IBF

礼拝メッセージ

インターナショナル・バイブル・フェローシップ(プロテスタント)

Autor

IBF

Kategorie

Uncategorized

Podcast-Website

ibf.seesaa.net

Neueste Folge

14. Sep 2025

Wo hören?

Podcasts in der App Replaio Radio Bald verfügbar

Podcasts kommen bald in die App. Installiere sie jetzt und erlebe als Erster einen ganz neuen Blick auf Podcasts

Bei Google Play herunterladen Kostenlos installieren Android 5 Mio.+ Downloads · Bewertung 4,8 iOS bald

Folgen

「信じるとはどういうことなのか」ルカ7:1-10 14.09.2025

2024.3.3.m4a①先程読んでいただいた聖書箇所は、昔から、「神さまを信じるとはどういうことなのか」そのことが教えられている箇所として有名な聖書個所です。・そういうわけで、きょう私たちもこの個所から、「神さまを信じるとはどういうことなのか」そのことを学んでゆきたいと思います。②さて、先ず、「信じる」という言葉について整理したいことがあります。・日頃、私たちはこの「信じる」という言葉をよく使います。また、聖...

「情け深く、哀れみ深い神」 ヨナ書4章3節 03.03.2024

2024.3.3.m4a今回は、ヨナ書を取り上げます。きっとヨナ書の内容は、皆さんもご存知だと思います。まず、簡単にその内容を触れてみましょう。神様は、ヨナに語りかけます。大きな町ニネベに行って、ニネベに向かって叫べと(1:2)。叫ぶとは、神の裁きを宣言し、悔い改めを求めることです。しかし、敵国であるアッシリアの首都ニネベに行って、神の裁きのメッセージを語ることをヨナは拒むのです。そして、ニネベとは反対方向のスペ...

ルカの福音書20章20節~26節「あなたはだれのものか」 30.07.2023

2023.7.30.m4aさて、機会を狙っていた彼らは、義人を装った回し者を遣わした。イエスのことばじりをとらえて、総督の支配と権威に引き渡すためであった。 彼らはイエスにこう質問した。「先生。私たちは、あなたがお話になること、お教えになることが正しく、またあなたが人を分け隔てせずに、真理に基づいて神の道を教えておられることを知っています。私たちがカエサルに税金を納めることは、律法にかなっているでしょうか。い...

「私は神だ。海の真中で神の座に着いている。」エゼキエル書28章2節 16.07.2023

2023.7.16.m4a前回はエゼキエル書24章から、「もう黙っていてはならない」、とのテーマで学びました。エゼキエルは自分の愛する妻の死を通して、約3年間、その身に苦しみを背負いながら、エルサレムが滅ぼされるその日を待つこととなります。しかし、エルサレムが滅ぼされるその日からは、エゼキエルはイスラエルの回復のメッセージを語るようになります。次回からは、回復をテーマにいくつか選んで学んでみます。エルサレムが滅ぼ...

”The Church We Love” (1 Corinthians 1:1-3)_Missionary Paku 18.06.2023

2023.618.mp3Today we are going to talk about one of the basic things about christianity. It is “ecclesiology.” Ecclesiology is the study of the church. The Greek word for “church” is “ecclesia.” It means the people whom God called out to be..

「イエスの母マリヤの夫、ヨセフの信仰の決断」マタイ1:18-25 25.12.2022

2022.12.25Christmas.m4aメリークリスマス。皆様とご一緒に、2022年12月25日、このクリスマスの日に、イエス・キリストの誕生をお祝いしたいと思います。今まで4週間にわたって、アドベントの時期を過ごして参りました。毎週イエス・キリストのご生涯に関する聖書の箇所を旧約聖書から選んで読んで参りました。それらの箇所は、ある意味イエス・キリストを指し示して、救い主の働きをよく説明している箇所であったと思います。振り...

「朝ごとに、正しいさばきを行ない。」(エレミヤ21章12節) 18.09.2022

2022.9.18.m4a今回は、エレミヤ書から14回目のメッセージです。前回は、「私の生まれた日は、のろわれよ。」(エレミヤ20章14節)とのテーマで語りました。20章では、エレミヤが逮捕され、むちうたれると言う出来事が起こります。そのような環境で、エレミヤは預言者として立つことの厳しさを経験します。そして祈りを捧げます。エレミヤの心の葛藤がよく示されている祈りです。14節には、「私の生まれた日は、のろわれよ。母が私を...

「私の生まれた日は、のろわれよ。」(エレミヤ20章14節) 11.09.2022

2022.9.4.m4a今回は、エレミヤ書から13回目のメッセージです。前回は、「あなたがたも、わたしの手の中にある。」(エレミヤ18章6節)とのテーマで語りました。エレミヤ書18章6節には、「イスラエルの家よ。この陶器師のように、わたしがあなたにすることができないだろうか。 ―主の御告げ。― 見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ。あなたがたも、わたしの手の中にある。」とあります。神様はエレミヤに、ち...

