RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
Husk å besøke podkastens nettsted og støtte skaperen: www.rcj.gr.jp
Forfatter
RCJメディアミニストリー
Kategori
Podkastens nettsted
Siste episode
3. nov 2026
Hvor kan du lytte?
Podkaster i appen Replaio Radio Kommer snartPodkaster kommer snart til appen. Installer nå, og bli den første som ser en helt ny tilnærming til podkaster
Episoder
誹謗中傷の言葉に囲まれていても(詩編 64編) 02.11.2024
わたしを隠してください さいなむ者の集いから、悪を行う者の騒ぎから。 (詩編64編3節) どこの世界でも言葉の持つ暴力性を警告することわざがあります。「人を呪わば穴二つ」などがその代表です。ここで詩人は、危険なまでの中傷を受けていたようです。傷口は小さいようでも深い所にダメージを与える鋭い剣とか、かすったぐらいでも致命的になる毒矢でたとえられています。 彼らが集団で謀議をすると言っていますから、社会で生き...
聖なる者となることを切望される主(レビ記 19章) 01.11.2024
あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。 (レビ記19章2節) 神は、その聖さをご自分の民に求められます。この教えは、モーセや共同体が生み出したのではなく、聖なる神ご自身から発せられたのです。もし、戒めや命令が神に由来しないなら、「聖なる者となる」動機と目標は定まらず逸れてしまうでしょう。 だから、民の心に刻み込むように、「わたしは主である」「わたしはあなたたちの...
絶えざる不断の悔い改めを(ガラテヤの信徒への手紙 1章) 31.10.2024
キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなたがたが…、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。 (ガラテヤの信徒への手紙1章6節) 今はローマ・カトリック教会とプロテスタント教会の戦いなどはなく、両教会で協力して聖書翻訳をする時代です。しかし、宗教改革はルターやカルヴァンの宗教改革運動だけではありません。宗教改革は歴史のある時期の出来事ではありません。いつも私たちは信仰と...
誤りやすい私たちと共に神はおられる(民数記 33章) 30.10.2024
モーセは主の命令により、出発した地点を旅程に従って書き留めた。 (民数記33章2節) エジプトを脱出したイスラエルは、神に導かれて荒れ野を進みます。その道行きは困難を極めました。いや、荒れ野という道程そのものが厳しかったのではありません。この道を行くときに、しばしば神につぶやいたことが、彼らの歩みを厳しくしたのです。荒れ野ですから、エジプトにいた頃に比べればさまざまな物に不足したでしょう。しかし、エジプ...
ヨルダン川を共に渡り行く私たち(民数記 32章) 29.10.2024
「戦いのために武装した僕どもは皆、わが主の命令に従い、主の御前に渡って行きます。」 (民数記32章27節) ルベンとガドの人びとは、牧畜に適したヨルダン川の手前(東岸)の土地を割り当ててほしいとモーセに願い出ました。彼らは、自分たちに特に役立つこの地域は既に獲得できたのだから、それを自分たちに割り当ててもらえたなら、もう自分たちはヨルダン川を渡って戦いを続けたくはないと考えたようです。 彼らの願い出を聞い...
「皆殺し」をどのように受けとめるか(民数記 31章) 28.10.2024
彼らは、主がモーセに命じられたとおり、ミディアン人と戦い、男子を皆殺しにした。 (民数記31章7節) ここで「皆殺し」が行われた背景には、ミディアン人がイスラエルの民を誘惑して罪に陥れ、神の罰を招き、多くのイスラエルの民を死に至らせた事件がありました(25章)。注解者によって解釈は一様ではありませんが、ここでは、本当に「皆殺し」にすることが主の御心にかなっていた、との前提でお話しします。 「皆殺し」というの...
主の憐れみを熱心に求め続けよう(マルコによる福音書 10章46-52節) 27.10.2024
多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。 (マルコによる福音書10章48節) 目の見えないバルティマイという人がいました。彼は道端に座り、物乞いをしていました。その近くを主イエスの一行が通ったとき、彼は主イエスに向かって叫びます。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」。「ダビデの子」とは、メシア・救い主に対する称号です。バル...
怒りのうちにも憐れみを(ハバクク書 3章) 26.10.2024
怒りのうちにも、憐れみを忘れないでください。 (ハバクク書3章2節) ハバククのとりなしの祈りです。ユダの民はカルデア人(バビロニア)の来襲から助かる見込みはありません。神の裁きだからです。しかし、ハバククはなお助かる道を神に祈り、「神に従う人は信仰によって生きる」と示されました。これだけが助かる道です。なお、ハバククは祈ります。自分の生きている「数年のうちにも」「生き返らせ」、回復してくださいと求めま...
