産経Podcast(産経新聞社)
戦後史開封~1945年以降の日本の歴史/真実に迫る (日本現代史)
「戦後史開封」は、戦後日本の政治史、外交史、エンタメ・服飾芸能史などの様々な出来事を再取材、現代の観点で再構成するドキュメンタリー番組。埋もれていた逸話、報道されていない事実にも光を当てて戦後日本を振り返ります。■産経Podcast おすすめ番組『神田蘭の5分で恋する日本史列伝』人気〝講談師〟の神田蘭が語る、日本史に名を残す偉人列伝。教科書が載せてくれない偉業と生い立ち、思わず身の引き締まるお話を、情感豊かにユーモラスに語ります。・Spotifyで聴く(リンク)・ApplePodcastで聴く(リンク)・Amazon Musicで聴く(リンク)■産経Podcastとは。新聞紙面では伝えきれない情報を、産経新聞社の記者陣が厳選。ニュース解説、...
Autore
産経Podcast(産経新聞社)
Categoria
Sito del podcast
Ultimo episodio
12 nov 2023
Dove ascoltare?
I podcast nell'app Replaio Radio In arrivoI podcast stanno per arrivare nell'app. Installala ora e scopri per primo un modo tutto nuovo di vivere i podcast
Episodi
中国残留日本人④ 残留孤児が日本に一時帰国して肉親探し。そして‥中国公安へのお土産 12.11.2023 7:54
画像は:父の富井英男さん(右)と再会し、抱き合う満さん=昭和56年3月7日、東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで 昭和56年3月7日、東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、中国名を陳家東といった残留孤児、富井満は父親の英男と涙の再会を果たした。 「苦労をかけてすまなかったなあ」 と話す父に、富井は 「気にすることはありません」 と答えた。 父はしみじみ語った。 「こ...
中国残留日本人③ 北京の日本大使館、中国の警備兵が日本人を門前払い 05.11.2023 8:08
日本赤十字社などを窓口とした残留日本人の集団帰国で約2万9000人が日本に帰った。しかし、日中関係の悪化で昭和33年に中断してしまった。 共産中国の大躍進から大飢饉、そして文化大革命という混乱に残留日本人は巻き込まれた。「従軍慰安婦」とか「日本のスパイ」などと、いわれのない非難を受けた日本人が大勢いた時代だった。 そんな中、中国と関係の深い松山バレエ団の一行が昭和39年10月、かつての満州、中国東北部に...
中国残留日本人② 政治問題スレスレの中で実現した、中国要人の初訪日 29.10.2023 8:08
中国残留日本人の帰国を決めた日中共同コミュニケ‥その調印前夜となる昭和28年3月4日夜、日本代表団が詰めていた北京のホテルに、一人の男が訪ねてきた。 中国への接触を強め、後には民間大使を自認する参議院議員の西園寺公一だった。西園寺は、中国側の窓口である紅十字会からのメッセージを伝えた。 「われわれは日本への招待を希望しています‥」 ■ 「戦後史開封」 は、戦後日本の政治史、外交史、エンタメ・服飾芸能史...
中国残留日本人① 戦争が終わっても日本に戻れなかった〝残留婦人〟と〝残留孤児〟 22.10.2023 8:38
「母親が乳飲み子の首を絞め、ぐったりしたところで土で埋めたんです。でも、殺しきれない母親もいて、子供はまた生き返るんです」 そう語るのは、開拓のため満州に渡っていた原田要(かなめ)だ。終戦後の昭和20年8月、現在の黒龍江省にある牡丹江からハルビンに移動する途中の山中で、地獄を見たのだ‥ ■ 「戦後史開封」 は、戦後日本の政治史、外交史、エンタメ・服飾芸能史などの様々な出来事を再取材、現代の観点で再構成する...
ミニスカート④ 「殿方には悲しいお知らせ。街からミニが消えます」 08.10.2023 7:02
サムネ画像は、「トーキョー・モード・プレス'97」高田賢三ファッションショー=江東区有明の「ホール1000」 【今回の戦後史開封は】10年間にもわたってファッション界を支配したミニスカートに引導を渡したのは、一人の日本人デザイナーだった。日本では故田中角栄元首相の逮捕となったロッキード事件が起きた昭和51年のこと。パリで活動していた高田賢三が、パリコレクションで、だぶだぶのスカートなど「ビッグファッション」を...
