RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Oct 18, 2026

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Episodes

心に良い土地を用意する(マタイによる福音書 13章) 06.03.2024

「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは100倍、あるものは60倍、あるものは30倍の実を結ぶのである。」 (マタイによる福音書13章23節) マタイによる福音書13章1~23節には、主イエスの「種を蒔く人のたとえ」が語られています。主はこのたとえを通して、私たちの心という土地の有り様によって、蒔かれた御言葉の種が成長し、豊かな実を結ぶか否かが決まることを語るのです。 第一の土地は道端です...

私たちの心の倉から出る言葉(マタイによる福音書 12章) 05.03.2024

「善い人は、良いものを入れた倉から良いものを取り出し、悪い人は、悪いものを入れた倉から悪いものを取り出してくる。」 (マタイによる福音書12章35節) マタイによる福音書12章33~37節には、二つのたとえを通して人を傷つける言葉を戒める、主イエスの説教が語られています。 一つ目は「木とその実のたとえ」です。主は「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しは、その結ぶ実で分か...

疲れた者重荷を負う者へ(マタイによる福音書 11章) 04.03.2024

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 (マタイによる福音書11章28節) 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」という主イエスの言葉は、礼拝のはじめの「招きの言葉」でも読まれる有名な聖書箇所です。 この主の言葉で大事な点は、「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(29節)と続くとこ...

主イエスはまことの過越の小羊(ヨハネによる福音書 2章13-22節) 03.03.2024

イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。3日で建て直してみせる。」 (ヨハネによる福音書2章19節) 過越祭が近づくと、地中海世界に離散していたユダヤ人もエルサレムの都に上り、動物の犠牲を献げました。その際、ローマ貨幣をユダヤ貨幣に両替し、犠牲に献げる動物を買うための商人がどうしても必要でした。しかし、両替人や犠牲の動物を売る者たちは、神殿の境内で商売をし、神殿礼拝を汚していたようです。 エルサレ...

ヤコブの神はわたしたちの砦(詩編 46編) 02.03.2024

「力を捨てよ、知れ わたしは神。 国々にあがめられ、この地であがめられる。」 (詩編46編11節) 宗教改革者マルティン・ルターが作詞作曲した讃美歌267番は、「神はわがやぐら、わがつよき盾」という、力強い神への賛美告白から始まります。ルターは、命がけの教会改革の苦闘の中、きょうの御言葉である詩編46編によってこの讃美歌をつくったと言われます。 エルサレムの神殿でこの詩編46編を歌った神の民イスラエルもまた、戦いの...

人を恐れてはならない(マタイによる福音書 10章) 01.03.2024

「人々を恐れてはならない。…体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。」 (マタイによる福音書10章26節~28節) マタイによる福音書10章には、主イエスが12人の弟子たちを選び、福音宣教へと派遣されるシーンが描かれています。その中で、主は弟子たちに「人々を恐れてはならない」と言われました。 私たちには、人前に出るときや初対面の人と話すときなど、いろんな場面で人を恐れることがあると思いますが、ここで...

12年の絶望から希望へ(マタイによる福音書 9章) 29.02.2024

イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。 (マタイによる福音書9章22節) 9章18~26節には二つの物語が組み込まれています。一つは指導者の娘が生き返る物語で、もう一つは12年間も出血の病が続いている女性の癒しの物語です。 二つの物語の共通点は、12年という年月です。並行箇所に、指導者の娘は「12歳になっていた」と記されています...

神のかたちの自分を取り戻す(マタイによる福音書 8章) 28.02.2024

悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。 (マタイによる福音書8章28節) マタイによる福音書8、9章には、主イエス・キリストの奇跡物語が記されています。 あるとき、主イエスがガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた二人に出会いました。彼らは人びとから離れて墓場を住まいとし、とても狂暴で、だれもその辺りの道を通れ...

主の御言葉に忠実に生きる(マタイによる福音書 7章) 27.02.2024

「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」 (マタイによる福音書7章24節) 岩の上に家を建てる賢い人と砂の上に家を建てる愚かな人が対比されています。岩の上に建てた家は大雨・大風にびくともしない一方で、砂の上に建てた家は倒れてしまいます。 このたとえにおいて賢さと愚かさが意味しているのは、教えられた御言葉を行うか否かです。きわめて単純明快でそこに誤解の余...

