RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Episodes
主イエスに感謝の礼拝をささげよう(ヨハネによる福音書 12章1-8節) 06.04.2025
そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。 (ヨハネによる福音書12章3節) 主イエスが十字架で死なれる過越祭の六日前の出来事です。主イエスはベタニアの村を訪れ、ラザロや他の人びとと共に食事の席に着いていました。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油1リトラ(約326グラム)を主イエスの足に注ぎかけたのです。金額にすると、労...
主の御名の栄光による救い(詩編 79編) 05.04.2025
あなたの御名の栄光を輝かせてください。 御名のために、わたしたちを救い出し わたしたちの罪をお赦しください。 (詩編79編9節) 詩編79編では、神の民の代表者である詩人が嘆き祈っています。 「神よ、異国の民があなたの嗣業を襲い、あなたの聖なる神殿を汚し、エルサレムを瓦礫の山としました」(1節)。戦争による敗北によって、エルサレムの町も神殿も破壊され、多くの死者が出て(2節)、生き残った民も周囲の民に嘲られてい...
あなたのための主イエスの戦い(ヨシュア記 10章) 04.04.2025
…イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである。 (ヨシュア記10章42節) この章には、ヨシュア率いるイスラエルの人びとがカナン南部を攻略した様子が書いてあります。40節以下はその要約です。彼らが攻略できたのは、主が御自分の民のために戦われたからにほかなりません。 ヨシュアとイエスはどちらも「主は救い」を意味する名前です。私たちキリスト者は、「主は救い」そのものである最高の預言者、主イエスに率い...
主の御前で誠実に生きる(ヨシュア記 9章) 03.04.2025
ところがギブオンの住民は、ヨシュアがエリコとアイに対してしたことを聞き、賢く立ちまわった。 (ヨシュア記9章3節~4節) この世の中は、何とか自分を有利にしようと、賢く立ちまわる策で溢れています。 ヨシュア率いるイスラエルの人びとがエリコとアイにしたことを聞いたギブオンの人びとも、策を講じて賢く立ちまわりました。すなわち、実際はカナンの住民なのに、遠い国に住んでいると偽って、ヨシュアと和を講じて、命を保証...
御言葉に忠実に聴従する(ヨシュア記 8章) 02.04.2025
その後ヨシュアは、律法の言葉すなわち祝福と呪いをことごとく、すべて律法の書に記されているとおりに読み上げた。 (ヨシュア記8章34節) 本日は、多くの教会で、祈りの集いが持たれます。自分自身へと向かいがちな心を、今一度、天の王座の主イエスへと高くあげて、祈りつつ御言葉に聴従して、今週後半の歩みを始めましょう。 主なる神は、御心に聴従してアカンの罪を処理したヨシュア率いるイスラエルの人びとに、アイの町をお与...
罪に激しく憤られる主なる神(ヨシュア記 7章) 01.04.2025
イスラエルの人々は、滅ぼし尽くしてささげるべきことに対して不誠実であった。…主はそこで、イスラエルの人々に対して激しく憤られた。 (ヨシュア記7章1節) 世の中では、今日はエイプリルフールで、公然と嘘をついてよい日とされています。そのような日だからこそ、キリスト者として歩むことについて改めて考えてみましょう。 ヨシュア率いるイスラエルの人びとは、主なる神の主権的な御業によってエリコを攻略しましたが、続くア...
共におられる主なる神イエス(ヨシュア記 6章) 31.03.2025
「七人の祭司は、それぞれ雄羊の角笛を携えて神の箱を先導しなさい。七日目には、町を七周し、祭司たちは角笛を吹き鳴らしなさい。」 (ヨシュア記6章4節) 明日から新年度の歩みが始まります。主なる神イエスは、進級・進学・就職などで、新しいステップへと踏み出す、あなたと共におられます。 さて、主なる神は、ヨシュア率いるイスラエルの人びとを約束の土地カナンへと導かれました。彼らの前に、堅固な城壁の町エリコが立ちは...
愚かに見えるほどの神の愛(ルカによる福音書 15章11-32節) 30.03.2025
「だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」 (ルカによる福音書15章32節) 32節で、父親は兄息子に対して弟息子のことを、「わたしの息子は」と所有を示す言葉で語っているのではなく、「お前のあの弟は、死んでいたのに生き返った」と、兄弟としての関係を強調して語っています。これは、家族の一員、失われた兄弟が戻ってきたことへ...