ミニスカート③ 〝総中流化〟の象徴 01.10.2023 7:34
サムネ画像は、ミニスカートを流行らせたモデルのツィッギー 【今回の戦後史開封は】ツイッギーが来日した昭和42年、当時、広告代理店の「電通」にいた順天堂大学スポーツ健康科学部教授の間宮聰夫は、担当していた森永製菓「チョコフレーク」のCMにツイッギーを起用した。「ツイッギーの騒ぎに参加しよう」という気持ちからだったという。 CMがテレビなどで流れ出すと、かつてミスコンテストの仕事で知っていた真珠・宝石店...
ミニスカート② 森英恵が佐藤栄作首相の夫人にミニをはかせた 24.09.2023 7:40
サムネ画像は、佐藤栄作首相と渡米する寛子夫人(羽田空港にて 昭和44年11月17日) 【今回の戦後史開封は】ツイッギーの来日から2年余りがたった昭和44年11月17日、佐藤栄作首相は訪米の途についた。沖縄返還交渉のためである。見送りの人たちは、タラップの上でいかめしい顔をした首相の隣で、にこやかに手を振る夫人、佐藤寛子のファッションに目を奪われた。ひざ上5センチのミニスカートだったのだ‥ ■ 「戦後史開封」 は、戦...
ミニスカート① 羽田に降り立った英国人モデルは〝小枝(ツイッギー)〟と呼ばれた18歳 17.09.2023 7:32
サムネ画像は、ヒルトンホテルで会見に臨んだツイッギー(昭和42年10月19日) 【今回の戦後史開封は】きのうは5cm、今日は10cm。まるで秋の日差しのように女性のスカートが短くなっていった。昭和40年代に吹き荒れたミニスカート旋風だ。女性のファッションばかりでなく、男性の女性観をも変えたとされるミニが日本に上陸した背景には何があったのか。 昭和42年10月18日。10日前に、佐藤栄作首相の訪米を阻止しようとするデモで...
ゴジラ(東宝) Vs. ガメラ(大映)⑤ 夢はゴジラとガメラの直接対決、世界を視野に果てなく暴れ続ける‥ 13.08.2023 5:30
復活第一作「ガメラ 大怪獣空中決戦」(平成7年)は20~30歳代の男性層が熱狂的に支持した。監督の金子修介がブルーリボン賞監督賞に輝いたのをはじめ、復活ガメラは平成7年の映画賞を相次いで受賞。一方のゴジラは、平成に入り“量産態勢”に‥ 番組のフォローと高評価をお願いします! Apple Podcastでは皆様のレビューも募集しています。 産経新聞社の アンケートフォーム もご利用いただけます。 → 産経Podcastの番組改善アンケ...
ゴジラ(東宝) Vs. ガメラ(大映)④ 東宝の"ゴジラ復活準備委員会"と、CGを駆使した大映ガメラ 06.08.2023 7:22
「G委員会」‥昭和59年、東宝社内にこんな組織が発足した。正式名称は「ゴジラ復活準備委員会」。昭和29年の第一作「ゴジラ」製作の際に使われた「G(ジャイアント)作品」がオーバーラップするが、今度のGはゴジラだった。9年間の“眠り”で、ゴジラ復活を渇望するファンの声は頂点に達していた‥‥ ■産経Podcast オススメの番組 ・『 夕刊フジ編集局 』( Spotifyへリンク )( ApplePodcastへリンク )( Amazon Musicへリンク...
ゴジラ(東宝) Vs. ガメラ(大映)③ ゴジラが"シェー"をする大変貌と映画産業の斜陽化で眠りにつくガメラ 30.07.2023 7:28
「キングコング対ゴジラ」東宝が昭和37年に公開したゴジラ第3作では日米の二大キャラクターが激突した。2作目から7年。満を持してのゴジラ登場は本格的な「対決もの」。観客動員数は実に1255万人にもおよぶ大ヒットとなった‥‥ ■産経Podcast オススメの歴史番組 ・『 神田蘭の5分で恋する日本史列伝 』:人気「講談師」神田蘭が語る、日本史に名を残す偉人列伝。偉人たちのあんな話やあっちの話も、情感豊かにユーモラスに語り...
天皇陛下が墓参した「インドネシア残留日本兵」の物語 ⑤ 戦後も通用し続けた、日本の軍票 23.07.2023 9:18
軍票とは、軍が戦地で発行する、お金の代用品=代用紙幣のことだ。当然のことながら戦争で負ければ軍票は紙切れ同然となる。現にアジア各地で発行した日本軍の軍票は終戦と同時に使いものにならなくなった。しかし、インドネシアでは日本軍の軍票が戦後も通用していた 番組のフォローと高評価をお願いします! Apple Podcastでは皆様のレビューも募集しています。 産経新聞社の アンケートフォーム もご利用いただけます。 → 産経P...
