RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 25, 2026

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Episodes

長老たちによる按手の賜物(テモテへの手紙一 3-6章) 10.09.2022

あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはなりません。その賜物は、長老たちがあなたに手を置いたとき、預言によって与えられたものです。 (テモテへの手紙一4章14節) 改革派教会では、新しく教師が誕生するとき、中会で教師と長老たちによる按手という儀式が執り行われます。この教師を聖霊によって守り導き、その務めを忠実に果たすことができるよう助けてくださいと、主に委ねるためです。わたしもそのようにしていただき、大勢...

罪人の頭である「わたし」が召された(テモテへの手紙一 1-2章) 09.09.2022

「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、…わたしは、その罪人の中で最たる者です。 (テモテへの手紙一1章15節) キリスト教最大の伝道者パウロから訓練を受け、良き協力者であった若いテモテに書き送った手紙を読んでいきます。テモテは、パウロが第2回伝道旅行でリストラに立ち寄った時に見出した人物です。母と祖母の信仰に育まれた信仰熱心な若者で、パウロが伝道者として育て、彼の右腕...

動揺しないでしっかり立とう(テサロニケの信徒への手紙二 2-3章) 08.09.2022

主の日は既に来てしまったかのように言う者がいても、すぐに動揺して分別を無くしたり、慌てふためいたりしないでほしい。 (テサロニケの信徒への手紙二2章2節) パウロがテサロニケの人びとに宛てた手紙には、いずれもキリストの再臨について書かれています。2節では、キリストの再臨について広まっている偽りのニュースを正面から取り上げています。この噂は、テサロニケの若い群れの信仰の基盤を揺るがしました。心に疑いと恐れ...

苦難の中で忍耐と信仰を示す(テサロニケの信徒への手紙二 1章) 07.09.2022

…あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。 (テサロニケの信徒への手紙二1章4節) 使徒パウロは、テサロニケの信徒たちの信仰と愛がとてつもなく高まっているのを見ています。文字どおり、3節にあるように「信仰が大いに成長し」、非常に豊かになったのです。希望を持って忍耐した(1テサ1章3節)、彼らの最初の従順さは、厳しい迫害や苦し...

主の再臨を待ち望む姿勢(テサロニケの信徒への手紙一 4-5章) 06.09.2022

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。 (テサロニケの信徒への手紙一5章16節~18節) テサロニケの信徒への手紙一が各章ごとに「主の再臨」について述べているほど、当時、主の再臨は大きな話題でした。もちろん、テサロニケの教会の信徒は、再臨信仰を持っていました。しかし、主の再臨のときに、眠っている人びとが果たして復活するのかという問題で、大きく混乱していました。そこで、パウロは...

信仰の働き愛の労苦希望の忍耐(テサロニケの信徒への手紙一 1-3章) 05.09.2022

あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを… (テサロニケの信徒への手紙一1章3節) テサロニケの教会には「信仰」と「愛」と「希望」、この三つを基にした実がありました。それゆえ、マケドニア州とアカイア州にいるすべての信徒の模範となりました(1章7節)。 まず「信仰」ですが、彼らの信仰は、偶像から離れて、神に立ち帰るという具体的...

わたしは新しく創造されました(詩編 102編) 04.09.2022

後の世代のために このことは書き記されねばならない。 「主を賛美するために民は創造された。」 (詩編102編19節) 詩人は、「主よ、わたしの祈りを聞いてください」(1節)と神に呼びかけ、自身の病の苦しみを語ります。「骨は炉のように焼ける」、「心は草のように乾く」、さらに「わたしは呻き、骨は肉にすがりつき」(4~6節)と続け、パンをすら食べることができない病状であることを語ります。病に罹り、骨と肉がくっついてし...

神への望みが道を照らし出す(哀歌 3-5章) 03.09.2022

人の子らを苦しめ悩ますことがあっても それが御心なのではない。 (哀歌3章33節) 「助けを求めて叫びをあげても、わたしの訴えはだれにも届かない」と、哀歌の著者は言います(3章8節)。「助けて」と言うだけでも勇気がいることなのに、その声が無視され、見捨てられた状態です。 こうした現実に直面して、著者は、「わたしの生きる力は絶えた」と声を絞り出します(3章18節)。しかし、その言葉で終わりませんでした。そのすぐ後...

哀しみから知りえる神に帰る道(哀歌 1-2章) 02.09.2022

主の御前に出て 水のようにあなたの心を注ぎだせ。 (哀歌2章19節) 哀歌は、古くは「エレミヤの哀歌」とも言われました。七十人訳ギリシア語訳聖書では序文があり、「イスラエルが捕囚となり、エルサレムが荒廃して後、エレミヤは座して泣き…」という言葉で始まります。 「夜もすがら」(1章2節)泣いていた詠い手は、立つ力を失っていました。すべてが終わってしまった、という現状を目の前にしているからです。 絶望は、死に至る...

