yamamoyama

ネットラジオ版安心問答(浄土真宗の信心について)

Religion JA ↓ 60 Folgen

ブログ安心問答(浄土真宗の信心について)の音声版です。浄土真宗の教え、信心、その他についていろいろと話をするpodcastです。

Autor

yamamoyama

Kategorie

Religion

Podcast-Website

d.hatena.ne.jp

Neueste Folge

11. Jul 2026

Wo hören?

Podcasts in der App Replaio Radio Bald verfügbar

Podcasts kommen bald in die App. Installiere sie jetzt und erlebe als Erster einen ganz neuen Blick auf Podcasts

Bei Google Play herunterladen Kostenlos installieren Android 5 Mio.+ Downloads · Bewertung 4,8 iOS bald

Folgen

#035「阿弥陀様が、南無阿弥陀仏という名前になって私を救ってくださる。という理解でよろしいでしょうか?」(頂いた質問) 04.05.2022

ブログ記事はこちら 安心問答ー浄土真宗の信心について- 話の中に出てくる御文 いかにいはんや十方群生海、この行信に帰命すれば摂取して捨てたまはず。ゆゑに阿弥陀仏と名づけたてまつると。( 顕浄土真実行文類 - WikiArc ・浄土真宗聖典註釈版P187) (82) 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる( 浄土和讃 - WikiArc ・浄土真宗聖典註釈版P571) 質問箱は こちら

#034「南無阿弥陀仏を称える衆生を必ず助けるという御本願をそのままきくことができません。どうしたらよいでしょうか?」(頂いた質問) 28.04.2022

ブログ 安心問答ー浄土真宗の信心について の音声版として配信をしています。 今日の質問は質問箱の こちら からです。 話のなかで出てきた尊号真像銘文。 「「乃至十念」と申すは、如来のちかひの名号をとなへんことをすすめたまふに、遍数の定まりなきほどをあらはし、時節を定めざることを衆生にしらせんとおぼしめして、乃至のみことを十念のみなにそへて誓ひたまへるなり。」

#033「この問題は阿弥陀様が勝手に解決してくれるまで待つしかないのでしょうか?」(頂いた質問) 19.04.2022

質問の全文は、ブログ 安心問答浄土真宗の信心について をご覧ください。

#032「心が南無阿弥陀仏になるというのはどういう意味なのでしょうか?」(頂いた質問) 21.07.2021

#032「心が南無阿弥陀仏になるというのはどういう意味なのでしょうか?」(頂いた質問) Peing-質問箱- に頂いた質問について話をしました。 話の中に出てきたご文 (安心決定鈔より) 【6】 念仏三昧において信心決定せんひとは、身も南無阿弥陀仏、こころも南無阿弥陀仏なりとおもふべきなり。ひとの身をば地水火風の四大よりあひて成ず、小乗には極微の所成といへり。身を極微にくだきてみるとも報仏の功徳の染まぬところはあ...

#031「念仏しようとしたり、聴聞しようとする殊勝な心を私達は元来、持っていないという内容はお経の中にありますでしょうか?」(頂いた質問) 04.06.2021

「真宗において 称える心、聴聞しようとする心、 それらをもともと持たない私たちが、 阿弥陀仏のお働き、お育てにより念仏を称えるという 内容を見聞きすることがありますが、 念仏しようとしたり、聴聞しようとする殊勝な心を 私達は元来、持っていないという内容はお経の中にありますでしょうか? いまいちお経のどこから出てきた内容なのかがわかりません。 教えていただければ幸いです。」 について話をしました。 安心問答 ...

#030「ただ今助けるという阿弥陀仏の本願を『許諾する』『受け入れる』『聞き受ける』等のニュアンスが分かりません」(頂いた質問) 10.10.2020

#030 今回は質問箱に頂いた質問 「ただ今助けるという阿弥陀仏の本願を『許諾する』『受け入れる』『聞き受ける』等という表現がされますが、そのニュアンスがよくわかりません。 自分の心でただ単に『許諾した』と思い込むことでもないですよね?」 について話をしました。 質問箱はこちら 関連したブログ記事  「『南無阿弥陀仏を南無阿弥陀仏と聞く』というのは、南無阿弥陀仏の謂れ(善導大師・親鸞聖人・蓮如上人等の六...