隠れたことを見ておられる神に(マタイによる福音書 6章) 26.02.2024

「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。」 (マタイによる福音書6章1節) 主イエスは「殺してはならない」から「隣人を愛しなさい」までモーセ律法の文言を取り上げて説明された後、ギアを変えるようにして善い行いについて語られます。具体的には施し、祈り、断食が取り上げられています。 ここで主イエスが強調しておられるのは、...

わたしの愛する子これに聞け(マルコによる福音書 9章2-9節) 25.02.2024

すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」 (マルコによる福音書9章7節) 服が真っ白に輝いた主イエスが、そこに現れたモーセとエリヤと語り合います。その光景を三人の弟子たちが目撃します。そして、「あなたは、メシアです」と告白したペトロは、恐れながらもイエスに向かって、主イエスとモーセとエリヤのために仮小屋を建てましょうと言います。 そこに雲が現れ、彼らの周...

王座は世々限りなく(詩編 45編) 24.02.2024

神よ、あなたの王座は世々限りなく あなたの王権の笏は公平の笏。 (詩編45編7節) 詩編45編は、前半、王の美しさが語られています。後半では、この美しい王と結婚する王妃もまた美しいことが語られています。このような王の美しさは、王を召した神が王を通して働いているからこそあらわされています。もし王が神に従うことをやめてしまったなら、その美しさは、あっと言う間に消えてしまいます。残念ながら、旧約の神の民イスラエル...

律法の完成者主イエス・キリスト(マタイによる福音書 5章) 23.02.2024

「はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。」 (マタイによる福音書5章18節) マタイは、主イエスの語られた言葉を、おそらくモーセ五書に倣い、五つにわけて配置しています。5章以下の山上の説教はその一番目で、律法に関する教えを中心に主イエスの言葉がまとめられています。 もともと律法は主なる神がご自身の民に与えられた言葉であり、善いに違いあり...

悪魔の誘惑に勝利する御言葉(マタイによる福音書 4章) 22.02.2024

すると、イエスは言われた。「退け、サタン。 『あなたの神である主を拝み、 ただ主に仕えよ』 と書いてある。」 (マタイによる福音書4章10節) 洗礼者ヨハネから洗礼を受けられた主イエスは、悪魔から誘惑を受けるため、〝霊〟に導かれて荒れ野に行かれます。 そこで悪魔はあの手この手を使って、主イエスを試そうとします。断食で空腹の状態であることを狙ったり、神の子としての力を自分のために使わせようとしたり、富と権力を...

主がわたしに用意しておられる道(マタイによる福音書 3章) 21.02.2024

そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。 (マタイによる福音書3章1節~2節) クリスマス物語に続いて、洗礼者ヨハネが登場します。祭司ザカリアとエリサベトの息子として生まれた洗礼者ヨハネは、おそらく父親と同じく神殿で主に仕える祭司になることが期待されていたでしょう。しかし、主はヨハネに別の人生を用意しておられました。 それはやがて来られる主イエス...

旧約に示された救いの歴史とクリスマス(マタイによる福音書 2章) 20.02.2024

それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 (マタイによる福音書2章15節) 本章では、主イエスがお生まれになった後のクリスマス物語が描かれます。ただし多くの人が抱くような、心温まるクリスマス物語のイメージとは異なり、痛みや悲しみを引き起こす暗いエピソードが多く含まれています。 東方の占星術の学者たちの来訪の後、主の天使がヨセフに...

旧約と新約をつなぐもの(マタイによる福音書 1章) 19.02.2024

アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。 (マタイによる福音書1章1節) 旧約聖書と新約聖書は、全体でひとつの聖書を構成しており、互いになくてはならない存在として、有機的につながっています。きょうから読み進めていくマタイによる福音書は、新約の最初に配置されるにふさわしく、旧約とのつながりを明確に示している書物です。 マタイは、アブラハムからダビデ、そしてバビロン捕囚を経てイエス・キリストに至る...