神の秩序を違えずに歩む(レビ記 18章) 25.10.2024
これまで行われてきたいとうべき風習の一つでも行って、身を汚してはならない。わたしはあなたたちの神、主である。 (レビ記18章30節) 神はエジプトで奴隷とされていた民を救い出し、シナイ山で律法を与えられました。そして、アブラハムに約束された地カナンに入る前に、その地に住む人々の避けるべき慣習に染まることがないように、おごそかに教えられます。それは、神ご自身が「わたしはあなたたちの神、主である」、「わたしは...
恐れるわたしを誰よりもご存じの方(マタイによる福音書 28章) 24.10.2024
婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。 (マタイによる福音書28章8節) マリアたちが墓に来たとき、主イエスのお体はそこにありませんでした。恐れる婦人たちに、かねて言われていた通り主イエスが復活したことを告げた天使は、さらに彼女たちに、復活の主イエスがガリラヤに先に行かれる、そこでお会いできると弟子たちに告げなさいと命じます。 婦人たちは大いに喜び、...
このわたしが「わが父」と呼べる幸い(マタイによる福音書 27章) 23.10.2024
イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 (マタイによる福音書27章46節) 主イエスは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫び、呪われ、見捨てられる苦しみの中で死んでくださいました。 神の御子であるイエスは、神を「わが父」と親しく呼ぶことのできるお方です。その主イエスが、「わが神」と...
弱く、苦しむ私たちのために(マタイによる福音書 26章) 22.10.2024
「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 (マタイによる福音書26章26節) 主イエスは、「取って食べなさい」と言って、弟子たちにパンを与えられました。これから自分を見捨てることになる弟子たちに対してです。しかも、「よかったら食べてください」ではありません。「取って食べなさい」と命令する強い言葉で、パンを裂き、一人ひとりに手渡したのです。 復活の主イエスと出会い、赦された弟子たちは、生き方が変わりま...
主は家庭の平和を大切にされる(民数記 30章) 21.10.2024
しかし、父がそれを聞いた日に、それを禁じる場合、彼女の誓願も物断ちの誓いもすべて無効となる。…主は彼女を赦されるであろう。 (民数記30章6節) 主に誓願を立てること自体は律法の命令による義務ではありませんでした。誓願は、自分が持っている何かを自由な意思で主に献げたり、自分の生活行動に自由な意思で制約を加えたりすることを誓うものです。 自由な意思による誓願においては、信仰熱心のゆえに「軽はずみな」(9節)献...
主イエスは自分の命を献げるために(マルコによる福音書 10章35-45節) 20.10.2024
「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」 (マルコによる福音書10章45節) 「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」。このように願い出た弟子のヤコブとヨハネ。彼らに腹を立てた他の弟子たち。そのような弟子たちに主イエスは、「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん...
救いは信仰のみによる(ハバクク書 2章) 19.10.2024
「しかし、神に従う人は信仰によって生きる。」 (ハバクク書2章4節) バビロニアの軍勢が押し寄せてくるとの声を聞いて、ユダの人びとは右往左往します。ハバククは、この事態が神の裁きであることを告発します。しかし、彼は神の裁きの彼方に神の救いを望み見ています。「神がわたしに何を語り、わたしの訴えに何と答えられるかを見よう」と。彼は物見の歩哨のように神の救いの告知を待ちます。すると神は「幻を書き記せ。走りなが...
血の中の命による罪の贖い(レビ記 17章) 18.10.2024
生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。 (レビ記17章11節) 神を神として礼拝するため、そして、神の民としての聖さを保つための教えが17章から続きます。 まず、血が何なのか。命が血の中にあることが教えられます。その命は神が与えられるものです。その命を失い、神との交わりをなくすならば、その回復のために血が必要となります。...
ただお独りで全世界を贖われる主(民数記 29章) 17.10.2024
8日目には、…雄牛1頭、雄羊1匹、無傷の1歳の羊7匹を焼き尽くす献げ物として主にささげ、燃やして宥めの香りとする。 (民数記29章35節~36節) 第7の月の15日から7日間(後には8日間)行われた「主の祝い」(12節)というのは、仮庵祭のことです。この祭りでは、かなり多くの数のいけにえが求められ、過越祭の約2倍でした。ことに最も高価な雄牛が7日目までで70頭も屠られたことから、この祭りの大切さを窺い知ることができます。な...
