RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Episodes
聖霊の風よ希望の灯を燃やしたまえ(使徒言行録 2章) 20.05.2024
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 (使徒言行録2章1節~2節) ペンテコステは、キリストの教会の誕生日です。私たちにとっての洗礼記念日ともよく似た、大切なメモリアルです。あの日、まさに教会そのものが聖霊による洗礼を授けられました(使徒1章5節)。そしてそれは、弟子たちが聖霊によって心を燃やされた日でありまし...
神の真理を伝える聖霊(ヨハネによる福音書 16章4節後半-15節) 19.05.2024
「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、…」 (ヨハネによる福音書16章13節) 聖霊降臨を記念するペンテコステの主日に、主イエス自らが聖霊の働きについて語られた言葉を聞きましょう。 主イエスが昇天された後、聖霊が弟子たちに降りました。聖霊は世の誤りを明らかにして、私たちの信じる真理こそ正しいと弁護してくださいます(7、8節)。加えて...
何を頼みとして生きるのか(詩編 52編) 18.05.2024
わたしは生い茂るオリーブの木。 神の家にとどまります。 世々限りなく、神の慈しみに依り頼みます。 (詩編52編10節) ここには、神を力とせず、自分の悪事を誇り、莫大な富に依り頼む者(3、9節)と、神の慈しみに依り頼む人(10、11節)との違いが対照的に語られています。 2節に記されているアヒメレクは祭司で、サウル王に追われ、逃亡生活をおくるダビデに、備えのパンとゴリアトの剣を与えて助けました。これをサウルに告げた...
神の恵みのもとに十字架の愛を現す信徒(コリントの信徒への手紙二 13章) 17.05.2024
主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。 (コリントの信徒への手紙二13章13節) 13節は、祝福の祈りをするときによく用いられる箇所です。パウロが、問題多く、悩み多く、さらには自分の使徒権に反対するコリント教会に対する切なる愛を示す箇所です。 コリント教会の信徒たちは、「あなたがイエス・キリストによって語っている証拠を示しなさい」とパウロに求めました。そのような失...
わたしの力が弱いところから完全になる(コリントの信徒への手紙二 12章) 16.05.2024
すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。 (コリントの信徒への手紙二12章9節) パウロは、「わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使い」を「離れ去らせてくださるように」三度神に願いました。しかし、神はパウロが望む通りではなく、ご自身の御心に従って答えてくださいます。「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」。キリストの御力はわたしの...
キリストのために苦しむことを誇る(コリントの信徒への手紙二 11章) 15.05.2024
誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう。 (コリントの信徒への手紙二11章30節) コリント教会の信徒たちは自分のことを誇り、高ぶる偽りの教師に従っていました。不思議なことに、偽りの教師たちによって自分たちが奴隷にされても、食い物にされても、取り上げられても、横柄な態度に出られても、顔を殴りつけられても、コリントの教会の信徒は我慢して彼らを歓迎し、受け入れたということです(20節)。人...
私たちの戦いの武器は神由来の力(コリントの信徒への手紙二 10章) 14.05.2024
わたしたちの戦いの武器は肉のものではなく、神に由来する力であって要塞も破壊するに足ります。 (コリントの信徒への手紙二10章4節) おそらくパウロほど多くの非難を受けた人もいないでしょう。パウロが非難された理由は福音を伝えようとする彼の情熱のためでした。1節を見ると、パウロは「あなたがたの間で面と向かっては弱腰だ」と思われていたことが分かります。パウロはコリント教会の信徒たちの前で、権威的ではなく、優しく...
感謝と喜びをもって献げる献金(コリントの信徒への手紙二 9章) 13.05.2024
各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。 (コリントの信徒への手紙二9章7節) 8章に続き、9章でも信徒が献金を献げるときと施しを行うときの姿勢について教えられています。使徒パウロは、コリント教会がエルサレム教会のために献金を献げたことは、物質的な必要を助ける以上の意味があると語ります。実際的な愛の奉仕は、牧師が御言葉...
昇天にあたり主イエスが願ったこと(ヨハネによる福音書 17章6-19節) 12.05.2024
「彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。」 (ヨハネによる福音書17章11節) 主イエスは十字架にかかる直前、御自身が昇天することをも弟子たちに予告されました(14章3節)。その上で、世に残される弟子たちを守ってくださるように、と祈り願いました(11、15節)。 弟子たちは天の父のものであり、神に逆らう世に属していません。そのため、世...