語り継ごう驚くべき主の御業(詩編 78編) 29.03.2025
子孫に隠さず、後の世代に語り継ごう 主への賛美、主の御力を 主が成し遂げられた驚くべき御業を。 (詩編78編4節) 4節に、「子孫に隠さず、後の世代に語り継ごう、主への賛美、主の御力を、主が成し遂げられた驚くべき御業を」とあります。この詩編は、イスラエルの歴史に示された主の御業を忘れることがないように、語り継ぐことを教えています。 おもにエジプトからの脱出とカナンに向かう荒れ野の旅路が取り上げられています。...
神の契約はとぎれることがない(ヨシュア記 5章) 28.03.2025
そのとき、主はヨシュアに、火打ち石の刃物を作り、もう一度イスラエルの人々に割礼を施せ、とお命じになった。 (ヨシュア記5章2節) 神の奇跡の御業によって、イスラエルの民は、ヨルダン川を渡ることができました。いよいよ約束の地、カナンの地に攻め上ることになります。そのとき、神はまずイスラエルの民に割礼を施すよう、ヨシュアに命じます。出エジプトのとき、すでに割礼を受けていた民は、主の御声に聞き従わなかったため...
主を知り常に敬うための記念(ヨシュア記 4章) 27.03.2025
「それは、地上のすべての民が主の御手の力強いことを知るためであり、また、あなたたちが常に、あなたたちの神、主を敬うためである。」 (ヨシュア記4章24節) 神が奇跡的にヨルダン川の流れをせき止められたので、イスラエルの民は無事にそこを渡り終えることができました。その記念として、川から拾った十二個の石が、野営地ギルガルに据えられます。後日、子どもたちがこれらの石は何を意味するのですかと尋ねるときに、その出...
生ける神がおられることが分かる(ヨシュア記 3章) 26.03.2025
「生ける神があなたたちの間におられて、カナン人、…エブス人をあなたたちの前から完全に追い払ってくださることは、次のことで分かる。」 (ヨシュア記3章10節) イスラエルの民がカナンの地に入るにあたり、まずヨルダン川を渡ります。かつての葦の海の奇跡を経験した世代は、エフネの子カレブとヌンの子ヨシュアの二人だけです。今度は新しい世代が、せき止められたヨルダン川を渡るという奇跡を経験します。 雪解けと春の雨で水...
主を信じ畏れ敬い従う(ヨシュア記 2章) 25.03.2025
「あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです。」 (ヨシュア記2章11節) 約束の地に上って行くにあたり、ヨシュアはまず二人の斥候をエリコ周辺に遣わします。二人は、遊女ラハブの家に泊まります。しかし、エリコの王にその情報が伝わり、二人の斥候の身が危なくなります。ラハブは追っ手に嘘を言い、二人をうまく逃がしました。その代わり、イスラエルがエリコを滅ぼすときに、ラハブとその親族の命...
強く雄々しくあれ主は共にいる(ヨシュア記 1章) 24.03.2025
「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」 (ヨシュア記1章9節) 出エジプトしたイスラエルの民は、荒れ野の四十年の旅を終え、約束の地カナンの地に入ろうとしています。1章は、モーセの後継者となるヨシュアへの、主からの語りかけで始まります。主は、ヨシュアを励まします。「強く、雄々しくあれ」(6節)。 これから...
めん鳥が雛を羽の下に集めるように(ルカによる福音書 13章31-35節) 23.03.2025
「…めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。」 (ルカによる福音書13章34節) 31節に「ヘロデがあなたを殺そうとしています」とありますが、直訳しますと、「ヘロデがあなたを殺すことを欲しています」となります。それに対して、34節後半には、「わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか」とありますが、ここを直訳すると、「わたしはお前...
主の御業を思いめぐらし助けを求める(詩編 77編) 22.03.2025
わたしは主の御業を思い続け …あなたの働きをひとつひとつ口ずさみながら あなたの御業を思いめぐらします。 (詩編77編12節~13節) 詩編77編には、試練と苦悩の中で、主が祈りを聞いてくださらないという自分の思いと、主は必ず祈りを聞いてくださるお方であるという信仰の思いとの二つの間で葛藤する、詩人の姿が示されています。 一方で、詩人は「主の慈しみは永遠に失われたのであろうか」(9節)と嘆きます。バビロン捕囚という...
