RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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Episoder

神に近く仕える光栄を学べるように(民数記 4章) 20.08.2024

ケハトの子らの仕事は、臨在の幕屋と神聖なものにかかわる。 (民数記4章4節) ケハトの子らは、聖所とそのすべての聖なる祭具を運搬する務めに召されました。最も聖なる掟の箱も、彼らが運びます。聖なる神に触れるほどに近く仕えて汗を流します。それゆえ、神に仕えるほどに、神への畏れを学び続けるように、すべてが整えられました。 神聖なものに直接触れてはなりません。「アロンとその子らが…聖所とそのすべての聖なる祭具を覆...

神に近づく畏れと幸いを学びつつ(民数記 3章) 19.08.2024

彼ら(モーセおよびアロンとその子ら)は…聖所を守る。ほかの者がその務めをしようとするならば、死刑に処せられる。 (民数記3章38節) 荒れ野では、神が共におられることの幸いを学び続けます。だから、すべてが良いのです。同時に、神に近づく畏れを学び続けます。神が定めた仕方に従って、神に近づかなくてはなりません。臨在の幕屋のすぐそばには、レビ人が宿営し、彼らに囲まれて行進します(2章17節)。臨在の幕屋のすべてに...

主イエスは天からの生きたパン(ヨハネによる福音書 6章34-51節) 18.08.2024

わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。 (ヨハネによる福音書6章51節) 主イエスは、ご自分が「天から降ってきたパンである」と、ユダヤ人たちに真理をお語りになられました。しかし、それを聞いたユダヤ人たちはこう言います。「これはヨセフの息子のイエスではないか。我々はその父も母も知っている。どうして今、『わたしは天から降って来た』」などと言うのか」とつぶや...

赦しと憐れみの神を仰ぐ(哀歌 3章) 17.08.2024

主の慈しみは深く 懲らしめても、また憐れんでくださる。 (哀歌3章32編) 歌い手はなお、廃墟と化したエルサレムの都に座しています。国の滅びと都の荒廃。この出来事がなにゆえ起こったのかを彼はわきまえています。これは背信の民に対する、義の神の正当な審判です。彼は今、主の怒りの杖に打たれています。主の御手が彼を責め続けています。 しかし、驚くべきことに、彼はこのようにうたうのです。「わたしの生きる力は絶えた、...

破れ口に立つ大祭司の憐れみ(レビ記 8章) 16.08.2024

アロンとその子らに、…携えて来させなさい。また共同体全員を臨在の幕屋の入り口に召集しなさい。 (レビ記8章2節~3節) 8章には、「祭司の聖別の任職式」という見出しが付いています。「主はモーセに仰せになった」(1節)で始まり、「アロンとその子らは、モーセを通して主が命じられたことすべてを、そのとおり実施した」(36節)で締められる間に、この任職式が主の命令であり、モーセとアロンたちがすべてそのとおりに行ったこ...

思い起こすは過ぎ去らない遠い昔の日々(申命記 32章1-44節) 15.08.2024

遠い昔の日々を思い起こし 代々の年を顧みよ。 あなたの父に問えば、告げてくれるだろう。 長老に尋ねれば、話してくれるだろう。 (申命記32:7) 最期の日を見据えるモーセに、神は一つの歌を与えられます。荒れ野の40年を思い起こす歌です。告発の言葉が並びます。「不正を好む曲がった世代はしかし、神を離れ、その傷ゆえに、もはや神の子らではない」(5節)、「お前は自分を産み出した岩を思わず、産みの苦しみをされた神を忘れ...

臨在の幕屋を中心に宿営し旅を重ねた(民数記 2章) 14.08.2024

イスラエルの人々は、…臨在の幕屋の周りに、距離を置いて宿営する。 (民数記2章2節) 荒れ野で、どうして日々の生活が成り立つでしょうか。それぞれの人にも、いろいろな思いがあったでしょう。しかし、一族ごとに民の生活はまとめられました。それは民の心を一つにするように導きます。そして、臨在の幕屋を中心にして宿営し、旅を重ねました(34節)。これは、生活を整えると共に、彼らの心と思いが守られたということでもありま...

荒れ野で主の民として受けた祝福(民数記 1章) 13.08.2024

シナイの荒れ野にいたとき、主は臨在の幕屋でモーセに仰せになった。 (民数記1章1節) 主の民の歴史を大きく見るならば、荒れ野は豊かで自由な場所です。奴隷の地であるエジプトにいたとき、ファラオに逆らう自由はありませんでした。主の御言葉を守ることは、ファラオによって決定的に妨げられていました。実際、ファラオを恐れつつ、生活の道を探るような有様だったでしょう。 しかし、荒れ野では違います。主の仰せに従って、民...

