を与えてくださるであろう。」 (民数記14章8節) イスラエルの民が旅を続けて約束の地カナンの近くまで来たとき、神はまずその地を偵察するようにとお命じになりました。 そこでモーセは各部族の長である12名を任命します。40日後、偵察隊は二人がかりで抱えなければならないような立派なぶどうなどを持って帰ってきました。神は乳と蜜の流...

主の力を信じて(民数記 10-12章) 17.03.2022

「あなたの恵みを得ているのであれば、どうかわたしを苦しみに遭わせないでください。」 (民数記11章15節) 神のご命令に従って荒れ野を旅していたはずの民が、一転して激しく不満を言い始めます。 神は天からマナを降らせて人びとを養っておられました。マナはクリームのような味で、栄養価が高く、毎朝拾い集めることができました。しかし民は、肉が食べたい、エジプトでは魚はタダだったし、野菜もあった、あれが忘れられない、...

主の命令によって(民数記 7-9章) 16.03.2022

彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。彼らはモーセを通してなされた主の命令に従い、主の言いつけを守った。 (民数記9章23節) 人びとが幕屋を建て終わると、雲が幕屋を覆いました。空高くにあった雲が不思議な仕方で降りて来たのです。その雲は夜になると燃える火のように見えました。それは、神御自身がイスラエルの民と共におられることを示すしるしでした。そして神は、雲が幕屋の上にとどまっている間は...

神の聖さに生きる(民数記 5-6章) 15.03.2022

わたしがそのただ中に住んでいる宿営を汚してはならない。 (民数記5章3節) イスラエルの民は旅の間、荒野に宿営しました。神はその宿営地に「わたしは住む」とおっしゃいます。これは、とても大きな慰めです。全能の神が味方となって共にいてくださるということだからです。しかし、神は聖なるお方です。ですから、いかなる汚れたものをもそのままにされません。神は宿営地を汚さないように、汚れた者を宿営の外に出すようにとお命...

約束の地を目指して(民数記 1-4章) 14.03.2022

イスラエルの人々の共同体全体の人口調査をしなさい。氏族ごとに、家系に従って、男子全員を一人一人点呼し、戸籍登録をしなさい。 (民数記1章2節) 神の御手に導かれてエジプトから脱出したイスラエルの民は、シナイ山を出発し約束の地を目指して旅立ちます。民数記はその後40年にも及ぶ長い荒れ野の旅路を記録した書物です。「民数記」の書名は、人口調査の記事から来ています。 冒頭から12の部族名と人数の羅列が長々と続くので...

神だけが与えてくださる平安(詩編 62編) 13.03.2022

民よ、どのような時にも神に信頼し 御前に心を注ぎ出せ。 神はわたしたちの避けどころ。 (詩編62編9節) 詩編作者は自身の周囲に悪意と欺き、そして暴力が確かに存在していることを語ります。「お前たちはいつまで人に襲いかかるのか」(4節)とあるように、敵意を抱く人びとの攻撃は止むことなく執拗に繰り返されています。 しかし、詩編作者の魂に恐れはありません。普通であれば平静を保つことができないほどの激しい攻撃にさら...

愛の実体が伴った言葉(コリントの信徒への手紙一 13章1-7節) 12.03.2022

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 (コリントの信徒への手紙一13章4節) 「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない」(4節)。この賛歌には、私たちのために御子イエス・キリストを十字架にかけてくださった神の愛があらわされています。そして、この愛に応答する一つのかたちを、わたしは入船尊先生のお姿を通して学びました。 わたしがまだ神学生だったときに、寮...

キリストによって自由にされた私たち(コリントの信徒への手紙一 10章23節-11章1節) 11.03.2022

だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。 (コリントの信徒への手紙一10章31節) 昔、アルバイトでイスラム教徒の人たちと一緒に働いたことがあります。彼らが毎日決まった時間になると洗面所に行って手足を洗い、口をすすいでからお祈りを始める姿に、とても驚かされたことを思い出します。大変なのは彼らの食事の問題です。彼らと一緒にコンビニに行って食べるものを...

神の御業が実現する私たちの人生(コリントの信徒への手紙一 4章1-5節) 10.03.2022

わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。 (コリントの信徒への手紙一4章3節) 私たちは毎日の生活の中でさまざまな失敗を繰り返しています。失敗をしても、そこから学ぶことができれば、その後の私たちの人生に役立つ何かを得ることができます。しかし、私たちはそれさえ考えることができないで、「だから自分はダメだ」という自己評価をして、自分を裁いてしまうことがよくあります。そのようなとき、誰かが小声で話をしてい...

小さなところだけに目を注ぐのではなく(コリントの信徒への手紙一 3章1-9節) 09.03.2022

わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。 (コリントの信徒への手紙一3章6節) パウロは「わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり」と書いています(9節)。 ある教会会議で一人の教師が「洗礼準備の勉強会を長年続けて来た求道者が、教会から離れてしまい、最近、別の教会で洗礼を受けたことが分かった」と言われ、さらに「自分の指導が行き届かなかった」と反省の言葉を語られました...