死者を呼び起こす主イエス(マルコによる福音書 5章) 21.03.2025
そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。 (マルコによる福音書5章41節) 「死」は私たちにとって動かしがたい現実です。特に愛する者の死は私たちに深い悲しみをもたらします。 会堂長のヤイロは自分の幼い娘が死にかかっているとき、主イエスに助けを求めてやってきました。しかし、主イエスが彼の家に着く前に、残酷にも死の知らせが届け...
おのずから実を結ぶ神の国(マルコによる福音書 4章) 20.03.2025
「土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。」 (マルコによる福音書4章28節) 主イエスは多くのたとえを用いて「神の国」について教えられました。その中で「成長する種」のたとえはマルコ福音書だけに記されている珍しいものです。このたとえのポイントは、神の国は私たち人間が知らない間におのずから成長し、豊かな実を結ぶ、ということです。もちろん、私たちが何もしないで良...
わたしの母兄弟姉妹はここにいる(マルコによる福音書 3章) 19.03.2025
「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」 (マルコによる福音書3章34節~35節) 私たちにとって家族は特別な存在です。十戒でも「父と母を敬え」と教えられています。しかし主イエスは、ご自分の家族が外で自分を捜していると聞いたとき、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、出向こうとはされませんでした。実の家族に対してあまりにも冷たい対...
罪人を招く医者イエス(マルコによる福音書 2章) 18.03.2025
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」 (マルコによる福音書2章17節) ファリサイ派の律法学者たちは、主イエスの弟子たちに文句を言いました。「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」。彼らは汚れた人びととは境界線を引き、交わりを絶つことで、自分たちの清さを保とうとしていました。しかし、主イエスは律法の教師であり...
時は満ち神の国は近づいた(マルコによる福音書 1章) 17.03.2025
イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。 (マルコによる福音書1章14節~15節) 主イエスはガリラヤで福音宣教を開始して言われました。「時は満ち、神の国は近づいた」と。「神の国」とは、単に私たちが死後行く場所ではありません。聖書における「神の国」とは、まず何よりも「神のご支配」そのものを意味します。それが「近づいた」と主イエスは...
私たちが悔い改めるために(ルカによる福音書 13章1-9節) 16.03.2025
「決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」 (ルカによる福音書13章3節) 主イエスは、3節と5節で、「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」と繰り返してお語りになります。「皆同じように滅びる」とは、ピラトに殺害されたガリラヤ人たちと同じように、あるいはシロアムの塔が倒れて来て押しつぶされて死んだあの十八人と同じように、悲惨な死に方をする、というこ...
私たちが真に恐るべき方(詩編 76編) 15.03.2025
神は裁きを行うために立ち上がり 地の貧しい人をすべて救われる。 (詩編76編10節) アッシリアの王センナケリブがユダに侵入して都エルサレムを包囲し、しかし、一夜にして退却せざるを得なかった出来事は、神の偉大さと栄光を覚える記念すべき出来事でした。すでに北イスラエルは滅亡していましたので、「ユダ」と「イスラエル」は同義的に用いられています。2節の「サレム」はエルサレムの古い呼び名です。「エルサレム」とは「平...
時を超えて成就する神の契約(申命記 34章) 14.03.2025
「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした。」 (申命記34章4節) 申命記34章は、モーセが約束の地を目の前にしながら、そこに入れず息を引き取る場面が描かれています。その中で、きょうの聖句の箇所は、神が世代を超えて約束を守り続けるお方であることを示しています。モーセはその約束を信じて忠実に従いましたが、約束の地に入る...
永遠の神がわたしの難を避ける場所(申命記 33章) 13.03.2025
いにしえの神は難を避ける場所、とこしえの御腕がそれを支える。 (申命記33章27節) 申命記33章は、モーセがイスラエルの部族に与えた祝福が記されています。モーセが部族に与えた祝福は、特定の時代や場所に限られるものではなく、私たちにも適用されるものです。神の御手は今もなお私たちを支え、困難の中でも私たちに平安を与えてくださいます。きょうの聖句は、どんなに厳しい状況でも神が私たちを守り、支え続けてくださってい...
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