わたしを罪から清めてください(詩編 51編) 11.05.2024
神よ、わたしの内に清い心を創造し 新しく確かな霊を授けてください。 (詩編51編12節) 王であり預言者であるダビデもその生涯において大きな罪を犯しました。忠実な家来ウリヤが戦いに出ている最中に、その妻バト・シェバと通じ、バト・シェバは子を宿します。最後にはダビデはウリヤ殺害の命を下します。戦死に見せかけての殺人です。 この詩編は、いくつもの加重的な罪を犯したダビデが悔い改めたときに詠んだ詩です。罪を隠すこ...
主の貧しさによって豊かにされて(コリントの信徒への手紙二 8章) 10.05.2024
主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。 (コリントの信徒への手紙二8章9節) 8章では、神の恵みによって救われた信徒がどのように献金を献げ、施しを行う必要があるかが教えられています。また、御言葉を語る奉仕と信徒が献金を献げる奉仕はそれぞれ二つとも神からの恵みと賜物で、神の栄光を現す尊い奉仕であることが教えられています。...
神の御心に適った悲しみ(コリントの信徒への手紙二 7章) 09.05.2024
神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。 (コリントの信徒への手紙二7章10節) あらゆる悲しみをマイナス価値とする考えは、聖書の信仰からは遠いものです。悲しみの中にも、神の御心に適った悲しみがあります。それは悔い改めにともなう悲しみです。 ルカによる福音書15章に「放蕩息子」のたとえがあります。父のもとを離れた息子が「我に返っ」たとき(...
生ける神の神殿であるわたしたち(コリントの信徒への手紙二 6章) 08.05.2024
わたしたちは生ける神の神殿なのです。 (コリントの信徒への手紙二6章16節) 「わたしたちは生ける神の神殿なのです」。これは偶像礼拝や異教的習慣とのたたかいということを考える上で、注目すべき言葉です。キリスト者が個人として聖霊の住まわれる宮であることは言うまでもありません。しかし、パウロはここで「わたしたち」と、複数形で語ります。つまり、教会共同体としての聖化ということが考えられているのです。 パウロはコ...
聖霊により新しく創造される(コリントの信徒への手紙二 5章) 07.05.2024
だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。 (コリントの信徒への手紙二5章17節) 創世記には神の無からの創造、御言葉による創造が記されています。神が光あれと仰せになると、闇から光が輝き出た(創1章3節)。それとまったく同じことが、すなわち再創造の御業が、キリストと結ばれた人間にも起こされるのです。 日本人になじみ深い思想に「みそぎ」がありま...
土の器に命の宝を納める(コリントの信徒への手紙二 4章) 06.05.2024
ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。 (コリントの信徒への手紙二4章7節) キリストの命の力は、人の死を命に変える「並外れて偉大な力」です(7節)。そして、その力が人間から出たものではなく、神の賜物であることがあきらかにされるためにこそ、それは土の器に納められています。器と中身とは混じりようがありません。どこまでも区別されます。金銀は金銀、土は土です。 そして、土は土に徹することに...
主イエスの友とされて愛し合う(ヨハネによる福音書 15章9-17節) 05.05.2024
「わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。」 (ヨハネによる福音書15章15節) 主イエスは私たちに「互いに愛し合いなさい」と命じておられます(12、17節)。 主イエスはこの命令を一方的に言うだけでは済ませませんでした。この命令に先立って、主イエスというぶどうの木につながることで私たちは実を結ぶことができる、と示されました(4、5節)。そして、実際に命令と共に、愛...
神が求めるまことの礼拝とは何か(詩編 50編) 04.05.2024
告白を神へのいけにえとしてささげ いと高き神に満願の献げ物をせよ。 …わたしをお前に似たものと見なすのか。 (詩編50編14節、21節) 神は、天と地を証人として、ご自分の民を告発しておられます(1、4節)。この詩編は十戒の詩編と呼ばれることがあります。 第一は、神への服従と感謝の伴わない献げ物や礼拝への警告(7~15節)です。神は全被造物の所有者であって、本来、犠牲の献げ物を必要とするお方ではありません。「聞き従...