裁きよりも憐れみをもたらす神(エレミヤ書 25章) 12.08.2024

「わたしは、彼らの行いとその手の業に応じて彼らに報いる。」 (エレミヤ書25章14節) エレミヤは、ヨシヤ王の第13年から23年間、主の預言者としてユダとエルサレムの人びとに語り続けました。「悪の道と悪事を捨てよ」、「他の神々に従っていくな」と。 しかし、エレミヤの言葉は彼らには届きませんでした。そしてついに神の裁きが始まりました。「見よ、わたしはわたしの僕バビロンの王ネブカドレツァルに命じて、北の諸民族を動...

永遠の命に至るために働く(ヨハネによる福音書 6章22-33節) 11.08.2024

「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。」 (ヨハネによる福音書6章27節) 主イエスがパンと魚を5千人以上もの人たちに分け与えた翌日、多くの人びとが主イエスをさがして湖の向こう岸までやってきました。主イエスから、食べ物を満腹するほどもらえたことを体験した人、また聞いた人たちが駆けつけて来ました。しかし、彼らの求める食べ物はこの世の一時的な食べ物であ...

この出来事を正しく理解せよ(哀歌 2章) 10.08.2024

主はまことに敵となられた。 (哀歌2章5節) 廃墟と化し、バビロンに包囲された都エルサレムの惨状を、2章は1章にもまして深刻に描写しています。荒れ果てた都。敵にはずかしめられる民。飢えに苦しむ乳飲み子。歌い手の目は涙でかすみ、胸は張り裂け、はらわたは溶けて流れ出します。 しかし、哀歌はたんに国の滅びと都の荒廃を嘆き悲しむ歌にはとどまりません。ここにも「なにゆえ」という言葉が響いていますが、歌い手はこのこと...

感謝を自分の手で自ら献げる(レビ記 7章) 09.08.2024

和解の献げ物を主にささげる者は、その中から次のものを主にささげよ。 (レビ記7章29節) 和解の献げ物は、感謝の献げ物(12節)として、あるいは、満願の献げ物や随意の献げ物(16節)として、祈りが応えられたことや、予期せぬ恵みが与えられたことに感謝して、個人的に、また自発的に献げるものでした。「彼は燃やして主にささげる物を自分の手にささげ持つ」(30節)とあるように、自らの手でその献げ物を持って来るように、神...

彼らはわたし の民、わたし は彼らの神(エレミヤ書 24章) 08.08.2024

わたしは、わたしが主であることを知る心を彼らに与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。 (エレミヤ書24章7節) 主なる神は、良いいちじくと悪いいちじくを用いて、エレミヤに新しいことを示されました。神は、バビロンに捕囚となった民を「良いいちじくのように見なして、恵みを与えよう」と語られます(5節)。「良いいちじくのように見な」すという言葉が重要です。 捕囚の民のほうが優れているということで...

偽りの預言者のメッセージ(エレミヤ書 23章) 07.08.2024

お前たちに預言する預言者たちの 言葉を聞いてはならない。 彼らはお前たちに空しい望みを抱かせ 主の口の言葉ではなく、自分の心の幻を語る。 (エレミヤ書23章16節) エレミヤの時代、宗教指導者たちの堕落は大きな問題でした。「預言者も祭司も汚れ…」とあります(11節)。彼らは「姦淫を行い、偽りに歩」み、「悪を行う者の手を強め」る始末。さらに彼らは民にへつらい、自分の心の幻を語りました。神を侮る者や神に背を向け、頑...

正義と恵みの業を行え(エレミヤ書 22章) 06.08.2024

主はこう言われる。正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え。寄留の外国人、孤児、寡婦を苦しめ、虐げてはならない。 (エレミヤ書22章3節) 主なる神は、国の政治をつかさどるユダの王や家臣たち、王国の豊かな人びとに対して、弱い立場の人びとを思いやり、配慮するよう命じています。とくに寄留の外国人、保護する者のいない子どもたち、夫がなく経済的に苦しい婦人たちを守るよう教えます。しかし、宮殿...

命の道を選び取るために(エレミヤ書 21章) 05.08.2024

見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く。 (エレミヤ書21章8節) エレミヤ書21章では、大国バビロンに迫られたユダの王ゼデキヤが、預言者エレミヤに使者を遣わして主の意向を問うています。王は自らの不信仰を棚に上げ、神が「驚くべき御業」によって助けを与えてくれることを期待しています。しかし、時すでに遅し。神は、悔い改めない王とユダの人びとに対して、バビロンを用いた裁きを決めておられたのです。 それで...

主イエスへの信頼をさらに深める(ヨハネによる福音書 6章16-21節) 04.08.2024

イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」 (ヨハネによる福音書6章20節) 主イエスは、私たちが主イエスへの信頼をますます深められるように働いておられます。ですから、この主イエスの言葉と力を、きょうも信頼しましょう。 ある日の夕方、主イエスは後から行くからということで、先に弟子たちは船で湖の向こう岸へ向けて出発しました。やがて暗くなり、強い風が吹いて湖は荒れだしました。にもかかわらず、主イエスは...

