RKB毎日放送

古代の福岡を歩く

History JW ↓ 288 episodes

古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。 ※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月) 出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター) 番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/ https://listen.style/p/kodai? IfTqat2t

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Mar 29, 2026

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Episodes

S2 12回目は粕屋郡宇美町にある光正寺古墳から歩きます。 17.12.2016

宇美町にある光正寺古墳は住宅地の中にある巨大古墳です。 前方後円墳で墳丘の長さは53メートルあります。 3世紀末頃の古墳ですから卑弥呼の時代より少し後の時代です。 魏志倭人伝の中に登場する不彌国の王墓ではないかと見られている古墳です。 古墳の上からは宇美町全体が展望できます。 この古墳の特徴的なのは、後円部に五つの埋葬施設をもっていることです。 箱形石棺や割竹型木棺、土器棺といった施設をもっています。...

S2 11回目は筑紫野市の丘陵から見つかった土塁の話です。 10.12.2016

土塁は西鉄電車の筑紫という駅から歩いて5分くらいの小高い丘から見つかったものです。 7世紀頃作られたとみられています。 663年、百済救援に向かった日本は白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に敗れてしまいます。 心配したされたのは、逆に唐と新羅が日本に攻めてくるということでした。 そこで大宰府防衛のために作ったのが山城と水城だといわれます。 佐賀県の基肄城、大野城市の大野城といった山城と大宰府の水城です。 実...

S2 10回目も引き続き鐘崎の漁師さんに話を聞きます。 03.12.2016

前回の宗像市鐘崎の漁師さん、権田幸祐さんの話の続きです。 世界遺産登録をめざす沖の島近辺の海は権田さん達漁師さんの漁場でもあります。 沖の島は権田さん達にとっては漁場の目印になる島ですし、昔から神宿る島といわれ神聖な島でもあります。 沖の島であったことはしゃべってはいけないし、一木一草この島から持ち出してはいけないという禁忌が今でも生きています。 あるとき、権田さんがこの沖の島の近くで漁をしているとき...

S2 9回目は漁師さんの登場です。 26.11.2016

世界遺産登録をめざす沖の島近辺は昔から魚がたくさんとれる漁場だったといいます。 そんな沖の島近辺の海で代々漁師をやってるという鐘崎の漁師さん権田幸祐さんに漁師さんの生活を聞いていきます。 権田さんはまだ30代の若さ。漁師の世界に入ったのは高校時代からだといいます。 それまでは家の漁師の生活に興味がなかったそうですが、ある時、父から暇なら船に乗れといわれ初めて乗った船で、父が自在に船を操る逞しい仕事ぶ...

S2 8回目は壱岐国を紹介します。 19.11.2016

壱岐国から発掘された遺物は、現在大宰府の九州国立博物館で開催中の「海の王都・原の辻遺跡と壱岐の至宝」点でみることができます。 ここには壱岐の代表的な遺跡、原の辻遺跡とカラカミ遺跡の大変貴重な遺物が展示してあります。 中でも目をひく展示物は人面石。やわらかい凝灰石を使って人の顔の形を作ったものです。 目は大きく彫り込んで、口は貫通しています。中でも特徴敵なのは眉毛、片方の目に二筋、合計4つの眉が線状に...

S2 7回目も糸島を歩きます。 12.11.2016

糸島の残る神功皇后の足跡、今回は宇美八幡宮からスタートです。 一の鳥居の前には支石墓があって、ここからは秋のお祭りの神幸祭の時はかつて三台の神輿が深江の鎮懐石八幡宮まででていたそうです。 本殿は69段あるという急な階段を上ったところにあります。 本殿から左へ道を進みますと古墳がたくさん出現します。 その奥の方にある前方後円墳は仲哀天皇のもがりの宮だという伝承があります。 古墳の入り口には鳥居が作ってあ...

S2 6回目も糸島を歩きます。 05.11.2016

2回目の糸島の神功皇后の足跡歩きは雉琴神社周辺です。 神功皇后は高祖神社から雷山へ登り、糸島の地形を確認した後、三坂経由で山を下り雉琴神社で宿をとります。 この時琴の音と共に夢にでてきたのが日本武尊です。日本武尊は仲哀天皇のお父さんです。 夢の中で日本武尊は朝鮮出兵の策をさずけたということです。 そんな伝承をもった雉琴神社、ここには雅楽が残っていて現在も継承されているということでした。 近くには神功皇...

S2 5回目は糸島の神功皇后の足跡を辿ります。 29.10.2016

神功皇后は朝鮮出兵の下見のために糸島をぐるっと一回りして雷山に登り、 そして背振山に登り、那珂川方面へおりて、住吉の神のために神田を造ります。 それが現在も残っている裂田の溝という灌漑用水路として残っています。 それから本拠地の香椎宮へ戻ります。 今回はその糸島を歩きます。 まず、訪ねたのが周船寺付近から国道56号線を南にちょっと入ったところにある染井神社です。 本殿から歩いて5分くらいのところに染井の...