罪が赦される神の時は必ず来る(エレミヤ書 46-52章) 01.09.2022

その日、その時には、…ユダの罪も見いだされない。わたしが、生き残らせる人々の罪を赦すからである。 (エレミヤ書50章20節) エレミヤは、かつて神から呼びかけられたとおり(1章10節)、諸国民に向けてもその言葉を残しました。 エレミヤ書だけでなく、イザヤ書やエゼキエル書などの預言書にも諸国民への預言はあります。なぜなら、神はイスラエルの神だけでなく、全世界の主であるからです。 神は歴史を導きます。神のご支配には...

どこに行っても与えられる神の守り(エレミヤ書 40-45章) 31.08.2022

「ただ、あなたの命だけは、どこへ行っても守り、あなたに与える。」 (エレミヤ書45章5節) エレミヤの言葉を巻物にまとめたバルクはかつて言いました。「ああ、災いだ。主は、わたしの苦しみに悲しみを加えられた。わたしは疲れ果てて呻き、安らぎを得ない」(45章3節)。 エレミヤの口から語られる神の言葉を書き留めることは、彼と共にその言葉に生きることでした。それは、神の御心を知るための苦しみであり悲しみでした。語っ...

その日に神はあなたを救い出す(エレミヤ書 34-39章) 30.08.2022

「しかし、その日に、わたしはあなたを救い出す、と主は言われる。あなたが恐れている人々の手に渡されることはない。」 (エレミヤ書39章17節) 南ユダの最後の王ゼデキヤは、「主の目に悪とされることをことごとく行った」(王下24章19節)と言われる王ですが、一方でエレミヤを保護した王でもありました。 エレミヤが、バビロンに降伏しないとこの国は滅びると言って人びとの怒りを買い、死の危険に晒されたとき、王は、彼を監視...

神の恵みは罪の根深さより深い(エレミヤ書 30-33章) 29.08.2022

わたしは、彼らと永遠の契約を結び、…わたしに従う心を彼らに与え、わたしから離れることのないようにする。 (エレミヤ書32章40節) イスラエルとユダの歩みは、「建てられた日から今日に至るまで、わたしを怒らせ憤らせてきた」(32章31節)と神から言われるほどに、罪に罪を重ねてきた歴史でもありました。それが選びの民と呼ばれていたのは、皮肉でさえあります。しかし、これは他人ごとではなく、まさに私たちの姿を現す鏡その...

後になって知るのだからあきらめるな(コヘレトの言葉 3章1-17節、11章1-6節) 28.08.2022

朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。 実を結ぶのはあれかこれか それとも両方なのか、分からないのだから。 (コヘレトの言葉11章6節) コヘレトを賢者として有名にした「時の詩」は、生まれる時から死ぬ時までの人生全体を視野に入れます。戦いの時と平和の時という人生究極の否定と肯定を描き、そう色分けされる諸々の時を歌います。「生まれるに時があり」と語り出し、「平和の時がある」と締め括る。初めと終わりは否定ではなく...

祈り求めることから始まる神の平和(エレミヤ書 26-29章) 27.08.2022

…その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたたちにも平安があるのだから。 (エレミヤ書29章7節) 当時、多くの者が、「バビロンの王に仕えるべきではない」と語り、あるいは聞いていました(27章9節)。しかし、エレミヤは、バビロンに仕えて生きる道を自らに軛をかけて語りました。それに対してハナンヤは、エレミヤの軛を打ち砕き、「このように、先に捕らわれた者たちは、2年もすればまたこの場所へ連れ戻...

神の怒りによって見える立ち帰る道(エレミヤ書 25章) 26.08.2022

お前たちは貴い器のように砕かれて倒れる。 (エレミヤ書25章34節) 20年以上も、エレミヤが語る主の言葉は、ユダの民に聞かれませんでした(3節)。神に造られた彼らは、ただ「自分の手で造った物」を大切にしていました(7節)。神をも所有する感覚が、自由だと思っていたのです。 神の言葉に聞き従わないことで、ユダの民は神の怒りを招きます。それは70年にも及ぶバビロンの支配というかたちでした。しかし、時が来ると、そのバ...

神が引き抜くとき植えるとき(エレミヤ書 18-24章) 25.08.2022

彼らに目を留めて恵みを与え、この地に連れ戻す。彼らを…植えて、抜くことはない。…彼らは真心をもってわたしのもとへ帰って来る。 (エレミヤ書24章6節~7節) 「悪をもって善に報いてもよいでしょうか」(18章20節)。思わずそう神に訴えたくなるような現実がエレミヤの目の前に広がっています。 生活の腐敗が礼拝を歪めるのか、あるいは礼拝の腐敗が生活を歪めるのか、どちらが先とは言えません。いずれにせよ、神の目にはどちら...