#029「自力を捨てるとは、自力が問題にならなくなることですか?それとも自力が意識から消えるのでしょうか?」(頂いた質問) 25.04.2020

質問箱に頂いた質問 「自力を捨てるとは、自力が問題にならなくなることですか?それとも自力が意識から消えるのでしょうか?」 について話をしました。 話の中で出てきたご文 自力のこころをすつといふは、やうやうさまざまの大小の聖人・善悪の凡夫の、みづからが身をよしとおもふこころをすて、身をたのまず、あしきこころをかへりみず、ひとすぢに具縛の凡愚・屠沽の下類、無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれ...

#028 信後には安心がありますか?(頂いた質問) 11.04.2020

質問箱に頂いた質問について話をしました。 「信後には安心がありますか?」 話の中で出てきたご文 弥陀の名号称えつつ 信心まことにうるひとは 憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもひあり(浄土和讃) http://ur0.work/znv3 ブログ 安心問答−浄土真宗の信心について

#027 逆謗の死骸である機を見つめよとか、機はほっといて法の尊さに目をつけよとか言いますが、どららが正しいのでしょうか? 31.03.2020

質問「逆謗の死骸である機を見つめよとか、機はほっといて法の尊さに目をつけよとか言いますが、どららが正しいのでしょうか?どちらもそんなに気にせずに聴聞すればいいのでしょうか?」 についての話をしました。 話の中に出てくる親鸞聖人の御言葉 摂取不捨の真言、超世希有の正法聞思して遅慮することなかれ。(教行信証 総序) http://urx.space/Ue4Z 浄土真宗聖典註釈版P132 https://anjinmondou.hatenablog.jp/

#026 お寺に行って聴聞すること、ネットでの法話を聴聞すること、本を読むことの違いについて 25.08.2019

パロディ (id:parotan) 2019-08-20 交通の便が悪い田舎に住んでいることや、自分の体調のこともあり、なかなかお寺へ参ることができません そのため本を読んだりネットで法話の動画を見て浄土真宗の勉強をしているのですが、聴聞をしないものは救われないのでしょうか。について、思ったことをラジオ版で話してみました。

#025「阿弥陀仏の本願に対する疑いがどうしても晴れません。悩んでいます。救うと誓われているのになぜ獲信者が少ないのでしょうか 」について 13.07.2019

今回は、頂いた質問 「阿弥陀仏の本願に対する疑いがどうしても晴れません。悩んでいます。救うと誓われているのになぜ獲信者が少ないのでしょうか」 について話をしました。 −−− 今回出てきた和讃は、以下 正像末和讃 (67) 自力諸善のひとはみな 仏智の不思議をうたがへば 自業自得の道理にて 七宝の獄にぞいりにける (68) 仏智不思議をうたがひて 善本・徳本たのむひと 辺地懈慢にうまるれば 大慈大悲はえざりけり https://bit.l...

#024「阿弥陀仏という余りにも抽象的な概念をそもそも信じるとか信じないとかどういうことだろう?」 「阿弥陀仏に救われるとはどういうことなのだろう?その概念自体が理解できない?」 23.03.2019

https://anjinmondou.hatenablog.jp/entry/2019/03/21/055958 に関連した内容をラジオ版で収録しました。 ・一 あさの御 つとめ に、「 いつつの不思議 をとくなかに」(高僧和讃・三三)より「尽十方の無礙光は 無明のやみをてらしつつ 一念歓喜するひとを かな らず滅度にいたらしむ」(高僧和讃・三八)と候ふ段のこころを 御法談 のとき、「 光明遍照十方世界 」(観経)の文のこころと、また「 月かげのいたらぬさとはな...

#023「してはならないことを一つ一つ潰していけば最終的に「おまかせする」ことになるのかなあとも愚考します」(猿松さんのコメント) 28.02.2019

猿松  2019-02-28 12:03:25 (略) あれから「おまかせする」ということについて考えておりました。 「弥陀の本願信ずべし」とは「弥陀をたのめ」ということであり「阿弥陀仏におまかせする」ということである。これを詳しく言うと「阿弥陀仏に自分の後生をおまかせする」ということなると思います。 しかし自分の心底を見てみると、本当に阿弥陀仏の存在も自分の後生の存在も信じているのか、かなり怪しいところです。 では、な...