なにゆえこれが起こったか(哀歌 1章) 03.08.2024

なにゆえ、独りで座っているのか 人に溢れていたこの都が。 (哀歌1章1節) 哀歌。哀しみの歌です。その哀しみは、国の滅びの哀しみです。紀元前587年、南ユダ王国はバビロンによって滅ぼされ、民は捕囚となって引いて行かれました。イスラエルの歴史における最も悲惨な出来事です。 今、歌い手の目に映っているのは、敵の攻撃をこうむって荒れ果てた、見るかげもない都エルサレムの光景です。都は廃墟と化し、神の宮も破壊されて瓦...

変わることのない神の恵みの契約(レビ記 6章) 02.08.2024

祭壇の上の火は常に絶やさず燃やし続ける。 (レビ記6章6節) 主はモーセに、焼き尽くす献げ物について、指示を出されました。それは、毎日、朝と夕に献げられるものでした。「わたしはその場所で、あなたたちと会い、あなたに語りかける。…わたしは彼らの神、主である」(出29章42~46節)とあるように、それは、神の民全体のための献げ物で、なくてはならないものでした。 「祭壇の火を燃やし続ける」(2節)、「祭壇の上の火は絶...

あなたがわたしを惑わした(エレミヤ書 20章) 01.08.2024

主よ、あなたがわたしを惑わし わたしは惑わされて あなたに捕らえられました。 あなたの勝ちです。 (エレミヤ書20章7節) 聖書の中で最も衝撃的な一言。それは、人間が神に向かって語る、極めて冒涜的な一言でありつつ、極めて宗教的な一言でもあります。人間エレミヤの絶望的な魂の叫びでありつつ、神の預言者の情熱的な愛の告白でもあります。 エレミヤは、主よ、あなたがわたしを「惑わし」たと言います。決定的に魅惑し、徹底...

聞く者は皆耳鳴りを起こす(エレミヤ書 19章) 31.07.2024

主の言葉を聞け。イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。見よ、わたしは災いをこのところにもたらす。それを聞く者は耳鳴りがする。 (エレミヤ書19章3節) 紀元前7世紀、北イスラエルを滅ぼし、南ユダを脅かしたアッシリアが衰退したため、ユダの王族とエルサレムの市民は束の間の平和を得ます。人びとは、城壁内では神殿祭儀をささげながら、城壁外では罪なき者を処刑し、無辜の人びとを殺戮し、子どもの人身御供というおぞまし...

立って陶工の家に下って行け(エレミヤ書 18章) 30.07.2024

主からエレミヤに臨んだ言葉。「立って、陶工の家に下って行け。そこでわたしの言葉をあなたに聞かせよう。」 (エレミヤ書18章1節~2節) 陶工は土から器を形造る働き人。作業場で粘土を踏みこね、その塊を切り分け、ろくろに乗せます。両足でろくろを回し、両手で器の形に整えます。出来損なったら、粘土に戻して練り直し、満足いくまで何度でも器を整形し続けます。満足のいく器の生地が出来たら、窯で焼いて陶器に仕上げます。...

人間ではなく神に信頼する(エレミヤ書 17章) 29.07.2024

祝福されよ、主に信頼する人は。 主がその人のよりどころとなられる。 彼は水のほとりに植えられた木。 (エレミヤ書17章7節~8節) 捕囚の裁きを知らされたエレミヤは、預言者の務めに苦悩しながらも、神の真実な言葉を語り続けました。 ここには2種類の人間が対比されています。人間に信頼を置く者と、主なる神に信頼を置く者です。ユダの民は、神の代わりに、偽りの神々と軍事同盟に信頼を置いていたため、不毛の地となり、実を結...

信仰の成長と主イエスのテスト(ヨハネによる福音書 6章1-15節) 28.07.2024

さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。 (ヨハネによる福音書6章11節) 主イエスは、私たちの信仰を成長させるために試みること、つまりテストをなさいます。そして、「主イエスならできます」、という信仰へますます深められるように導かれます。 あるとき、男だけで五千人の大勢の人たちが主イエスのもとに集まってきました。...

沈黙してただ神に向かう(詩編 62編) 27.07.2024

わたしの魂よ、沈黙して、ただ神に向かえ。 神にのみ、わたしは希望をおいている。 (詩編62編6節) この詩を作ったダビデを取り巻く状況は、「亡きものにしようとして一団となり、人を倒れる壁、崩れる石垣とし、人が身を起こせば、押し倒そうと謀る。常に欺こうとして、口先で祝福し、腹の底で呪う」(4、5節)というものでした。 そのとき、ダビデの心は、不安や怒りに揺れ動いていたと思いますが、そのような状況でも、相手に反...

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