主よ、あなたがいやしてくださるなら(エレミヤ書 9-17章) 24.08.2022

主よ、あなたがいやしてくださるなら わたしはいやされます。 あなたが救ってくださるなら わたしは救われます。 (エレミヤ書17章14節) 見向きもされない神の言葉を一人抱え込んでいるエレミヤは、自分の命を呪います。エレミヤは言います。「ああ、わたしは災いだ。わが母よ、どうしてわたしを産んだのか」と(15章10節)。故郷アナトトの人びとからは、「死にたくなければ」もうこれ以上語るなと脅され(11章21節)、「兄弟です...

滅びに向かう世界で見える神の憐れみ(エレミヤ書 2-8章) 23.08.2022

「そのときですら」と主は言われる。「わたしはお前たちを滅ぼし尽くしはしない。」 (エレミヤ書5章18節) 神の言葉を授けられたエレミヤは、浅はかな希望ではなく、深い悲しみを味わいます。祭司や預言者を含めて多くの人が、自分のことしか考えられなくなっているからです。 誰もが神への最初の真心を忘れ、その自覚すらありません。むしろ、「わたしには罪がない」(2章35節)と言って、平気で悪を重ねています。破滅に対しても...

神の言葉は御手によって動き出す(エレミヤ書 1章) 22.08.2022

「わたしがあなたと共にいて、必ず救い出す」 … 「見よ、わたしはあなたの口に わたしの言葉を授ける。」 (エレミヤ書1章8節~9節) エレミヤは怖気づいていました。彼は、祭司の町とも言われるアナトトで育ちました。彼の父も祭司で、自分もいずれその道を、と思っていたかもしれません。しかし、神からの呼びかけは思いがけないものでした。神は、彼を「生まれる前」から「聖別し」、ユダの民だけでなく、「諸国民の預言者として...

若さと働きそのものを楽しめ(コヘレトの言葉 1章12節-2章26節、11章7節-12章2節) 21.08.2022

若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。 青年時代を楽しく過ごせ。 心にかなう道を、目に映るところに従って行け。 (コヘレトの言葉11章9節) ソロモン王のごとくふるまったコヘレトは、新たな知恵の境地に至ります。それは善悪二元論と因果応報を説く伝統的知恵とは異なります。神の御前に自分が良しとされるか否かは、神のみぞ知る。まして自分以外の誰かが良しとされるか否かなど知るよしもない。神が人を自由に裁量なさるなら、人も...

キリストの福音はローマまで(使徒言行録 25-28章) 20.08.2022

全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。 (使徒言行録28章31節) パウロは3回の伝道旅行を通して、ギリシア世界まで福音宣教の働きを広げていきました。そのパウロの働きの外で、福音は都ローマにまで届いていました。パウロはローマにいる信徒たちへ、いずれローマに行きたいという思いを手紙で伝えています(ロマ1章12節)。ローマの先にあるイスパニアを見据えていたパウロは、ロー...

先が見えない中でも(使徒言行録 21-24章) 19.08.2022

「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」 (使徒言行録23章11節) 使徒言行録は21章から怒涛の展開を迎えます。第三次伝道旅行からエルサレムに戻ってきたパウロはユダヤ人に捕らえられ、最高法院で取り調べを受けました。そこでの論争が激しくなり、最高法院の中のファリサイ派とサドカイ派が分裂したほどです。この激論の中、千人隊長はパウロがユダヤ人たちに引き...

伝道旅行(3)祈りに励まされ(使徒言行録 19-20章) 18.08.2022

このように話してから、パウロは皆と一緒にひざまずいて祈った。人々は皆激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻した。 (使徒言行録20章36節~37節) パウロは第三次伝道旅行の最中、エフェソに3年間、滞在しました。その期間、ユダヤ人の会堂や、ティラノという人の講堂で御言葉を語り続け、また、主はパウロの手を通して奇跡を行われました。その奇跡によって、神の力がエフェソの人びとに示されたのです。エフェソの後、パウロはギ...

伝道旅行(2)恐れるな語り続けよ(使徒言行録 16-18章) 17.08.2022

ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。」 (使徒言行録18章9節~10節) 使徒言行録はエルサレムの使徒会議の後、パウロとシラスによる伝道旅行を18章に至るまで記しています。パウロたちは、主の不思議な導きによってギリシア世界に足を踏み入れることになり、伝道の幅を広げていきます。 パウロがコリントで伝道していたときのことです。パウロは幻の...

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