RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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12. okt 2026
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Episoder
主の正しさに信頼して祝福を受けよ(詩編 129編) 04.07.2026
主は正しい。 主に逆らう者の束縛を断ち切ってくださる。 (詩編129編4節) きょうの詩編の冒頭で、「わたしが若いときから彼らはわたしを苦しめ続けたが」という言葉が二度繰り返されています。呼びかけられたイスラエルの民は、長年、エジプト人、カナン人、ペリシテ人、アラム人、アッシリア人、バビロニア人、ペルシア人などによって激しく圧迫されてきました。彼らは「主に逆らう者」「シオンを憎む者」と呼ばれ、その悪行が主...
主の救いの言葉が実現する(列王記下 7章) 03.07.2026
「主の言葉を聞きなさい。…『明日の今ごろ、サマリアの城門で上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られる。』」 (列王記下7章1節) 前章から続くアラムの二度目の攻撃によって、北イスラエル王国は首都サマリアを包囲され、兵糧攻めにあいました。その結果、イスラエルは大飢饉に見舞われ、本来食用ではないろばの頭一つが銀八十シェケルという高い値段で取引されるようになりました(6章25節)。また、母親...
わたしたちと共にいる者のほうが多い(列王記下 6章) 02.07.2026
するとエリシャは、「恐れてはならない。わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い」と言って… (列王記下6章16節) アラムの王がイスラエルと戦っていたときのこと、アラムの作戦がことごとくイスラエル側に知られていたので、王は内通者がいると思いました。しかし、それは預言者エリシャの働きによるものでした。そこで、アラムの王は、エリシャを捕らえるため、彼のいるドタンの町に大軍を送ります。彼らは夜中に...
神の人の言葉が遣わされるなら(列王記下 5章) 01.07.2026
ナアマンは神の人の言葉どおりに下って行って、ヨルダンに七度身を浸した。彼の体は元に戻り、小さい子供の体のようになり、清くなった。 (列王記下5章14節) アラムの王の軍司令官にナアマンという人がいました。彼は勇士でしたが、重い皮膚病を患っていました。重い皮膚病とは「ツァラート」と呼ばれる聖書特有の病です。それを患う者は、汚れているとされました。つまり、彼は、異邦人であり、重い皮膚病を患っているという二重...
シュネムの女性に対する神の恵み(列王記下 4章) 30.06.2026
すると彼女は言った。「わたしがあなたに子供を求めたことがありましょうか。わたしを欺かないでくださいと申し上げたではありませんか。」 (列王記下4章28節) 預言者エリシャは、さまざまな人たちと交流を持っていました。貧しい人も裕福な人も、男も女もですが、預言者としての働きもその人びとの中でなされます。4章には比較的長く述べられる奇跡が二つと、短くまとめられたものが三つあります。 第一の油の奇跡が有名ですが、...
四十周年宣言神の言葉を託された教会(ローマの信徒への手紙 10章5-21節) 29.06.2026
実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。 (ローマの信徒への手紙10章17節) 新信条の作成は、「我等ノ言葉ヲ以テ」と「創立宣言」に明記されて以来の私たちの教会の悲願です。「四十周年記念宣言(以下、「宣言」)」はそのための具体的な一歩を踏み出しました。『ウェストミンスター信仰告白』第1章「聖書について」に応答し、「聖書について」、「聖霊について」、「福音の宣教につ...
剣をもたらすために来られたキリスト(マタイによる福音書 10章34-42節) 28.06.2026
「わたしよりも父や母を愛する者…息子や娘を愛する者…また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。」 (マタイによる福音書10章37節~38節) 主イエス・キリストは、平和ではなく、まず剣をもたらすために来られました。ミカ書7章を引用して、私たちの家族、父や母、息子、娘が、キリストへの信仰のゆえに、敵対することを告げられます。また、自分自身の自己愛にも剣を投げ込まれます。 主イエスは、...
シオンから主が祝福してくださるように(詩編 128編) 27.06.2026
シオンから 主があなたを祝福してくださるように。 (詩編128編5節) 「いかに幸いなことか、主を畏れ、主の道に歩む人よ」とあり、主の道に歩む人の幸いが歌われています(1節)。そこで幸いとして挙げられるのは、自分の手で労して得たものがすべて自分の食べ物となること、妻や食卓を囲む子ら、子孫がいることです(2、3、6節)。特別なことではなく、当たり前のことにも思えます。 しかし、エジプトで奴隷だったイスラエルの人び...