S2 4回目は神功皇后の足跡をたどります。 22.10.2016

シーズン1でも歩きました神功皇后の足跡を、シーズン2でも歩きます。 シーズン1では下関の豊浦の宮を出発、香椎宮に拠点を構え、甘木・朝倉地方の熊襲を討伐し、佐賀県鏡山へ登ところまでの足跡を辿りました。 シーズン2ではここからの足跡を辿ります。 神功皇后一行は鏡山から糸島半島へおりて海岸沿いに呼子までやってきます。 そして今度は伊都国へと引き返すのです。 途中、深江に宇美八幡宮があります。糟屋郡にもありま...

S2 3回目も奴国を歩きます。 15.10.2016

奴国の拠点があったところ春日市須玖岡本遺跡付近を歩いています。 奴国の丘歴史公園の100メートル程北へいったところの熊野神社から公園とは反対側に坂をおりていきますとすぐに王墓の跡につきます。 ここはロープで囲んであるだけの雑草が生い茂る空き地ですが、看板が出てますのでわかると思います。 ここに墳丘墓をもった王墓がありました。そして王墓の上には目印となる石のフタがかぶせてあったのです。 ここからは30面...

S2 2回目も奴国を歩きます。 08.10.2016

春日市の奴国の丘歴史公園には奴国の王墓の上石が展示してあります。 この土地の持ち主が家を建てようと整地したところ王墓の上石が出てきました。 後にここから銅鏡30数枚出土することになるのですが、一時このふたが建築の邪魔になるということで近くの熊野神社に置いてあったそうです。 長さが3.3メートル。幅2メートル程の大きさ。そして一方の端に別の2メートル幅の石が立て掛けてあるという感じで展示してあります。...

S2 1回目は奴国を歩きます。 01.10.2016

奴国は春日市の須玖岡本遺跡付近に国の中心地があったと考えられる奴国から歩きます。 その須玖岡本遺跡の一端にあるのが奴国の丘歴史公園です。 ここには出土品を集め展示している歴史資料館、そしてドーム状の二つの建物があります。 まず、今週はその中の歴史資料館をのぞいてみます。 入り口を入ってすぐのところに展示してあるのが近くの王墓から出土した銅鏡です。 草葉文鏡といいます。23センチ程の鏡の復元品とその破片...

S1 26回目は二人の市長が登場 26.03.2016

昨年10月からお送りしてきた「古代の福岡を歩く・シーズン1」は好評の中最終回を迎えました。 最終回は世界文化遺産登録をめざす「宗像市・沖ノ島と関連遺産群」に関連する宗像市の谷井市長と福津市の小山市長が登場します。 世界遺産構成資産が従来5つだったのが8つになりました。 増えた部分は沖の島とその3つの岩礁~小屋島、御門柱、天狗岩です。 いずれも沖の島への入り口付近にあって丁度神社の鳥居の役目をするように存...

S1 25回目も志賀島を歩きます。 19.03.2016

志賀島の島ほど神功皇后の話が今も生き続けている場所はありません。 本殿の左を少し下ったところに竹林があります。この竹を西長生き竹といいます。 神功皇后が三韓出兵の際、船のマストにしたという竹が今なお生き続けています。 ちょっと変わった竹で太さは5~6センチですが、一節の長さが50センチはあろうかという竹です。 そして、神功皇后のお供として活躍した人達、中西八家の人達。現在もなお志賀島に住んでいらっしゃ...

S1 24回目は神功皇后の筑前・筑後・志賀島の足跡 12.03.2016

神功皇后は筑前の羽白熊鷲、筑後の田油津媛を討伐後佐賀へ入ります。 川上峡を経て鏡山に出ますが、途中玉島川で釣りをしているのです。 釣りをしながら朝鮮出兵がうまくいくかどうか占っています。つれた魚は鮎です。 つまり、鮎という字はこの神功皇后の釣りからきている字だとされます。 大漁で皇后は大変喜んだ。その後この玉島川では以後女性の釣りは良いが、男性は釣ってはならぬとされてきたそうです。 この言い伝えは明治...

S1 23回目は神功皇后のその後の足跡について 05.03.2016

香椎宮から朝倉方面にいた熊襲一派の羽白熊鷲討伐に成功した後、神功皇后はどこへ向かったのか、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに話を聞いていきます。 神功皇后は香椎宮を出発した時から川沿いに進んでいます。 従って、羽白熊鷲を討伐した後も川沿いに進んでいます。 まず、宝満川を下り、筑後川に出て大保に出ています。 大保には御勢大霊石神社があります。 この神社には注目すべき社伝があります。 ここで仲哀天皇...

S1 22回目も筑前町を歩きます。 27.02.2016

筑前町には日本の神社の中でも最も古いといわれる神社の一つ、大己貴(おおなむち)神社があります。 この神社は神功皇后が熊襲の一派、羽白熊鷲討伐に成功し、今度は三韓出兵に向かう際に兵が集まらずここに神社を建てて神に祈ったところ兵が集まったといわれる神社です。 この神社の本殿左手に回りますと遙拝所があります。 かつては山を神体として祈ったという祀りの形態が残っていて、遙拝所からはるかかなたに高さ200メー...