人間の言葉とは違う聖書の言葉(コリントの信徒への手紙一 2章1-5節) 08.03.2022

なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。 (コリントの信徒への手紙一2章2節) パウロは多くの言葉を教会に書き送りましたが、その言葉はイエス・キリストの十字架に貫かれていました。 わたしがまだ神学校で学んでいたころ、順番に回ってくる説教演習の授業はとてもたいへんでした。教授たちが語る厳しい批評を聞いていると、その後...

問題を通して福音を示してくださる神(コリントの信徒への手紙一 1章1-9節) 07.03.2022

神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。 (コリントの信徒への手紙一1章9節) このコリントの信徒への手紙は使徒パウロによって記された手紙です。この手紙の中には私たちの信仰生活を励まし導くために有益な言葉がたくさん記されています。しかし、パウロがこの手紙をコリントの教会の人びとに送ることになったきっかけは、この教会がたくさんの...

嘆きと感謝と賛美の歌(詩編 57編) 06.03.2022

わたしは心を確かにします。 神よ、わたしは心を確かにして あなたに賛美の歌をうたいます。 (詩編57編8節) この詩編は、「神よ、天の上に高くいまし、栄光を全地に輝かせてください」(6、12節)というフレーズで締めくくられる二つの対照的な部分で構成されています。前半は苦しみの渦中にある詩編作者の嘆きですが、後半は救いを与えてくださる主なる神への感謝に変わります。この変化の理由が7節です。「彼らはわたしの足もと...

御言葉に従うことに約束されている祝福(レビ記 26章3-46節) 05.03.2022

あなたたちがわたしの掟に従って歩み、わたしの戒めを忠実に守るならば、わたしは時季に応じて雨を与える。 (レビ記26章3節~4節) 「あなたたちがわたしの掟に従って歩み、わたしの戒めを忠実に守るならば」といって神は私たちにあらゆる祝福を約束してくださいます。 しかし、逆に「わたしの言葉を聞かず、…戒めを守らず、わたしの掟を捨て…るならば」(14、15節)と言って、神は私たちにあらゆる災いを予告されます。それは決し...

キリストが解放を告げるヨベルの年(レビ記 25章) 04.03.2022

あなたは安息の年を7回、すなわち7年を7度数えなさい。…この50年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。 (レビ記25章8節~10節) 7日目が安息日とされたように、7年目は安息年とされました。そして、安息年のそのまた7回目の年が、非常に特別な「ヨベルの年」とされました。多くの人にとって一生に一度の特別な年です。その特徴は「全住民に解放の宣言をする」、とりわけ、それまで奴隷だったすべて...

隣人を自分のように愛しなさい(レビ記 19章9-18節) 03.03.2022

自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。 (レビ記19章18節) 「それを実行しなさい。そうすれば命が得られる」(ルカ10章28節)と主イエスが教えてくださったのは、レビ記のこの個所からです。 「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」という「最も重要」な戒めに帰着する文脈は、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない」(9節)という掟から始...

重い皮膚病の人に手を差し伸べて触れる(レビ記 13章) 02.03.2022

重い皮膚病にかかっている患者は、…「わたしは汚れた者です…」と呼ばわらねばならない。…その人は独りで宿営の外に住まねばならない。 (レビ記13章45節~46節) レビ記は11章から15章の「汚れ」の問題の中で、その中でもとくに「重い皮膚病」を非常に大きく扱っています。その病にかかった人は「わたしは汚れた者です、汚れた者です」と呼ばわらねばならず、独りで宿営の外に住まねばなりませんでした。殺菌のために門の外のゴミ焼...

和解の献げ物と感謝の祈りによる食卓(レビ記 7章11-38節、19章5節) 01.03.2022

和解の献げ物を主にささげるときは、それが受け入れられるようにささげなさい。 (レビ記19章5節) キリストの十字架と切っても切り離せない「賠償の献げ物」のほかに、私たちの生活に今も生きている感覚は「和解の献げ物」に由来するものです。「和解の献げ物」は羊に限らず、任意の肉でよく、それにパンも添え、それを、ささげた人たち自身が食べるというところに特徴があります。 それは私たちにとって、キリストがもたらしてくだ...

賠償の献げ物イエス・キリスト(レビ記 5章14-26節) 28.02.2022

祭司がその賠償の献げ物の雄羊をもって彼のために罪を贖う儀式を行うと、彼の罪は赦される。 (レビ記5章16節) レビ記の冒頭にはさまざまな献げ物についての規定が並んでいますが、その中で今も私たちの救いに直接関わるのが「賠償の献げ物」です。人が「過ちを犯し、禁じられている主の戒めを一つでも破った場合」、無傷の羊を「賠償の献げ物」としなければならず、それによって「責めを負ったすべてのことに赦しが与えられる」と...

主が望んでおられること(詩編 50-51編) 27.02.2022

告白を神へのいけにえとしてささげ いと高き神に満願の献げ物をせよ。 それから、わたしを呼ぶがよい。 苦難の日、わたしはお前を救おう。 (詩編50編14節~15節) この詩編で描かれているのは神殿祭儀における神の顕現です。主なる神はご自分の民を呼び集められ、それぞれの「信仰」について問われます。 そこは神の法廷でもあります。全知全能の主は、ひとつの不正も見逃されることなく完全に公正な裁きをなさいます。不当な判決が...

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