神の掟に結び合わされ赦され生きる(ヨハネの手紙一 2章1-11節) 03.05.2024
神の掟を守るなら、それによって、神を知っていることが分かります。…神の言葉を守るなら、まことにその人の内には神の愛が実現しています。 (ヨハネの手紙一2章3節~5節) 法や掟は一つの目的に人間を結び合わせます。「神の掟」は、私たちを何に結び合わせるでしょうか。 ヨハネの手紙は「兄弟を愛する人は、いつも光の中におり、その人にはつまずきがありません」と教えます(2章10節)。「神の掟」が私たちを縛りつけようとする...
主と同じ姿にかえられる(コリントの信徒への手紙二 3章) 02.05.2024
わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。 (コリントの信徒への手紙二3章18節) パウロはここで、聖化の祝福について語ります。「主の霊のおられるところに自由があります」(17節)。罪と死の縄目を解いて永遠の命に甦られたキリストの霊こそ、地上の何者にも縛られず、支配されない真の自由の霊です。この自由の霊が、罪と死の法則に、...
キリストの香りを放つ(コリントの信徒への手紙二 2章) 01.05.2024
わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです。 (コリントの信徒への手紙二2章15節) パウロは、「わたしたちは…神の言葉を売り物にせず…語っています」と述べます(17節)。「売り物にする」とは、たとえば商人がぶどう酒を水で薄めて売るようなことです。いつの時代にも神の言葉を水で薄める誘惑が存在します。神の言葉をいかに忠実に語るかということよりも、人が喜ぶ耳に心地よい言葉を語ることの誘惑です。 十字架...
恵みにより聖とされた者たち(コリントの信徒への手紙二 1章) 30.04.2024
…コリントにある神の教会と、アカイア州の全地方に住むすべての聖なる者たちへ。 (コリントの信徒への手紙二1章1節) 「コリントの信徒への手紙二」の宛先の部分で、著者である使徒パウロはコリント教会の信徒たちに「聖なる者たち」と呼びかけています。「聖」という言葉は、聖書においては神とのかかわりにおける区分、分離を表す語です。 すなわち「聖なる者」とは聖なる神に属する者、神の所有としてこの世から区別され、分離さ...
神よ願くば汝の栄光を仰がしめ給へ(ローマの信徒への手紙 11章36節) 29.04.2024
すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。 (ローマの信徒への手紙11章36節) 78年前のきょう、日本キリスト改革派教会は「神よ願くば汝の栄光を仰がしめ給へ。我等与へられし一切を汝に捧ぐれば、汝のみを我等の神、我等の希望と仰がせ給へ。汝が我等の衷に肇め給ひし大なる聖業を完遂せしめ給へ」との「創立宣言」をもって、神の御前にその歩みを始めま...
わたしにつながっていなさい(ヨハネによる福音書 15章1-8節) 28.04.2024
「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。」 (ヨハネによる福音書15章4節) きょうは、主イエスがご自身をまことのぶどう木に譬えられたお話からです。この木と枝との関係を通して、主イエスとのつながりによって私たちは確かに活かされ、確かな命を得ていることがダイナミックに示されます。そのような中に「きょうの聖句」があります。この言葉は元の言い回しでは、「わたしの中にいなさい。わたしも...
エルサレムと共に喜び祝え(イザヤ書 66章) 27.04.2024
母がその子を慰めるように わたしはあなたたちを慰める。 エルサレムであなたたちは慰めを受ける。 (イザヤ書66章13節) イザヤ書の後半部分は、バビロン捕囚の出来事によってイスラエルの国が失われ、神殿が破壊されたことが背景にあると考えられています。66章で、主は、エルサレムに訪れる救いを約束します。エルサレムは神を礼拝する場所でした。たとえ荒廃した中であったとしても、エルサレムに訪れる救いの事実を共に喜ぶよう...
神が造られる新しい世界の希望(イザヤ書 65章) 26.04.2024
狼と小羊は共に草をはみ 獅子は牛のようにわらを食べ、…わたしの聖なる山のどこにおいても 害することも滅ぼすこともない、と主は言われる。 (イザヤ書65章25節) イスラエルの民が神を求めなくとも、神は救いの手を差し伸べ続けてきました。1、2節は、実に慰めに満ちた神の愛が語られています。神に背く民に、「わたしはここにいる、ここにいる」と神は言い続けてくださったのです。 13~16節は、神に従う敬虔な「僕ら」と、神に逆...
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