「水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばす。」(エレミヤ17章8節) 21.08.2022

2022.8.21.mp3今回は、エレミヤ書から11回目のメッセージです。前回は、「彼らは、私の名が主であることを知る。」(エレミヤ16章21節)とのテーマで語りました。イスラエルの民が出エジプトを経験したように、バビロンから解放されて、イスラエルに戻ってくる時が訪れるとエレミヤは預言します。バビロン捕囚があるのならば、バビロンからの解放もあるのです。解放、それは神の新たなご計画です。それらの出来事を諸国の民は目撃す...

「御名のために、私たちを退けないでください。」(エレミヤ14章21節) 31.07.2022

2022.7.31.m4a今回は、エレミヤ書から9回目のメッセージです。前回は、「あなたがたの神、主に、栄光を帰せよ。」(エレミヤ13章16節)とのテーマで語りました。私たちは神の約束を忘れて、問題だけを見ることが多いです。しかし、神の約束を堅く握り、神の恵みを振りかえってみましょう。キリストを信じる者は罪の赦しをいただき、永遠の命が与えられるのです。キリストは天に私たちの住まいを用意してくださる方です。これは信仰...

「この契約のことばを聞け。」(エレミヤ11章2節) 03.07.2022

2022.7.3.m4a今回は、エレミヤ書から7回目のメッセージです。前回は、「誇る者は、ただこれを誇れ。悟りを得て、私を知っていることを。」(エレミヤ9章24節)とのテーマで語りました。9章では、涙を流しているエレミヤの姿が描かれています。エルサレムは滅ぼされるという神の裁きを語らざるを得ないエレミヤにとっては、それは大きな悲しみであったからです。しかし、このバビロン捕囚こそ、ユダの民は何が自分たちのアイデンティ...

「誇る者は、ただこれを誇れ。」(エレミヤ9章24節) 20.06.2022

2022.6.19.m4a「誇る者は、ただこれを誇れ。悟りを得て、私を知っていることを。」(エレミヤ9章24節)今回は、エレミヤ書から6回目のメッセージです。前回は、「偽りのことばを信頼してはならない。」(エレミヤ7章4節)とのテーマで語りました。偽りの言葉とは、神殿は神ご自身の宮であるのだから、外国が攻めてきても絶対に安全だとの偽預言者の言葉であり、彼らの信仰のことです。これはちょうど日本人のご利益的な信仰と似てい...

ルカの福音書7章1節~10節 「これほどの信仰を見たことがありません。」_北澤牧師 12.06.2022

2022.6.12.m4aイエスは、耳を傾けている人々にこれらのことをすべて話し終えると、カペナウムに入られた。 時に、ある百人隊長に重んじられていた一人のしもべが、病気で死にかけていた。 百人隊長はイエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、自分のしもべを助けに来てくださいとお願いした。 イエスのもとに来たその人たちは、熱心にお願いして言った。「この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です...

「偽りのことばを信頼してはならない。」(エレミヤ7章4節) 29.05.2022

2022.5.29.m4a今回は、エレミヤ書から5回目のメッセージです。前回は、「エルサレムよ。戒めを受けよ。」(エレミヤ6章8節)とのテーマで語りました。戒めるとは、同じ様な過ちをおかさないように注意するとの意味があります。私たちも、過去の出来事から多くのレッスンを受け取ることができます。エレミヤは、真実な悔い改めをしない民を見て、預言者としての働きに疲れ果ててしまう体験をしました。しかし、その思いを聞く耳のある...

「エルサレムよ。戒めを受けよ。」(エレミヤ6章8節) 15.05.2022

2022.5.15.m4a今回は、エレミヤ書から4回目のメッセージです。前回は、「背信の子らよ。帰れ。」(エレミヤ3章22節)とのテーマで語りました。神は民が悔い改め、立ち返ることを願っておられます。3章14節から18節には、神様は民の失敗を赦してくださり、彼らをもう一度シオンに集めてくださるとのメッセージが書かれています。回復の業は南ユダだけではなく、北イスラエルに対しても始まります。それは、すでに国を失い、捕囚とさ...

ヨハネの福音書5章1節~9節 「起きて床を取り上げ、歩きなさい。」 08.05.2022

2022.5.1.m4aその後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。 エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があり、五つの回廊がついていた。 その中には、病人、目の見えない人、足の不自由な人、からだに麻痺のある人たちが大勢、横になっていた。 そこに、三十八年も病気にかかっている人がいた。 イエスは彼が横になっているのを見て、すでに長い間そうしていることを知ると、彼に言...

イエスの最初の弟子 (マルコ1章16節-20節)_シーファン宣教師 24.04.2022

2022.4.24.m4a先月、ピーナッツ・バター・ファルコンという映画を見ました。アメリカの貧しい田舎が舞台で、ならず者の漁師がダウン症の青年と友だちになる話です。もちろん漁師が皆そうでないことはわかっていますが、映画に出てくる漁師は荒っぽくて、言葉は汚くて、体中に入れ墨があって、ライフル銃をいつ向けてくるかわからないような人たちでした。もし実際に会ったとしたら、怖い漁師たちでした。マルコの福音書には、イエ...