イエスは神の御心に適う者(詩編 1章9-15節) 18.02.2024

「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。 (詩編1章11節) 洗礼とは罪が洗い清められたキリスト者であることをあらわす印です。 罪がない主イエスが洗礼を受ける必要はありません。しかし、「正しいことをすべて行う」(マタ3章15節)ため、ヨルダン川で主は洗礼をお受けになります。 洗礼を受けると、天が開き、鳩のような形で聖霊が主イエスに降ります。そして、父なる神は、「あなたはわた...

屠るための羊と見なされています(詩編 44編) 17.02.2024

我らはあなたゆえに、絶えることなく 殺される者となり 屠るための羊と見なされています。 (詩編44編23節) 私たちは、神にどのようなことでも祈ることができます。神に対するどんな訴えも、神は必ず聞いてくださいます。私たちは、この世界で起こっていることすべてが神の御手の中で起こっていることを知っています。ですから、うれしいことが起こったときには神に感謝し、実現してほしいことがあるときには神にお願いをします。そ...

無償で恵みを受けなさい(イザヤ書 55章) 16.02.2024

来て、銀を払うことなく穀物を求め …。 わたしに聞き従えば 良いものを食べることができる。 あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。 (イザヤ書55章1節~2節) 乾燥地帯では、水も穀物もぶどう酒や乳も高価なものです。それなのにお金を出さずに買い求めなさいと言われるのですから、不思議な招きです。ただでもらえるのです。 招かれているのは、努力してこの世のものを得ている人たちです。招きの理由は神が私たちの現実を...

私たちの根本的な安全保障(イザヤ書 54章) 15.02.2024

どのような武器があなたに対して作られても 何一つ役に立つことはない。 … これが主の僕らの嗣業 わたしの与える恵みの業だ、と主は言われる。 (イザヤ書54章17節) 罪の世です。悪魔の誘惑もあります。主の僕による驚くべき贖いの御業によって救われた私たちも、惑わされてしまうことがあります。ですから、神は私たちを目覚めさせようとしておられます。 神が私たちに呼びかけておられます。「喜び歌え、…歓声をあげ、喜び歌え」...

彼の受けた傷によって癒やされた(イザヤ書 53章) 14.02.2024

病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ 彼は自らを償いの献げ物とした。 … 主の望まれることは 彼の手によって成し遂げられる。 (イザヤ書53章10節) 主の御腕の力、主の力、恵みの力、主の救いの力は、どこに示されているのでしょうか。 一人の苦難の僕の姿が描きだされています。人びとは、彼のことを理解できません。軽蔑し、無視し、そして、こう考えます。あの人が苦しみを負っているのは、自分の罪の結果であり、神に打た...

平和と救いの良い知らせ(イザヤ書 52章) 13.02.2024

いかに美しいことか …良い知らせを伝える者の足は。 彼は平和を告げ、… 救いを告げ あなたの神は王となられた、と シオンに向かって呼ばわる。 (イザヤ書52章7節) 「奮い立て、奮い立て、…輝く衣をまとえ、エルサレムよ」(1節)。神の御前で礼拝者として生きるようにと促されています。 バビロン捕囚も経験しました。エジプトでの苦難、アッシリアによる迫害も経験しました。神の民を懲らしめるために神は異教の国々を用いられた...

目覚めよ目覚めよエルサレム(イザヤ書 51章) 12.02.2024

わたし、わたしこそ神、あなたたちを慰めるもの。 なぜ、あなたは恐れるのか 死ぬべき人、草にも等しい人の子を。 (イザヤ書51章12節) 神の民は、偶像礼拝に陥ったため、バビロン捕囚という神からの裁きを受けなければなりませんでした。17節から20節には、その裁きの様子が記されます。激しい裁きのゆえに、神の民は望みを失い、絶望的な思いにかられたに違いありません。 しかし、裁かれたまま終わるのではありません。神御自身...

私たちは神を王とたたえる(詩編 68編) 11.02.2024

主をたたえよ 日々、わたしたちを担い、救われる神を。 この神はわたしたちの神、救いの御業の神 主、死から解き放つ神。 (詩編68編20節~21節) 「神よ、あなたの行進が見える。わたしの神、わたしの王は聖所に行進される」(25節)。この詩編が、信仰の眼差しで捉える本当の王のお姿を、私たちは仰ぎます。 きょう2月11日を、わたしの手帳は「建国記念の日」と記しています。1945年の敗戦以前には「紀元節」という祝日でした。以...

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