献げ物をわたしの食物と呼ばれる神(民数記 28章) 16.10.2024
あなたたちは、わたしの食物である献げ物を、燃やしてささげる宥めの香りとして、定められた時に忠実にわたしにささげなさい。 (民数記28章2節) かつてイスラエルの人びとは出エジプトに先立ち、神のご命令に従って小羊を屠りました。その血によって神の裁きの災いが自分たちの家を過ぎ越していく、「主の過越」(16節)の幸いを得るためでした。そして出エジプト後、神である主はシナイ山でイスラエルの民に契約をお与えください...
最後まで隣人に仕えた偉大なモーセ(民数記 27章) 15.10.2024
あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい。 (民数記27章20節) もう後のことは知らないよ…。ふて腐れた気持ちでモーセがこうつぶやいたとしても、不思議ではありません。40年もの間、力を尽くして御民を導いて来たのにもかかわらず、目の前にしている約束の地に入ることが許されないからです。しかも、その理由が重大な違反行為とは思えない、たった一つの背きの罪であったからです(民27章14...
次世代に望みを託して(民数記 26章) 14.10.2024
その中には、モーセと祭司アロンがシナイの荒れ野でイスラエルの人々を登録したときに登録された者は一人もいなかった。 (民数記26章64節) 人口調査が命じられたのは、これが二度目でした。一回目は38年前、シナイ山のふもとで幕屋を建て上げた、その翌月のことでした。この時に登録された者の総数は60万3,550人でした(民数記1章46節)。今回の総数は60万1,730人です。 この二つの数字を比べると、人の生存を拒否するような過酷な...
神にこそ心を向け、永遠の命を求めよう(マルコによる福音書 10章17-31節) 13.10.2024
「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」 (マルコによる福音書10章25節) 主イエスは、「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか」と教えられました。これは、弟子たちにとって驚きでした。財産が多くある者は、神から祝福されていると思われていたからです。「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」との主イエスの言葉にますます驚いた弟子たちが、「それ...
神は神の民を叩きのめす(ハバクク書 1章) 12.10.2024
律法は無力となり 正義はいつまでも示されない。 神に逆らう者が正しい人を取り囲む。 たとえ、正義が示されても曲げられてしまう。 (ハバクク書1章4節) ハバククは紀元前7世紀に生きた預言者です。ユダの民の悲惨と不条理を神に激しく告発する言葉から始まります。「主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのに、いつまで、あなたは聞いてくださらないのか。わたしが、あなたに『不法』と訴えているのに、あなたは助けてくださらな...
年に一度の贖罪日の規定(レビ記 16章) 11.10.2024
これはあなたたちの不変の定めである。年に一度、イスラエルの人々のためにそのすべての罪の贖いの儀式を行うためである。 (レビ記16章34節) きょうの箇所には、年に一度行われる贖罪日の規定、つまり、大祭司と至聖所、臨在の幕屋、祭壇の汚れを清める儀式が細やかに規定されています。この儀式によって、主なる神とイスラエルの民とをつなぐ人と場所が清められ、それによって神と民との関係を維持することが目的です。また、これ...
主の御怒りを去らせる熱情(民数記 25章) 10.10.2024
「祭司アロンの孫…ピネハスは、わたしがイスラエルの人々に抱く熱情と同じ熱情によって彼らに対するわたしの怒りを去らせた。」 (民数記25章11節) 絶望と、なおそこに輝いていた希望、25章はその二つを教えています。一つ目の絶望は、祝福の基として選ばれている(24章9節)のにもかかわらず、目を覆いたくなるほどの御民の背信です。 モアブの娘たちの誘いにすっかり乗せられ、ペオルのバアルを拝むことにさえ、ためらいがありま...
祝福のゆえにへりくだった心を(民数記 24章) 09.10.2024
エジプトから彼らを導き出された神は 彼らにとって野牛の角のようだ。 彼らは、敵対する国を食らい尽くし 骨を砕き、矢で刺し通す。 (民数記24章8節) バラクは怒り心頭でした。何しろ、イスラエルを呪うために呼び寄せた占い師バラムが、呪うどころか三回も繰り返して祝福の託宣をしたからです。 「自分の所に逃げ帰るがよい!」とバラクは命じます。バラムも負けてはいません。「すでに前もって言っておいたではないか!」と言い...
Lignende podkaster
Replaio er ikke podkastutgiver; programnavn, omslag og lyd tilhører opphavspersonene og distribueres via offentlige RSS-feeder.