天皇陛下が墓参した「インドネシア残留日本兵」の物語 ④ 軍艦までインドネシアに渡す 16.07.2023 9:24
「終戦直後、われわれ憲兵はイギリス軍によって刑務所に収容されてしまった。そこへインドネシア人義勇軍の兵士だった数人が訪ねてきて、“これまでわれわれは日本に協力した。今度は日本がインドネシアに協力する番だ”と言うんです。彼らの手引きで刑務所を脱走しました」 巷には流言飛語が飛び交っていた。憲兵はすべてシンガポールに送られて銃殺される、というのだ 番組のフォローと高評価をお願いします! Apple Podcastでは...
天皇陛下が墓参した「インドネシア残留日本兵」の物語 ③ イギリスに逆らい独立集会を許可 09.07.2023 9:10
昭和20年8月、インドネシアのジャワ島で終戦を迎えた陸軍航空隊の藤山たちは、間もなくジャカルタ市内の警備に当たることになった。上陸してきたイギリス軍が日本軍に命じたためだが、本来、警備を担当するはずの憲兵たちが、終戦と同時に姿を消してしまったという事情があった‥ ■産経Podcast オススメの歴史番組 ・ 『歴史の真相~本当はこうだった』北海道侵攻を阻止した占守島の戦い 400人の乙女を救う ・『 神田蘭の5分で恋...
天皇陛下が墓参した「インドネシア残留日本兵」の物語 ② 終戦後に初めて経験した、実戦 02.07.2023 9:24
オランダは350年にわたってインドネシアを植民地支配した。この間、各部族が抵抗を繰り返したが、1904年にスマトラ北部のアチェ族が投降し、オランダは完全にインドネシアを掌握した。 しかし、厳しい搾取を行うオランダへの反感は強く、古の予言――「いまに北方から黄色い強者が空から降り、圧政者を追放し、トウモロコシの花咲くころには立ち去って、われわれを解放してくれる」という予言が信じられるようになっていた。 (...
天皇陛下が墓参した「インドネシア残留日本兵」の物語 ① 復員船に乗れなかった交渉役 25.06.2023 10:14
昭和20年8月15日、日本軍は武器を捨てました。しかし、この日から本格的な戦闘を開始した日本人がいたのです。インドネシア残留日本兵です。日本軍を離れ、現地人とともに4年半にわたりインドネシア独立のため旧宗主国のオランダ軍と戦いました。その数は1000人とも1500人ともいわれます。北スマトラだけで700人が残り、400人が戦死したとされています。 (産経新聞に連載された「戦後史開封」を基にお届けします。肩書や発言な...
ゴジラ(東宝) Vs. ガメラ(大映)② "特撮の神様"円谷英二と"特撮の素人"大映、驚愕の緻密さで挑戦 18.06.2023 7:02
怪獣映画の第一作「ゴジラ」は大当たりした。ヒットに勢いを得て東宝は即座に続編の製作に着手、翌年に「ゴジラの逆襲」のタイトルで封切った。成功に安堵したプロデューサーの田中友幸はこのころ、冷静にヒットの理由を考えるようになっていた。そして、こう結論を出した。「特撮の魅力は、起こり得ないことをリアリティーたっぷりに画面に出すこと。ゴジラは現実には存在しないからこそ魅力的だった」 産経新聞社の アンケートフ...
ゴジラ(東宝) Vs. ガメラ(大映)① ゴジラは「代わりに作った作品」だった。 11.06.2023 10:02
昭和29年、東宝は映画 『ゴジラ』を公開、大ヒットさせた。 一方の大映は「空飛ぶカメをテーマに企画を出せ!」という社長命令で、映画ガメラの制作に取り組む。 しかし大映には特撮の技術がなかった。 途中で撮影所の所長が「えらいこっちゃ!」と頭を抱える... 産経新聞社の アンケートフォーム もご利用いただけます。 → 産経Podcastの番組改善アンケート ■産経Podcast オススメの歴史番組 ・『 神田蘭の5分で恋する日本史列...