風もなく雨もないのに水が溢れる(列王記下 3章) 26.06.2026
「主がこう言われるからである。『風もなく、雨もないのに、この涸れ谷に水が溢れ、あなたたちは家畜や荷役の動物と共にそれを飲む。』」 (列王記下3章17節) 北イスラエルのアハブ王の死は、モアブにとってイスラエルの支配から逃れる絶好の機会でした。それでモアブが反旗を翻しました。アハブを継いだアハズヤ王が死に、北イスラエルの王となったヨラムは南ユダのヨシャファト王に、連合してモアブを討伐することを持ちかけます...
神の霊を受け継いだエリシャ(列王記下 2章) 25.06.2026
エリシャは、「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と言った。 (列王記下2章9節) エリヤの付き人として預言者教育を受けていたエリシャは、「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」とエリヤに願いました。長男は他の兄弟の倍を受け継ぐと律法で定められていて、わたしを後継者にしてくださいという意味です。 これはエリヤの一存で決まることではありません。エリシャが非常に熱心で、エリヤの...
御言葉を求めるのはどなたにか(列王記下 1章) 24.06.2026
「『あなたはエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして人を遣わすが、イスラエルには神がいないとでも言うのか。』」 (列王記下1章6節) アハズヤ王はアハブ王の子で、北イスラエル王国を治めていました。「屋上の部屋の欄干」は当時の流行であった細かい編み目のある木の柵です。涼しい風は入りますが強風は通しません。そこからなぜ落ちたのかは分かりませんが、再起の見通しが立たない重傷であったようです。 未来を知りたく...
羊のために命を捨てる羊飼い(ヨハネによる福音書 10章) 23.06.2026
「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」 (ヨハネによる福音書10章11節) 10章には、ヨハネによる福音書に特徴的な主イエスの七つの「エゴー・エイミ(わたしは~である)」聖句のうちの二つがあります。7節・9節「わたしは羊の門である」と11節・14節の「わたしは良い羊飼いである」の二つです。 草や水を求めて山野を歩き回る羊は、夜には羊飼いに導かれて囲いの中に入ります。囲いの中に入れば安全で...
神の業がこの人に現れるため(ヨハネによる福音書 9章) 22.06.2026
イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」 (ヨハネによる福音書9章3節) 主イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられました。弟子たちが尋ねました。「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」。主イエスは、「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからで...
人を恐れず主イエスを言い表しなさい(マタイによる福音書 10章26-33節) 21.06.2026
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。」 (マタイによる福音書10章32節) 主イエスは、人びとを恐れるな、と繰り返し三度も命じて励ましておられます。主ご自身がベルゼブル、悪霊の頭だと罵られましたから、同じように、弟子であるなら、罵られ、苦しむのは必至です。キリストの足跡に続きなさいということです。また、主イエスが弟...
労働も眠りも主の祝福(詩編 127編) 20.06.2026
朝早く起き、夜おそく休み 焦慮してパンを食べる人よ それは、むなしいことではないか 主は愛する者に眠りをお与えになるのだから。 (詩編127章2節) 額に汗して熱心に働いても、手から砂がこぼれ落ちるように何も残らず、自分の労苦がむなしく思われることがあります。聖書は、「朝早く起き、夜おそく休み、焦慮してパンを食べ」たとしても、それだけならばむなしく終わると言います。 箴言にこうあります。「人間を豊かにするのは...
罪を赦し励まされる主イエス(ヨハネによる福音書 8章) 19.06.2026
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」 (ヨハネによる福音書8章11節) エルサレム神殿の境内で主イエスが民衆に教えていたとき、ファリサイ派の人びとが姦通の現場で捕らえられた女性を連れてやってきて、律法には、石で打ち殺すべきであると規定されていますが、あなたはどうお考えですか、と問いました。彼らは主イエスを試して訴える口実にしようとしたのです。彼らが根拠にし...
主イエスから霊を受ける幸い(ヨハネによる福音書 7章) 18.06.2026
「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」 (ヨハネによる福音書7章38節) 7章と8章は、仮庵祭での主イエスについて語ります。仮庵祭は、昔イスラエルが四十年にわたってテント生活をした荒れ野の苦難を思い起こす祭りです。そして、秋の収穫を祝い、冬の雨を願う雨乞いの祭りでもありました(ゼカ14章16節~18節参照)。ユダヤ教の伝承では、祭司たちは、神殿の外...