#022「罪障功徳の体となる」のご和讃の「罪障と功徳が等価にならない」について 09.02.2019

ブログ記事 https://anjinmondou.hatenablog.jp/entry/2019/02/02/203016 に関連して、 罪障功徳の体となる 氷と水のごとくにて 氷多きに水多し 障り多きに徳多し  (高僧和讃) のご和讃について話をしました。 過去の理解と今の理解の違い「罪障と功徳が等価にならない」について話をしました。

#021「信心決定すると後生は極楽浄土に生まれて仏になるという自覚が生まれるのでしょうか?」(ぷろぐれすさんのコメントより) 26.01.2019

ぷろぐれすさんから頂いたコメントについて話をしました。

#020「金剛心になると聞いたことがあります。なにが金剛なるのでしょうか?」(頂いた質問) 13.01.2019

#020「金剛心になると聞いたことがあります。なにが金剛なるのでしょうか?」(頂いた質問)

#019「命がけで聞かないと救われないのでしょうか?」について 05.01.2019

頂いた質問 「命がけで聞かないと救われないのでしょうか?」について話をしました。 (63) 一 仏法者申され候ふ。わかきとき仏法はたしなめと候ふ。としよれば行歩もかなはず、ねぶたくもあるなり。ただわかきときたしなめと候ふ。(御一代記聞書)

#018 「私はなぜ助からないのでしょうか?」 31.12.2018

今回は頂いた質問 「私はなぜ助からないのでしょうか」について話をしました。

#017 ありがたそうな人の念仏と私の念仏は違うような気がします(いただいた質問) 23.12.2018

#017 今回は南無阿弥陀仏と念仏していてもいかにもありがたそうに称えられる人の念仏と比べると、私が称える南無阿弥陀仏と違うのではないかと思ってしまいます。という方からの質問について話をしました。

#016「たすけたまへと弥陀をたのめ」について 01.12.2018

御文章、領解文に書かれている「たすけたまへ」「弥陀をたのむ」について話をしました。

#015「易往而無人」について 17.11.2018

園児さんのコメントより 「易往而無人」について話をしました。 −−−− 律宗の用欽のいはく、「法の難を説くなかに、まことにこの法をもつて凡を転じて聖となすこと、なほし掌を反すがごとくなるをや。大きにこれ易かるべきがゆゑに、おほよそ浅き衆生は多く疑惑を生ぜん。すなはち『大本』(大経・下)に〈易往而無人〉といへり。ゆゑに知んぬ、難信なり」と。 (教行信証信巻 註釈版聖典248頁) この一念の安心一つにて浄土に...

♯014 「愚者になりて往生す」について 10.11.2018

今回は園児さんのコメントから 「愚者になりて往生す」(末灯鈔)について話をしました。

#013 心得たと思ふは心得ぬなり。心得ぬと思ふは心得たるなり。(御一代記聞書232)について 03.11.2018

今回は 「心得たと思ふは心得ぬなり。心得ぬと思ふは心得たるなり。」(御一代記聞書232)の意味について質問を頂いたので話をしました。 ------- 一 おなじく仰せにいはく、心得たと思ふは心得ぬなり。心得ぬと思ふは心得たるなり。弥陀の御たすけあるべきことのたふとさよと思ふが、心得たるなり。少しも心得たると思ふことはあるまじきことなりと仰せられ候ふ。されば『口伝鈔』(四)にいはく、「さればこの機のうへにたも...

#012 阿弥陀仏に早く救われる人と時間がかかる人と何が違うのですか? 29.10.2018

今回は、「阿弥陀仏に救われるのに、信心決定するのに、早い人と遅い人がなぜいるのでしょうか?」という質問について、話をしました。

#011 親鸞聖人は、歎異抄一章に「摂取不捨の利益」と仰っておられるとお聞きしますが、その世界は、どういう世界でしょうか。 13.10.2018

メールで頂いた質問 歎異抄一章に「摂取不捨の利益」と仰っておられるとお聞きしますが、その世界は、どういう世界でしょうか。 について話をしました。 今回収録に出てきた御文 弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなり と信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。(歎異抄) http://labo.wikidharma.org/index.php/歎異抄#.E7.AC.AC1.E6.9D.A1 (11...

Höre den Podcast ネットラジオ版安心問答(浄土真宗の信心について) in Replaio

Radio und Podcasts in einer App - kostenlos und ohne Anmeldung. Installiere sie noch heute und verpasse den Start nicht

Bei Google Play herunterladen

Replaio ist kein Herausgeber von Podcasts; die Namen der Sendungen, Cover und Audioinhalte gehören ihren Autoren und werden über öffentliche RSS-Feeds verbreitet