S1 21回目は筑前町を歩きます。 20.02.2016

神功皇后は熊襲である羽白熊鷲を討伐するために大宰府をぬけ筑前町にやってきます。 大宰府から甘木方面へ国道386号線を走りますと栗田という場所があります。 その栗田を左へ折れたところに松狭八幡宮があります。 この付近には陣の内というところもあり、神功皇后がこの辺りで陣を張ったという言い伝えたが残っています。 そして、羽白熊鷲を追いつめていきます。 この松狭八幡宮の正面500メートルくらいのところにこんも...

S1 20回目は香椎宮に戻ります。 13.02.2016

福岡市の香椎宮、本殿まで歩きましたので、今回はさらに古宮へ歩きます。 本殿をお参りして右の方へ進んでいきますと一つ神社があります。 ここは巻尾神社といって神功皇后の重臣の一人、中臣烏賊津の連を祀った神社です。 この神社からまっすぐ歩いて行きますと神社の裏手に出ます。 通りを渡ったところが古宮です。 目の前に託宣をうける場所、沙庭があり、仲哀天皇の棺を椎の木に掛けた場所という棺掛けの椎という木があります...

S1 19回目は韓国金海市の大成洞古墳を探ります。 06.02.2016

宗像市の「海の道むなかた館」では現在宗像市の姉妹都市である韓国金海市の大成洞古墳のパネル展を開催中ですので、かつて倭人も交流したという大成洞古墳の話をむなかた館の学芸員の文化財係の方に話を聞きました。 ここには、かつて日本との交流の証である日本製の巴型銅器が出土していました。 逆に日本ではなかった鉄器の原料である鉄鋌が古墳の中から大量に出土し、日本はこれを手に入れるために交流したのではないかとみられる...

S1 18回目は香椎宮本殿に入ります。 30.01.2016

福岡市東区にある香椎宮。ここで神功皇后と仲哀天皇は熊襲討伐の準備をしました。 ここで急死した仲哀天皇の心霊を神功皇后祀ったのが香椎宮の始まりだといわれます。 その後、神功皇后が亡くなったあと、皇后の神託によって社殿を建てて祀り、それを香椎廟といいました。 その後明治18年に官幣大社になり、戦後になって香椎宮というようになったそうです。 本殿への入り口に大きな楼門があります。 この楼門の扉に注目。扉は開...

S1 17回目は香椎宮近辺を歩きます。 23.01.2016

神功皇后と仲哀天皇は香椎宮を熊襲討伐の本拠地としましたので、その香椎宮を二人の足跡を訪ねて歩きます。 香椎宮に入る前、最初の鳥居の手前を香椎宮に向かって左へおよそ100メートル歩きますと、小さな祠が見えてきます。 浜男神社といいます。 ここは神宮皇后が三韓出兵の前に軍議を開いた場所だといわれます。 ここから旧三号線の方はかつて香椎潟といわれた海岸線が広がっていたそうです。 その海の中に御島といわれる小...

S1 16回目は神功皇后が熊襲の一味、羽白熊鷲討伐の話です。 15.01.2016

仲哀天皇が急死した後、神功皇后は熊襲の一味、羽白熊鷲を討伐に甘木・朝倉方面へ兵を進めます。 一行は御笠川沿いに進み、大野城市の御陵宝満宮に立ち寄り、三笠の森を通過し、さらに太宰府市のかまど神社にお参りします。 ここで注目されるのは、御陵宝満宮とかまど神社のご祭神。二つの神社に共通するご祭神は玉衣姫、つまり神武天皇の母に当たる人。 そういう神が祀ってあるところを神功皇后は通っているのです。 そして朝倉方...

S1 15回目は香椎宮を歩きます。 09.01.2016

神功皇后と仲哀天皇の二人は遠賀郡芦屋町の岡の湊から、再び別のルートをとって福岡市東区にあります香椎宮へやってきます。 しかし、ここで思いがけないことが起こります。 仲哀天皇が急死するのです。何故、ここで亡くなったのか、謎です。 古事記には神功皇后に乗り移った神が「熊襲より先に宝物がたくさんある新羅を攻めよ」というお告げを仲哀天皇が信じなかったから、つまり神に逆らったから亡くなったとあります。 このこと...

S1 14回目は岡の湊を歩きます。 02.01.2016

神功皇后と仲哀天皇は下関からいよいよ熊襲退治のため福岡を目指します。 二人は下関から別々のルートで遠賀郡芦屋町の岡の湊をめざします。 仲哀天皇は響灘から、そして神功皇后は洞海湾から岡の湊を目指します。 神功皇后の船は途中動かなくなったりしながらも、熊鰐という芦屋町付近を縄張りとする豪族に助けられながら岡の湊へやってきます。 二人が合流した地点が遠賀川河口にある岡の湊神社付近だとみられるということです。...

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