主が分け与えてくださる(ヨハネによる福音書 6章) 17.06.2026
さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。 (ヨハネによる福音書6章11節) 主イエスは大勢の群衆がご自分の方へ来るのを見て、その人たちの食べ物についてフィリポにお尋ねになりました。フィリポは、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょうと答えます。またアンデレは、大麦のパン五つと魚二匹を持った少年がいることを主に...
主の顧みによって歩む(ヨハネによる福音書 5章) 16.06.2026
イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。 (ヨハネによる福音書5章6節) 主イエスはベトザタの池の回廊で、三十八年も病気で苦しんでいる人に「良くなりたいか」とお尋ねになりました。これは一見愚問のように思えます。しかし、病気の人は「当たり前です。直りたいのです」とは言わず、「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです...
正しく導く羊飼いがいなければ(列王記上 22章) 15.06.2026
「主は、『彼らには主人がいない。彼らをそれぞれ自分の家に無事に帰らせよ』と言われました。」 (列王記上22章17節) アハブ王の時代のイスラエルには、預言者とされる人が約四百人いました。この預言者たちは王に幸運ばかり語っていました。アハブ王が災いを預言する者を憎んでいたからです(8節)。預言者ミカヤは主の御心を正しく知ることができたのに(19節以下)、災いを預言するからと王に疎まれました。ミカヤは、主の御心...
行って宣べ伝えいやしなさい(マタイによる福音書 9章35節-10章15節) 14.06.2026
「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし…なさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」 (マタイによる福音書10章7節~8節) 主イエスは、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを深く憐れまれ、心底、同情されました。羊飼いである、指導者、祭司、律法学者が、自分の利益をむさぼり、羊の世話をしないからです。 「収穫は多いが、働き手が少ない」。収穫とは、刈り入れ、世...
口に笑いが舌に喜びの歌が満ちる(詩編 126編) 13.06.2026
そのときには、わたしたちの口に笑いが 舌に喜びの歌が満ちるであろう。… (詩編126編2節) バビロンに捕らえられているイスラエルの人びとにとって、捕囚から解き放たれてエルサレムに帰るとは、夢のようなことだったに違いありません。「そのときには、わたしたちの口に笑いが、舌に喜びの歌が満ちるであろう。そのときには、国々も言うであろう、『主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた』と」。 その夢が実現しました。イス...
隣人から奪い尽くす罪の重さ(列王記上 21章) 12.06.2026
「彼に告げよ。『主はこう言われる。あなたは人を殺したうえに、その人の所有物を自分のものにしようとするのか。』」 (列王記上21章19節) 宮殿のそばのナボトの畑が欲しいと「むさぼり」の心を起こしたアハブは、ナボトに断られると、イゼベルの後押しもあって更に罪を加えました。ナボトを死に追いやるため、ならず者に「偽証」させます。それに基づきナボトを「殺し」土地を「盗み」取ってしまったのです。アハブは十戒の第五戒...
主は山だけの神ではない(列王記上 20章) 11.06.2026
「主はこう言われる。『アラム人は主が山の神であって平野の神ではないと言っているので、わたしはこの大軍をことごとくあなたの手に渡す。』」 (列王記上20章28節) アラム軍が軍馬と戦車を揃えて北イスラエルの首都サマリアを攻撃しましたが、敗れ去ります。アラム側は敗れた原因を、山地にあったサマリアでの戦いに山の神であるイスラエルの神が加勢したためと分析しました。そこで次の戦いの舞台をアフェクというキネレト湖(現...
信仰者は孤独でも無力でもない(列王記上 19章) 10.06.2026
「しかし、わたしはイスラエルに七千人を残す。これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者である。」 (列王記上19章18節) エリヤがバアルの預言者を打ち負かしたことが王妃イゼベルの怒りを買い、エリヤは荒れ野に逃げ、自らの死を願います(4節)。主はエリヤをどうやって立ち直らせたのでしょうか。エリヤの心は、主の預言者は自分だけ、そして殺されようとしている、という孤独感と無力感に満ちていました(10...
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