コカ・コーラ VS ペプシ④ レモン味の「ペプシツイスト」に、「ダイエット コカ・コーラ レモン」…戦いは続く 28.05.2023 6:30
「レモン味のコーラを日本で売りたい。売れる素地はある。だが、アメリカと同じ商品ではだめだ。日本人の味覚に合ったおいしいコーラを作らなければ」 平成14年6月、当時のサントリー食品事業部長、植野誠之はアメリカペプシコ社に、強く訴えた。 植野には、ペプシのシェアが拡大しているものの、コーラ市場全体の需要が伸びないことへのいらだちがあった。「ユニークなキャンペーンも、中身には勝てない。新しいコーラを売り...
コカ・コーラ VS ペプシ③ 激しい自販機争奪戦。戦いはまるで「オセロ」 21.05.2023 7:12
「一言でいうならば、コカ・コーラは『ザ・ブランド』。ブランドの中のブランドです」 かつて日本コカ・コーラのマーケティング本部取締役副社長を務めた勝部悦子はそう胸を張った。「世界のブランドの資産価値を調査すると、必ずコカ・コーラは1位にランクされる。そういう意味では、特別な位置にあるのです」 ペプシの果敢なチャレンジにもかかわらず、日本のコーラ業界で、コカ・コーラは圧倒的首位を保ち続ける。 「過...
コカ・コーラ VS ペプシ② 「宇宙旅行」を景品に猛追するペプシ。オリンピックで存在感のコカ・コーラ 14.05.2023 7:02
『アメリカ出身、1998年3月3日生まれ。「今このときを楽しみたい」という若者に夢と幸運を与えるため、日夜ペプシを求める人々のところへ、颯爽と向かう』 こんな「新ペプシマン」がペプシを一気に飲み干すCMが放送された平成10年3月、ペプシに転機が訪れていた。アメリカペプシコ社とサントリーがマスターフランチャイズ提携したのだ。 番組のフォローと高評価をお願いします! Apple Podcastでは皆様のレビューも募集していま...
コカ・コーラ VS ペプシ① 日本初の比較広告で挑戦するペプシ。かわすコカ・コーラ 07.05.2023 9:16
「青」のペプシ・コーラと、「赤」のコカ・コーラ。 2つのコーラは、戦後あいついで日本に上陸した。 最初は、駐留するアメリカの軍関係者用だった。 一般販売は昭和31年から。 以来、両陣営の戦いは延々と続いている。 それは、レモン味を謳う新商品開発合戦であり 宇宙旅行まで飛び出す販売合戦であり オセロゲームに例えられる自販機の争奪戦でもあった‥ 番組のフォローと高評価をお願いします! Apple Podcastでは皆様のレビ...
マンガ⑤ 『教師=聖域』に反発「ハレンチ学園」 30.04.2023 7:36
昭和44年の春ごろ、当時まだ23歳だったマンガ家、永井豪は、全国の教育委員会やPTAから集中砲火を浴びていた。出版社には「何だあのマンガは」といった電話や手紙が殺到、永井自身、学校まで呼び出されたことまであった。 やり玉に上がったのは前年、集英社の『少年ジャンプ』で連載を開始した「ハレンチ学園」だった。下半身はフンドシひとつという教師・丸ゴシが出てくると思えば、スカートめくりや“のぞき”もある。型破りの...
マンガ④ 貸本マンガ家が生みだした劇画 23.04.2023 8:18
昭和30年ごろ、東京・池袋近くの椎名町にあった「トキワ荘」というアパートに、藤子不二雄、赤塚不二夫、石森章太郎ら、若手マンガ家たちが集まって互いに腕をみがいた。マンガ史上有名な話である。 同じころ大阪でも、辰巳ヨシヒロや松本正彦、佐藤まさあき、さいとう・たかをといった若手が「八興」という出版社の「日の丸文庫シリーズ」で競い合っていた。作品は貸本として全国に出回った。貸本屋全盛の時代である。 ■『歴...
マンガ③ アトム→アトム大使→鉄人アトム 16.04.2023 7:56
昭和25年の秋、光文社の月刊誌『少年』の編集長だった金井武志は、スタッフと貸本屋を回っていた。『少年』に新風を吹き込むため、新たなマンガ家を求めていたのだ。 目に留まったのが手塚治虫の「新宝島」(酒井七馬構成)だった。映画のカメラワークを模した視点や大胆なコマ割りで、その後のマンガに大きな影響を与える革命的作品に、金井はその才能を感じざるをえなかった。「モダンな画風にスピーディな展開。物語性があ...
Podcast simili
Replaio non è un editore di podcast; i nomi dei programmi, le copertine e l'audio appartengono ai rispettivi autori e vengono distribuiti tramite feed RSS pubblici