「神の恵みによって、私は今の私になりました。」第一コリント15章10節 17.04.2022

2022.4.17.m4a今日はイースター礼拝です。第一コリント15章10節の言葉、「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。」 このみ言葉を取り上げてみます。イースターとは、キリストが死からよみがえられたことをお祝いするキリスト教の祭典です。イースターを通して、神の人類に対するご計画が明らかにされて行きます。神のご計画とは、罪を犯した人類に救いの道を提供することであり、人が永遠を神と共に生きる道を提...

マタイの福音書9章9節~13節 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です。」_北澤牧師 10.04.2022

2022.4.10.m4aイエスはそこから進んで行き、マタイという人が収税所に座っているのを見て、「わたしについて来なさい」と 言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。 イエスが家の中で食事の席に着いておられたとき、見よ、取税人たちや罪人たちが大勢来て、イエスや弟子たちとともに食卓に着いていた。 これを見たパリサイ人たちは弟子たちに、「なぜあなたがたの先生は、取税人や罪人たちと一緒に食事をするのです...

「主はどこにおられるのか」 (エレミヤ2章6節) 03.04.2022

2022.4.3.m4a今回は、エレミヤ書から2回目のメッセージです。前回は、エレミヤが神によって召された出来事を学びました。その時神がエレミヤに、「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知っている」と語られました。あなたを知っているとは、選び出したと訳されている言葉が使われています。選び出した、知っている、との意味を持つ言葉を用いることで、神はエレミヤを選び、彼を親しい交わりにおいて育てて行こうとさ...

「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り」 (エレミヤ1章5節) 20.03.2022

2022.3.20.m4a今回からはエレミヤ書に入ります。エレミヤは南ユダが滅ぼされる、そのような時期に活躍した預言者の一人です。1章1節には、「ベニヤミンの地アナトテにいた祭司のひとり、ヒルキヤの子エレミヤのことば。」とあります。アナトテとは、エルサレムの北東4キロほどにあった寒村です。エレミヤはこの貧しい村で、祭司の子として成長します。2節には、「アモンの子、ユダの王ヨシヤの時代、その治世の第十三年に、エレミ...

「わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」ヨハネの福音書4章5節~14節_北澤牧師 13.03.2022

2022.3.13.m4a北澤牧師が体調不良のため、伊野牧師の代読になります。① 聖書は、荒野での試みに会われた後、宣教活動を始められた主イエス・キリストが、様々な人々と出会っていった、その出来事を記しています。・きょうはヨハネの福音書4章に記されている、「サマリアの女との出会いの記事」を皆さんとご一緒に観てゆきたいと思います。・場面は、サマリア地方の町、スカルという所にあった井戸の端(ほとり)です。・「主イエ...

「まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。」(イザヤ65章17節) 第2 06.03.2022

2022.3.6.m4a今回は、旧約聖書のイザヤ書から23回目のメッセージです。前回と同様に同じテーマからの2回目のメッセージです。65章でイザヤの祈りへの神の応答は3つの部分からなっています。まず、異邦人が福音を聞き、神の民とされて行くという応答です。2つ目は、イスラエルの民への神の裁きは変わることがないとの厳しい応答です。しかしその中にも残された民がおり、この人たちは神の祝福を受けて行くと言う応答です。3番目に...

「まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。」(イザヤ65章17節) 20.02.2022

2022.2.20.m4a今回は、旧約聖書のイザヤ書から22回目のメッセージです。前回、「私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。」(イザヤ64章8節)とのテーマからメッセージを語りました。この節は続いて、「私たちは皆、あなたの手で作られたものです。」あります。現実はどうであれ、神こそ私たちの創造主です。そして私たちを造り替えることができる方です。イザヤは、神の創造の御業に目を向けていきます。9節には、「主よ。ど...

「あなたの王を見よ」 (聖書箇所: マルコの福音書1:1) 22.01.2022

2022.1.23.m4a皆さん、おはようございます。IBFで宣教メッセージを語らせていただく場にこうして戻って来られたことを感謝します。一年間のお休みを認めてくださったIBFの役員の方々に感謝します。おかげ様でこのお休みでリフレッシュできました。この素晴らしい教会で、準備万端、新しい気持ちでまたお仕えしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。さて、今日からマルコの福音書を学んでいきます。実はマルコの福音書を...

Höre den Podcast 礼拝メッセージ in Replaio

Radio und Podcasts in einer App - kostenlos und ohne Anmeldung. Installiere sie noch heute und verpasse den Start nicht

Bei Google Play herunterladen

Replaio ist kein Herausgeber von Podcasts; die Namen der Sendungen, Cover und Audioinhalte gehören ihren Autoren und werden über öffentliche RSS-Feeds verbreitet